「わ……私は……国王の座を追われ……
こ……国王は……ピッコロ大魔王と……なってしまいました……無念です……」
都会の街頭モニターで、僻地の人々が集まる広場で。
一人で暮らすサラリーマンの部屋で、学校の教室に備え付けられた画面で。
お客でにぎわう食堂で、高速道路を走るスポーツカーで。
世界中のありとあらゆるテレビとラジオから、そのスピーチは流れ出した。
勿論、ブルマたちが隠れて逃げ込んだカメハウスでも。
如何にも優しげな顔をした国王が、悲痛に表情を歪ませ、画面のこちら側へ向かって叫ぶ。
「こっこんな奴が王になっては世の破滅だ――っ!!
だっ誰かこの無法者をやっつけてくれいっ!!」
「余計なことは言うなと言ったはずだ」
にょっきりと緑色の不気味な腕がその首元に伸び、軽々と持ち上げる。
「まだ死にたくはないんだろう?」
ぱっと前触れなく手をはなすと、何かにぶつかる鈍い音がする。
特に気にする様子もなくレンズへ向き直り、ピッコロ大魔王は語った。
「世の者どもよ、よーく見ておくんだな。
この私が貴様らの新しい国王となったピッコロ大魔王様だ。
私の力は先ほど見せた破壊された街並みの様子で、充分に理解されたと思う」
もったいぶった様子でゆっくりと歩き、悪趣味な椅子へ優雅に腰を下ろす。
足元では国王――いや、元国王が苦し気に胸元を抑え、床にはいつくばっていた。
「さて、では早速新国王の抱負でも聞かせてやろか……
まず、私の嫌いな言葉を教えて置いてやろう。それは『正義』と『平和』だ」
とある一家のリビングで、善良な家族が互いを抱きしめあうように身を寄せ合う。
「言っておくが私は何も国民を縛り付けようなどとは決して、考えてはおらん
むしろ、好きなように自由に振舞えと言っているのだ」
一方でどこかの廃ビルの一室で、ならず者が嬉しそうに武器を取り出した。
「悪人どもよ!やりたいことをやれい!
正義を振りかざす者は悉く我が魔族が退治してやる!」
屋外の巨大なテレビジョンにうつされた姿を、多くの通行人が呆然と見上げている。
「必ずや悪と恐怖に満ちたすばらしい世界となる」
誰かがどこかで引き出しから銃を出し、覆面を被ろうとして、やめた。
拳銃だけを片手に外へ出る。
「私の政策はそれだけではないぞ、実はさらにすばらしい死の恐怖を味わえるのだ……!
今、一体いくつの地区があるか知っておるかな? そう、43地区だ。
そこで私は1から43までの数字を書いたくじを用意させた……」
その言葉と共に箱を持った、プテラノドンのような外見の怪物が画面に現れる。
「今日、5月9日はこのピッコロ様が王座に就いた記念すべき日だ。
そこで毎年5月9日のピッコロ記念日にくじを引くことにする……
引いたくじの番号の地区をこの大王様自ら消し去りに行ってやる!
なあにこの私が放つ爆裂魔光砲は一瞬の出来事だ、苦しむ暇もない……」
取り繕った表情を崩し、ピッコロ大魔王は狂ったような哄笑をあげた。
「私はただ人間どもの恐怖に引き攣る顔が見たいだけだ、は――っはっは!
このピッコロのやり方がきにくわんやつは、いつでもこのキングキャッスルにこい!
ミサイルを撃ち込んでも構わんぞ!! ただし、間違いなく早死にすることになるがな!」
勝ち誇った声が世界中のスピーカーからあらゆる人々の耳に入り込む。
それから逃れている、否、真正面から立ち向かおうとしているほんの一握りの人間が、高い高い塔の上で耐えている。
吐きそうなほどのたうち回り、呻き苦しみながら、彼らはまだ息をしていた。
指先が石造りのタイルを引っ掻く。食いしばった歯がきしんで冷や汗が全身を濡らした。
「あ……ああう……!」
「がああ……う……」
「ぎ、ぐぎぎ……」
「も……もう6時間近く苦しんでるぞ……」
見守っているヤジロベーの方が、すっかり気が気ではなかった。
呻き声が途切れるたびに、飛び上がりそうなほど肝を冷やすのだから。
それでも間違いなく、三人ともまだ生きている。
いっそ死んでしまった方が楽なのではないかというほど、苦しんで。
「本当に死んじまうんじゃねぇか……?」
何度目かわからない呟きを彼が繰り返したその時。
――ドクリ、と力強く心臓がなった。
最初に目を見開いたのは悟空だった。
ぎょっとして思わずヤジロベーはたじろいだ。
続いてフーイが、最後に天津飯が立ち上がる。
先ほどまでの苦悶の表情もすっかり去ってしまって、寧ろすっきりとした様子で三人は、不思議そうに自分自身の手を眺めた。
「わかる……わかるぞ……!」
「ああ、俺もだ……いままでの俺ではない……」
「変な感じ。力があふれてるけど、落ち着いてるっていうか」
(こ……これはたまげたわい……
こやつら……このわしにも想像がつかぬような大物になりおった……)
思わず慄くカリンとは違い、ヤジロベーは怪訝そうなのを隠そうともしない。
「ほんとかよ……俺には別に変ったようには見えねえけどな……」
「ほんとさ、すげえや!」
「……そんなにすげえならさ」
悟空の返事に、彼は腕組みをした。
「さっきから名前が出てる桃白白ってやつと、クリリンってやつにも飲ませりゃいいじゃねぇか。
怪我してるって言っても、仙豆ってので治っちまうだろ。
超神水だって、今まで一人も生き残れなかったって割には、おまえたち三人とも生きてるし……」
「それはダメ」
言葉を遮るほどキッパリと、フーイが提案を跳ねのける。
「なんでだよ」
「桃白白さんとクリリンは、ピッコロ大魔王には死んだと思われている」
彼女の代わりに、天津飯がそう答えた。
「これは大きなアドバンテージになる……もし、俺達が負けて死んでしまった時にな」
ニヤリと笑った彼の横顔はほんの少しだが引きつっていた。
「フーイと悟空も感じるだろう、あの凄まじい妖気を……」
「ああ、ピッコロ大魔王があっちにいる……」
「な……なんと! わかるのかそれが……!」
思わず感嘆の声をあげたカリンへ、悟空は握りこぶしを見せて、自信たっぷりに言う。
勇気に満ちた、相手に安心を与える、力強い笑み。
「オラ、退治にいってくる! 今度は何とかなりそうな気がするんだ!」
「オラたち、でしょ」
ひょいと手すりに飛び乗って、フーイも笑った。
悍ましく底冷えのする、邪悪な瘴気を、恐れる様子もなく背に受けて。
「大丈夫だよ、カリン様。ピッコロ大魔王は私たちが、こなごなに踏みつけてくるから」
~・~・~・~
「さてと、どの地区が記念すべき第一回目の消滅を迎えるかな……」
がさごそと楽し気に、ピッコロ大魔王は箱の中を漁る。
やがて、一枚の紙きれを取り出した。
「ほう……ここからちかいな」
そして、書かれていた数字をレンズに向かって見せつける。
「29番地区! 西の都だな。すぐに行くぞ!せいぜい遠くまで逃げるんだな!」
「なんですって!!」
見ていたブルマが画面にかじりついた。
「西の都!?と、父さんも母さんもいるのよ!?」
がたがたとテレビを揺する彼女を、ヤムチャが止める。
苛立たし気に台を勢いよく蹴りつけて、ブルマはへにゃへにゃと床に座り込んだ。
「一体どこに行ったのよ、亀仙人のおじいちゃんも鶴仙人も!
天津飯は!?フーイは!?」
天井に向かって泣き叫び、ぎゅっと自分の膝を抱える。
「何してるのよ、孫くん……」