其之三十四 一難去って
ピッコロ大魔王は倒され、殺された人々も皆生き返った。
傷を負った桃白白とクリリンも仙豆により傷が癒え、今ではすっかり元気を取り戻している。
文句なしの大団円を迎えたフーイ達だったが、一つのっぴきならない問題が発生していた。
それは――
「……」
「た、桃白白……」
「……」
「わるかったって……でももう3日も一言も喋ってないのは、ちょっとやりすぎじゃ……」
「……」
「ひっ、ご、ごめん……」
――結果的に置いてけぼりにされた桃白白が、ものすご~く怒っているということだった。
フーイはこんなに彼を怒らせたことはないため、何をどうしたものかわからず、ほとほと困り果てていた。
人を怒らせることなど殆どない、真面目でいいこの天津飯も同様である。
普段なら仲裁役の鶴仙人に関しては、今回に限っては彼自身が一番桃白白を怒らせているため、全く役に立たない。
唯一怒らせていない人物は餃子だったが、餃子は餃子で桃白白ほどではないにせよ、それなりに怒っていた。
鶴仙人達にだって言い分はあるのだ。
別に仲間外れにしようとして置いて行ったわけではないし、そもそもその時桃白白は死にかけるほどの重傷を負っていた。
餃子に関しては実力不足、というか実戦に挑むにはいささか経験不足の感が否めない。
大体、2人まで一緒に挑んで万一負けてしまったら、本当に反撃の手段が無くなってしまうではないか。
だから、常識的な判断にのっとった当然の結論として、彼らはカメハウスで休ませておくという風に決めたのだ。
しかし、では翻って自分が同じ立場であったらと考えると、そりゃあもう烈火のごとく激怒するであろうという考えは鶴仙人たち三人にもあったため、それ以上強くは言えなかった。
ちなみに三日目に突入した餃子はやや機嫌を持ち直している。というよりは、己の実力不足にやはり思うところがあったのだろう。天下一武道会前よりも、一層の気合を入れて修練に励んでいる。
天津飯はもう一人で危険な戦いへ赴かないことを、指切りげんまんで約束させられていた。
一番気の毒なのはフーイで、天津飯といざこざしていた時の数倍は落ち込んでいる。あの手この手で謝意を示し、宥めたり透かしたりしているが今のところまともに返答はもらえていない。
これが大層応えたらしく、目に見えて落ち込んで、ただでさえ小柄な体は一回りも二回りも小さくなったようだった。
修行中も食事の時も、ちらちらと伺うように視線を送り、時たま恐る恐る話しかけては連れなくされ、また口を噤む。
この日も結局、そんな風にして日も落ちてしまった。
「……おやすみ!」
縁側で晩酌をたしなむ背中に向かって呼びかけては、逃げるように去っていってしまう。
その姿をちらりと見やると、再び手元に視線を戻し、桃白白は徳利から直接酒を呷った。
アルコールが一気に喉を滑り落ち、その後を追いかけるようにして腹の底へじんわりと熱が広がる。
山奥の鶴仙流の道場には、周りに民家らしい民家も無い。
月明りだけがうっすらと庭の土を照らし、僅かに混ざった珪砂がかすかにきらきらと、光を反射する。
裏の山のどこか遠くの方で、狼らしい遠吠えが二三響くのが聞こえる。
林の合間から、音もなくフクロウが飛び去って行った。
何事もない夜更けだ。桃白白は何となく自分のあばらのあたりに触れ、本当に何の痕跡も残っていないことを確かめる。何度となく繰り返した動作だが、未だに納得がいかなかった。
ドラゴンボールといい、カリン塔の仙人と言い、おまけにあの亀仙流の小さな少年は、神様のところで修行しているというのだから。
齢300に近づいて初めて知ったことだが、どうやら思っていたよりも世の中というものは、奇跡や魔法が有りふれているらしい。
「つまみもなしか」
もうすっかり耳に馴染み切った、生まれた時から聞いている声がする。
本当ならばもう二度と、聞けなかったはずの声だ。
「これくらいで酔いはせんわ」
「胃が荒れるぞ」
「はっ!」
なんだかたまらなくなって、桃白白は久々に腹の底から笑い声を吐き出した。
自分をこんな風に心配してくる相手など、間違いなく世界に一人きりだろう。
誘いもしないのに隣に腰を下ろし、兄は勝手に徳利を奪って盃へそそぐ。
「俺の酒だぞ」
「けちけちするな、稼いどるくせに」
言うが早いか一度に飲み干し、鶴仙人はほうっと息を吐く。
わざわざ持ってきた皿の上には、子供達がいるときには決して食卓には上らないものばかり、丁寧に盛り付けてあった。
指でつまもうとした手を軽くはたかれ、少し恨めしそうな顔をした桃白白へ押し付けるように箸が渡される。
黙々とつまみをくい、酒を飲む。
こうして共に酌み交わすのは一体何年、いや何十年ぶりの事だろうか。
ちびりちびりと舐めるように盃を傾ける兄を見て、ああそういえばこういう飲み方をするのだったなと、思い出す様に弟は思う。
ふたりで飲んでいるにもかかわらず、徳利の酒のへり方は一人の時とそう大差ない。
「……すまんかったのう」
しばらくして、ぽつりと鶴仙人は言った。
「本当にな」
しみじみとした謝罪の言葉に対し、ばっさりと切り捨てる弟はどうも冷たい。
「人に死ぬなと言っていて、自分は堂々と死ににいくなどどういう神経をしとるんだ」
「いや、うむ……あれはだな……うん……」
「天津飯から聞いた話だと、兄ちゃんが死ぬところを仙人に見せられたフーイは、怒りのあまり気も狂わんばかりだったらしいぞ」
「そ、そうか……」
「それに、天津飯自身もそう変わらんかったんだろうな、あの様子じゃ」
「うむ……」
口ごもり、言葉を濁してひたすら酒で唇を濡らす。
「……自分が死んでもどうにかなると思ったのか?」
真っすぐににらまれ、たじたじになりながら鶴仙人は観念してうなづいた。
彼の弟子たちは、それはもう恐ろしく強い。
桃白白は勿論の事、フーイも天津飯も、今やすっかり鶴仙人では勝てないほどに力をつけていた。
餃子もまだ武道をはじめて日が浅い。これからいくらでも伸びしろはあるだろう。
死ぬことは恐ろしかったが、そういう意味ではあまり、死んだ後の事の心配はしていなかった。
「……それに、まあ……」
「なんだ?」
「……なんでもない」
「当ててやろうか」
ぐいっとまた徳利の中身を傾け、一度に飲み干す。
喉から食道を通って、内臓がかあっと温まるのを感じた。
夜は冷え始めるころだというのに、体は熱いぐらいだ。
「フーイはフーイで、天津飯は天津飯でまだまだ抜けているところがある。
天津飯の甘ちゃんは今に始まったことではないが、フーイも戦闘を楽しんで相手を舐めとるからな……
しかし、師匠が無残に殺されたとなれば、そんな生温さなど、一度で吹っ飛ぶだろう」
「…………」
「当然俺も、全力で殺しにかかる」
「…………」
「違うか?」
ちょびり、と酒を舐めようとして、鶴仙人はすっかり盃が空になっている事に気が付いた。
何かを言うよりも先に、桃白白によって次の一杯がなみなみと注がれる。
「……そういう考えがなかったとは言わん」
「別に兄ちゃんのそういうところは嫌いじゃないがな」
最後の一滴まで注ぎ切ると、空の徳利をことりと縁側に置いた。
「それで託された側は、なかなかたまらんぞ」
「……すまんかった」
「俺もせんとは言えんから、あまり責められんがな」
「おい」
しかめっ面になった兄ににやりと笑い返すと、桃白白は立ち上がる。
次の瞬間にはいつもの仏頂面に戻っていたが、つい数時間前までの殺気だった気配はすっかり消えていた。
ぐっと背筋を伸ばすと首を回し、寝室に向かって歩き出した。
「フーイと天津飯のやつもそろそろ相手してやらんとな」
「……なにか、無性に楽しそうに聞こえるんじゃが……」
「気のせいだ。儂はもう寝る。明日は一日でかけるが、あさってには戻ってくる。そしたら修行だといっといてくれ」
「おお、わかった」
何か聞きたい気もしたがこれという質問が思いつかず、鶴仙人は弟の背中を見送った。
日間二次創作ランキング9位になりました、本当にありがとうございます。
完全に私得ではじめた小説が、こんなに沢山の方に楽しんでもらえるようになるとは、思っても見ませんでした。
今後ともよろしくお願いいたします。