続く準決勝2戦目で、フーイは注意深く天津飯の動きを観察していた。
そして、ちょっぴり焦った。
見違えるほど技のキレがあがり、隙も遊びもない。
まさしく絶好調という奴で、正直、フーイでも勝てるか怪しい。
何かが吹っ切れたこと、未知の相手である孫悟空への興奮など、心情的な部分が与える影響が、実力以上に力を引き出している部分もあるが。
当然のように勝ち進み、こうして決勝の二名が決定した。
それにしても、弟弟子の成長は焦燥を煽る。
ましてや、自分が立てなかった舞台に立つというのだから。
彼女は強くこぶしを握り締め、歯を食いしばって会場を見つめる。
周りの――正確には鶴仙人と桃白白の目がなければ、悔しさの余り、地面にひっくり返って暴れかねなかった。
そして、内心で焦っている男がもう一人。
(ヤバいじゃん……)
天津飯が成長している事は、桃白白も勿論よく分かっていた。
分かっていたが、ここまでとは思っていなかった。
現状の彼らと戦って負けることなど万に一つもないが、それなりにまともな試合が成立するだろう。
慢心せず修行を重ねているのにもかかわらず、弟子たちの追い上げがすごい。
とはいえ、黙って負けてやるつもりなどさらさらないが。
自身の強さが、憧れの兄弟子を奮い立たせたと知れば、天津飯は喜ぶだろうか。
だが残念ながら、彼はどうやっても知る由がない。
もっとも、今はそれどころではないだろう。
「第22回を迎えました天下一武道大会。
世界各地より集まった達人、その数183名。
さらに予選を通過できたもの、たったの8名。
そして試合はコマを進めついに決勝まで残った2名!!
天津飯選手と孫悟空選手であります!!」
「勝ちますよね……」
「あったりまえじゃ!!」
餃子の言葉に鶴仙人は啖呵じみていい切った。
石畳の上、向かい合う。
観客が放つ声援は最早とどろきとなって、空さえもビリビリと震わせた。
鶴仙人、亀仙人も手に汗を握る。
餃子は甲高い声で天さん頑張ってと叫んだ。
亀仙流の面々も、負けじと悟空へ激励を飛ばす。
桃白白でさえ、後ろに手を組んだ透かしたポーズをやめ、手すりを掴んだ。
フーイは、見ている。
共に旅をした同じ星の少年を。
共に歳を重ねた同じ師を持つ青年を。
瞬き一つ惜しんで、見つめている。
「それではただいまより、第22回天下一武道会決勝試合をはじめたいと思います!よろしいですね!」
2人は互いに構えをとる。
天津飯だけでなく悟空にも、やや緊張の色が浮かぶ。
彼は本能的に感じ取っていた。
向かい合う相手はまだ、一度も全力を見せていない。
フーイとの試合で戦闘用の本気まで見せてしまった、自分の方がいくらか不利だ。
無音が辺りへ広がる。
針の落ちた音すら拾えそうな、身動き一つ許されない静けさ。
ギリギリまで水の入ったコップにも似た、はち切れそうな沈黙。
引き金を引くように、幕を切って落とす様に、司会が叫ぶ。
「始め!!」
「どどん波――ッ!」
まず真っ先に、天津飯が動いた。
スピードは速いが、光線は直線だ。
最早見慣れていた悟空は指先の動きを見るや否や、僅かに体をずらして避け真っすぐに突っ込む。
その動きを呼び込むことが狙いだった。
悟空が飛び込んだその先に、天津飯の拳が
尻尾を使ってギリギリでかわすも、その尻尾を今度は捕まれる。
が、悟空は捕まれたことを利用して、自分の体を振り子のように動かし、通常考えられない角度から殴り掛かった。
綺麗に貰いはしなかったものの、避けるために天津飯は尻尾を手放す。
くるりとよけ、着地した悟空へ休みなく襲い掛かる。
彼は、笑っている。
心の底から嬉しそうに、楽しそうに。
獰猛極まりないその笑顔は、しかしどこか無邪気にも見える。
「う、うれしいぜ……!お前のような奴が、フーイの他にもいたなんてな……
この俺がここまでわくわくするなんてな……!こんなことは初めてだぜ……!」
クリリンは、思わず見とれた。
圧倒されるだけの観客たちと違い、少しでも見る目のある者は全員がそうだった。
極限まで研ぎ澄まされ、磨かれた攻防は、舞踏に似ている。
そして、奇妙なことに、ぴったりと呼吸が合っていた。
ある意味では将棋やチェスに近い。
お互いが瞬間瞬間の最善手を出し合った結果、1つの正解に向かって歯車がかみ合う。
かみ合いながら、自分自身の勝利をもぎ取ろうと、暴力的に絡み合う。
「かーめー、はーめー……」
天津飯を頭上高くへ打ち上げ、悟空が両手を構える。
「………やめたっ!!」
が、あっさりと彼は両手を引っ込めた。
着地した天津飯へさらに追撃を狙うが、肘で防がれるように打たれる。
拳がぶつかり合うたびに、何かがはぜるような音が辺りに響く。
「ご、悟空のやつバカだな、なんでかめはめ波をやめたんだ……?」
「先を読んだのじゃ……」
クリリンの呟きに亀仙人が答えたのと同じころ、別の場所で餃子も同じことを鶴仙人に問うていた。
「さきを、よむ?」
「あの時点でかめはめ波を出したところで、天津飯には通用せん。
余計なエネルギーを消費しないぐらいの知恵があるようじゃな」
踊る。踊る。踊る。
跳ねまわり、足を回し、腕を伸ばす。
互いの実力が、拮抗しているからこそ成立する演舞。
それでも、ほんの少しだけ悟空が速い。
踏み込む速度が、拳の速度が、次の攻撃を導き出す速度が。
ほんの少しだけ、速い。
コンマ一秒の積み重ねがしかし着実に、じわりじわりと天津飯を追い詰める。
「天さん……」
餃子もそれを感じ取ったのか、不安げな声を漏らした。
鶴仙人の表情が、歪みかけたその時。
「大丈夫、勝つよ」
フーイは試合から少しも目をそらさずにそう言った。
つん、となぜか唇を尖らせている。
「だって私でも負けそうな天津飯に、私以外が勝てるわけないじゃん」
あ、桃白白は別だよ、とだけ付け加えて、彼女は再び口を閉じた。
真剣な横顔に、思わず鶴仙人は言葉を失う。
いつからだろう、赤ん坊と殆ど変わらなかった少女が、こんな顔をするようになったのは。
ふっと胸を風が透かすような心地がする。
改めて試合へと向き直る。
天津飯は、強かった。
単にシンプルな事実として、彼は恐ろしいほど強かった。
技の一つ一つを、足の置き場や呼吸一つに至るまで、鶴仙人は知っている。
それを教えただけではない。形作られる過程の全てを、残らず見てきた。
悟空の怒涛の拳の嵐を、天津飯はどうにか捌き切る。
けれどしっぽの一撃は避けきれず、思わず後ろへたたらを踏んだ。
そのすきをついて、強く胸を蹴られる。
思わずそのばへしゃがみ込み、口元を拭った。
「どうやら、まともにやり合っては流石の俺も分が悪いようだな……
大したやつだ、本気でそう思うぜ……
ここまで追い詰められるとは思わなかった」
天津飯の渾身の一撃が、悟空を吹き飛ばす。
けれど致命には程遠い。
体勢を崩し、空中へすっ飛んだが、それだけ。
しかし、同時に天津飯は勢いよく上空へ浮かび上がった。
ぐんぐんと飛んで十分な距離をとると、両手で印を結ぶ。
「や、やめろ天津飯!!」
亀仙人が思わず叫んだが、彼の耳には届かない。
「お前ならよけきれるだろう。俺も本気ではやらん、死にはしない」
天津飯には勝算があった。
それは、悟空がまだ十分に舞空術を使いこなしていない点だ。
証拠に彼は、フーイとの試合で場外負けになりかけ、とっさに舞空術ではなくかめはめ波で自分の体を浮かび上がらせた。
もしかしたらこれは、汚いやり方かもしれない。
悟空が十分に避ける余裕がないところを狙って、こんな大技を打つのは卑怯かもしれない。
それでもいい。とにかく勝ちたかった。
この試合に、悟空に、何としてでも勝ちたい。
「勝利こそが肝心だ」
唐突に、師匠の言葉が思い出される。
「どんな手を使ってでも、必ず勝て!」
ふっと天津飯は笑った。
鶴仙人は間違いなく、この勝ち方を認めてくれるだろう。
ならば、誰に後ろ指を指されても知るものか。
「気功砲!!」
巨大な気弾が、武舞台を破壊する。
もしも、仮の話だが、悟空がしっかりと両足で立ち、構える準備ができている状態なら、恐らくなんとかできただろう。
舞空術で同じように上空へ飛び上がるか、そんなことをしなくても、ただのジャンプで天津飯と同じ高さまで飛び上がれたかもしれない。
そうすれば、勝負は五分以上に少年へ有利だっただろう。
けれど、そうはならなかった。
僅かに押してはいたがそれでも天津飯との攻防で体力も消耗していた。
渾身の一撃は、素早く受け身をとれるほどは生温くなかった。
命を守るために、とっさの瞬間、彼は武舞台から離れざるを得なかった。
勢いよく背中が観客席の手すりに当たる。
上を見上げると偶然、たまたま真後ろにいたフーイと目が合った。
得意げに、少女が笑う。
「ぶっ、武舞台が……!ないっ!!」
クリリンが悲鳴に近い大声をあげる。
武舞台があった場所には、ぽっかりと大穴が開いていた。
「じょ、場外――!!」
アナウンスが辺りに響く。
舞台が無くなっては場外も何もあるまいが、ルールはルールだ。
「天津飯選手勝ちました!!優勝です――っ!!
天下一は天津飯選手に決定――――!!」
空へ向かってフーイが親指を立てる。
天津飯もそれに応えて、フーイへ、餃子へ、桃白白へ、誰よりも鶴仙人へ向けて、親指を立てた。