「これが、月側の宙域を望遠カメラで撮影したものだ」
キャピタル・アーミィによる襲撃を退けたベルリたちは、彼の母であり、キャピタルの運行長官でもウィルミット・ゼナムを迎えることになった。
偶然にもアメリア軍の上層部に属する人間であるグシオン・スルガンや、キャピタル・アーミィでは戦死扱いになっているデレンセン・サマターもその場に居合わせている。
ウィルミットが「なぜベルリを人質に取ったのか?」という母親として当然の怒りを示したのだから、グシオンはアメリアが握った「宇宙からの脅威」について全体的な現状のすり合わせを提案したのだった。
「ふん、アメリアはタブーである天体観測というものも躊躇いなくやるのだな」
「……こちらは、ただ星を見るだけにわざわざMSを宇宙にまで上げたりする馬鹿ではありませんよ。ここを見てください」
鼻を鳴らして不機嫌に言い切るデレンセンに顔をしかめながら、グシオンは端末に表示した映像の一部を拡大する。
それはアメリア軍に属することになったラリーが衛星軌道まで登って観測した月周辺宙域の映像だ。
ウィルミットとデレンセンが映像を覗き込むと、そこには確かに「不自然」な光がいくつも映っていた。
「この光とこれは、この写真を撮影する前からありましたが、これとこれはいきなり現れた光です。それも数時間単位で増えたり減ったり、そして移動をしています」
「あなた方は、この光を宇宙の脅威だとおっしゃられるのですか?」
「具体的には、未確認の宇宙艦隊というべきでしょう」
信じられません、というのがウィルミットの素直な感想だった。彼女にとって月というより宇宙はスコード教を通して地球に恵みを与えてくれる神聖な場所だ。
そんな相手がアメリアやゴンドワンのような野蛮な戦力を有しているとは、とても信じるわけにはいかなかった。
もし、それが事実ならスコード教の聖地である宇宙そのものがタブーを犯してある他ならないのだから。
それでも、グシオンは言葉を続けた。
「アメリア側はこの未知なる宇宙艦隊の動きが活発化していることから、宇宙からの脅威が地球を侵略しようとしていると想定し、宇宙艦隊を創設しました」
「ゴンドワンと大陸間戦争なんてものをするから宇宙の脅威とやらも活発に動き始めたのだろうが!」
デレンセンが机を叩いて声を荒げる。それもそうだな、と食事を取るベルリの隣で話を聞いていたラリーは思った。
宇宙からの脅威なんて言っても、先にゴンドワンとの大陸間戦争を始めたのはアメリアだ。
キャピタルから見れば、大陸同士の戦争を通して野心を肥大化させた国家が宇宙にまで権力を広げようとしている構図にしか見えないだろうし、それを容認するなどできないのだから、キャピタル・アーミィなんてものを創設したのだろう。
「逆にそれは、彼らが宇宙から地球を見下ろしている証拠ではありませんか」
「そもそも、宇宙からもたらされるフォトン・バッテリーはザンクトポルトに運ばれるのです。スコード教の神聖たる宇宙自らがタブーを冒してまで地球侵攻など……あり得ません。認められません」
「ですが、現に月の動きは活発に……」
「貴様らアメリアがゴンドワンや我々キャピタル・アーミィとの戦争に降伏すればそんなことにはならないのだ!」
話は平行線の様相を見せ始めていた。ベルリは人質だというのにその言い合いを呑気にご飯を食べながら聞いている。アイーダ姫も、カーヒルと共にいて我関せずと言った具合。
「では、なぜアーミィなどという軍隊をキャピタル側も作られたのですか!そちら側はフォトン・バッテリーを運搬することがスコード教の……」
「そちらが運搬しているフォトン・バッテリーを戦争の道具に使うのだから、それを食い止める為にアーミィは作られたのだ!」
グシオンの言葉に吠えるデレンセン。彼の人のあり方を見る限り、アメリアのやり方に反発するのは当然だった。本来なら世界中に等配分されるはずのフォトン・バッテリーを不正に入手し占有しているのだ。
キャピタル・ガードの本来の起源は、そう言った地球側の不正な行いを監視し、フォトン・バッテリーを世界中に等しく配給するスコード教の教えを守る責任を負うために設立された経緯がある。
だが、アーミィのように自ら戦いに出るような理由はない。ガードはあくまで専守防衛が基本な組織なのだから。
「その理屈はアーミィ自身がタブー破りをしている他にはありませんよ、デレンセン教官!」
「しかし!」
「ちょっと待ってください」
属する組織の価値観と意見を傘に、泥かけ試合を始めようとしていた3人の言い分にラリーが待ったをかけた。そもそも、この話はこじれる前から疑問に思う箇所がある。
「なぜ宇宙側の脅威はフォトン・バッテリーを地球に送り続けているんですか?」
「それは、スコード教の教えあってのことです。技術や科学の発展を人類は捨て去り、宇宙から恵まれるフォトン・バッテリーを享受することで繁栄をしてきました」
熱心なスコード教信者でもあるウィルミットがはっきりとした口調で言葉を返した。宇宙からの供給によって地球を生きながらえさせ、平和と繁栄を築き上げるのが本質。
そこがラリーにとっては最大の疑問だった。
「そう、それです。宇宙からの脅威はそれを盾にすればいい。侵略するが、逆らったらフォトン・バッテリーの供給を止めるって」
「そんなバチ当たりなことを……!」
「そのバチも神も、持っているのは宇宙なんでしょう?なら、それを反子にするのも彼らの自由。しかし、それをせずにわざわざ戦力を拡充して準備をしている」
そう言われれば確かにそうだとデレンセンもグシオンも言葉を押しとどめる。ウィルミットが言うように宇宙はスコード教の聖地であり、フォトン・バッテリーはキャピタル・タワーの遥か先から地球に送り届けられる贈り物なのだ。
それを止めてしまえば、こうやってカリブ海洋研究所にいれるような余裕もなくなるし、大国となったアメリアとゴンドワンも大陸間戦争や宇宙への進出など言ってる場合じゃなくなる。
「なにか、ほかに思惑があると言うんですか?」
食べていたモノを飲み込んでベルリがそう疑問を投げた。
「宇宙からの脅威は〝侵略〟ではなく、地球を〝征服〟しようとしているってことさ」
「……侵略と征服ってどう違うのです?」
ラリーの回答にベルリは少し顔をしかめて疑問を吐き出す。それに、アイーダは少しため息をついてから簡潔に説明を始めた。
「侵略は他国が管理下に置く地を他の国が奪い取ること、征服は敵を武力によって討伐して支配することだ。簡単に言えば、侵略は「統治への乱入」で、征服は「支配する」ということです」
「フォトン・バッテリーの配給を止めれば地球にいる人類は戦争なんてもの以前に、文明的な生活すら出来なくなる」
そこまでいって、ベルリはあぁ!っと納得したような声を上げた。
フォトン・バッテリーの供給が止まってしまえば、それこそ地球は宇宙世紀末期の荒廃した地上の有様のようになる。
そんな不毛な地を支配しても宇宙人にとってはなんら旨みはないはずだ。
「フォトン・バッテリーを供給することで宇宙に依存させる生活圏を確立させ、ある程度文明が出来上がったところで、武力を持って地球を支配下に置く」
「それでは、我々は宇宙側にとっては家畜同然ではないか!」
ラリーの推察にグシオンはハッキリとした怒りを覚えた。宇宙世紀末期の混迷期から地球を立ち直らせたのは間違いなく過酷な地球環境の中で生き抜いてきたアメリアの国民や、地球の住人たちだ。
それを宇宙からフォトン・バッテリーを送るだけしかしなかった宇宙人たちが地球の豊かな土壌を丸ごと奪って支配下に置くなど、地球を立ち直らせてきた当事者たちからすれば認められないことでもある。
だが、宇宙人たちの狙いがそうだったとしても現状ではその計画はすでに破綻しているとラリーには思えた。
「たぶんそうだったんでしょうね。ヘルメスの薔薇の設計書が地球にもたらされるまでは」
たった一つの設計書であるソレが地球にもたらされたことで状況は一変した。
宇宙からすればもやしのような文明だった地球が急速に成長と進歩を遂げて、ついには宇宙にまで足が届くようになったのだから。
「地球側が脅威的な速さで科学を進歩させてあるから、宇宙人も急足で宇宙艦隊を用意していると?」
「あくまで推測でしかありませんが」
デレンセンの言葉に、ラリーはあくまでもそう答えた。なにせここから宇宙の人々の想いや考えが読み解けるわけがないし、彼らの組織構図もわかっていない。
急ピッチで宇宙艦隊を作り上げたと言うのになぜ攻めて来ずにフォトン・バッテリーを供給し続けているのか、という疑問も残る。
「無力な地球人を支配する構図が崩れた今、宇宙側は、まだ拙い今のうちに地球側を叩こうとする」
「ならば、アメリアがタワーに上がって迎え撃つことが……」
「タワーの守備は、我がキャピタル・アーミィの本懐であり……」
再び議論を始めたグシオンとデレンセンを横目に、ラリーが推察した宇宙の思惑にショックを受けたウィルミットはバルコニーで風に当たって落ち着きを取り戻そうとしていた。
「母さん、大丈夫?」
「ええ、しかし……」
「たぶん、宇宙の脅威がやってきてもタワーやクラウンには攻撃は仕掛けてこないでしょうね」
ウィルミットの不安に、ラリーは安心を与えるようにそう言った。
地球と宇宙をつなぐ軌道エレベーター。そもそも、その人類の遺産が破壊されれば地球は宇宙との繋がりを絶たれて立ち行かなくなる。
「どういうことです?」
カリブの海は夕日の赤に染まっていた。その景色を背景に、エレベーター破壊による被害を一番に懸念していたウィルミットの声に、ラリーは落ち着いた声色で応じる。
「タワーは宇宙からフォトン・バッテリーを運び込む唯一の方法なのでしょう?これから地球を支配しようっていうのに、エネルギーの供給路を絶つほど、連中は馬鹿じゃないはずさ」
そう答えたラリーに、ウィルミットはおかしくなって声を上げて笑った。隣にいるベルリや、後ろで言い合いをしていたグシオンとデレンセン。そしてアイーダも驚いた顔をしている。
なにより一番びっくりしていたのはラリーだ。
「ラリーさん、あなたって面白い人ね」
息子を人質に取った極悪人かと決めつけていたが、その感性は知識人でもあり、熱心なスコード教の信者でもあるウィルミットが気にいる性格をしていたのだ。
「母さんがそういうのって、なんだか珍しいです」
「あら、そうかしら?」
困ったように笑うベルリに驚いた顔をするウィルミット。
ひとまず、戦いと話し合いを終えたラリーたちはウィルミットが待ってきた生姜のクッキーと紅茶を囲みながらカリブの夜を過ごしたのだった。