もう一人のサイヤ人が桃白白の弟子になる話   作:麻寿津士

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其之三十七 私を天まで連れてって

「やっほー」

「うおっ」

 

突然声をかけられ、カリンは飛び上がって驚き思わず杖を取り落とした。

それもそのはず、ここは天をも突かんカリン塔の頂上、彼の背後は華奢な柵の他には、雲と空が広がっているばかりのはずなのだ。

が、その何もないはずの空中に彼女はいた。短く整えた黒髪に、灰色の目。舞空術をすっかり使いこなし、ふわりと柵を外側から越えると、杖が床に落ちる前にキャッチしてカリンへ手渡す。

 

「カリン様さぁ、悟空が神様の」

「ええい、いきなり本題に入るな! 前置きと言う言葉を知らんのか、おぬしらは!」

 

動揺混じりに怒鳴り気味で叱られ、少女――フーイはきょとんと首を傾げた。

思えば数か月前、彼女の師匠である桃白白がカリン塔を訪れた時もそうだったと、カリンは思い返す。

 

長年伝説として語り継がれてきたカリン塔に挑む者は多いものの、垂直に柱を走って頂上に辿り着いたものも、それが軽いジョギング感覚だったものも初めてだった

しかもカリンを見るや否や、開口一番「超神水とやらをよこせ」と言い放ち、その一点張りである。

 

カリンは与り知らない事ではあるが、桃白白は殺し屋になるまでは一介のサラリーマンとして社会生活を歩んでおり、その独特のノリに反して案外、一般常識や礼儀というものはよく心得ている。

依頼人にはそれなりに気を遣う事もあるし、料金設定に関する丁寧な説明や、20周年を記念して仕事の割引を行うなど、一般的な感覚は身についているのだ。多少ズレていることに目をつぶれば。

 

ちなみに、彼が仙猫にたいしてそれらを発揮しなかったのは、後輩たちの成長に対する焦りの表れに加え、ひとえにそうするべき必要性を感じなかったからである。

無礼にも程があった。

 

「おぬし、ら?」

「おっと……」

 

そんな内心を知らず、フーイは首をかしげ、カリンは慌てて自身の口を塞いだ。

桃白白がこの塔を上ったことを、フーイは知らない。彼としても知られたくないだろう、弟子の強さへの悔しさに、超神水を飲んだなど。

脂汗を流し床にへばりつきながらも、うめき声一つ漏らさなかった彼のプライド(かっこうつけ)に、カリンとて何も感じなかったわけではない。

あそこまで必死な姿を見れば、誰だって多少、忖度もしたくなるというものだ。

 

「な、なんでもない、気にするな。それより何の用じゃ?」

「だからさぁ、なんで教えてくれなかったの、悟空が神様のところで修行するって」

「その件か、わざとではないぞ、わしも後から知って驚いた」

「なんだ、そっか。でもさ、ズルいよねあいつ一人だけ」

 

フーイは口をとがらせ柵に腰かけ、足を投げ出すと、ぶらぶらさせる。

そういう態度をとるところだぞ、といつもは指摘する天津飯も今日はいない。

 

「カリン様、前に言ったこと覚えてる?」

「……お主が心を入れ替えたら神様に会わせてやるのを、考えんでもないという話か」

「めちゃくちゃハードルあがってるじゃん。神様殴るとか考えるのやめるって条件だったじゃん」

 

もうすっぱりそういうのやめたからさぁ、とねだる声は駄々っ子そのもので、今度は簡単に引き下がらないことをこれ以上なく表していた。

 

「本当か? あれほどまでの怒りが、ほんの数か月で収まるとは思えんが……」

「あの後よく考えたんだけど、ピッコロ大魔王は私達で殺したじゃん」

「うむ」

「鶴仙人のじっちゃんと亀仙人のおじいちゃんも生き返ったし、桃白白とクリリンも元気になったし」

「そうじゃな」

「じゃああの話はそれでもう終わりでしょ」

 

言い切った顔には、迷いや未練など毛頭ない。

あっけらかんとしたその様子に、カリンは言い知れずうすら寒いものを感じた。

 

殺されたけれど殺したし、生き返ったから許すというのは、言い換えれば殴られたけど殴ったし、傷も癒えたから許すというようなものだ。

道理としては通ってはいるものの、ではそのように考え、実際に感じることが出来る者はどれだけいるだろう。

普通と感覚が違うのは彼女自身の特性か、あるいは彼女のルーツが戦いながら生きる民族にあるからだろうか。

 

「とにかく、私はもう、そういうのやめたから。神様が本当にいるならピッコロ大魔王をどうして野放しにしてたんだぶっ殺すぞとか、もう思ってないから」

「一回殴るといいつつ、やはりそこまで思うとったんじゃな……」

「今はもうちっとも考えてないから!」

「……はぁ」

 

心の底から深々とため息をつく。彼女のいう事ももっともなため、へたに言い返すこともたしなめることも出来ない。神様にだって神様なりに理由があったのだが、彼女にそれは通用しないだろう。

 

「天津飯のやつなら、安心して神殿へ送れるのだが……あやつは今日はどうした?」

「それがさ、あいつ、鶴仙流をついで自分が師範になる! っていいだしたもんだから、じっちゃん、感激してやる気満々でさ、修行の量がもりもり増えちゃって、まだ今日の分終わってないんだよね。終わらしたらすぐ来るよ」

 

あんまりな言いように、カリンは思わずずっこけた。

 

「おぬしら、ちょっと気安すぎやせんか……」

 

限られたものだけがその名誉にあずかれる、武の聖地カリンのその伝説、カリン塔の頂がまるで、学校の補習が終わったら、集合場所に使われるコンビニみたいなノリである。

 

「というか、今日の分という事はまさかおぬしら、日帰りするつもりなのか?神殿へ?」

「え、うん、だって悟空と組手しに行くだけだし」

 

きょとんと首をかしげる彼女に、何をどう説明したものかと悩んで、悩んで仙猫は諦めた。こればかりは感覚の話になってしまうので、言葉と理屈でどれだけ伝えたところで伝わるものでもないだろう。

 

「神様のところで修行したいわけではないのじゃな」

「カリン様は神様がどれぐらい強いか知ってる?」

「……あのな、フーイ、神様は強いとかそういうものでは……」

「じゃあ、別にいいよ。修行ならじっちゃんがつけてくれるし」

 

ぐるりと膝を手すりに引っ掛け、さかさまになって少女は笑う。

屈託のない、疑う事を知らず無邪気だからこそ、かえって残酷で邪にすら見える笑顔。

 

「私の師匠の桃白白は、この世で一番強いもん!」

 

見事な一回転を決めると、すたりと床に着地をして雲の切れ目の遥か彼方を眺める。

カリンもつられてそちらを見ると、一機の飛行機が聖地カリンに到着しようとしているところだった。

恐らくは()()()()()修行を終えた天津飯だろう。

 

「私は悟空の対策がしたいだけ。一回負けたから、二度目は嫌なの」

 

だから、神様のところへ行かせてくれるよね、と彼女は何の気負いもなく鈴をねだって手を差し出す。

その手のひらの小ささに、カリンは今日何度目か分からないため息を、腹の底から深々と吐いた。

 

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