もう一人のサイヤ人が桃白白の弟子になる話   作:麻寿津士

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其之二十一 天津飯

天津飯はいらだっていた。

当然だ。長年の夢を、憧れを、わけもなく否定されれば誰しもそうなる。

だが、何となく彼本人は、それだけが理由でないことも感じていた。

焦げ付くように気持ちが逸るのは、怒りだけでない焦燥が駆り立てるのは何故だろう。

 

いつもの彼は、鶴仙流らしく抜け目なくそつがない。

実力者にはそれなりの相手を宛がって、まずはその力や戦法を量ろうとする。

けれど、今日の彼は違った。思いもよらぬ要求に、らしくなく餃子は戸惑った。

一回戦は、前大会の優勝者、ジャッキー・チュンと自分が当たるようにしろ、と。

 

どんな相手でも負けはしないと、ゆるぎない自信があったのは間違いがない。

自分の力を試してみたいという気持ちがあったのも、嘘ではない。

ないのだが、もっと激しい思いも胸にあった。

 

それにふさわしい力を見せれば、誰も何も言うまい、言わせるまいと。

たとえ間違ったことだろうと、正しいことだろうと。

 

だというのに、にもかかわらず。

 

「それほどの実力を持ちながら、なぜいつまでも、鶴仙人などにくっついておるのじゃ」

 

ジャッキー・チュンは、必死に語りかけてくる。

 

「おぬし、なぜそれほどの技を正しき道に使わぬのじゃ!

 なぜ悪に走る……技が泣いておるぞ!鶴仙人とは縁を切るのじゃ!」

 

殴り飛ばそうと叩きつけようと、立ち上がってくる。

そのうえ、向こうからは仕掛けてこない。

ただ、何度も繰り返し同じことを言う。

 

「安易な影の道から抜け出せ!日の光に満ちた世界を走ってみよ!」

 

お前は、目指す先を違えていると。

 

ブツ、と天津飯の中で何かがはぜた。

 

「うるさい!!」

 

力任せに振りかぶった拳は、粗雑な動きではあったが型の基本は外していない。

頭にすっかり血が上った状態にあるにもかかわらず、だ。

それは、どれほど彼が日々の鍛錬に真面目に、真摯に向き合っていたかをこれ以上ないほど雄弁に示す。

 

「ッ、どいつもこいつも――!」

「わしは、別に大したことを言っているわけではない。

 明るく笑ってのんびり暮らした方が、この世は楽しいといっておるだけじゃよ!」

「それがなんだ!!」

 

素早い蹴りは、愚直な動きであるにもかかわらずよけきれない。

更に容赦なく猛烈な拳の嵐がジャッキー・チュンを襲う。

それでも彼は話し続ける。

真っすぐに、天津飯の目だけを見て。

 

「それとも、鶴仙人のように人に嫌われながら過ごすのが好きか?」

「お前に何がわかる!! 他の誰にもとやかく言われる筋合いはない!!」

 

拳を握り締め、石畳を割れんばかりに踏みしめて天津飯は吠えた。

 

「強さに憧れた人と同じ道を目指すことの何が悪い!

 育てて貰った師匠を慕うことの何が悪い!

 示された道を目指そうとすることの何が間違いだ!」

「……天津飯、おぬし」

 

ジャッキー・チュン――武天老師は、目をわずかに見開く。

そこに立っていたのは、一人の青年だった。

しかもひどく生真面目で、純粋で、不器用な。

 

ふっと、背中に気配を感じる。

誰かが彼の気迫を受けて、思わず息をのんでいた。

それは2世紀も前から知っている人物で、今更誰なのか間違いようがない。

 

「鶴のやつめ」

 

後に何という言葉を続けようとしたのかは、本人以外知り様がない。

代わりに、彼は天津飯にこういった。

 

「ただ師に従うことだけが、正しさではない。自分の道は自分自身で決めるのじゃ

 ……おぬしの師匠がそこまで慕われるだけの価値がある人間なら、お前自身が決めた道を、否定するまいよ」

 

そうして、あっさりと自分から武舞台を降りてしまう。

 

「なっ、なぜだ!なぜわざと負けるんだ!」

 

ジャッキー・チュンは何も答えない。

何も答えないまま、控室へと去っていってしまう。

再び燃え上がった苛立ちに任せ、天津飯はその後を追った。

 

ぽかんとした顔の悟空たちを置いて、次の試合が始まろうとしている。

そして、ひっそりと、2人の後へと続く小さな人影があった。

 

 

「お前は誰だ、鶴仙人様の何を知っている」

「ほれ、これで分からんか?」

「武天老師!」

 

帽子をかぶりサングラスをかけ、亀仙人はあっさりとネタばらしをした。

鶴仙人と彼の確執は、天津飯もよく知っている。

さては先ほどまでの言葉は全て出まかせかと、食って掛かろうとした青年に老人は言う。

 

「しかし、わしは鶴仙人と仲が悪いから忠告したわけではないぞよ。

 おぬしとおぬしの技の事を勿体ないと思ってな」

「大層な御託を並べやがって……」

「それにな、さっきの啖呵でよくわかったわい。おぬしは悪人にはなりきれやせんようだ」

「なっ、なんだとっ!?」

「わけはほれ、あいつから聞くといい」

 

つい、と指がさしたその先には彼女がいる。

 

「フーイ……!」

「あとは、2人で話し合うといい」

 

ではな、と姿を消した亀仙人の姿は既に天津飯の意識にない。

じっと睨みつけるような少女の目つきが、なおさらいらだたせる。

 

たっぷりとした沈黙の後、彼女はこう言った。

 

「天津飯はさ、なんでそこまで怒ってんの?」

「……お前!」

 

余りの事に言葉を失い、体が熱くなる。

畳みかけるように、彼女はなおも続ける。

 

「殺し屋なんか向いてないって私が言ったから?

 でもさ、本当の事だよ、向いてないものは向いてない」

「まだいうか!」

 

思わず胸倉につかみかかる。

けれど、彼女は平然としている。

 

「違うって言うんならさ、そんなに怒ってるなら。

 このまま、私の事殴ればいいじゃん」

「なんだと!?」

 

へら、と少女は笑った。

手はだらんと下に垂らし、抵抗するそぶりも無い。

 

「やってみなよ、できやしないから」

「言ったな!」

 

捕まえたまま、拳を振りかぶる。

フーイは瞬きすらせず、天津飯の瞳を見ている。

まっすぐに、見つめている。

 

相変わらず手足はだらんと下に垂らし、身構えようともしない。

恐ろしいほど無防備で、どこを殴ろうとまともにダメージを食らうだろう。

 

それがなんだ、と天津飯は思う。

フーイは自分を怒らせにかかっている。

そもそもここ数日のいざこざも、原因は彼女にある。

 

手加減をする必要などない。

言う通りにしてやればいい。

怒りに任せて、思うがまま。

 

受け身もとらず、自分に全力で殴られれば、きっと流石の彼女も大怪我をするだろうけれど。

 

ちら、とよぎった考えのせいで拳がぶれる。

かすった頬からたらりと血が垂れたが、それだけだ。

皮が1枚切れただけ、すぐに塞がって血も止まる。

 

フーイが何か言うよりも先に、彼女を地面におろして、天津飯はどかりとしゃがみ込んだ。

 

「わかっていた、何となく」

 

ぽつり、と彼は言った。

 

「お前に向いていないといわれてから、自分でも理由を考えてみた。

 けれど、わからないふりをしていた

 ……そして、お前に当たった。すまん」

「えっ、いや!天津飯が謝るのは違うじゃん!悪いのは私だし!」

 

あたふたと慌ててから、肩を落として彼女も座り込む。

 

「ごめん。そもそも私が言うことじゃなかったかもしれない。

 伝え方も悪かった。理由も上手く言えなくて。

 ……今日のこれも、5日考えた割に、きれいなやり方じゃないし」

「……嘘だろ」

 

その言葉を聞いて天津飯は顔を歪ませた。

姉弟子は、見ての通り思い悩むタイプではない。

そんな彼女が数日間、悩みに悩んでいたという驚きが半分。

もう半分は。

 

「5日考えた結果がこれか……!」

「悪かったってば……ごめん……」

 

ひねりにひねった結果の説得方法が、かなり力業なうえ、オブラートも何もないことへの呆れだった。

 

「分かってると思うが、俺が本気で殴ったらただではすまんぞ」

「それはそれで、天津飯が殺し屋に向いてるってことだし、私が間違ってたってことでいいかなって」

「お前なぁ……」

 

試合の喧騒をよそに、2人は並んで空を見上げる。

 

「……どうして、俺にわざわざ向いてないって言ったんだ」

「この大会が終わったら、本格的に将来への事を進めようって、じっちゃんと桃白白が話し合ってるの聞いてさ。

……完全に、余計なおせっかいなんだけど、私の気持ちでしかないんだけど」

「なんだ」

「天津飯に向いてない道で後悔してほしくないなって……」

「本当に余計なおせっかいだな」

 

そう言って、天津飯は笑った。

フーイの背中を軽くたたいて立ち上がる。

 

「もう一度、殺し屋については考えてみることにする」

「えっ……」

「言っとくが武天老師の言うことに思うところがあったからだ。

 あれがなかったらお前の『説得』なんて聞く気も起きなかったぞ」

「マジ?うわぁ、亀仙人のおじいちゃんにお礼言わないと」

 

真面目な様子で考え込むフーイに、天津飯はまた笑う。

 

「ほら、前のが終わったみたいだ。

 次の準決勝一回目はお前の試合だろ」

「そうだった!」

「……フーイ」

 

ぐ、と彼が拳を突き出す。

 

「決勝に出て、優勝は俺、準優勝はお前で決まりだ」

「優勝は私、準優勝は天津飯の間違いでしょ」

 

ごつ、と彼女が拳をぶつけ、2人は笑いあう。

 

青年の前には、ただ、まっさらな青い空だけが広がっている。

 

 

 

 

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