もう一人のサイヤ人が桃白白の弟子になる話   作:麻寿津士

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其之三十三 もう大丈夫

フーイの最も古い記憶は、暗闇の中のものだ。

そして、本当に小さい頃から今でも、時たまその夢を見ることがある。

 

何か丸い、狭苦しい球体の中に押し込められ、ろくに身動きもとることができない。

段々と酸素が薄くなり、呼吸と意識も薄れている。

今始まったことではなく、少し前からそうなってしまっていたが、それが具体的にどれほど前かはわからない。

何もものを考えることができない。ただ頭の中に刷り込まれた文言だけがループする。

 

「縺薙m縺励▽縺上○、縺ッ縺九>縺励m」

 

しかし夢の中のフーイは、最早その言葉の意味を思い出すことができない。

 

そして目の前に現れた青い、ため息が出そうなほど美しく、どこまでも青く光り輝く星。

じっと見入られた瞬間、そこへ向かって吸い込まれる。決して逃れられない。

球体はがたつき、不安定な軌道を描いて星へ向かって落下する。

 

窓の外でごうごうと耳障りに炎が焼けつき、焦げたにおいが鼻をくすぐる。

何かがはじけ、部品の一部が飛んでいくのがちらりと見えた。

揺れは収まるどころか増していく。あまりの熱さに肺がむせ、息を止める。

 

死ぬのだ、と彼女は感じた。

命令に失敗するなんてものじゃない。本来行くべきはずだった星もルートも遠く外れて、こんな見も知らぬ星で。

何かをすることも出来ず、燃え尽きて死ぬのだ。

 

嫌だと思っても、怖いと泣いても、もがき暴れることすらできない。

やがて、いよいよ意識が遠のいていき、視界が黒くくらむ。

心臓の鼓動が途切れる、次の瞬間――

 

――そこでいつも目が覚める。

 

その後の事はあいまいで、次に古い記憶は初めて気弾を出した、4歳ぐらいの頃のものだ。

けれど実感として理解していることもある。

 

あの悪夢から拾い上げ、自分(フーイ)を与えたのは、桃白白であるということ。

それができるほど、彼は強かった。名前を呼ばれ強さに憧れるうち、燃える球の記憶は夢でなければ思い出せないほど遠のいた。

事実、桃白白が近くにいるときにあの夢を見たことは一度もない。

 

そして、悪夢にうなされ目を覚まし、わけもわからず泣いていた幼い時には、鶴仙人が起きだしてきた。

夜中にそんな大声で騒ぐなと叱りながら、それでも泣き止まない彼女に困った顔をして、優しい手つきで頭を撫でる。

 

「大丈夫じゃ、そう泣くな。ただの夢じゃろう」

「でも、でも……」

「昔、確かにあったことかもしれんが、終わったこと。もう大丈夫じゃよ、何も心配することはない」

 

だから泣くなと、眠そうに自分の目をこすって。

それからは恐怖に目を覚まし、不安に震えそうなときにはいつも鶴仙人に泣きついていた。

だんだんと歳を重ねるにつれ、最早夢で起きたぐらいでは泣きも喚きもしなくなったが。

それでも夜中、一人の寝室で静寂の中、眠りが途切れた時にはいつも思い出す。

 

もう大丈夫だ、と。

 

けれど同じ声で、心底心配そうに、フーイがうっかり死んでしまうのではないかというほど不安げに叱られるのだからたまらない。

どれほど強かろうが関係なく大事に扱われることは、こそばゆい気恥ずかしさと、愛されている実感に近い感情を抱かせる。

しかし、フーイとしてはどんな怪我も負うつもりはなかったし、彼の目の前からいなくなるつもりも毛頭ない。

だから彼女は、いつか自分から言ってやりたかった。

 

 

悟空が神様のところへ会いに行こうとするのに、ついて行こうとしたフーイは、カリン様から全力でとめられた。

 

「なんで!」

「おぬしは悟空ほど清い心の持主ではないじゃろう」

「なんで!!」

「その点に関しては俺も同意見だ……カリン様と」

「おい、ちょっと、天津飯!!」

 

ぎゃあぎゃあと騒ぐ彼女に、そういうところだと弟弟子は宥めようとすらしない。

 

「それに、今のフーイをあわせたら、殺しにかからんとも限らんからな……」

「ん?カリン様、何か言ったか?」

「いや、何も言っとらんぞ」

 

勘のいい悟空へ必死にカリンが誤魔化している背後で、まだフーイと天津飯は言い合っている。

 

「大体、どうしてそんなに暴れるほど会いたいんだ。

 お前は神様なんて信じてるガラじゃないだろう」

「いるなら、今度のピッコロ大魔王のこと、一回ぐらいぶん殴ってやんないと、気が済まないじゃん!」

「そういうところだぞ」

 

恐ろしい文言が聞こえ、やっぱし……と溢し、カリンは自分の判断の正しさに確信を持った。

 

「……まあ、まだフーイも気が立っとるじゃろう。落ち着いてからなら考えてやらんこともない」

「本当!」

「言っとくが、神様を殴るなんぞという、罰当たりな考え方をすっぱりなくしてからの話じゃぞ」

「えー」

「えーじゃない!」

 

とにかく、と彼は悟空へ銀の鈴を渡す。

鈴を受け取った少年は如意棒をカリン塔の屋根へと突き刺し、さらに天高くまで登って行った。

小さな背中に向かって、天津飯とフーイの二人が叫ぶ。

 

「頼んだぞー!悟空ー!」

「神様に宜しくねー!」

 

そうしてしばらくののち、天が黒く染まる。

夜とも嵐とも違う墨のような空は、神龍が現れたとき特有のものだ。

 

「なっ、思ったより突然だぞ!」

「早く行こう、場所はカメハウスでいい!?」

「ああ、鶴仙人様と亀仙人さんの遺体も、桃白白さんとクリリンもいるはずだ……あっ!」

 

突然大声を出した天津飯に、飛び出しかけていたフーイは何事かと振り返る。

 

「ドラゴンボールの願いは一つだけ、死んでいたお二人は生き返るだろうが、桃白白さんとクリリンの傷はそのままじゃないか?」

「あっ!」

 

あれから丸二日近く経っているとはいえ、死にかけるほどの大怪我だ。

数日ぐらいで自然に治るとも思えないうえ、では病院に行けるかというと、今の今までそういう状況でもなかった。

 

「仙豆を持っていけ、二つぶだけじゃぞ」

「ありがとう!カリン様!」

「急ぐぞ、フーイ!」

「うん!」

 

うなづき合うと別れの言葉もそこそこに、天津飯とフーイは同時に塔の上から飛び降りた。

舞空術で多少距離を稼ぐと、飛行機に飛び乗り全速力でカメハウスを目指す。

 

一方その頃、カメハウスでは鶴仙人、亀仙人の遺体と共に回収したドラゴンボールが光り輝き、神龍が姿を現していた。

何度目か目にするその姿に、ブルマが喜びと安堵の声をあげる。

 

「死んだんじゃなかったのね、神龍……!」

「孫悟空が神に頼んでくれたのだ。そして生き返った」

「ど……どういうこと!?」

「孫悟空は次の天下一武道会に備え、天界で修行をしている。武道会で会って詳しく聞くが良い」

「え、じゃあフーイと天津飯も?」

「いや、その二人は……」

 

丁度その時、音を後ろへと置いていくような速度で、一機の飛行機がカメハウスに向かって突っ込んでくる。

 

「な、なんだ!?」

 

思わずその場にいた全員が慌てふためいたが、おりてきたのは見慣れた姿だった。

 

「フーイ!天津飯!」

「ブルマ!どうなった!?鶴仙人のじっちゃんは!?」

「落ち着け、今からだ」

 

柔らかく太い声で、神龍は少女に言う。

 

「さあ、願いを叶えてやろう。願いはわかっておる。ピッコロ大魔王に殺された者たちを生き返らせよう」

 

そして、奇跡は降り注ぐ。

世界中へ、分け隔てなく。

 

砂漠の乾いた貧しい村で、心優しい青年が。

山奥の街で、村一番の嫌われものの乱暴ものが。

滅ぼされた都で、一度は消し飛んでしまった大勢の人々が。

 

そして、海にポツンと浮かぶ小さな孤島で、二人の老人が。

目を覚ました。

 

「これは……」

 

鶴仙人は自分の手のひらを見つめ、体に手を伸ばす。

生きている。

息をして、自分自身に触れている。

確かに踏みつけられへこんでいた胴体にすら、傷一つない。

隣では同じように亀仙人が、呆然とした顔で自分の頭を撫でている。

 

「まさか、生き返っ」

 

事実を噛みしめるよりも先に、小さな体が腕の中へ突っ込んできた。

じんわりと温かく、ずっしりと重い。余りにも勢いが良かったため、鈍く痛みすら感じる。

 

「フーイ」

 

名前を呼ばれ、顔をあげた彼女は灰色の瞳に、溢れんばかりの涙を湛えている。

そんな顔を見たことは一度もない。こんな、悲しくてやりきれない、切なげな顔は。

けれど。

ギュッと抱きしめ、腕の中の体が確かに熱を持っている事を感じ、フーイは笑った。

 

「ピッコロ大魔王は、私と天津飯と、悟空で倒したよ。死んだんだ、もういない。もう終わった」

「なんと……」

「これで何にも、心配しなくていいんだよ」

 

耐え切れずに涙がこぼれ、頬を濡らす。

ぐしゃぐしゃに崩れた、格好のつかない笑み。

 

「もう大丈夫。もう大丈夫だから、だから……ッ!」

「……そうか」

 

優しく彼女を抱きしめる、老人の瞳にも涙が浮かぶ。

 

「今戻ったぞ、フーイ」

「うん……うん!おかえり、じっちゃん!」

 

耐え切れずに泣き出した天津飯と、餃子も彼の体へ覆いかぶさるように抱きつく。

誰のものかもわからなくなるほどに、大声をあげてわんわん泣き出した弟子たちを、鶴仙人は優しく一人一人抱きしめた。

 




まだ最終回ではないです。もうちょっと続くんじゃよ!
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