「ワンツー、ワンツー」
「ワンツー、ワンツー」
どこを見ても、どこまでも青い青い空と海が広がる。
白い染みのような孤島には、ぽつんと赤い屋根の家が立っているきりだった。
家の中ではつるりとした頭の老人が、テレビの前でエクササイズに励んでいる。
彼は亀仙人、亀仙流の創始者にして、悟空やその育ての親である悟飯の師匠でもある。
「か、亀仙人様〜〜!」
「なんじゃ、どうした?」
激しく玄関を叩く音に、一度ビデオを止め、扉を開ける。
文字通りのウミガメが慌てた様子で「大変です、亀仙人様!」とひれをばたつかせた。
「ものすごい勢いで何かこっちに向かって飛んできます!」
「クリリンとランチさんが帰ってきたんじゃないのか?」
「全然違います!このままだと家に命中しちゃいますよ~~!」
ウミガメに引っ張られるようにして無理やり引っ張り出されると、ちょうど見上げるほども高い水しぶきが上がり、花火のような音が空気を叩いた。
どうやらその“何か”が砂浜のすぐそばに落水したらしい。
水滴は亀仙人の足にもほんの少しだけかかった。
「命中はせんかったようじゃのう」
「あわわわ……」
波間にぷっかりと丸太が浮かぶ。
と、すぐ後ろから見慣れた姿が雲とともに現れた。
「あら、悟空お坊ちゃん!」
真っすぐ亀ハウスに向かって飛んでくるかと思いきや、途中で海面すれすれを飛び、波の上から何か拾う。
足のあたりにぶら下がっているそれは、近づいてくると悟空と変わらない年頃の子供のようだった。
ぱっと体を振って砂浜に彼女が着地すると、同時に悟空も雲から飛び降り、どこからともなくブルマも姿を現す。
「お~い!じっちゃ~ん!」
「な、な、な」
突然現れたブルマと、少女の胴着に書かれた鶴の文字を、亀仙人は首が千切れるのではないかというほど、何度も何度も交互に見つめた。
サングラスの奥の瞳は皿のようになり、口はあんぐりと空いている。
「じっちゃんどうした?」
「いや……ご、ごくう、その子は一体誰なんじゃ?」
しばらく迷ってから、鶴の文字の方を優先することにしたらしい亀仙人が問いかける。
「私はフーイ。よろしく、亀仙人のおじいちゃん」
ずぶ濡れのまま少女はニカッと笑った。
「え~~!それじゃあ、亀仙人のじっちゃんと鶴仙人のじっちゃんはライバルだったんか!」
「すっごい偶然じゃない!」
「昔の話じゃよ」
ふんっと不機嫌そうな顔をする亀仙人は、あいつまだ生きとったんかとブツブツ言っている。
が、フーイはこてんと首を傾げた。
「じっちゃんのライバル?」
「うむ」
「なのにスケベなの?」
思いっきりずるっとずっこけ、亀仙人は全身砂まみれになった。
「それは関係ないじゃろうが!というか誰が言ったんじゃそんなことを!」
ピッとフーイは隣を指さす。
指さされたブルマは苦笑いをこぼし、亀仙人がむむむと口ひげを動かした。
ウミガメは諦めた顔で溜息を吐き、悟空はきょとんとしている。
「ごほん、そんなことはないぞ」
「本当?」
「本当だとも。どうしてそんなに距離をとるんじゃ」
「スケベな奴には近づくなって言われてるし」
「だから違うっての!」
大体あいつの方こそごにょごにょと、なかなか思うところもあるようである。
とはいえ、年端も行かない他所の子供の前でそれを口にしない程度には、亀仙人も良識がある。
――下手に暴露して自分が墓穴を掘るのを警戒しているだけかもしれないが。
「なんかろくでもないお願いを聞かないと、何もしてくれない、けちんぼって聞いたけど」
「そんなことはない!」
「本当かなぁ?」
「フーイ、あんまりじっちゃんのこと疑うなよ」
「ごめんごめん」
すこし口を尖らせた様子の悟空に、素直に頭を下げてフーイが詫びる。
この空気なら、とブルマはぱんっと手を合わせて亀仙人を上目遣いで見つめた。
「あ、あの亀仙人さん、潜水艇を持っていらっしゃらないかしら……
ちょっとだけ貸してほしいんだけど……」
「潜水艇か、そりゃもっておるがどうするんじゃ?」
「ドラゴンボールが海の底にあるんだけど、凄く深いからオラでもフーイでも潜れねえんだ」
「なるほどのう。ええぞい、貸してやっても」
「その代わり?」
と、フーイが言う。
その代わり、と出ようとした声を慌ててごくりと飲み込み、代わりなんぞ要らん、と亀仙人は言い切った。
「本当!?」
「ホントだ本当」
ブルマが嬉しそうに顔を明るくする。
色々な感情や欲望が脳みそを駆け巡ったが、亀仙人はそのすべてをキッパリと切り捨てた。
どうしてかと言えば、フーイと呼ばれる鶴仙人の弟子が、悟空とよく似て一切隠し事をできない、しないタイプに見えたからだ。
ここで何かしらの要求をしようものなら、どういうお願いをどういう表情でどういう風にしたかまで、事細かに鶴仙人へ伝わるだろう。
そして、万一まだ次に会うことがあれば、聞いたことを使って鶴仙人に一体どんな嫌みを言われ、勝ち誇られるか分かったものではない。
それはとっても、とっても、とっても嫌だった。
「潜水艇は今ちょうどクリリンとランチが買い物に乗っていっておるのじゃ。
もうすぐ帰ってくるはずじゃから待っておれ」
「はーい」
「その間に、暇つぶしと言っては何だが、フーイ」
「なに?」
「鶴のやつの話を聞かせてくれんか?」
「いいよ」
(よしっ!)
敵を知り、敵に知られなければ百戦危うからず。
亀仙人がそんなことを考えているのと同じころ、遠い遠い山奥で、鶴仙人がくしゃみをした。
再びレッドリボン軍本部、レッド総帥は、飽きもせずにレーダーにうつされた、青と水色の世界地図を見つめる。
眺めれば眺めるだけやきもきするようで、ぎりっとまた葉巻を噛みしめた。
「なんであのガキども、ドラゴンボールを手に入れないままあんな所に移動したのだ?」
「う~~む」
その隣には、背の高い、落ち着いた様子の男が一緒になって画面を観察している。
彼はブラック補佐。レッド総帥の側近であり、レッドリボン軍のNo.2にあたる。
「私はどうも前からおかしいと思っていたのですが、あのボウズ達には仲間がいるようですな……
あんな子供が優れたレーダーを作れるとは思えませんからね。
多分、凄い科学者と組んでいるはずです……」
「なるほど……では、今おるところがそいつらの本拠地か」
「恐らく」
頷くブラック補佐に頷き返すと、レッド総帥は通信兵に向かって檄を飛ばした。
「よし!ブルー将軍に連絡しろ!アノ場所を偵察させて敵のアジトを見つけるんだ!」
通信の先、断崖絶壁の合間、入り江に設けられた仮設基地の中で、一人の人間が受話器を持っている。
その名前の通りの美しく透き通った青い瞳。
輪郭はしゅっと整っており、金髪は短く刈られている事がもったいなく思えるほど鮮やかだ。
軍服も、長い手足で格好良く着こなしている。
しかし特徴的なのは、テノールとアルトの中間のような、中性的な声だろう。
「何ですって!ええ……ええ……了解!すぐにそこを偵察させるわ!」
“彼”こそがブルー隊のトップ、ブルー将軍である。
誤字報告有難うございます。