「自分はキャピタル・アーミィのマスク大尉である」
捕虜だというのにかなり尊大な物言いだな、とラリーは格納されたローンズーのコクピットタラップから降りながらそんなことを思っていた。
「 Gセルフのヘタクソ!デッキを凹ませるな!」
ふらふらと甲板に着地するベルリのGセルフに、操舵手のステアが苦言を言ったのがヘルメットに備わるスピーカーから聞こえてきた。メガファウナは未だに警戒態勢で、ルワンやオリバーも周辺警戒の真っ最中だ。
メガファウナは捕虜となったアーミィのエルフ・ブルックと、ゾルトレイ、そしてダブルのエフラグ。
それによってすっかり手狭となっていた。
カーヒルのグリモアなんて格納庫に入りきらず、先に入ったモンテーロとローンズー、そして Gセルフとアルケインの補給と点検待ちで甲板で待機する有様だ。
これは捕まえたのは悪手だったかな、と思考がよぎるが、あのままパラシュートなしのスカイダイビングを敢行したマスク大尉と名乗るハジケリストを放っておくのも目覚めが悪かった。しかも部下であろう二人の士官は女性……というより、まだあどけなさが残る少女だった。
「同じく、マスク部隊所属、バララ・ペオール少尉」
「マスク部隊所属、レイカ・マツオカ少尉です」
キャピタル・アーミィもまた随分と余裕と何ふり構っていなささが目立つように思えた。敬礼して自己紹介する二人の少女を一瞥してラリーはため息をつく。無論、この少女らにも戦う理由があるのだろうが……こんな若い娘を戦いに駆り出す組織のどこに正義があるというのか。
ふと、マスク大尉が気付いたのか、捕虜を取り囲むクルーの中にいるデレンセンに視線を向けると高らかに笑ってみせた。
「まさか、死亡したと思われていたデレンセン教官殿と……ウィルミット長官が海賊部隊と行動を共にしているのは思いもしませんでしたよ」
「アーミィはエルフ・ブルックを量産したのだな。悪戯に戦火を拡大させるつもりか?」
芝居がかった物言いをするマスクの言葉をほぼ無視する形でデレンセンがそう切って返した。エルフ・ブルックの量産の話は確かに耳にはしていたが、あれほどの数を揃えるには時間も金も設備も必要だ。
そしてそれは、デレンセンが知る限りキャピタルテリトリーには存在しない。とするなら、軌道エレベーターに点在する〝ナット〟のどこかにMSの研究所や開発拠点が存在しているのだろう。デレンセンの質問に、顔を怒りの表情に染めてマスクは食ってかかった。
「海賊部隊に身を寄せて、貴方は心も海賊になったのですか?キャピタル・アーミィはアメリアやゴンドワンからの侵略を防がなければならないのですよ!」
「アーミィの目的は Gセルフとベルリ生徒たちの奪還のはずだ!貴様たちは人質救出を口実にただ戦争がしたいだけじゃないのか!?」
「今更になってそんなことを……!!」
取っ組み合いの言い合いになりそうなところで、ラリーが二人の間に割って入った。ここはキャピタル・ガードでも、キャピタル・アーミィの拠点でもない。アーミィの目的がベルリとノレド、そして Gセルフの奪還であろうがなかろうが、すでに闘いという歯車は回り始めている。エルフ・ブルックや、四枚羽のゾルトレイが戦場に現れた以上、もはや人質の救出という名目で止まれる場所にいないのだ。
「とりあえず、仲間内の言い合いはあとにしてくれ。今のお前たちは海賊部隊と揶揄するウチの捕虜なんだからな」
デレンセンは、ウィルミット長官の頼みでメガファウナのパイロットをしてもらっているが、元は軌道上で保護したキャピタル・アーミィの捕虜だ。本人曰く、デレンセン・サマターはキャピタル・ガードであると言っているが、アーミィとガードがいかにソリが合わないのかは明白だった。
今回保護したマスク大尉や、二人の女性士官は間違いなく捕虜として大人しくしてもらう必要があるが。
「……貴方が、白い機体のパイロットですか」
ふと、ラリーに黒髪と赤い目が特徴的な少女が話しかけてくる。さっき自己紹介してきたレイカ・マツオカ。あの四枚羽が付くゾルトレイのパイロットだ。戦場での荒々しい佇まいや操縦とは打って変わって、その顔つきは幼く、どこか儚げであった。
「……メガファウナでMS部隊の隊長をしている。ローンズーのパイロット、ラリー・レイレナードだ」
「レイレナード……」
俺の名を彼女は静かに反復した。真っ赤な瞳に映る光が印象的で、彼女は白いローンズーと俺と、何度か視線を彷徨わせていた。
「どうしたんだ、マツオカ少尉」
「……いえ、なんでもありません」
マスクの言葉に彼女は視線を伏せながら答えた。彼女にもどこか思うところがあるのだろうか。特に話すこともないので、と思っていたら、マスクが演劇役者のように両手を広げた。
「それで?我々を捕らえて何をしようというのですか?交渉ですか?拷問ですか?」
「いや、君たちにはビグローバーに着いた段階で降りてもらう。機体も持って帰ってくれ」
そう言ったのは格納庫に降りてきたアメリア軍のグシオン総監だった。呆気に取られるマスク部隊の面々を見渡して、彼は困ったようにため息をついて実情を話し始めた。
そもそもメガファウナはアメリアの正規の軍属ではない。ただでさえ、偶発的に巻き込まれたベルリやノレド、戦闘で捕虜となったデレンセンに、大気圏グライダーで降りてきたウィルミット長官までいるのだ。これ以上捕面倒を増やすわけにもいかない。それにキャピタル・アーミィの捕虜なんて面倒この上にないのだ。
「ただし、下手な真似はしないことをお勧めする」
そう釘を刺してグシオン総監はその場を後にした。呆然としているマスク大尉を引き連れて、ハッパとアダム・スミスが機体を動かすように三人の背中を押してゆく。アルケインとモンテーロの整備が終われば、次は Gセルフとローンズー。その次にはグリモアと、やることは山のようにあるのだから。
「艦長ぉ!レックスノーが来ました!!」
「キャピタル・ガードの案内人か!」
ウィルミット長官が長距離電話で要請したキャピタル・ガードが合流したのは、ちょうどマスク大尉がバララと共にエフラグを移動させた頃だった。
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「ケルベス・ヨーだ。アンタが白い機体のパイロットだったか」
「ラリー・レイレナードだ。件のことはすまないと思ってる」
メガファウナを廃屋となった工場に案内し終えたキャピタル・ガードのパイロット、ケルベスとラリーは握手を交わした。彼とはベルリを人質として攫ったときに顔を合わせている。
てっきり剣呑な態度で来られるかと覚悟していたが、意外にもケルベスはフレンドリーにラリーへ話しかけてきた。
「気にするな。あの状況下で切り抜けられたんだから良しとするべきだろ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
彼も優秀なパイロットであり、デレンセンの戦友。ベルリにとっても教官殿の一人であり、旧型であるレックス・ノーの操縦技術を見ても、その能力は十分に高い。それに上に立つ素質もあった。
戦死したはずのデレンセンと顔を合わせた時は、蘇った死人を見たかのように驚いて腰を抜いていたのが印象的でもある。
廃屋に停泊したメガファウナには、ウィルミット長官が頼んできたガードの補給部隊が到着していた。彼らが運ぶコンテナには空気の球と水の球、そして新品のフォトンバッテリーが積み込まれている。
艦内の点検のために入ってゆく補給部隊と入れ違いなる形で、ラリーたちはエフラグに乗り込んだ。
「長官の命令で、貴様たちをビクローバーに案内する。シャンクは人数分用意した」
ベルリの提案と、ウィルミットの計らいでグシオン総監はスコード教の法皇であるゲル・トリメデストス・ナグとの会談をすることになったのだ。
もともとキャピタル・テリトリーの住人であるベルリとノレドはもちろん、ラライヤも同行する。
会談にはウィルミット長官とグシオン総監、彼の娘であるアイーダも参加。
双方の護衛としてケルベス、デレンセンに、カーヒルとラリー、そして捕虜となったマスク大尉たちも行動を共にする。捕虜であるマスクたちは、アーミィ関係者にそのまま引き渡す予定で、その見返りにメガファウナには攻撃しないという確約をさせるのが目的だ。
こう見ると随分と大所帯となったものだ。人数分のシャンクはあるが、スペースの問題もあったのでバララが操縦するエフラグに搭乗。予備のエルフ・ブルックと、ゾルトレイも返還するために運びこんでゆく。
「まさか、こんな形でここにくるとはな」
「前回は景色を見るところじゃありませんでしたからね」
世界中にフォトンバッテリーを輸出するトレーラーの頭上を通過し、二機のエフラグはキャピタル・タワーの麓にある居住地区に着陸した。ここから先はシャンクでの移動となる。
「タワーまでエフラグでいっちゃえばいいのに……アーミィだってそうしてるんでしょう?」
「アーミィはギャングのようなものです」
ノレドの不満をウィルミットがバッサリと切って捨てた。隣にいるマスク部隊の面々が複雑そうな顔をしているが、彼女は気にもしないでラリーの乗るシャンクへと同乗した。
タワーの麓に位置する居住地区は、今日が休日のようで大いに賑わっていた。酒を手にして踊る者や、楽しげに食事を取る者、家族との団欒を楽しむ者など、さまざまな豊かさと平和がここにある。
グシオン総監からすれば、豊かさの成れの果てともいう見方もあるのだろうが、こう言った息抜きを謳歌できるのも平和の一つなのである。
「息抜きができるのも平和のあり方……ですか」
「何事も張り詰めていたら上手くいかないものさ。たとえば、 Gセルフの手に乗っているアイーダ姫に気づかないで攻撃を仕掛けたパイロットとか……」
「やめてください隊長、死んでしまいます」
真っ青通り越して死にそうな顔をしてるカーヒルに、慌ててアイーダがフォローを入れる。現にこの場所でやらかしたのだからダメージも倍増だろう。思わぬ形で気落ちするカーヒルを慰めるアイーダ。側から見ればお似合いのカップルそのものだ。
それを眺めるベルリにとっては複雑な感情があった。アイーダに一目惚れ……それに近い何かを感じ取っていたベルリにとって、仲睦まじい二人の姿は少し辛いものがある。
「嫉妬か?」
ふと、何を感じ取ったのか。バララを後ろに乗せるマスク大尉がそんなことを言い出してきた。このマスクはそういった感情も拾って視野を広げてくれる優れものなのさ、と聞いてもいない説明もしてくる。
「なにぃ?」
「嫉妬してるのかって聞いてるの!」
追撃に声を挟んできたノレド。マスクと幼馴染という異種タッグの問い詰めに、ベルリはうんざりした様子で天を仰ぎ、休日の市民で賑わう街中で悲鳴を上げた。
「してない!」
「嘘だ。そんな顔してた」
「顔に出ているぞ、特待生」
「してないったらしてない!!」
ギャーギャーと二足歩行のシャンクの上で喚くベルリ。ラライヤも面白がってノレドと一緒にベルリを茶化して、マスクは狼狽える特待生の無様さに満足したように高笑いして、後ろにいるバララやレイカは冷えた目でそんなカオスな光景を眺めていた。
「あら、ベルリもお年頃?」
「男の子は難しいんですよ、長官殿」
「ウィルミットでよろしくてよ、ラリーさん」
そう言って微笑むウィルミットに、ラリーは内心で思いっきり引き攣っていた。その目には個人的な……明らかな情愛のような熱があったことに気づいてしまった。ラリーも鈍感ではない。そう言った経験はしてきているし、その熱に気づかないほど間抜けでもない。
「母さんに気に入られましたね」
タワーの施設に到着してから、ベルリが嬉しそうにそう言ってくる。彼曰く、ここまで楽しげに男性に心を開いているのはラリー相手が初めてなのだとか。
「ははは、嬉しいような、どうだろうか……」
「おや、ついに隊長も春ですか?」
「カーヒル、俺がいいって言うまでパイロットスーツでランニングな」
「勘弁してください……!」
アイーダも過去に受けたパイロットスーツランニングのことを思い出したようで顔色を悪くしていた。そんな二人を置いておいて、ラリーたちはウィルミット長官に案内されるまま、キャピタル・タワーへと足を踏み入れてゆくのだった。