「フーイめ、桃白白を殺した奴にかなうはずもなかろうに……」
俯き、重苦しく呟く鶴仙人の顔は暗い。背中は小さくしぼんで見えた。
たった一人の弟の死に、こらえきれずぽつ、と涙が落ちた。
薄いピンク色の服をきつく握り締める、その手を別の手が軽く払う。
「勝手に殺すな」
そう言ってむくりと桃白白が体を起こした。
「た、桃白白! 無事だったのか!?」
「無事なわけあるか、マジで呼吸が止まっとったんだぞ、
クソ、あいつ自爆なんてしょうもない真似をしおってからに……」
いまいましげに顔を歪ませ、ぶつぶつと悪態をつく。
支える兄を押しのけて、立ち上がろうとしたところで、激しくせき込んだ。
口元を抑えた手には、少しだが血がついている。
「い、いかん!動くな!」
抱き留めるように押さえつけ、鶴仙人は今度は努めて冷静に、体の様子を探った。
「あばらが何本か折れとるかもしれん、早いとこ病院に連れて行かんとならん」
「ショックで呼吸が止まっとっただけじゃったのか……鶴の奴め早とちりしおって」
「しょうがないじゃろうが!」
「俺の頭の上で喧嘩するな」
やいのやいのと言い合っていた亀仙人だったが、それならばとはっとしてクリリンに駆け寄る。
奇妙な構えをとると、彼の小さな胸をドッと叩いた。
「むんっ!」
「――ぷはっ!!」
すると、クリリンも再び息を吹き返す。
ヤムチャの顔がぱっと明るくなり、ブルマとプーアルも歓声を上げた。
「クリリン!」
「む、むてんろうしさ、ま……?それにヤムチャさんも……
そうだ!ドラゴンボールが、うっ……!」
起き上がろうとする彼の額を優しく撫で、無理をするなと亀仙人は優しく言う。
「死にかけとったんだからのう。
しかし、おぬしと桃白白がここまでやられるとは……一体どんなやつじゃ?」
「それが……」
「な……なあ、こんなのが落ちてたんだけど……」
ぺら、と一枚の紙きれをウーロンが拾い上げた。
それをブルマが横から覗き込み、眉間にしわを寄せた。
「……丸の中に魔の字?……何かしら……?」
「!!」
ある種、弟と弟子が死んだと勘違いした時よりも、激しい衝撃をもたらしたらしい。
呟きを聞くや否や、びく、と肩を跳ねさせ、鶴仙人と亀仙人の表情が一変した。
死刑を宣告された囚人のような、あるいは逃れられない悪夢に対面した少年のような。
あまりの剣幕に、全員が言葉を失った。
ぶるぶる震える手で紙切れを受け取った亀仙人は、酷く乾いた声で呻く。
「ま……さか……そ……そんな……」
「何かの間違いだ!!」
その声をかき消して、張り裂けそうなほど痛切に鶴仙人が叫ぶ。
「そうだろう!そんなはずがない!」
「……いや、間違いない」
舌が凝り固まったような息苦しさを感じ、亀仙人は喉を抑えた。
頭が痛む。かりかり、かりかりと、頭蓋骨を内側から鋭い爪で引っかかれるような痛み。
どれほど時が経とうと、どれほどの事が起きようと、決して忘れることはない。
数世紀も前の苦しみが、今になってありありと胸を重くする。
「やつの紋章じゃ……」
「………」
「嘘だというのならおぬしも見てみるがいい」
差し出された紙きれをひったくり、目の当たりにした鶴仙人は息をのむ。
そして、そのまま握り潰した。
手に指が食い込み、血がにじむほど強く。
「な、なんなのですか、それは一体……」
「……ピッコロ大魔王じゃ」
耐え切れず口を開いた天津飯の問いに、代わりに亀仙人が答えた。
「ぴ、ピッコロ大魔王……!?」
「まさか、以前鶴仙人様がおっしゃっていた、その昔世界を恐怖のどん底に叩き落とした大魔王という、あの?」
「そうじゃ、しかしピッコロ大魔王は二度とこの世に姿を現さぬはず……」
まだ僅かに声を震わせながら、彼は語る。
とんでもなく恐ろしい大魔王が、かつていたこと。
怪物を生み出し、あっという間に平和な世界を死の時代へ変えたこと。
そして、余りにも圧倒的に強かったこと。
若い頃の鶴仙人と亀仙人だけではない。
彼らの師匠である武泰斗ですら、歯が立たぬほどに。
「しかし、武泰斗様は、このまま世を思い通りにさせてなるものかと、ある秘術を編み出された……
『魔封波』という術じゃ。それを使い、見事、武泰斗様は大魔王を封じ込めた」
「己の命と引き換えに、な」
吐き捨てるようにそう言うと、鶴仙人は紙切れを床にたたきつける。
肺を押しつぶすような、むなしい笑い声をあげて彼はつづけた。
「はっ、しかし結果はどうだ!? ほんの数百年ぽっちでやつはこの世に蘇りよった!
亀よ、儂には分かるぞ! ピッコロ大魔王は自力で封印を破ったわけではない!
あの武泰斗様の封印が、自然と解けるはずもない!
どうせ、どこぞの悪党が海底から引き揚げたのだ! その恐ろしさを知りもせずに!」
「鶴!何が言いたい!」
亀仙人の怒鳴り声に、彼は張り付けたような薄ら笑いで答える。
「無意味だということだ。正義などというものは」
「なんじゃと!?」
「違うというならば言ってみい!あれほどの方が命を賭して成し遂げたことさえ、
たった一人の愚か者のせいで水の泡ではないか!負ければ何も残らん!死ねば終わりじゃ!」
「よせ、それ以上言うならただでは済まさんぞ!」
「いいや、言ってやる!無駄死にだ!全くの無駄死だった!」
「貴様、そこまで腐ったか……!」
怒りのあまり、亀仙人は頭が真っ白になる。
殴り掛かることすら忘れ、その場に棒立ちになった。
その様子を見て、さらに鶴仙人は引き攣った笑い声をあげる。
餃子には分かった。超能力のテレパシーがなかったとしても分かっただろう。
天津飯にも分かった。胸が苦しくなるほど、よく分かった。
そして、彼は全てを理解した。少なくとも、彼自身はそう思った。
鶴仙流の根源を、そこに見たのだ。
「鶴仙人様は」
ぽつ、と割り込んできた声に二人がそちらを向く。
「武泰斗様に、死んで欲しくなかったのですね」
は、と喉を空気が通り抜ける、隙間風のような音がした。
「だから、鶴仙流を作った、違いますか?」
鶴仙流は『自己を鍛え上げる』というよりも『敵を倒す(殺す)』ことに特化した流派だ。
その為には武道だけでなく、剣だけでなく、重火器や爆発物まで活用する。
何よりも勝利を重んじ、その為には手段を選ばない。卑怯と誹られることすらある。
では、何のために敵を殺すのか?
自己の鍛錬と違い、それそのものは目的にはなりえない。
例えば殺人には必ず動機があり、殺害そのものは動機を果たすための手段でしかないのだ。
鶴仙流の根源が、切っ掛けが武泰斗様の死にあるのなら。
世界の平和と引き換えの正義のための尊い犠牲にあるのなら。
そこには、創始者である鶴仙流の、たった一つの強い願いが込められている。
死んで欲しくなかった。生き延びて欲しかった。
そしてそれには、正義ではダメだったのだ。
「どんな手を使ってでも、必ず勝つ。
勝って生き延びる。何も失わないための流派。
それが、貴方の作った鶴仙流だった」
余りにも真っすぐに言い切られたものだから、鶴仙人はすっかり言葉を失った。
反射的に否定したくもなったのだが、違うといったところでその後の言葉が続かない。
天津飯の性根と言葉は余りにも真っすぐで、心に深く刺さりすぎる。
「フーイを連れ戻してきます。あいつの行った先は見当がつく。
できる限り悟空も探してきます。二人が生きていたことを知らせなくては
ここにいる全員でかかれば、大魔王にも勝ち目があるはずです」
「天津飯」
「鶴仙人様」
弱弱しく名前を呼んだ師匠を、はっきりと真正面から彼は呼び返した。
「武泰斗様のことを、俺はよく知りません。ですが、決して無駄死になどではなかった」
「なにを……」
「武泰斗様は亀仙人様と、貴方を育てた。そして、亀仙人様は悟空たちを、貴方は俺達を育ててくれたんですから」
意味は、あったんです。
そう言い残して出ていこうとする天津飯を、鶴仙人は厳しい声で呼び留める。
「身一つであいつらを追いかけるつもりか? ほれ、乗っていけ」
投げ渡されたホイポイカプセルには、鶴仙人の飛行機が入っている。
律儀にも頭を下げて礼を言い、ついて来ようとする餃子に師匠と兄弟子を頼んで、天津飯は出発した。
すっかり姿が見えなくなったところで、鶴仙人は呟く。
「意味はあった、か」
「……どうした兄ちゃん」
「なんでもないわ。お前は寝ておけ」
そういって口を挟んできた弟の額を軽く指ではじく。
「そういえばブルマと言ったか。お前さん、ドラゴンレーダーとやらの予備は持っとらんのか?」
「え、あ、孫くんが良く壊すから、一応作ったのがあるけど」
「貸してもらえんか」
「う、うん……」
ドラゴンレーダーを受け取った鶴仙人を見て、亀仙人は察したのか軽く目を見開いた。
視線をかわし、2人はお互いに頷き合う。
つい心を読んだ餃子が不安におびえ、震えだす。
桃白白は何かを感じ取り、鶴仙人の胸倉をつかんだ。
「おい! お前たち何を考えて……ッ!」
と、と首筋に手刀が入り、あっけなく彼は昏倒する。
ごそごそとそのポケットを探り、鶴仙人はホイポイを一つ、取り出した。
「借りるぞ」
「鶴、やるのか」
「おぬしは初めからそのつもりだったろう」
「……まあな」
「な、なに?何の話……?」
うろたえるブルマに亀仙人が言う。
「おぬしたちはクリリンと桃白白を連れて、儂の家に隠れておれ。
病院なんかの場所は逆に危なくなるかもしれんからな」
「ま、待ってくださいよ、武天老師様、まさか……」
「心配するな」
多分、今の自分の表情はあの時の武泰斗に似ているのだろうなと考えて、亀仙人は年甲斐もなく、どこか嬉しさを感じていた。