「なんだ、あれは」
今まさにピッコロ大魔王が西の都を消滅させようと、出発しかけたその時。
一台の飛行機がキングキャッスルの上空へ現れた。
互いに視認できるほど近くまで寄ってくると、ガラス張りのヘッド部分が静かに開く。
乗り込んでいるのは三人。
三つの瞳を持つ一番年かさの青年は、体も逞しく鍛えられている。
尻尾が生えた少年は小柄で、山吹色の胴着が印象的だ。
そしてもう最後に一人、短く髪を整えた灰色の瞳の少女。
彼女は恐れることなく、寧ろあふれんばかりの殺意を持って大魔王を指さす。
瞬間、光線が瞬いた。
「おっと」
けれどピッコロはかえって嬉しそうに目を見開き、地上へと飛び降りる。
乗り込むはずだった飛行機の燃料タンクに引火したのか、その頭上で花火のような爆炎が上がる。
それを背後に振り向きもせず、少年少女を楽しげに見上げ、呼びかけた。
まるで子供を公園へ誘うかのように。
「くるがいい、今日は特別に遊んでやる」
ふわりと3人は地面へ下り立った。
「ほう、舞空術が使えるのか、少しは腕に覚えがありそうだな。
しかし、その中途半端にかじった武道のおかげで命を落とすことになるのだ」
「気の早い野郎だぜ、もう勝った気でいやがる」
そう言って天津飯が挑発的に笑う。
「近頃のやつはクチの聞き方を知らんな、それが国王に言う台詞か?」
と、ピッコロは何かに気づいたらしく、面白そうに腕組みをする。
馬鹿にしきった猫なで声で、わざとらしく感嘆を漏らした。
「こいつは驚いた……そこの小僧は、確かに息の根を止めたはずだったがな」
「オラ運がいいんだ! おめえ、顔が変わったか。若返ったっちゅうのは本当らしいな」
「ふふふ、その通りだ……どういうことかわかるか?
この前貴様をコテンパンにした相手が、さらに圧倒的なパワーを身につけたということだ」
とはいえ、と体に力を籠める。
「三対一というのは平等ではないな。よ――し、私の新しい部下を紹介してやろう」
ぐぐ、と腹の中から胸を、喉を通って何か巨大な塊が、柔らかく、内側から彼の体を圧迫する。
そしてやがて、その何物かが口元までこみ上げ、吐き出され、生み出される――
――瞬間、喉元を再び光線が狙った。
命中こそしなかったものの、多少よろけて驚いたのか、吐き出そうとしていた卵をピッコロ大魔王はごくりと呑み込んでしまった。
愕然として胸元を抑えるその様子に、ケラケラとカン高い笑い声が響く。
「貴様!」
「何?怒ってる?大魔王の癖に、相手が正々堂々としてくれると思ってるわけ?」
笑う。フーイは笑う。
歯をむき出しにして、見せつけるように笑う。
彼女の笑顔は、サルの威嚇によく似ている。
「いいだろう、死ぬ覚悟はできているようだな」
「冗談」
三人は三様に構えをとる。
そして、声をそろえた。
「「「死ぬのはお前だ!」」」
真っ先に飛び出したのは悟空だった。
蹴りでも拳でもなく、スピードに乗ったまま真っすぐに頭突きをかます。
ピッコロは腕を交差させてこれを防ぎ、逆に後ろへ向かって弾き飛ばした。
そこへ、フーイの飛び蹴りが頭部を狙う。
しゃがんで蹴りを避け、その足首を掴んで悟空へ向かって投げる。
二人の衝突を見届けたところへ、天津飯の掌底が打たれた。
不思議なことだった。
合図もせず目線すら送らないのに、彼らはピッタリと動きを合わせて連携が取れている。
悟空がぶつかればフーイが崩し、天津飯が刻む。
フーイが突撃すれば天津飯が砕き、悟空が打ちのめす。
天津飯が切り開けば悟空が押し通り、フーイが貫く。
それは、恐らく、互いが互いと全力で武を競い合った経験があったからだ。
肩を並べるよりもぶつかり合った方が、より深く分かることもある。
天津飯のタックルをとうとうピッコロは避けられず、ふたりは一塊になって建物の壁へとぶつかった。
がれきの中へと埋もれ、土煙が姿を隠す。
今度は逆に天津飯の体を掴もうとした僅かな動きを見逃さず、彼は煙幕に紛れて後ろへ飛んだ。
入れ違いになって、悟空が再びすっ飛んでいく。
スピードと体重の乗った拳が、勢いよく顎を殴り抜き、再びがれきの山に沈んだ。
と、土煙の中から気弾が弾幕のように打ちだされる。
その全てが気弾で、あるいは腕や足であっさりと捌かれた。
辺りには小さなクレーターがいくつも出来上がるが、悟空たちはダメージらしいダメージも負っていない。
「ふ……ふふふ……」
圧倒的だった。
圧倒的なまでの力を彼らは手にしていた。
初めての体験だっただろう、大魔王が、より強いものにいたぶられるなど。
にもかかわらず、血のにじんだ口元を拭い、ピッコロは笑っている。
「やってくれたな……このピッコロ大魔王のプライドをこれほどまでに傷つけた奴は、お前たちが初めてだ……」
「思いっきり来いよ、力を全部出せ……」
油断なく構えたまま、悟空が言う。
「おめえの本当の力を見せてみろ」
「ほう……よくわかったな……さすがだ」
ゆらり立ち上がり、彼は血管を浮き上がらせ、汗を流す。
感慨深げに自分の手のひらを見つめ、やがて強く握り込んだ。
「フルパワーで戦うと私の寿命が縮まるんでな…………
できれば使いたくなかったのだが……そうは言っておれんようだな…………
くっくっくっ………」
そうして、息を整え、改めて悟空たちと向かい合う。
「念のために聞いておこう。お前たちは確かに強い。
だが、フルパワーの私はさらに桁違いだ……間違いなく後悔することになる」
そこで、だ。と彼は手を差し出した。
「チャンスをやろう、私の部下になる気はないか?
そうすれば今までの無礼は水に流そう……
とくに、お前」
すっととがった指先がフーイを指さす。
「貴様には悪の才能がある。どうだ、悪と暴力が統べる世界。心躍るだろう?
いまのいいこちゃんな、正義と平和の世の中なんぞより、ずっとずっと楽しめるはずだ」
「……」
申し出を聞いて、少女は俯き、黙り込んだ。
大魔王は笑い、少年は見守るように見つめている。
共に育ち学んだ天津飯には分かった。
恐らく、ピッコロの言うことは正しい。
「確かに私は」
と、彼女は言った。
「あんたら魔族が支配する世界でも、楽しく生きていけるかもしれない」
なぜなら彼女は生来の乱暴者で、正しさや道徳について酷く鈍い。
「暴力をふるうってことにためらいとか無いし、誰かを傷つけてもあまり気にしない。いや、むしろちょっと嬉しいかも」
ただし、それは。と、彼は疑いもせず、次の言葉を待った。
「ただし、それは」
気の奔流を抑えきれないのだろう。
全身の毛が泡立って、今にも爆ぜそうだった。
短く切られた黒い髪が逆立つように乱れる。
しわくちゃの手が、器用に整えてくれた髪だ。
ごつごつとした手が、不器用に撫でてくれた髪だ。
「傷ついたのが、あの人達以外なら、ね」
「……そうか」
それは残念だ、とちっとも残念ではなさそうに大魔王は呟く。
握る手に力を籠め、全身の奥底から力を表へと汲みだした。
そして彼のまとう雰囲気が――否、世界が一変する。
空気が割れる。
大地が震え、風が狂い、木の葉は消し飛んだ。
迫力はそのまま洪水となって目の前の相手から、呼吸すら奪おうとする。
「ならば死ぬがいい、このピッコロ様の強さを噛みしめ、己の無力を呪いながらな」