「ではまた3年後にお会いしましょう。さようなら――!!」
閉会のアナウンスが流れ、殆どの人間が帰路についたころ。
同じように選手たちも帰り支度をすませていた。
「ん?」
「え?」
そして、2人の仙人がばったりと出くわす。
彼らの後ろをついて歩いていた連れ添いたちも、どやどやと顔を見合わせた。
「ふんっ」
「ひっひっひ」
腕を組み、嫌そうに鼻を鳴らし顔をそらせた亀仙人と対照的に、鶴仙人は得意げに笑う。
「いやぁ、見事だったではないか亀仙人。
まさか自慢の弟子が準優勝とはな~ァ!」
「はっはっは! おぬしの方こそ、優勝とはのう~!
まったく出来のいい弟子じゃな、師匠とは大違い!」
「なにを!このつるっぱげ!」
「だまれ!この中途半端はげ!」
体裁をギリギリで取り繕い、嫌みを言い合っていたのも一瞬の事。
あっという間に単なる喧嘩に変わる。
弟子の前での勿体ぶった師匠像もかなぐり捨てて、やいのやいのと罵り合う。
そこだけ切り取れば、老人2人というより折り合いの悪い青年同士のようだ。
「そもそも、おぬしはなんじゃ! 弟子が出場するならともかく、じぶ…もがっ!」
自分まで出場しおって、っと言おうとした彼の口を慌てて亀仙人が塞ぐ。
必死に人差し指を唇の前で立てる仕草は、亀仙流の面々には見えず、彼らは首をかしげている。
事情を呑み込めない餃子も同じように首を傾け、天津飯とフーイは互いにちらりと視線をかわす。
桃白白は興味なさげに突っ立っていた。
「ええい!やめんか!」
力づくで腕をはたき落とし、鶴仙人は肩で息をする。
口元を拭って襟元を正し、年甲斐の無い奴めと吐き捨てた。
正直、年甲斐に関してはドングリの背比べである。
「まあいい、これで本当の武道というものを、みんなもようく知ったことじゃろう」
ひっひっひとまた高らかに笑い声をあげる。
「フーイのお師匠さんってわりに、陰湿な感じね」
こそこそとブルマはヤムチャへ耳打ちをした。
ヤムチャ、クリリンは少し顔をしかめて小さく頷く。
そこへぬるっとフーイが割り込む。
ぎょっとする彼らをよそに仕方ないよ、と彼女は言った。
「だって鶴仙人のじっちゃんもはしゃいでるんだよ。
天津飯が優勝した時嬉しすぎて、餃子と一緒になって、万歳しながらジャンプして、テッ!?」
「余計なことを言うな!」
勢いよく拳が脳天に直撃し、頭を抑えてフーイはしゃがみこむ。
天津飯は驚きと喜びを隠せず、クールな表情が緩みかけている。
「なんだよ!ホントの事じゃん!
桃白白だって思いっきりしっかり、ガッツポーズし、いって~~!!」
一切の容赦がない膝蹴りが小さな体を襲った。
天津飯は最早心の底からにっこりと誇らしげに微笑んでいる。
やや冷ややかだった亀仙流の面々からの視線が、全く生温いものに変化した。
ごほん、とわざとらしく咳をして、鶴仙人が仕切り直す。
「さて、それでは天津飯の優勝を祝して食事にでも行くか」
「わーい!」
「わーい!」
餃子が嬉しそうに両手をあげ、フーイもそれに続く。
それなら、と天津飯は鶴仙へ言う。
「私に賞金でごちそうさせてください」
「何を言うか。それはお前が、お前自身の手で稼いだ初めての金じゃ。
自分の好きに使うがいい」
「ですが……」
「だいたい、フーイがいるんじゃぞ、50万ゼニーぽっちじゃ足りんわ」
「そうそう」
二ッと彼女が笑うと、天津飯も苦笑するしかない。
鶴仙人は軽く彼の背中を叩いて、歩みを促す。
「わしらもメシでもくいに行こうかの。悟空もクリリンも、腹いっぱい食べて力を蓄えんとな」
「賛成!」
亀仙人の言葉にブルマとヤムチャが声をあげる。
それぞれに出発しようとしたとき、あっと悟空が自分の両手を見た。
「いけねえ!!じいちゃんのドラゴンボールと如意棒!!」
しょうがないな、とクリリンが笑う。
「おまえくたくただろ、いいや俺がとって来てやるよ」
「すまねえ、サンキュー」
そのやりとりを聞いて、桃白白は軽く自分の胸元やポケットを叩いた。
「なんじゃ、お前も忘れものか」
「すぐに戻る」
「おう」
同じ場所から、同じタイミングで、同じ場所へ向かう。
となると、自然と並んで進むことになる。
思わずクリリンは頬を引きつらせた。
なんといったって、桃白白は殺し屋なのだ。
それも、世界一を自称している。実際、自分等よりはるかに強いだろう。
ぶっちゃけ、怖かった。
とはいえ、観客席と選手控室は場所が違う。
すぐに離れる、と思ったのだが。
「あの……」
「なんだ?」
「いえ、なんでもないです」
何故か分かれ道を過ぎても、並んで歩いている。
選手控室へ向かって。
それを指摘しようと話しかけて、じろりと睨まれ(本人はただ見ているだけなのだが)クリリンは口を噤んだ。
じつは、桃白白の忘れ物とは選手控室と、予選会場に仕掛けたカメラだった。
天下一武道会にはその名の通り、世界各地の達人たちが一堂に集まる。
武道を志す者にとっては、一戦一戦が宝の山のようなものだ。
たとえ試合が成立しないほど技量の差があったとしても、知ることには価値がある。
様々な戦闘スタイルを目にすることは、それだけで勉強になるものだ。
とはいえ無許可なので大っぴらに回収するわけにはいかない。
まあいざとなったら黙らせるか、と少し物騒なことを彼は考えていた。
一方、鶴仙流と亀仙流の面々は、互いに人を待つ身なので何となく、まだ同じところにたむろしていた。
師匠同士の不仲も何のその、弟子たちはワイワイと自分達の試合の話で盛り上がっている。
流石にそこへ水はさせないので、老人たちはどこか所在なさげに見守るしかない。
「悟空もこっちに遊びにきなよ、また試合したいしさ」
「いいのか!?」
「ああ、俺も賛成だ。鶴仙人様にお願いしてみよう」
そんな他愛のない話をしていた時。
――断末魔にも似た叫びが辺りに響く。
「なっなんじゃ!!」
「クリリンの声だっ!」
悟空がはじかれたように走り出すと、全員がそれに続く。
声がした方に進みながら、きょろきょろとフーイたちはあたりを見回した。
観客席に桃白白の姿はない。
一体、どこまで忘れ物を取りに行ったのだろうか。
とうとう選手控室まで辿り着くと、誰かが倒れている。
一人はサングラスをつけた、天下一武道会の司会者。
一人は小さな体の、坊主頭の少年。
もう一人は、薄いピンク色の服を着た、三つ編みの男。
「えっ……?」
少女は立ち尽くす。
足を止めた少年の隣を、ヤムチャが走り抜けた。
鶴仙人も同様に倒れている弟へ駆け寄る。
彼の胸元には何かが焦げ付いたような跡がある。
「おい、クリリン!クリリン!」
「桃白白、返事をせんか!」
「ば……ばけものだ……」
辛うじて息があった司会者が苦し気に、なんとか言葉を吐く。
「そ…そこにあった袋からへんな球と……ぶ…武道会の名簿を奪って……に…にげた……
桃白白さんが……とめようとしたが……あいつの右腕が……爆発して………」
「ま、まさか、死んで……う、うそだ……」
「何かの冗談だろ、クリリン」
鶴仙人とヤムチャの動揺しきった声が、妙にはっきりと耳に届いた。
死んだ。
桃白白が、クリリンが。
「殺された……」
一度口に出してしまうと、彼らはもう止まらない。
「ち……ちきしょう!!ちきしょう……!!」
「まっ、まて悟空!まて!!まてというに!!命令じゃぞっ!!」
悟空は如意棒とドラゴンレーダーを手に、筋斗雲へ乗る。
わき目も振らず飛び出した背中を、亀仙人は見送ることしかできない。
「……」
「や、やめろフーイ!どこへ行くつもりじゃ!おい!フーイ!!」
フーイは弾丸のように走り出し、外の柱を折り取って投げた。
必死に呼び留める鶴仙人の声も届かず、彼女は振り向かない。
呆然と、行き場のない沈黙が包む。
何かしなければならないのに、何も思いつかず、身動きが取れない。
しわくちゃの手が、すがるように抱きしめていた体が、僅かに動く。
こほ、と咳の音が響いた。