もう一人のサイヤ人が桃白白の弟子になる話   作:麻寿津士

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其之二十五 武泰斗の弟子

「フーイめ、桃白白を殺した奴にかなうはずもなかろうに……」

 

俯き、重苦しく呟く鶴仙人の顔は暗い。背中は小さくしぼんで見えた。

たった一人の弟の死に、こらえきれずぽつ、と涙が落ちた。

薄いピンク色の服をきつく握り締める、その手を別の手が軽く払う。

 

「勝手に殺すな」

 

そう言ってむくりと桃白白が体を起こした。

 

「た、桃白白! 無事だったのか!?」

「無事なわけあるか、マジで呼吸が止まっとったんだぞ、

 クソ、あいつ自爆なんてしょうもない真似をしおってからに……」

 

いまいましげに顔を歪ませ、ぶつぶつと悪態をつく。

支える兄を押しのけて、立ち上がろうとしたところで、激しくせき込んだ。

口元を抑えた手には、少しだが血がついている。

 

「い、いかん!動くな!」

 

抱き留めるように押さえつけ、鶴仙人は今度は努めて冷静に、体の様子を探った。

 

「あばらが何本か折れとるかもしれん、早いとこ病院に連れて行かんとならん」

「ショックで呼吸が止まっとっただけじゃったのか……鶴の奴め早とちりしおって」

「しょうがないじゃろうが!」

「俺の頭の上で喧嘩するな」

 

やいのやいのと言い合っていた亀仙人だったが、それならばとはっとしてクリリンに駆け寄る。

奇妙な構えをとると、彼の小さな胸をドッと叩いた。

 

「むんっ!」

「――ぷはっ!!」

 

すると、クリリンも再び息を吹き返す。

ヤムチャの顔がぱっと明るくなり、ブルマとプーアルも歓声を上げた。

 

「クリリン!」

「む、むてんろうしさ、ま……?それにヤムチャさんも……

 そうだ!ドラゴンボールが、うっ……!」

 

起き上がろうとする彼の額を優しく撫で、無理をするなと亀仙人は優しく言う。

 

「死にかけとったんだからのう。

 しかし、おぬしと桃白白がここまでやられるとは……一体どんなやつじゃ?」

「それが……」

 

「な……なあ、こんなのが落ちてたんだけど……」

 

ぺら、と一枚の紙きれをウーロンが拾い上げた。

それをブルマが横から覗き込み、眉間にしわを寄せた。

 

「……丸の中に魔の字?……何かしら……?」

「!!」

 

ある種、弟と弟子が死んだと勘違いした時よりも、激しい衝撃をもたらしたらしい。

呟きを聞くや否や、びく、と肩を跳ねさせ、鶴仙人と亀仙人の表情が一変した。

 

死刑を宣告された囚人のような、あるいは逃れられない悪夢に対面した少年のような。

あまりの剣幕に、全員が言葉を失った。

ぶるぶる震える手で紙切れを受け取った亀仙人は、酷く乾いた声で呻く。

 

「ま……さか……そ……そんな……」

「何かの間違いだ!!」

 

その声をかき消して、張り裂けそうなほど痛切に鶴仙人が叫ぶ。

 

「そうだろう!そんなはずがない!」

「……いや、間違いない」

 

舌が凝り固まったような息苦しさを感じ、亀仙人は喉を抑えた。

頭が痛む。かりかり、かりかりと、頭蓋骨を内側から鋭い爪で引っかかれるような痛み。

どれほど時が経とうと、どれほどの事が起きようと、決して忘れることはない。

数世紀も前の苦しみが、今になってありありと胸を重くする。

 

「やつの紋章じゃ……」

「………」

「嘘だというのならおぬしも見てみるがいい」

 

差し出された紙きれをひったくり、目の当たりにした鶴仙人は息をのむ。

そして、そのまま握り潰した。

手に指が食い込み、血がにじむほど強く。

 

「な、なんなのですか、それは一体……」

「……ピッコロ大魔王じゃ」

 

耐え切れず口を開いた天津飯の問いに、代わりに亀仙人が答えた。

 

「ぴ、ピッコロ大魔王……!?」

「まさか、以前鶴仙人様がおっしゃっていた、その昔世界を恐怖のどん底に叩き落とした大魔王という、あの?」

「そうじゃ、しかしピッコロ大魔王は二度とこの世に姿を現さぬはず……」

 

まだ僅かに声を震わせながら、彼は語る。

 

とんでもなく恐ろしい大魔王が、かつていたこと。

怪物を生み出し、あっという間に平和な世界を死の時代へ変えたこと。

そして、余りにも圧倒的に強かったこと。

若い頃の鶴仙人と亀仙人だけではない。

彼らの師匠である武泰斗ですら、歯が立たぬほどに。

 

「しかし、武泰斗様は、このまま世を思い通りにさせてなるものかと、ある秘術を編み出された……

 『魔封波』という術じゃ。それを使い、見事、武泰斗様は大魔王を封じ込めた」

 

「己の命と引き換えに、な」

 

吐き捨てるようにそう言うと、鶴仙人は紙切れを床にたたきつける。

肺を押しつぶすような、むなしい笑い声をあげて彼はつづけた。

 

「はっ、しかし結果はどうだ!? ほんの数百年ぽっちでやつはこの世に蘇りよった!

 亀よ、儂には分かるぞ! ピッコロ大魔王は自力で封印を破ったわけではない!

 あの武泰斗様の封印が、自然と解けるはずもない!

 どうせ、どこぞの悪党が海底から引き揚げたのだ! その恐ろしさを知りもせずに!」

「鶴!何が言いたい!」

 

亀仙人の怒鳴り声に、彼は張り付けたような薄ら笑いで答える。

 

「無意味だということだ。正義などというものは」

「なんじゃと!?」

「違うというならば言ってみい!あれほどの方が命を賭して成し遂げたことさえ、

 たった一人の愚か者のせいで水の泡ではないか!負ければ何も残らん!死ねば終わりじゃ!」

「よせ、それ以上言うならただでは済まさんぞ!」

「いいや、言ってやる!無駄死にだ!全くの無駄死だった!」

「貴様、そこまで腐ったか……!」

 

怒りのあまり、亀仙人は頭が真っ白になる。

殴り掛かることすら忘れ、その場に棒立ちになった。

その様子を見て、さらに鶴仙人は引き攣った笑い声をあげる。

 

餃子には分かった。超能力のテレパシーがなかったとしても分かっただろう。

天津飯にも分かった。胸が苦しくなるほど、よく分かった。

そして、彼は全てを理解した。少なくとも、彼自身はそう思った。

鶴仙流の根源を、そこに見たのだ。

 

「鶴仙人様は」

 

ぽつ、と割り込んできた声に二人がそちらを向く。

 

「武泰斗様に、死んで欲しくなかったのですね」

 

は、と喉を空気が通り抜ける、隙間風のような音がした。

 

「だから、鶴仙流を作った、違いますか?」

 

鶴仙流は『自己を鍛え上げる』というよりも『敵を倒す(殺す)』ことに特化した流派だ。

その為には武道だけでなく、剣だけでなく、重火器や爆発物まで活用する。

何よりも勝利を重んじ、その為には手段を選ばない。卑怯と誹られることすらある。

 

では、何のために敵を殺すのか?

自己の鍛錬と違い、それそのものは目的にはなりえない。

例えば殺人には必ず動機があり、殺害そのものは動機を果たすための手段でしかないのだ。

 

鶴仙流の根源が、切っ掛けが武泰斗様の死にあるのなら。

世界の平和と引き換えの正義のための尊い犠牲にあるのなら。

そこには、創始者である鶴仙流の、たった一つの強い願いが込められている。

 

死んで欲しくなかった。生き延びて欲しかった。

そしてそれには、正義ではダメだったのだ。

 

「どんな手を使ってでも、必ず勝つ。

 勝って生き延びる。何も失わないための流派。

 それが、貴方の作った鶴仙流だった」

 

余りにも真っすぐに言い切られたものだから、鶴仙人はすっかり言葉を失った。

反射的に否定したくもなったのだが、違うといったところでその後の言葉が続かない。

天津飯の性根と言葉は余りにも真っすぐで、心に深く刺さりすぎる。

 

「フーイを連れ戻してきます。あいつの行った先は見当がつく。

 できる限り悟空も探してきます。二人が生きていたことを知らせなくては

 ここにいる全員でかかれば、大魔王にも勝ち目があるはずです」

「天津飯」

「鶴仙人様」

 

弱弱しく名前を呼んだ師匠を、はっきりと真正面から彼は呼び返した。

 

「武泰斗様のことを、俺はよく知りません。ですが、決して無駄死になどではなかった」

「なにを……」

「武泰斗様は亀仙人様と、貴方を育てた。そして、亀仙人様は悟空たちを、貴方は俺達を育ててくれたんですから」

 

意味は、あったんです。

 

 

そう言い残して出ていこうとする天津飯を、鶴仙人は厳しい声で呼び留める。

 

「身一つであいつらを追いかけるつもりか? ほれ、乗っていけ」

 

投げ渡されたホイポイカプセルには、鶴仙人の飛行機が入っている。

律儀にも頭を下げて礼を言い、ついて来ようとする餃子に師匠と兄弟子を頼んで、天津飯は出発した。

すっかり姿が見えなくなったところで、鶴仙人は呟く。

 

「意味はあった、か」

「……どうした兄ちゃん」

「なんでもないわ。お前は寝ておけ」

 

そういって口を挟んできた弟の額を軽く指ではじく。

 

「そういえばブルマと言ったか。お前さん、ドラゴンレーダーとやらの予備は持っとらんのか?」

「え、あ、孫くんが良く壊すから、一応作ったのがあるけど」

「貸してもらえんか」

「う、うん……」

 

ドラゴンレーダーを受け取った鶴仙人を見て、亀仙人は察したのか軽く目を見開いた。

視線をかわし、2人はお互いに頷き合う。

つい心を読んだ餃子が不安におびえ、震えだす。

桃白白は何かを感じ取り、鶴仙人の胸倉をつかんだ。

 

「おい! お前たち何を考えて……ッ!」

 

と、と首筋に手刀が入り、あっけなく彼は昏倒する。

ごそごそとそのポケットを探り、鶴仙人はホイポイを一つ、取り出した。

 

「借りるぞ」

「鶴、やるのか」

「おぬしは初めからそのつもりだったろう」

「……まあな」

「な、なに?何の話……?」

 

うろたえるブルマに亀仙人が言う。

 

「おぬしたちはクリリンと桃白白を連れて、儂の家に隠れておれ。

 病院なんかの場所は逆に危なくなるかもしれんからな」

「ま、待ってくださいよ、武天老師様、まさか……」

「心配するな」

 

多分、今の自分の表情はあの時の武泰斗に似ているのだろうなと考えて、亀仙人は年甲斐もなく、どこか嬉しさを感じていた。

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