わざわざ出迎えに出た玄関先で、筆舌に尽くしがたいほど微妙な空気が流れている。
「何それ」
「それじゃない!……こいつは餃子だ」
無遠慮に指をさすだけでなく、何だのそれだのもの扱いするフーイに天津飯は不機嫌になる。
が、自分のしたことの重大さも理解しているため、後半はつい語気が弱くなった。
頭が痛そうにしている鶴仙人の方を見ると、あからさまに表情が歪む。
その間もずっと、餃子は彼の足の後ろに隠れ、しがみついていた。
「なぜその子供をここに連れ帰ってきた?」
「それが……」
もごもごと口を動かし、何があったのかひとつひとつ丁寧に話す。
けれど、それは要約してしまうと、行き倒れていたので助けた、というだけの話だった。
人里離れた場所で、そのまま放置していれば死んでいたに違いないというから、なるほど、天津飯から離れないほど懐いているのも頷ける。
「天津飯……」
元のところに帰してこい、と今にも言いそうな鶴仙人は非道だ。
見捨てる云々以前に、犬猫か何かと同じ認識をしている。
というのも、彼の目から見て餃子にはそれほど武術の才能が有りそうには見えなかった。
鍛えればそれなりにはなるかもしれないが、それなり程度の才能なら世の中にごまんといる。
興味の無さと呆れ具合を隠そうともしない彼の態度に、天津飯は酷く慌ててまくしたてる。
「違います!鶴仙人様!確かに私が餃子を助けたのは、行き倒れていたからですが、連れ帰ったのは力があるからです!」
「力?」
「簡単なものですが超能力が使えるんです。餃子、やってみせてくれ」
促され、餃子は恐る恐るといった様子でフーイに向かって手を向けた。
「おろ?」
ふわ、とフーイの体が宙に浮いた。
高さはそれほどでもないが、動きは安定している。
「なるほどのう」
サングラスの下、細い目つきが興味深そうにその様子を眺める。
しばらく彼女はされるがままになっていたが、ふと胸いっぱいに息を吸い込んで吐く。
すとんと勝手に地面へ着地したのを見て、餃子は目を見開いた。
「私を狙ったって言うのが気に食わないなァ」
「……!」
びくりと肩を震わせ、きつく天津飯の足に抱きつく。
その様子を見てフーイはため息に近いものをこぼし、頭を掻いた。
調子が狂う、と顔に書いてある。
怯えた餃子の様子もしっかり見られているのを感じ、天津飯は促す様に彼の背中を押した。
おずおずと前へ出ると、不安げに服の袖を握り締め、探るように老人を見上げる。
それを容赦なく見下ろし、鶴仙人は低い声で問いかけた。
「餃子と言ったな」
「はい……」
「お主、鶴仙流を学ぶ意思はあるか?」
「あ、あります!」
意外にもしっかりとした口調でそう答える。
「ほう、それはなぜだ?」
「他にいくところもないし……それに、鶴仙流に弟子入りしたら、ボクも強くなれるって……天さんみたいに……」
「ふむ……」
老爺は吟味する様子で顎髭を擦った。
沈黙の中、一番暗い顔をしていたのは餃子であり、一番気をもんでいたのは天津飯だろう。
二人にとっては、永遠にも思えそうな時間が流れる。
「まあよかろう」
と、結局鶴仙人はそう言った。
ぱあっと天津飯の顔が明るくなる。
「やったな!餃子!鶴仙流へ弟子入りできるぞ!」
「うん!天さん、ありがとう!」
「ただし!」
手を取り合って喜ぶ二人を、一喝して彼は再び餃子と向き合った。
「勘違いするなよ、お主をここへおいてやるのは、天津飯が連れてきたからでも、行き場がないからでもない。
お主が鶴仙流の使い手として、才能があるからじゃ」
「…………」
「分かったなら返事をせい!」
「はい!」
「よろしい」
くるっと後ろを向くと、建物へ向かって足を進める。
ちょこちょことフーイもその背中を追った。
いつの間にか日は既に傾き始めている。
「風呂は沸かしてある。天津飯と餃子はまず身を清めるように。
フーイ、夕飯の支度を手伝え」
「はーい」
「今度は皮むきを忘れた野菜をそのまま鍋に入れるなよ」
「ゼンショします」
「何が善処じゃ!妙な言葉ばかり覚えよって……」
ぶつぶつと呟きながら玄関を開け、中に入る。
まだ突っ立ったままの餃子の手を引き、天津飯も後に続いた。
彼らが敷居を跨ごうとした瞬間、鶴仙人がくるりと振り返る。
「ようきたな、餃子。それから、天津飯、よく戻った」
「は、はい!」
「ただいま帰りました、鶴仙人様」
~・~・~・~
「ん?なんだこのこまいのは」
餃子は動揺していた。
道場に居ついてからしばらく、思ったより居心地はよかった。
修行は厳しかったが、生活にも慣れ始めていた。
しかし、今日はなんだかおかしかった。
まず、いつも落ち着きがない姉弟子がいつにもまして落ち着きを無くすと、突然、弾丸のような素早さで庭へ出ていった。
正直、修行をはじめて日が浅い餃子には目で追いきれない速さだった。いつにない全速力である。
それなのに天津飯は、またか、という顔をしている。
鶴仙人も怒鳴りながら、その声にはどこか諦めに近いものがあった。
障子を開けた時には、もうフーイの姿はどこにもない。
少しして、庭に見知らぬ飛行機が降りたつ。
薄いピンク色の機体には、大きな字で殺と書かれている。
中からはまたしても知らない男が現れる。
長い三つ編み、飛行機と同じ薄いピンク色の服に殺の文字。
細く筋張った顎のラインは、鶴仙人と似ているような気もする。
と、無防備な様子の彼にフーイが襲いかかる。
隠れていたらしき草むらが揺れた、と思ったらそれとはまた別方向から現れ、と思うと動きが止まる。
視線を動かした先でもまた姿はあれど動きは止まっており、奇妙に停止したフーイが男の周りを取り囲んだ。
残像拳、という技だと教わったのは後の事だ。
幾人ものフーイに囲まれても、彼は動揺するどころか身じろぎする様子すら見せない。
やがて分身の中の一人が動く――と、一気に頭を下げ腰を落とし、小柄を生かした低い位置から攻撃を放つ。
殺す気だ、と餃子は思った。そのぐらいフーイは真剣だった。
が、あっさりとかわされ、それだけでなく腕を掴まれ思いっきり地面にたたきつけられ、ひっくり返ってしまった。
強い。強すぎる。
すっかり怯える餃子と違い、天津飯と鶴仙人は平然としている。
それどころか親し気に声をかけさえする。
分からない。
鶴仙流を襲いに来た敵ではないのか?
違うならばなぜフーイはあれほど手の込んだ不意打ちを?
混乱しきりのところ、男はいかにも意地悪そうな目をちらりと餃子へ向けた。
勝手にびくりと肩が震えてしまう。
そこで言われたのが、先ほどの「このこまいの」という台詞だった。
「新しく弟子をとってな、餃子という」
「ふ~ん」
「ほら餃子、桃白白様に挨拶しろ」
「は、初めまして……餃子、です……」
ずい、と男――桃白白の顔が近づく。
思わず後ずさりしてしまったが、彼は気にしていないようだ。
いや、わからない。中々意地の悪そうなやつだな、と言われたから、本当は気に触ったのかもしれない。
「よかったね餃子、褒められたじゃん」
むくっと何事もなかったかのように起き上がり、フーイが言ってくる。
褒められてはいない、と餃子は思った。
このように、餃子はもう一人の鶴仙流の師と、極めて衝撃的な初対面を果たしたのである。
主に8割がたはフーイのせいで。