25歳、アラサーまでカウントダウン寸前だった俺がウマ娘になって三冠を目指す件   作:鳴神ハルキ

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やっべ、メジロアルダンのこと忘れてた。一番純お嬢様っぽい存在を忘れていたのは一生の不覚。彼女のことはシングレで知っていたのに…っ!
というわけでメジロアルダンさんは既にデビュー済みということにしておきます。オグリと同世代だしね。

あと来週か再来週あたりは仕事の関係で投稿が遅れるかもしれないし、遅れないかもしれません。悪しからず。


4話

その人を初めて見た時、こんなつまらない大人になりたくはないと思った。

 

夢に破れた瞳は暗く淀み、酒に逃げたという表情は死人のよう。こんな人が自分と同じ夢を目指していたのだと思うと酷くやるせない気持ちになる。

まるでこのくたびれた姿がいつかお前の辿る未来だと宣告されているような気がして「どんなことがあろうと、こんな風にはならない」、そんな後ろ向きな覚悟と緊迫感に襲われた邂逅であった。

 

 

考えを改めさせられたのは初仕事のとき。

研修で学んだことはすべて頭に叩き込み誰に見られようと恥ずかしくない仕事ができると自負していた。

それが甘い考えだったと自覚させられたのはレースが終わって最初の整備が始まってすぐのこと。

前日の雨による不良バ、それとは対照的に輝く全開の日差し。ぬかるんだ土と芝、視界を遮る光とウマ娘たちの蹄跡に足を取られ転びそうになった時その人はやってきた。

 

『おう、今日は不良バだ。気をつけとけよ目代』

 

まるで俺が転倒することが分かっていたかのように背後に陣取り体を支えられた。

それが他の先輩や同じくバイトの者ならば素直に礼を言い、その場を終わらせられただろう。

しかし、体を支えているその人物の顔を見た時おもわず反抗的な態度をとってしまった。

 

『ッ! そのくらいわかってますよ、余計なお世話です…!』

 

その顔を見るといつか幻視した未来の自分を思い出す。振り払うように支えを拒んだ俺は逃げるように作業に没頭した。

 

 

それからの昼下がり。環境による消耗は激しく想定の倍は疲れが蓄積した体は言うことを聞いてくれなかった。

持ってきていた飯には手が伸びない。まだこの先も仕事は残っているというのに栄養補給を体が拒んでいた。嫌でも何でもなにか入れておかないとすまない。そう思い無理矢理手を伸ばそうとしたところに全くの意識外から救いが施された。

 

『ほれ、これでも飲んどけ』

 

俺の手にすっぽりと収まったそれは良く冷やされた秒速エネルギー食。これならいくら食指が伸びなかろうと腹に詰めることができる。

藁にも縋る思いで流し込んだゼリー系食品は疲れた体に必要な栄養素を供給するかのように体の隅々までいきわたると同時に動くための活力を与えてくれた。

ちらりと見た先には今もこちらを見ている人がいる。まるで「どうだ、キクだろ?」とでも言いたげな顔、それが無性に悔しくて、その場にいることがいたたまれなくなって、本来の目的を言い訳のように振りかざして部屋から逃げ出したのだった。

 

 

……そしてまた助けられた。

会場の中で迷子になった俺は彼に誘導されて観客席まで辿り着いた。

 

 

仕事ができないのは当たり前。

 

なれない疲労に苦しむのは誰もが通る道。

 

方向音痴くらい愛嬌だ。

 

 

誘導する間にかけてもらった言葉全てが俺の心を傷付ける。

見下していた相手に憐れみの言葉を掛けられたからか?

違う。

なにもできないのに他人を見下していた自分に嫌気がさしたというだけだ。

夢だのなんだのを理由に家まで飛び出したというのに、俺は家にいたころと何も変わっちゃいない。

無鉄砲で、考え無しで、ただ突っ走っていただけのただの莫迦だ。

 

『いいじゃねえか突っ走るだけの莫迦野郎、俺は好きだぜそういうの。』

 

『だってよう、それってウマ娘みたいじゃねえか。』

 

『俺達ヒトはどんだけ体を鍛えて、努力しようと、彼女たちの見る景色の一ミリも共有できない。』

 

『でもたった一か所だけ、同じ景色で走れる場所があるんだ。』

 

『≪夢≫』

 

『そこを目指すときだけはヒトも、ウマ娘も、関係なく走れるんだ。』

 

『同じ速度で、隣で、一緒にな…………』

 

『………な~んてな、恥ずかしいこと語っちまったぜ』

 

『ほら、レース観ようぜレース!いつの間にかもうあんなとこまで……』

 

『アッー! そこ!そこはもう少し手前から減速しないとカーブがだなぁ!?』

 

俺なんかよりよっぽどレースを楽しそうに見る姿に無性に泣きたくなった。

手が顔を覆い、零れた雫のせいでレースがよく見えなくなってしまった。

俺を肯定されたからか?

情けないけどその通りだった。

夢破れた彼を、自分と重ね合わせてしまったのは自分の夢が莫迦げていることを俺自身が感じていたからだ。

『最強』のウマ娘に『最高』のメジロ家、そんなものに立ち向かって一人で勝てるつもりか。そんなことを考えたことが無いわけじゃない。むしろ考えないよう必死にしてきた結果がこれだ。

家を飛び出したのはいいものの、右も左もわからず不安に駆られていた。そんな折始めたバイト先で夢破れた彼の姿を見てそんな考えが一気に噴出したというだけの話だ。

だから先輩から目を逸らしていた。絶対に見てはいけない、見たら最後本当にその未来が現実になりそうで怖かったから。

だけど見てみればどうだ。そこにいたのはただのレースを楽しみ、どーのこーのと偉そうに語るだけのただの観客だ。何も特別な存在ではないありふれた存在だ。

だからか、その姿を見ていて気になった。

言葉の節々に見えるその道の者でないとわからない緩急の付け方の指示、まるでそのコースを走ったことがあるかのような目の付け方。

そして何よりレースが終わったあとの嬉しいような悲しいような微妙な表情。まるで勝ったウマ娘、負けたウマ娘、両方の立場をそれぞれゴチャ混ぜしたような顔は何をどうすればそんな境地に到れるのか不思議でたまらなかった。

だから、この人がトレーナーになればどうなるのか。

その姿を何がなんでも見たくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――捕まえたぜ、礼乃(レノ)

「………っ、せん、ぱいっ!」

 

突然の急襲撃。

息もつかせぬ怒涛の逮捕劇は周囲の人間の意識の隙間を縫い見事成功に終わった。

 

そんな中最も早く思考の硬直を振り切ったのは腕を掴まれた礼乃。掴まれた腕を必死に振り払おうとするものの腕はびくともしない。

仕方のないことだ、いかに礼乃が育ち盛りで全盛期の肉体を持とうがこちらはウマ娘の肉体だ。ちょっとやそっとの力じゃあ振りほどけないさ。

 

「れ、礼乃様…っ!」

「この少女は一体…?」

「もしかしてこの娘が例の……」

 

周辺の取り巻き立ちも徐々に思考の硬直から回復していく。

口々に囁かれる言葉からは疑問、驚愕、畏怖といった感情が伝わってくる。

 

少しばかり嫌な感覚だ。

この体になってからというもの以前よりも多くの気配を察知できるようになったのだが、人の視線や呼吸というものには存外感情が出ている。それらを受けるのは中々精神に来る。

 

昔ルドルフの言っていたターフに立つのが怖い、という気持ちが今更ながらにわかったような気がする。

 

「失礼お嬢さん、その御手を離してはくれませぬか」

 

最初に割り込みをかけてきたのは付添人の中で最も位の高そうだった老年の執事。

驚きに揺れる他の使用人とは異なり、その人物からは澄んだ水面のような印象を受けた。この程度の事態では驚きにも値しない、といった感じのようだ。

 

「すまねえな、少しばかりこの坊ちゃんと話があるんだ。ちっとくらい連れて行っても構わねえよな?」

「申し訳ございません。礼乃様はこれよりメジロ家本家でご用事があります故」

「それを言うならこっちだってこれからこいつと飯食いに行く約束してたんだ。こっちの方が先約だ」

 

勿論そんな約束はしていないがこっちだってメジロ家本家に帰るなんて用事は聞いていない。

つまり約束の優先度は五分と五分っ……!

 

「ふむ、でしたら後日に改めるということでは?」

「いいや今だ。今じゃないと次のいつ予定が空くかわからないからな」

「…………」

「……………」

 

バチバチバチバチ。

執事と俺の間で静かな、だが確かな空気のせめぎ合いが起きる。

 

俺の見た目は中高生位のウマ娘だが中身は25のおっさん(誰がおっさんだコラ)、対して相手はいかにも経験豊富な歴戦の老年執事。今は俺の見た目から強く出てきていないが相手が本気を出せば一瞬で丸め込まれてしまうだろう。

 

ならばここは速攻でカタを……っ!

 

 

「食事、ということなら我々と一緒にはどうかな?」

 

 

ぶわっ、と強い気配が吹き出す。

 

突然現れた強い気配に、おもわず振り返るとそこには礼乃が乗ろうとしていた黒塗りの高級車がある。運転手らしき車掌が恭しくドアを引くと、豪華絢爛な高級車の内部が露わとなった。

 

天井からは細工の施された小さなシャンデリアが明かりを灯し、広い内部の空間には座り心地の良さそうな座席の他にテーブルまで設置されている。横に置かれているのは冷蔵庫だろうか、シャンパンでも詰まっていそうな雰囲気は世界の隔たりさえ感じる。

 

そのあまりの豪奢さに圧倒されてしまった。

 

だが、そんな衝撃さえもその人物の顔を見た途端に纏めて吹き飛ばされてしまう。

 

後部座席に座した壮年の男性、高級そうなブラウンスーツと金色の腕時計が如何にもなお金持ちという印象を抱かせた。

対して綺麗に整えられた白色の髪と力強い瞳は見る者に無償の安心感と信頼感を与える、自信に満ちた表情は成功した実業家のような雰囲気を醸し出していた。

 

男性はこちらの顔色を窺い一度クスリと笑った後とてもフレンドリーな態度で喋りかけてくる。

 

「やあ君が礼乃の保護したという少女だね。話は聞いているよ、記憶喪失、ということらしいね。僕らに出来ることがあれば協力は惜しまないからなんでも言ってくれたまえ」

 

その声を聴いた途端、先の警告以上の反応が我鳴り立てる。

 

ダメだ、この男には勝てない。

 

口が上手いとか上手くないとか、人生経験が豊富だとかいう話じゃない。勝てない、そんな漠然とした結果だけが頭に浮かぶほどその人物から危険な香りがした。

 

「叔父様、早く戻らねば叔母様やドーベル達がうるさいですわよ」

「まあまあマックイーン。お兄さんにも色々あるみたいだしさ、少しはお話を聞いてあげようよ」

 

そして立て続けに更なる気配が車の中から姿を現す。

 

車の中だというのに優雅にティーカップを立てる凛とした態度の葦毛の淑女。

もう一人は特徴的な鹿毛を短く切りそろえ活発的な印象を抱かせる少女。

 

どちらもウマ娘。歳も今の俺とそう変わらないくらいの少女だ。

だがその身から感じる圧倒的な存在感は通行人の中に紛れているようなそこいらのウマ娘とはわけが違う。

 

鍛えられた肉体。

視線から感じる鋭い観察力。

そして自然体のままでも人目を引きつける魅力。

 

普通、とはあまりにかけ離れた色濃いスター性を迸らせるウマ娘達。もしや、彼女たちは。

 

「マックイーン……ライアン……」

 

これまで沈黙を保っていた礼乃が口を開く。

 

マックイーンにライアン。

やはり彼女たちが礼乃の言っていたメジロ家秘蔵のウマ娘達か。

 

今まで何度かスター性のあるウマ娘たちを直に見てきたがここまで強い存在感を持ったウマ娘も中々いない。

これより上と言ったらそれこそルドルフやオグリキャップといった歴史に名前を刻むほどの面々を連れてこないといけないだろう。

 

そんな存在感を持つウマ娘、メジロマックイーンの視線がこちらを向く。

冷たく澄んだその瞳は突き刺すような眼力のままこちらを捉えて離さない。

 

「申し遅れました、わたくしメジロ家が一門に名を連ねるメジロマックイーンと申します。以後、お見知りおきを」

「あ、じゃああたしも。こほん…同じくメジロ家に名を連ねるメジロライアンと申します。以後、お見知りおきを」

「あ…ど、どうも」

 

剛毅な視線とは裏腹な流れるように美しい所作におもわず見惚れてしまう。

 

強さと優雅さ、二つの相反する要素はもちろんのこと名門の誇りを胸に完璧を体現し続ける芝上の貴族。

 

これが、メジロ家。日本トップクラスのウマ娘を輩出し続ける名家のウマ娘たちか…!

 

俺がメジロマックイーンとメジロライアンの二人に圧倒されていると壮年の男性がもう一度口を開く。

 

「話を戻すがどうだい…食事というのなら我々の家に招待しようじゃないか。そこで彼とじっくり話すといい」

 

立て続けに圧倒され続け俺の精神ももう限界。

聞き心地の良い男性の声におもわず耳を傾けたくなる。

 

「っ、それは、駄目だッ! この人は関係ない!!」

 

礼乃の怒声が発せられる。

おもわず相手のペースに乗せられそうになった俺だが今の怒声でなんとか正気が一定ラインにまで引き戻される。危ない危ない。

 

それにしても礼乃がここまで声を荒げるとは。やはりメジロ家というのは恐ろしい人外魔境なのかもしれない。

 

なればこそなおさらだ。このまま一人で礼乃を家に連れ帰させるわけにはいかない。

覚悟を決めた俺は礼乃を手で制しながら男性に向き合った。

 

「おねがいします」

「よかろう。もしもし私だ、料理を一人分追加で頼む」

「なァ!?」

 

たとえ罠だろうと一人で礼乃を行かせるわけにはいかない。

男性の誘いに乗らせてもらうと彼は備え付けの電話でどこかに連絡し始めた。すげえ車の中に黒電話が備え付けてら。

 

金持ちの車はよくわからんなと奇妙な感心をしていると礼乃に服を引っ張られる。

 

「ぅお、なんだ礼乃」

「なんだじゃないですよっ、どうしてあんな社交辞令にホイホイ乗っかっちゃうんですか!?」

 

えっ、今の社交辞令だったの?オジサンこの25年間にそういった経験なくて、まさかあれがお金持ち流の社交辞令だったとはつゆ知らず……

 

「嘘だな、あのおっさん本気だったろ」

 

というのは冗談だ。あの誘いが社交辞令などではなく正真正銘本気での誘いだったことくらいお見通しだ、ウマ娘の察知能力を舐めんな。

 

「っ!?」

「あのおっさんは試していたんだろ。あそこまで住む世界が違うさまを見せつけられてホイホイ乗ってくる相手なんてそりゃあいないからな」

 

結局のところあの男性がどこまで本気だったのかというのは俺にはわからない。このままついて行った先でどんな目に合うのかもわからない。

 

だが、もう賽は投げられてしまった。

ならばこのまま転がり続けて、敵の根城に突撃するしか方法はないだろう。

 

「礼乃、俺はお前が俺との約束を破ろうとしたの忘れてねえからな」

「…!」

「お前は別れた時確かに"夢を叶える"って言ったよな。その直後にこんな真似しやがって、怒るぞ?」

「そ、れは…でもそれを言うなら先輩だって!」

「俺の夢はプロトレーナーになる、それまでだ。お前の夢みたいに根本から不可能になるわけじゃない」

「でもっ、もしメジロ家を敵に回したらに競争バ業界に関わることもできなくなっちゃうんですよ!」

 

礼乃の言うもしは確かに俺にとっては最悪の結末だ。考えたくもないくらいのな。

 

「そん時はそん時だ。そんなことになったら二人で新しい夢でも捜そうぜ!」

 

それでもここでこいつを一人きりにするよりか何倍もマシだ。

新しい夢なんて見つかるかもわからないしあるとも思えないけど、それが諦める理由にはならねえだろ。

 

「……ほんと……どこまでアンタは……」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもありませんっ!」

 

なんだ礼乃の野郎、顔真っ赤に腫らしやがって?蚊にでも刺されたか?

 

「ごほん、お二人ともよろしいでしょうか?」

「ぅお!? いつの間に」

 

二人でコソコソ話していたところで葦毛の淑女、メジロマックイーンが咳払いと共に割り込んでくる。

 

「出発の準備が整いましたのでお呼びに、それと……」

「…?」

 

俺?

なんだかメジロマックイーンがこちらを訝しげに見つめてくる。

 

なんだろうか。もしかしてウマ娘には俺が奇異な存在にでも映っているのだろうか?人間にはわからずとも同じウマ娘だとしたらなにか感じるものがあるのかもしれない。そうなったら不味いな……

 

「お兄様、少々距離が近すぎるのではありませんか?」

「…? そうかな?」

「そ う で す !メジロ家の男児たるもの異性とは適切な距離を取っていただかなくては!一門の名に泥を塗るようなものですの!」

「つっても俺たちずっとこんなもんだよな」

「ず っ と ! ? 顔も触れそうな距離感でひそひそと密談をする距離がずっと!?」

「ま、まずいよマックイーン。お兄さんとこの娘思った以上に進んでるみたいだよ!」

 

マックイーンとライアンがなにやらコソコソ話しているが何か変なところでもあったのだろうか。

距離が近いとかなんとか言っているが男同士ならこんなもんだろ。

 

「と に か く !車の中では適切な距離をとってくださいまし!」

「お兄さん!パーソナルスペースってやつですよ!」

「お、おう。わかった、それでいいですよね先輩?」

「あぁ、それは別にいいけどよ……」

 

なんだか妙に語気の強い少女たちに圧倒されつつも俺たちは車の中へと誘導されていくのだった。

 

思春期の女の子ってのは難しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなでびみょ~な空気を孕んだまま車は発車します。

 

礼乃の隣をメジロマックイーンとメジロライアンが抑え、何故か俺は壮年のオジサンの隣に。

なんで???

 

「積もる話もあるだろうが、ひとまずこうして無事でいて何よりだ、礼乃」

「…………父さんも健康そうでなによりです」

「父さん!?」

 

驚きの新事実。このクールでダンディズム溢れる大人の男性はなんと礼乃の親父さんだった。

確かによく見てみれば白い頭髪や切れ目ながらも情熱を秘めた瞳は礼乃とそっくりだ。礼乃をそのまま大きくしたといわれても信じそうなくらい似ている。

 

「おや、そういえば自己紹介もまだだったね。私は目代雄一(めじろ ゆういち)、礼乃の父親で僭越ながら現メジロ家の当主を務めさせてもらっている」

 

!!?!?

 

と、とととと当主???

当主、って言ったらあれだよな?ウマ娘ベースボールで白い白球をマウンドに向かって投げる花形の、ってそれは投手だ。

 

この人がメジロ家の当主だってことはつまり礼乃は次期メジロ家当主候補?

 

「おまっ、そんな大事なこと聞いてないぞ!」

「せ、先輩には関係のないことでしたから。うちの家系のアレコレなんて言いふらしても仕方ないですし」

 

それはそうだけどさぁ。

それはそれとしてなんか寂しいぞ。

 

「ぷいっ」

「まあまあ、ジュースでも飲んで機嫌直してください先輩」

 

そんなジュースごときでこんなデカい隠し事されていたことを許せるわけが

 

「ウマーーーーい!!」

 

なんだこれ!?

スッキリとした口当たりにガツンと来る甘みのダブルパンチ。まるで蜂蜜のような甘さなのにそれでいてしつこくなく、ゴクリと喉を過ぎれば口の中にまったく嫌な味が残らない。こんなジュースは初めて飲んだぞ。

 

「礼乃っ、なんだこのジュース!?」

「北海道産の糖度20以上のニンジンのみを使って作られた最高級キャロットジュースです。うちの車には大体常備されている飲み物ですよ」

 

ウマ娘に成って数日。人参がやたらとウマいと感じるようになったこの体だがこのジュースは格が違った。

 

一度嗅いだら病みつきになりそうな芳醇な香り、何度でも飲みたくなるような口触り。ハッキリ言ってコレを全国の水道に流してほしいと思えるほど今の俺にとっては劇薬過ぎた。

 

「ウマい!もう一杯!」

「じゃあこのジュース1ダースお譲りするので帰ってもらってもいいですか」

「おう、もちろ………」

 

反射的に頷こうとした首をウマ娘パワーで掴んで引きずり戻す。

天使(ウマ娘)と悪魔(ウマ娘)が懐柔されようとヒトの理性で何とか持ちこたえた。

 

「って、危ねえ!思いっきり言うこと聞きそうになった!」

「…っち」

「おい今舌打ちしたの聴こえてるぞ礼乃ォ!」

 

周囲に他の人間がいることも忘れて口論のキャットファイトが始まる。

 

どうやら礼乃は何が何でも俺を帰したいらしい。絶対その手には乗らんぞ!

 

口論がキャットファイトから空中戦も視野に入れたドッグファイトに移り変わろうとした時、小さな笑いがこぼれる。

 

「ん?」

 

ヒートアップした頭がその笑い声に冷まされ冷静さを取り戻すと俺の隣で雄一氏がクツクツと笑いを必死にこらえている。

見れば礼乃の両隣を占有しているメジロマックイーンとメジロライアンも唖然とした顔で礼乃の顔を見ている。

 

俺たち二人がその様子に困惑している中ついにこらえ切れないと雄一氏の口から笑いが溢れ出る。

 

「くっ、くっ、あははははは。あは、ははは、あはははははは!」

「ゆ、雄一さん?」

「父さん、いったい?」

 

目じりに涙まで浮かべて心底楽しそうに笑う雄一さんの姿に礼乃も驚いた顔をしている。

 

「はは…すまない。礼乃が、まさかあの礼乃がここまで声を荒げて、それもこんなに楽しそうに誰かと口喧嘩するなんて、と思ってね」

「なァ!?」

 

雄一さんの話によれば礼乃は家に居たころから寡黙で、あまり感情を表に出す子供ではなかったという。

唯一、ウマ娘である姉妹に関しては強い愛情を持ちトレーナーとして兄として振る舞ってきたらしいが同年代の友人と言える相手とはついぞ縁がなかったらしい。

 

さらに礼乃、引いてはメジロ家にとってウマ娘とは好意を持つ相手であって口喧嘩などもっての外。妹達とも喧嘩らしい喧嘩など一度たりともしたことが無いらしい。

 

そんな礼乃がウマ娘相手にそれも声を荒げて感情を露わにして、しかし親しいものが見れば楽しそうに口論するということがとても新鮮に映ったらしい。

 

「いやぁこの歳になって人様の前でこんなに笑うとはね。あのぶっきらぼうで、鉄仮面で、姉妹にだけ駄々あまだった礼乃がね……」

 

俺からすれば礼乃はぶっきらぼうではあるけど結構笑うし怒るし感情的というか直情的なやつだと思っていたのだがそうでもなかったらしい。

見れば顔を赤くして俯いている。授業参観で主張の強い親が来たときの小学生かお前は。

 

「だ、大丈夫ですお兄様。お兄様が本当は誰よりも優しいことは私たち含めメジロ家の誰もが知っていることですわ!」

「そうですよ!ドーベルなんてお兄さんにずっと引っ付いていたせいで未だに他の男性が苦手なままなんですから」

 

マックイーンとライアンが必死に励ますが父親と元職場の先輩(現ウマ娘の俺)がいる前でその励まし方は悪手だ。どんどん彼の肩身が小さくなっていくようだ。

 

「それにしても保護したとはいえ数日で随分二人は仲良くなったようだね」

「ギクッ」

 

ま、まずい。俺は今現在記憶喪失(仮)ということになっているんだった。

あまり礼乃と親しくしていてはそこに疑問が発生する恐れがある。

 

「ハハハ…ソンナコトナイデスヨー、フツウデスヨー」

「ふむぅ」

 

雄一さんの目線がいたい。

 

この底の知れない視線に見つめられていると色々なものが見透かされている気分になる。

 

これ以上下手なことはできない、かといってこのままでいるわけにもいかない。

はてさてどうすればいいだろうか。

 

などと考えていた。

 

「そういえば君の名前を聞くことを忘れていたね。恥ずかしい限りだが名前を教えてはくれないだろうか?」

 

そう聞かれてつい、咄嗟に。

 

「鮫じ……じゃない、ええっとわからないです」

 

元の名前が出かけそうになったところで踏みとどまる。

 

今の俺に名前はない。

名無しのウマ娘、そう伝えておかないと色々と不都合が生じてしまうからな。

 

そんな俺の考えなどゴミクズのように畳みかける言葉が全てを破壊させた。

 

 

「ならちょうどいい。」

 

「君、うち(メジロ家)の養子にならないかね?」

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

「えええええええええええ!!?」

「はぃいいいいいいいいい!!?」

 

 

 

 




※メジロ家はウマ娘の血統を積極的に取り込んでいる。そんな設定があったりなかったり。
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