白き流星のレコンギスタ   作:紅乃 晴@小説アカ

21 / 22
第十七話 出自ではなく生き様を

 

 

キャピタル・タワー。

 

それは前世紀である宇宙世紀から残されていた軌道エレベータを再生させたものだ。エルライド大陸の北部、カリブ海からアマゾン川流域に接する地域、キャピタル・テリトリィの中心にあり、地上と宇宙とを結んでいる。

 

宇宙から得た物資を地上にもたらすことから神聖視されており、宇宙から伸びる臍の緒の終着点である地上施設ビグローバーには様々な施設が大きく四つのブロックに分かれており、クラウンの運行局やスコード教大聖堂もここにある。

 

タワーの運行長官であるウィルミットの案内で大聖堂に通されたところで、神聖さが漂うステンドグラスや壁画が並べられる司祭場に、老齢の男性が立っているのが見えた。

 

ウィルミットがその人物を見るなり首を垂れる。彼こそが、リギルド・センチュリー史上、最大級の信奉者を抱える宗教組織の法皇、ゲル・トリメデストス・ナグその人であった。

 

「法皇様」

 

「スコード、よくお戻りになられました。ウィルミット長官」

 

「……あれがスコード教の法皇様か」

 

ウィルミットと穏やかな挨拶を交わす法皇を眺めながら、グシオン総監は怪訝な顔つきでそうつぶやく。アメリア大陸出身でスコード教から世界を解放させることを目指す彼らにとっては、キャピタル・ガードが組織された遠因である法皇の存在は良いものとはいえなかった。

 

アメリアの総監であるグシオンや、その関係者がこの場にいるのか。ウィルミットからことのあらましを聞き終えた法皇は静かな声で言葉を切り出した。

 

「地球圏のこれまでの繁栄は、スコード教の慈悲があったからこそです」

 

「……法皇様は、宇宙からもたらされる脅威を知っていたのですか?スコード教の教えには、そのような文言は記載されておりません」

 

我々の求める答えでは無い、そう言わんばかりに言い返すグシオン総監。隣にいるアイーダも同感という風にスコード教がフォトンバッテリーを受け取る「先」に何があるのかを問い詰めた。

 

「リギルド・センチュリーが何故、このような文明体系で発展できたか。それはスコード教と、宇宙と地球の臍の緒であるタワーが証明しているじゃないですか」

 

法皇、ゲル・トリメデストス・ナグは説く。

本質を見誤ってはならない。人類という種は過去にこの地球というゆりかごを破壊し、その数を減らし、絶滅寸前まで自ら導いた。その事実があるからこそ、スコード教が生まれ、宇宙からフォトンバッテリーが恵まれるようになったのではないか、と。

 

「朝が来る意味。空気に何故酸素があるのか。それを説明しますか?考えるまでもなく当たり前に享受する平和は、フォトンバッテリーによってもたらされました。何もない場所から生まれてくるものではありませんからね」

 

「我々は自らを宇宙に押し上げるだけの力と知恵を手にしました。ならば、キャピタルに代わってアメリアがフォトンバッテリーを管理するのも当然の帰結ではないのでしょうか?」

 

グシオン総監の言葉はアメリア大国の意思でもある。国の大統領であるズッキーニ・ニッキーニがそれを望んでいる以上、軍属で命令に従う義務があるグシオンに拒否権はない。そして、若者であるアイーダやクリム・ニックも、アメリアが宇宙に手を伸ばす手段を得た以上、キャピタル・タワーとスコード教、そしてその護衛であるキャピタル・ガードにフォトン・バッテリーを独占させる筋合いはないと考えている。

 

「その思考が危険なのです」

 

法皇は改めてそう言った。

 

「フォトンバッテリーを管理する使命をスコード教に与えたのかよく考えることです。キャピタルが国ではなく、概念として存続している意味を……」

 

「ふん、宗教家が台頭したから世の中が平和になったとでも言うつもりなのか?」

 

その言葉を遮ったのはアメリア陣営ではない。キャピタル・ガードであるウィルミットやデレンセンでもない、タワーから世界を支配しようと目論むキャピタル・アーミィのマスク大尉であった。

 

「マスク大尉!法皇様に失礼ですよ!」

 

ウィルミットの言葉にマスクの増大された感情は大きく震えた。失礼?何を馬鹿なきことを言うのか。失礼で済まない扱いを許容する世界。それを認め、安泰だの享受だのと曰う者にそう言われると筋合いはない、とマスクは顔を歪めて叫んだ。

 

「その前時代に虐げられ、侮蔑され、差別された者たちがいるのだ!その遺恨は時代を超えても癒えぬことはない傷として残っている!私はクンタラとして、その傷を完治させなければならないのだ!」

 

クンタラの出自というだけで、どれほどのチャンスを奪われ、どれだけの自由と挑戦の機会をなきものにされたか。世界の人々は言う。クンタラに生まれた者は運がないのだと。劣っているのだと。劣等種であると。

 

大勢の同志が虐げられているというのに、大国は宇宙の危機に目を向け、スコード教は世界は安泰だと謳う。その全てが虐げる者の言い分に過ぎない。

 

「下層階級だと、失われた過去の威厳と尊厳の回復を謳う信念に……正義はないぞ。大尉」

 

ふと、そんな言葉が聞こえた。法皇とアメリアに向けられていた怒りは一転して、その言葉を発した者に向けられる。大義がないと断言したのは、アメリアのパイロットであり、白きローンズーを駆るラリーだった。

 

「……なんだと!?」

 

「ラリー!言い過ぎだぞ」

 

マスクの下にある顔を知るデレンセンが思わず口を挟むが、その手を払い除けてラリーは怒りに身を染めるマスクを見据えた。

 

「いえ、言わせてもらう。マスク大尉。貴官は自分がクンタラであるからといって戦争で功績を得たいというのか?その先に何を目指す」

 

「何を目指す……というと?」

 

「得てして争いというものは目的を達成するためのツールです。それが外交交渉であれ、どうであれ。そして戦闘行為というものは目的を達成させるための最終手段です」

 

思わず聞き直したアイーダにラリーはそう返した。戦いというもの、闘争とは落とし所が見つからない者が取る手段にすぎない。純粋に戦いに身を委ね、焦がす者など単なる狂人だ。アーミィという隠れ蓑にいながらクンタラのためといい拳を振り上げたマスクには望む果てがあるはずだ。

 

ラリーの問いに最初は息を荒げていたマスクだが、しばらくして冷静さを取り戻したのか、佇まいを直して言葉を紡いだ。

 

「虐げられてきた者たちへの贖罪だ」

 

クンタラとして踏み躙られてきた者。希望を奪われ続けた者。失意の中でも生きなければならなかった者。弱者と罵られ、下等種族と唾棄されてきた自分達の確固たる名誉と地位を取り戻すことが、マスクが功績を上げ、認められることに対する贖罪そのものだ。

 

彼は激情と冷徹さを抱えた矛盾そのものだった。センサーとデータファイルが内蔵されたマスクが、彼が抱えていた矛盾を大いに解き放っている。感情の赴くままにマスクは怒号のような叫びを上げた。

 

「我々クンタラと呼ばれた者たちの恨みと悲しみをわからない貴様たちに、我々の強さと!尊厳を示すためだ!」

 

スコード教の大聖堂にマスクの声が響き渡る。彼の意志は宇宙の脅威への対策でも、フォトンバッテリーとタワーを解放することでもない。虐げられられる弱者たちを導き、踏みにじってきた者たちを見返すことだけだ。

 

その魂の叫びを聞いたデレンセンは、呆れたようにため息をついて問い直す。

 

「その差別意識を覆してどうする?アーミィの総隊長にでもなるつもりか?」

 

そのデレンセンの反応こそが、この世界におけるクンタラへの価値観だった。差別意識などではない。そういったものであるという意識が根底に根付いて、深く絡みついて、こびりついて離れないのだ。クンタラ=劣等な種族という潜在意識がある以上、いくら能力が高くても、知識が豊富でも、最終的に「彼はクンタラだから」という答えに行き着く。

 

マスクが声を大にしたクンタラの栄誉や名誉挽回を口にしても、クンタラ以外のその他大勢は気にも留めないのだ。

 

「虐げられた者たちを知らず、知った口を!」

 

「マスク大尉。貴方たちの境遇もまた、過去の宇宙世紀が生み出した負の遺産のひとつなのです。我々スコード教はそういった差別をなくすために……」

 

「それは理屈だ!虐げられた者を生み出す身勝手な理想など!」

 

「じゃあどうする。アーミィがアメリアとゴンドワンを支配して地球の覇権を握るつもりなのか?」

 

「それはスコード教のあり方にそぐいません!タブー破りも甚だしい……」

 

マスクの言い分に法皇、グシオンも加わり混沌と化す中、ウィルミットの言葉を遮ってひとりの初老の男性が大聖堂の奥から姿を表した。

 

「失礼」

 

「クンパ大佐!」

 

バララの隣にいたレイカがすぐに飛び出してクンパ大佐と名乗った男性の腕を抱きしめた。その様子はまるで祖父に甘える孫……というより、もっと情欲的な印象をその場にいる面々に与えていた。彼はレイカの黒髪を優しく撫でてからマスクやバララを見渡してから、法皇に一礼した。

 

「君たちが捕虜になったと聞いて休暇を返上したのさ。法皇様、突然の拝謁、申し訳ございません」

 

「クンパ・ルシータ大佐。あなたは知っているのですか?ヘルメスの薔薇の設計図というものを」

 

調査部のクンパ・ルシータ。キャピタル・アーミィ設立に大きく関わった黒幕であり、こうやってマスクたちの前にも現れた人物。アイーダの言葉に彼は表情ひとつ変えずに訝しんだ顔つきをしていた。その目に映るのものが何なのか。ベルリは直感的だが、その目に不気味さを感じ取っていた。

 

「……アイーダ・スルガンさん。随分とファンタジーなものを探しておいでなのですな」

 

何を馬鹿な、とその場にいる全員が思った。アメリアのMS開発や戦艦などの開発は奪い合いとなっていたヘルメスの薔薇の設計図があった故のこと。

 

そのデータがあったからこそ、アメリアもゴンドワンも「それが何なのか」を知らないままでもメガファウナやグリモア、アルケインを建造できたというのに、キャピタル・ガードはこの短期間でエルフ・ブルックや他の最新鋭機を次々と生み出している。宇宙戦艦までもだ。

 

そんな組織の黒幕であり、裏で操っているクンパ大佐が知らぬ存ぜぬとは罷り通らない話だ。

 

「貴方は……!」

 

思わずと言った様子でカーヒルの隣にいたアイーダがクンパ大佐に詰め寄ろうと力強く歩み出したと同時、大佐の腕にしなだれていたレイカがアイーダの前に立ち塞がった。

 

「大佐に手を出す人は誰であろうと許さない!」

 

レイカの反応はまるで主人を守る猛獣のような野蛮さがあった。叩きつけられた敵意とプレッシャーに勇んで踏み出したアイーダは思わずたじろぐが、負けん気と立場の意地から唸り声を上げんばかりに睨んでくるレイカを真っ向から睨み返す。

 

レイカの後ろにいるクンパ大佐も二人の剣呑な雰囲気に若干ひいていた。というか止めろよ、と全員が思った。

 

カーヒルとマスクがウィルミットが間に入って二人を引き離すといった珍子を黙って見つめていたバララが呆れた様子でつぶやく。

 

「あーあ。これだからお嬢様は困るんだ」

 

マスクの突拍子の無い言動や行動に、レイカの戦闘時の振り切れっぷりに振り回されているバララに、ラリーは思わず同情したような言葉をかける。

 

「……君も苦労してるんだな」

 

「うるさいよ」

 

驚いた顔をしたバララは、そっぽを向いてそう返した。割と読めない子だけど、なんだか仲良くできそうな気がすると内心で思っていると、グシオン総監が本題について口火を切ろうとした。

 

「それで、宇宙からの脅威というのは何時頃になって地球を侵略しに……」

 

「ベルリ!デレンセン大尉もいますな!」

 

「ケルベス教官?」

 

ドタドタと音を立ててケルベス率いるキャピタル・ガードが大聖堂に入ってくる。すぐさまケルベスは驚いているベルリをひっ捕まえて大聖堂の出口へと引っ張っていった。アイーダや、ラリーたちも付いてくるよう促される。

 

「不味いぞ、アーミィが動き出している!」

 

「えぇ!?ほんとですか!?」

 

「メガファウナは見つかったんですか!?」

 

「まだ不確定ではあるが、勘づいてると言ったところだ」

 

すでにキャピタル・アーミィの小隊が新開発の機体のお披露目会を繰り上げてスクランブルに入っているという。幸い、メガファウナから来たベルリやアイーダの存在にアーミィは気づいていないので、ここからシャンクを飛ばし、エフラグで向かえば敵が動く前にメガファウナは離陸できるだろう。

 

その様子を見ていたマスクは、クンパ大佐に思わず噛み付いた。

 

「我々を返還する代わりに、アーミィは軍事行動はしないと確約しているはずだ!大佐!」

 

「確約はしたが、行使するとは断言していない」

 

「大人のやり口だな」

 

素知らぬフリをするクンパ大佐のやり口にグシオン総監が小さな声で罵った。今はこんなところで文句の言い合いをしている場合ではない。すぐに行動に出る必要がある。

 

「とりあえず、メガファウナに戻る奴らはこっちにこい!」

 

「ウィルミット長官」

 

「ええ、放っておくのはかえって危険です。任せます、デレンセン大尉」

 

ハッ、と答え敬礼をしたデレンセンもメガファウナに戻るメンバーに加わる。ウィルミット長官とグシオン総監はビグローバーに残ることになった。彼女には上へあがるクラウンの運行指揮という仕事がある。グシオン総監を連れて戻るにしても、危険な場所にアメリアの重要人物を連れて行くのも憚られたのだった。

 

「長官。ベルリくんは任せてください」

 

去り際に、ラリーはウィルミットにそう約束した。本来なら彼は安全なこの場に残すべきだろうが、 Gセルフの重要なファクターであり、なおかつ彼という存在がメガファウナに必要不可欠ということもある。ベルリ自身も自らメガファウナに戻るつもり満々ということもあるので、その面倒はラリーが請け負うという約束という側面もあった。

 

敬礼を打つラリーに、ウィルミットは嫌な顔ひとつせずむしろ微笑んで息子を頼みますと頭を下げた。

 

「えぇ、貴方になら任せましょう」

 

ベルリ曰く、ウィルミットに気に入られているというのは嘘じゃないのだろう。なんとも言えない信頼感にラリーは苦笑しながらも頷いてウィルミットと別れを済ました。

 

「全速力でメガファウナに帰投だ!!」

 

「まて、白い機体のパイロット」

 

大聖堂から出て大階段を降りる間際、後を追ってきたマスクがラリーを呼び止めた。お前を倒すという宣言か、助けられた借りは戦いで返してもらうとか、そんなことを言われるのかと振り返ると、マスクは真剣な声色で言葉を続けた。

 

「さっきの問いの答えだ。私個人の地位や名誉など、どうでもいい」

 

たしかに自分自身の進退が、部下であるクンタラの人々に大いに影響を及ぼすこともあるだろうと、マスクはつぶやく。しかしそれは個人の欲であり、自分がマスクをつけてまで戦うことを決意した信念にそぐわなかった。

 

「だが、私の部下や、今世界中で虐げられるクンタラである者たちにとって、慰めではない希望になりたいのだ」

 

それこそがマスクの……その下にある素顔の主の、本当の願いであり、夢だった。

 

クンタラという、過去に食人の糧となった先祖を馬鹿にされないため。その踏みつけられた者たちの魂の癒しのため。彼はマスクを被り、戦士としての希望になる夢を胸に戦うことを選んだのだ。

 

空を照らすサーチライトと、ビグローバーに鳴り響く警報が響く。ほんの少しの間、二人の間に沈黙が降りたが、ラリーは大階段を降りていた体を振り向かせた。

 

そして、マスクに対して敬礼を打った。

 

「マスク大尉。自分は、その在り方を示さんとする貴官の志、尊敬する。……君の生まれがクンタラであるなど関係ない。君は立派な男で、戦士だ」

 

マスクの足掻きが、遠い過去で戦って、戦って、戦い抜いた果てで分かり合うことができた友の何かを彷彿とさせたのだ。

 

彼もまた、自らの生まれを呪い、短く定められた運命を呪い、世界という歪みに運命を狂わされた者だった。そんな彼も、子に恵まれ、最愛の女性と添い遂げ、そして子の門出を目にしてから直ぐにこの世を去っていった。

 

死に際に彼はこういった。「君のおかげで、私の世界はマシになった」と。

 

出会う以前の彼は、自らの運命を呪いながらもその未来を諦めていた。絶望を抱えて生きていた。だが、マスクはその絶望から立ちあがろうと必死に戦っている。そこから逃げずに自らの手で未来をマシにしようと足掻いているのだ。

 

その姿は誰がなんと言おうと、高潔で、孤高で、そして素晴らしい信念の光を放つ。

 

だからこそ、ラリーはマスクの言葉に敬意を払ったのだ。彼の生まれがなんであろうが関係ない。

 

マスク大尉という彼の思いが、生き様が全てだった。

 

「できれば、戦場では会いたくないな。君のような男が死に急ぐのは惜しい。だから生きろよ!」

 

そう言葉をかけてラリーは階段を降りると、デレンセンが乗るシャンクへと飛び乗った。

 

「……マスク大尉?」

 

しばらく呆然と去ってゆくシャンクの背中を見つめていたマスクに、後を追ってきたバララが声をかけた。

 

「……なんでもない」

 

マスクはバララに振り返ることなくそう言って、そのままアーミィの拠点へと足を向けた。振り返ったとき、バララには微かに見えていた。

 

彼のマスクの隙間からこぼれ落ちていた涙を。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。