「言っとくけど、じっちゃんから本気でやれって言われてるんだ。
色々あって、私も全力出し切りたい気分だし」
向かい合った悟空を指さし、フーイは宣言する。
「殺す気でやるから、悟空もマジでやらないと多分死ぬよ」
「ああ、わかった」
彼が真剣な顔で頷き、構えたのを見て少女も構える。
「ではただいまより、第22回天下一武道会準決勝試合、第一戦を始めます。
――始めッ!!」
動いたのは悟空が先だった。
素早い動きで真っすぐに突っ込み、体当たりをするように拳を突き出す。
しかしフーイはギリギリでよけきると逆に側面からのカウンターを狙う。
その腕に巻き付いた尻尾が、彼女の体を引き倒そうとする。
が、逆にしっかりと地面をふみしめ、尻尾を掴み地面へ叩きつける。
倒れた彼へ追い打ちをかけようとしたところ、下から勢いよく蹴り飛ばされ体が宙へ浮いた。
「ははっ」
「ふへへ……」
一度距離をとって向かい合うと、お互いにどこか薄っぺらい笑い声が漏れた。
ゾクゾクと背骨が高ぶるのがわかる。心臓が痛いぐらいに興奮する。
彼らは似ている。性根も生い立ちも戦法も違うのに、酷く似ている。
そのわけをまだ知る由もないのだが、それでも感じるものがある。
笑う。フーイは笑う。
歯をむき出しにして、見せつけるように笑う。
彼女の笑顔は、サルの威嚇によく似ている。
どちらともなく、同時に動き出す。
二発の弾丸となって、何度も何度もぶつかり合う。
クリリンやヤムチャに餃子、亀仙人や鶴仙人ですら息をのむような、一進一退の攻防が続く。
恐らく会場の中で何が起きているのか、はっきり理解していたものはほんのわずかだろう。
「かーめー……」
「は!」
「っぐ!」
距離をとり、悟空はかめはめ波を撃とうとするが、その手へ気弾が正確に命中する。
気の集中が乱れ、集まり始めていた塊は霧散した。
生まれた隙を、フーイが見逃すわけもない。
「もらったッ!どどん波――ッ!」
素早く撃たれた光線は、真っすぐに目にもとまらぬ速さで突き進む。
「うわわっ」
なんとか体をひねって避けるが、元から技をすかされ、姿勢を崩していた悟空は、さらに無理のある体勢になる。
そこへ、どどん波にも迫るかというスピードで、フーイが飛び込んでくる。
これ以上は避けようがない。ここで決まってしまうかと思いきや。
「ふっ!」
「えっ!?」
悟空がふわっと宙に浮いた。
攻撃が空振りに終わり、少女はぽかんと間の抜けた顔で何もない空間を見つめている。
「な、な、な……」
わなわなと少年を震える手で指さし、鶴仙人は口元を手で覆った。
天津飯と餃子も思わず体を前のめりにし、食らいつくように覗き込む。
桃白白ですら、軽く目を見開いた。
亀仙流側の反応も、そう大きな違いはない。
何も知らない観客たちや他の選手よりも、彼らの驚きの方がよほど大きかった。
「アレは、間違いない、舞空術!」
「な、なぜあの小僧が使えるのだ!まさか、今日、この日みただけで……!?」
「いや、違う」
腰を抜かしそうな様子の兄を、桃白白は冷静に否定した。
「3年前、小僧はフーイと共に旅をしている。何度か舞空術も見たはず。
あいつが教えたわけではないだろうが、そもそもが簡単な技だ。
ある程度実力があれば、3年もあれば習得できても不思議ではない」
「……そ、そうか。そうだったな。ふふん、わかってしまえば何ということはないな」
そう言いながら鶴仙人は親指と人差し指でせわしなく髭の先を弄る。
見えないところで桃白白も2本の指の先を似た様に擦り合わせていた。
フーイが気付き、上を向いた時にはもう遅かった。
勢いよく頭上から悟空の体が、矢のようになって降ってくる。
どうにかまともに食らうことは避けられたが、それでも十分ダメージを負った。
が、元気に飛び起きて再び構えをとる。
「そっちがその気なら!」
たっと足を踏み出し、フーイが姿を消した。
気配はそこにあるのに、姿は見えない。
クリリンとの試合で悟空が見せた高速ステップだ。
本人たち以外で気付いているのは天津飯だけだろう。
「……そこだ!」
悟空が鋭く蹴りを放つ、がその足先は彼女の体を通り抜けた。
「残像拳!?」
「ジャッキー・チュンさんの技だ……!」
驚くヤムチャとクリリンの隣で、亀仙人――ジャッキー・チュン本人も口をあんぐりと開けている。
「いっ!?」
どふ、と肘が胸に入った。
肺が圧迫され、はっと空気が無理やりに押し出される。
呼吸が一瞬止まり、意識がくらんだ。
「たァッ!」
勢いよく蹴り飛ばされ、石畳の上をすべるようにして場外へ落ちる、かと思われたが。
「波ァッ!」
落下の直前、勢いよく気弾を地面に向かって放ち自分を浮かび上がらせ、舞台の上へ戻ってくる。
「やるじゃん」
「おめぇもな。けど、疲れてきたんじゃねぇか?」
「冗談。疲れてるのはそっちでしょ」
また、衝突。
殴っては捌かれ、蹴っては殴られる。
目まぐるしく互いの拳が、足が、全身が入り乱れる。
ほんの少しでもスピードに置いて行かれれば、そのまま縺れるように敗北する。
と、悟空が勢いよくフーイの体を蹴り飛ばした。
追い打ちとばかりに両手を構え、気を籠める。
けれど、彼に見えないようにして、フーイも指先に意識を集中させた。
「か~め~、は~め~……」
「どどん」
不意打ちのために、わざとタイミングを合わせる。
貫通力ではどどん波が勝るのだ。実力が拮抗している以上、ぶつかればこちらに分がある。
そう判断し、撃とうとした瞬間。
「波――ッ!」
飛んできたのはかめはめ波ではなく、
当然彼女のどどん波は空振りし、ぶつかってくる質量にも対応できない。
一塊になって場外へ出た二人だったが、下敷きになって先に落下したのは勿論フーイの方だった。
「……さ、先に落下したのはフーイ選手!
よって勝ったのは悟空選手です!悟空選手、決勝へとコマを進めました――っ!!」
会場に響くアナウンス、見物客たちの割れんばかりの声援。
「ぐ、くそ~~っ!! まさかフーイのやつが負けるとは……!」
「あの小僧、やはりただものではないか!」
師匠たちの悔し気な言葉。
「や、やった!やったぞ!悟空が勝った!」
「ああ、やっぱりあいつはすごいやつだ!」
亀仙流たちの歓喜。
どれもが、天津飯にはどこか遠く感じた。
不思議そうに、気づかわし気に餃子がこちらを見ている。
それもわかっている。
分かっているのだが、反応を返してやることができない。
天津飯にとって、フーイはもっとも身近な壁だった。
だからこそ、例の件ではあれほどまでに腹を立てた部分もある。
年下の姉弟子であり、その身体能力は他の追随を許さない。
今では五分の戦いができるようになっていたが、それは自分が手数でカバーした結果だ、と天津飯は思っている。
手数でカバーできる分、彼もフーイや悟空と変わらない天才なのだが。
自分が持っていないものを持っている人間がなまじ近すぎると、そういう点には目が行きにくいものだ。
とにかく、天津飯にとってフーイはある種、絶対的な存在である。
それが、負けた。
偶然でも幸運でも何でもない。
紙一重には違いなかったが、真正面からぶつかり、真正面から負けた。
心臓の高鳴りを感じる。
全身に熱い血液が巡る。
戦うのだ。あの少年と。
戦って勝てなければ、天下一にはなれないのだ。
「……天津飯?」
悔しいだのかっこ悪いだのと喚いていたフーイも、彼のただならぬ様子に首をかしげる。
「フーイ」
「ど、どうした?」
「俺はあいつに勝つぞ」
言いながら、天津飯はじっと悟空を見つめている。
その顔は、笑っていた。
心地の良い、ワクワクとした興奮で自然と口角が上がっている。
「……妬けるわぁ」
と、珍しく彼女は苦笑いをこぼした。