イザネル大陸、海岸線。
メガファウナに乗艦する一行は、軌道エレベーターがあるキャピタル・テリトリーに向けて進路を進めていた。
こうなった理由は、グシオン総監……アメリア側から提出された月軌道に位置する謎の宇宙艦隊が理由だった。
キャピタル・ガードであり、熱心なスコード教の信者でもあるベルリの母、ウィルミット・ゼナムと、優秀なパイロットでなるデレンセン・サマターもひとまずは宇宙からの脅威に備え、アメリアとキャピタル・ガードによる共同体制が必要であると認識していて、ドニエル艦長指揮のもと、メガファウナはカリブ海からイザネル大陸へと移動を開始したのだった。
「クリム中尉からモンテーロは好きにしていいって許可は取ってあるんだから、いいだろう?遊ばせておくには勿体無い機体だ」
「技術士を褒めても碌なことにはなりませんよ」
「素直に嬉しいって言えばいいだろ!」
クリム中尉は、アーマーザガンを持ってきたミック・ジャックと共に囮としてアメリア方面へと帰還していった……というのが建前で、アメリア側での宇宙艦隊の組織編成が完了したことにより、クリム中尉を指揮官として呼び戻した側面もある。アーマーザガンによる囮もあって、メガファウナの進路の安全を保証した効果もたしかにあった。
それで、クリム中尉が乗っていたモンテーロが機体余りになっていたのだ。メガファウナにはパイロットはいるが、万年人手不足である以上、パイロットもMSも余らせている訳にはいかない。
ウィルミット長官の打診と、グシオン総監の許可もあり、キャピタル・タワーに辿り着くまでの間、モンテーロのパイロットはデレンセンが務めることになったのだ。面倒はラリーが見ろという貧乏クジもセットで。
シュミレーターモードのコクピットの中で、操縦マニュアルを見ているデレンセンに、ラリーはコンソールを覗き込みながら問いかけた。
「いけそうか?デレンセン」
「……勝手は違うが、基本は一緒だ。何度かシュミレーターを通せばマシにはなるさ」
「さすがはベルリの教官殿だな」
茶化すな、とデレンセンに文句を言われながらもラリーは必要な操作をデレンセンに説明する。隣にはハッパたちメカニックマンによって修理されたローンズーが鎮座している。
両肩に備わるフレキシブルスラスターは修復され、機体各所の傷や摩耗も綺麗に治っている。
これで次の出撃は愛機で出れそうだと、ラリーはモンテーロのコクピットから降りながらブリッジへと向かうのだった。
当面の目的はメガファウナの食糧の補充とガードへの長距離電話。今、メガファウナはミノフスキーフライトによる低空飛行の最中だ。高度と速度を上げればあっという間にキャピタル・アーミィのレーダー網に引っ掛かってしまうため、ウィルミットが抜け道を用意した上で、長距離電話でガードに連絡しエスコートを依頼する予定だ。
「ラリー、ちょうどよかった。そろそろ昼食も兼ねて第一目的の長距離電話の場所に向かうぞ」
ブリッジに上がるとドニエル艦長がそう言ってきた。程度のいい谷間にメガファウナを着陸させて、ラリーたちは二足歩行のシャンクで目的地を目指す。降り立った場所は何もない長閑な田舎だった。
僻地であるが、こういった場所には色々と物を売る農家があるらしい。
「で、なんで俺も同行することになる……」
「護衛は必要でしょう?隊長」
長距離電話で連絡を取るウィルミット、その護衛兼シャンクの運転にラリー。
荷物持ち用のシャンク2台にはベルリと看護師であるキラン、アイーダとカーヒル。そして気分転換についてきたノレドとラライアだ。山間を抜けた先に広がっているのは田園風景で、広大な牧草地帯や畑が地平線まで広がっている。穏やかな気候の地であるが、旧世紀……いわゆる宇宙世紀末期頃はひどい有様で、環境汚染もピークに達していたのだとか。
今は宇宙から供給されるフォトンバッテリーの配給や、空気と水の玉のおかげで争いが激減し、壊滅的だった大地も少しずつ本来の豊かさを取り戻していたのだ。
「この地域はスコード教でも宝寿と豊かさを司る地であり、地球の人々の食を支える大地でもあるのです」
「確かに、穀倉地帯の大半はキャピタル・テリトリィの中に属していますね。やはりゴンドワンやアメリアでは安定した供給は見込めないですか」
「……争いを好む地に豊かな地は生まれないですもの」
ちなみにその話は全部移動途中のウィルミットがしてくれた。ラリー自身、スコード教の信者ではないのだが、末世的な食糧事情や環境汚染の話には興味があり、目的である長距離電話がある雑貨屋に着くまで話は絶えなかった。
「母があんなに楽しげに喋ってるのは久しぶりですね」
雑貨屋の近くにある生簀。新鮮な食材である魚を網で取っている傍で手伝っていたベルリがそんなことを言ってきた。息子曰く、気難しい彼女が初対面……しかも男の人にこれほどまでに笑顔を見せること自体が珍しいのだとか。
「熱心にスコード教に勧誘しているだけじゃないのか?」
「母なら入信手続きのタブレットを持ってきますよ」
「有無を言わさず入信かよ……」
どの時代になっても宗教というものにのめり込んだ信奉者はアグレッシブなのである。しかし、そうしないということは純粋にウィルミットはラリーという人物を気に入っているということだ。
「というか、なんで気に入られてるんだ?息子を拐った誘拐犯だぞ……」
「僕が無事ですからね!」
「何度も戦場に出て起きて無事というのか?それ」
ベルリもベルリで天然なのか、ウィルミットの人の好みもよくわからないものだ。そう思いながら雑貨屋で買った魚や鶏が入ったコンテナをシャンクに積んで、帰り道を進む。戻りはベルリがラリーのシャンクと交代し、ウィルミットを後ろに乗せていた。
「あんなに仲良いのに、ベルリってもらいっ子なんだって」
話題の中で出てきたノレドの言葉に、思わずアイーダが聞き返した。
「えっと……つまり、彼は養子ってことですか?」
「そっ。詳しくは私も知らないんだけどね」
それを聞いたアイーダは少し複雑な表情をしていた。彼女もグシトン総監が引き取った養女であることは、カーヒルもラリーも知っている。自分と同じ境遇であり……しかも、同じく Gセルフを動かせるのだ。何かが引っかかる。しかし、明確な何かがわからない。アイーダのそんな思考を知らずか、ベルリとウィルミットは帰路でも楽しげに話をしているのだった。
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「ミノフスキーフライトって風に煽られやすいんだよ」
長距離電話でキャピタル・ガードとの連絡も取れた頃。メガファウナはテーブル大地が特徴的な丘陵地帯に差し掛かっていた。断崖絶壁のテーブル大地の谷間で生ずる気流が右へ左へとメガファウナを揺らしている。
ブリッジのシートに腰掛けていたウィルミットは完全にグロッキー状態だった。
「……宇宙戦艦なんて人類を破滅に導く象徴です」
恨み言のようにいう彼女を一瞥して、グシオン総監はメガファウナの進路へと目を向けた。ここはすでにキャピタル・タワーの真下だ。エスコート役のキャピタル・ガードがくれば幾分か緊張感もほぐれるはずだが、もしアーミィに見つかればひとたまりもない。
「ドニエル艦長!こんな状況なのに本当にテスト射出をするんですかぁ!?」
通信先にいるのは格納庫でアルケインに乗るアイーダだった。こんな不安定な状況だというのに、ハッパやアダム・スミスらはMSの射出準備を進めている。いわく、どんな状況下でも即時戦力を投下するためのテストなのだとか。
「こういう時だからこそです、姫さま。二人は準備いいか?」
「いつでもどうぞ〜」
射出準備に入っているのは、空戦能力に優れたデレンセンのモンテーロと、ラリーのローンズーだ。ルワンとオリバーのグリモアと、ベルリの Gセルフはすでに甲板に出ていてこちらの射出テストに備えている。
アイーダはフライトユニットのテストがあるのだが、カーヒルと共に格納庫待機だ。
「飛び出して勢い余って崖に突っ込んだりするなよ!」
ハッパの言葉を適当に聞き流して、ラリーはパックのミネラルウォーターに口をつける。ハッチが開いてゆき、低空で飛ぶメガファウナの眼前には大きな滝があって、そこから水飛沫をあげて膨大な水が流れ落ちているのが見えた。
「射出よーい!3、2……」
「ラリーさん!待って!」
アダム・スミスのカウントの最中、ベルリの声が微かに聞こえたが、すぐにノイズと電子機器のジャミングで聞こえなくなった。ミノフスキー粒子が撒かれた!?射出間際に無線通信がすべてダウンし、ラリーのローンズーはそのまま地球の空へと放り出されることになった。
『見つけたわ、白い奴!』
飛び出した視線の先。そこには肩から生える四枚のバインダースラスターを閃かせた機体。
キャピタル・アーミィのレイカ・マツオカが駆る「ゾルトレイ」が手ぐすねを引いて待っていた。
「四枚羽の機体!?」
『ここであったが運の尽き!!』
飛び出した直後、真正面から襲われることになったラリーは、ゾルトレイの袖から放たれるビームサーベルに晒された。突然の出来事で、普通なら身体は硬直する。出てすぐに攻撃にあって撃墜されるMSも少なくはない。
「こなくそ!!」
だが、ラリーは冷静だった。出力を落とし四肢全てを大の字に開くことによって機体全てをフラップとして利用した。揚力を失ったローンズーはすぐに失速し、落下を始める。間一髪のところでラリーは振るわれたゾルトレイのビームサーベルを躱したのだ。
『躱された!?』
「踏み込みが甘い!」
仰向けに倒れるように落下するローンズーは、ゾルトレイを真下から見上げる形になった。落下と同時に構えたビームライフルは、的確に狙いを定め、ゾルトレイの腰に備わるリアスカートを削り取るようにビームの帯が走った。
『マツオカ少尉!ええい!ミイラ取りがミイラになったか!!』
『すいません!マスク大尉!』
被弾したレイカのゾルトレイと入れ替わるように現れたのはマスクの駆るエルフ・ブルックだ。修復したゾルトレイのテスト運転に付き合って出てきたマスクでもあるが。
『こんなところで会えるとは……絶望しないですむぞ!! Gセルフ!!』
カリブの海での雪辱を晴らしてもらう!コクピットの中でマスクにしか聞こえない復讐の決意。メガファウナに標準を合わせて臨戦体制に入った。
「ステア!加速するなよ!」
「イエッサー!」
ここで取り乱して速度を上げれば、それこそアーミィの本体にメガファウナが捕捉されてしまう。冷や汗を流しながら操舵するステアを落ち着かせるようにドニエルが肩に手を置いた。
「それ、セクハラですよ!」
「今はそんなこと言ってる場合じゃあなぁい!!」
低速、低空と、宇宙戦艦としては致命的な弱点を晒すメガファウナの頭上では、凄まじい空中戦が繰り広げられていた。マスクの操るエルフ・ブルックと、手負いのゾルトレイを取りつかせるわけにはいかない。
甲板にいたベルリの Gセルフと、格納庫にいたアルケインもすぐさま応戦していた。
『まだ調整中だっていうのに!邪魔をするな!!』
リアスカートに被弾してもゾルトレイの威圧感は衰えるどころか、さらに増しているように思えた。ビームライフルを乱射しながら敵を近づけないよう牽制する相手に、カーヒルはアイーダのアルケインの前へと割って入る。
「姫様は下がって!」
「ごめんなさい、カーヒル!……役立たずのわたし!もっと早くできないの!?」
自分の立ち回りの悪さにアイーダは顔を顰めた。もっと素早く動けばカーヒルに諌められることもなかったというのに。だが、ここは戦場。敵も味方も悠長には待ってくれない。
「ジャベリンくらい使えるってんだな!?」
「デレンセン・サマター、モンテーロ、出るぞ!!」
ラリーに次いでデレンセンのモンテーロも射出される。青い特徴的な機体を目にしたマスクは顔色を変えて出てきたモンテーロ目掛けて指先からビームを放った。
「エルフ・ブルック!!船にはウィルミット長官が乗ってるんだぞ!!」
デレンセンは、すかさず展開したジャベリンを高速回転させて擬似的なビームシールドを発生させ、メガファウナに直撃しそうなビームの雨を切り払った。
『マスク大尉!敵の前ではしゃぎすぎるから!下から来る!』
レイカの叫びはマスクにとっては遅すぎる警告だった。気がついた時には下から上がってきたラリーのローンズーが、ビームを打ち出していたエルフ・ブルックの腕を切り裂いていたのだ。
『腕を斬られた!うわぁ!?』
流れるように蹴り飛ばされた先。緑色のビームを纏ったジャベリンを持つデレンセンが、体制の整っていないエルフ・ブルックへと襲いかかる。
「わかったぞ、ジャベリンの使い方が!……チェストォッ!」
上から袈裟斬りに振り下ろされたジャベリンの一撃は、手負いのエルフ・ブルックにトドメを刺した。片腕と片足を完全に切り裂かれた機体は、姿勢制御が出来ずに地面に向かって落下を始める。
『き、機体が持たない……!バララ!!』
落ちてゆくエルフ・ブルックを視界に収めるベルリは、次の瞬間にギョッと目を向いた。墜落してゆくエルフ・ブルックのコクピットハッチが開き、人が這い出してきたのだ。
「人ぉ!?人を見ちゃったら撃てないでしょ!?」
マスクをつけた淡い青髪のアーミィ兵は、事もあろうかそのまま機体を捨てて空へと身を投げ出したのだ。身につけているのはアーミィの制服であり、ノーマルスーツでもないし、ウイングスーツも身につけていない。もちろん、パラシュートもだ。
文字通り、身一つで空に飛び出した……馬鹿野郎だった。
「〜〜ッ!冗談じゃない!!」
思わず、近くにいたラリーのローンズーが自殺にも似た脱出を試みたマスクをマニピュレーターで受け止めた。マスク自身も、バララの操るエフラグに受け止めてもらうつもりだったのか、白いローンズーにキャッチされて絶句している。
「パイロット!生きているな!!」
音声通信でマニピュレーターの中にいる敵兵に声をかける。しばらくしてから無事を知らせるように弱々しく手が上がったのが見えた。機体を安定させてゆっくりと降下すると、予備のエルフ・ブルックを乗せたエフラグがメガファウナのMS部隊の周りを旋回しているのが見えた。
『マスク大尉が敵に捕まった!?』
四枚羽のゾルトレイも、自分の上官であるマスクが捕まったことに動揺を隠せない。すぐさまカーヒルやルワンたちが銃口を向けたまま、レイカとバララの乗る機体を取り囲む。
「投降してもらおうか、キャピタル・アーミィ」
『バララ・ぺオール……』
投降勧告からしばらくの沈黙の後、レイカは観念したように仲間の名前を呟く。敵意を剥き出しにしていたエフラグも投降するように緩やかな旋回を始めた。
「投降信号だ、ルワン!デッキにエフラグを着艦させるぞ!」
ドニエル艦長に促されるまま、マスク大尉と彼の部下であるバララ、レイカはメガファウナに着艦したのだった。