「これまでに、このオレさまを倒したものはおろか、姿さえ見たものはおらぬ!
お前たちはここで死ぬのだ!ははははは……!」
飛んでくる手裏剣を避けるため、二人はそれぞれ違う岩陰に隠れる。
あたりを見回すが、少なくとも目立つところに人影はなかった。
と、悟空が小石を握り、手裏剣が飛んできた林のあたりをじっと見つめる。
「そこだっ!」
「ぎゃっ!!」
何かに当たる硬い音がして、木の上から忍者姿の男が受け身も取れずどさっと落ちる。
「みーつけた!」
「やるじゃん」
「ひぃ――っ、ひいい――っ!!」
顔を押さえてひとしきり痛がったあと、ムラサキ曹長はぐっとこらえた様子で不敵な笑みを浮かべてみせた。
「ほ……ほほう……よくわかったな、まぐれだろ……!」
「まぐれじゃないよ、ちゃんと見えたもんね」
「ちゃんと当たってたじゃんね」
「「ねー」」
「嘘をこけっ!シロウトのお前に見えるはずがないっ!!」
さっと懐からなにやらボールのようなものを取り出し、地面へ投げつける。
「ではもう一度試してやろう」
「わっ!」
たちまち白い煙が辺りに立ち込め、視界が塞がた。
目くらましが散ったころにはムラサキ曹長の姿は消えて……
……いなかった!おもいっきし木のそばで何故かアメリカの国旗で体を覆うように持って立っている!
「どうだ小僧ども!!今度こそ見つけられまい!!」
とことこ歩いて指さそうとする悟空をフーイがジェスチャーで下がらせ、頭があるであろうあたりに向かって思いっきり苦無を投げた。
「うおっ!」
「チッ!」
ギリギリで避けられ、布だけが幹に縫い留められる。
外側から自分が隠れていた場所を見たムラサキ曹長はあっと大きな声をあげた。
「しまった!模様を間違えていたっ!」
「へー、コレ、反対側は木みたいな模様になってんのかぁ」
「こら!触るな!引っ張るな!」
切れ目の入ってしまった布を悟空の手から奪い取ると、再び彼は格好をつけたポーズで腕組みをし、二人を見下ろした。
「子供だましはこれまでだ!次はもっとハイレベルな隠れ技をみせてやる!目をつぶって30数えろ!」
そう聞くといわれるがまま悟空は顔を覆い、かくれんぼの鬼のようにおとなしく数を数え始める。
様子を確認したムラサキ曹長も、さささと静かに素早く動き、姿を隠そうとする。
が、フーイの方は一切気にすることなく、根こそぎ拾った手裏剣と苦無をどんどん投げ始めた。
「おい!こら小僧!」
「なぁに?」
「お前じゃない!もう一方の方だ!」
流石はレッドリボン軍と言ったところか、頬や髪のあたりをかすめてはいるものの、残念ながらまだ一つも命中はしていない。
悟空はまだ素直に目をつぶっている。
「おのれちょこまかと……」
「貴様!ルールってものを知らんのか!」
「殺し合いにルールもへちまもあるか!
悟空!30なんて数えてる暇ないよ!村長さんを助けるんだろ!?」
「あ、そうだった!」
「この、ガキどもめっ!!」
飛んで一気に距離をとり、仕切りなおすとムラサキ曹長はすらっと刀を抜いた。
悟空も如意棒を掴み、フーイは残り1枚の手裏剣をぎゅっと構える。
「お遊びはここまでだ……本気でゆくぞ!」
「いいよ!」
「やってみな」
「ふふふ……死ぬがいい。つおっ!! ッ!?」
ムラサキ曹長が掛け声と共に高く、かっこよく跳躍する直前、フーイが再び手裏剣を投げた。
嫌らしいタイミングでの攻撃を、何とか無理やり体をひねって避けたものの、ジャンプ自体はかなり不格好なものとなる。
落ちてきそうな場所にあたりに悟空が如意棒を突き刺し、構えていたが、ふらふらとした軌道とポーズで微妙に位置がずれ、お尻……ではなく脇腹のあたりに勢いよく棒のぶち当たった。
「ぐおおお~~~っ!!」
あまりの痛みに刀を取り落とし、もんどりうってのたうち回る姿を、悟空はケラケラと笑って如意棒を拾う。
フーイがここぞとばかりに追撃を狙うが、それよりも先にムラサキ曹長が飛び起きた。
「ゆるさんぞ!てええ~~~い!!」
刀を拾って勢いよく斬りかかるが、難なく悟空は受け止める。
「ちいっ!」
「フーイ、こいつはオラ一人で十分だから、先に行っててくれ」
「オッケー!」
「何を!?いい気になりおって~っ。おい!待て!」
慌ててフーイの方へ行こうとするムラサキ曹長に、悟空は足払いを仕掛ける。
「貴様っ」
「今度はオラからいくぞ!」
回る、回る、演舞のように赤い棒が鮮やかに回る。
薙ぎ払い、突き、斬るように叩く。
全ての動きが軽やかで、切れ目なく、重く鋭い。
曹長はただ受け止めることすらままならず、押されるままドンドン後ろに下がってしまう。
「たあっ!!」
ビュッとひときわ力強く如意棒が振り下ろされると、刀はあっけなく折れた。
「ああっ!!おっ俺様の名刀『笹錦』がっ!!」
「オラの如意棒にはかないっこないさ!まだやる気か!!」
「……仕方がない。かくなる上は」
甲高い口笛が響き渡る。
階段に向かって走っていたフーイも思わず足を止めた。
「なんだよなんだよ!?」
「この忍者ムラサキとっておきの忍法を披露してやろう、ひひひ……」
「ちょええええ~~~っ!! 分身の術――っ」
「えっ!?あれっ!?」
「なになに!?」
印を結ぶと掛け声と、共にムラサキ曹長の姿がぶれた。
いや、ぶれたのではない、全く同じ顔、同じ姿のムラサキ曹長が五人いる。
そのうちの二人はフーイの行く手を塞ぎ、三人は悟空を取り囲んだ。
「どうだ小僧共!!どれがホンモノかわかるまい!!」
「あれ…!?ど…どいつだ!?みんなホンモノにみえる……!!」
「全員ぶっ殺しちゃえば同じだろ!」
「なるほど、よ――し!」
「ふははは!できるかな!?」
一人のムラサキ曹長が悟空に斬りかかるが、刀は悟空をすり抜ける。
「へっ!?」
「本物はこっちだよ――!」
思いっきり如意棒で殴られ、吹っ飛んだムラサキに当たってフーイの目の前にいたムラサキの一人が気絶する。
「えっ!?」
「くそ、よくも兄弟を!!」
「は!?」
「我々は5つ子ちゃんの忍者だったのだ!!」
「そんなのありかよ!?」
「そうか、みんなホンモノか。おかしいと思ったよなー!」
フーイが戸惑っている中、悟空は合点した様子で構え治す。
と、瞬きする間に残りの二人を気絶させ、如意棒を高跳び棒のようにしてフーイのすぐ隣に降り立つと、最後の一人も勢いよく蹴飛ばした。
「やるぅ」
「よし、早くいこう!」
「うん!」
二人が階段を走る後ろで、よろよろとムラサキの内の一人が立ち上がる。
「こ、このままでは済まさんぞ……」
そして二人が通り過ぎた檻の鉄格子を握り締め、中にいる何者かを怒鳴りつけ、扉を開く。
「でろっ!人造人間8号!あのガキをやっつけるんだっ!」
「ん?」
「え?」
のそりと出てきた大男は、なんとなくメタリック軍曹にシルエットが似ていた。
目つきは悪く顔中傷だらけで、血色も悪い。
「ぐひゃひゃ!強いぞ強いぞ!こいつは強いぞ!」
「でっけぇやつだな……」
「さあ、やれっ!たたきのめせっ!ぶっ殺してしまえ!」
「やるかっ」
「やだ」
「えっ!?」
さっとフーイが構えたのに対し、人造人間8号は突っ立ったまま、何をする様子もなく大人しくしている。
「ま…まさか……いま嫌だって言ったんじゃないだろうな……」
「生き物ころす、いけない。オレわるいこときらい」
「なっ、何をバカなことをいっとるんだ!」
「オレ、貴方たちがいけないことしてるの知っている。村のお爺さん人質にして、皆を困らせている」
悟空とフーイはぽかんとした顔のまま、二人の言い合いを眺めるしかない。
「生意気なことを言うんじゃない!いいか、人造人間8号!
お前の体にはもしもの時のために爆弾がしこんであるのだ!
俺様がこのリモコンのスイッチを押せばお前は木っ端みじんになる!
そうなるのがいやだったら素直に言うことを聞くんだ!わかったか!」
「…………、ヤッパリ、オレ悪いことできない」
「な、なんだと!? この役立たずめ!では望み通り爆破してやるっ!!」
だっと走って人造人間8号を突き飛ばすと、ムラサキはリモコンを握り締め、爆発からのがれようと距離をとる。
スイッチを押そうと構え、人造人間8号がギュッと目をつぶったその瞬間。
「そうはさせるかっ!!」
勢い良く飛び上がり、如意棒を振り上げ悟空がバク宙を決める。
リモコンを叩き落とし、踏みつぶすと目の前の男を厳しい目で睨みつけた。
「こ…このガキめリモコンを……!」
「ジャーンケーン……」
「グ――!!!」
鼻っ面を全力で殴られたムラサキ曹長は今度こそ気絶する。
人造人間8号にはっちゃんという名前を付け、三人はさらに塔の上を目指した。
幕間 天津飯の憂鬱
天津飯の朝は早い。
目が覚めるとまずは顔を洗って身支度を整え、朝の鍛錬としてウォーミングアップやストレッチを一通り済ませる。
鶴仙人の朝はもっと早い。
天津飯が目が覚めるころにはもう朝食を作り始めている。
いつも通りなら3人、桃白白がいるときには寝起きが悪い彼を叩き起こし、4人で食卓を囲む。
しかし、今は桃白白だけでなく、フーイもいない。
天津飯がこの道場にたどり着いた時から、あの姉弟子はずっとここで暮らしていた為、鶴仙人と二人きりでの食事は新鮮だった。
とはいえ二人とも行儀が良いタイプであるため、何をしゃべるわけでもなく、黙々と食べる。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
あいさつの後、食器を洗うのは弟子の仕事である。
いつものように運んで片付けようとする天津飯に、鶴仙人はおい、と呼び掛けた。
「はい、鶴仙人様」
「昼飯は一緒に作るぞ、お前もそろそろ身の回りの事を覚えた方がよかろう」
「ありがとうございます!よろしくお願いします」
かちゃかちゃと食器を水に沈め、洗剤をスポンジで泡立てながら天津飯は考える。
フーイの茶碗は棚にしまわれたまま、もうまる5日も使われていない。
すわ家出かと勘違いした鶴仙人のうろたえようは相当なものだったが、天津飯も動揺を感じ始めていた。
ひと一人足りない生活というのは、どうにも座りが悪い。
武者修行の旅に出たいということを、フーイはかなり前々から繰り返し言っていた。
鶴仙人に、未熟者のお前にはまだ早いと、言われていたところも何度も見ている。
しかし、天津飯の目から見てもフーイは十分に強いように思えた。
少なくとも、並みの連中では敵いようがないだろう。旅に出たところで、何か危険があるとは考えにくい。
そして、本当は、天津飯の方も一度でいいから、外に出て自分の力を試してみたいと思っていた。
今は、決して口に出せない事ではあるが。
「早く戻って来いよ」
ぽつりとつぶやくと丁寧に拭いて、二組の食器を棚にしまった。