「碇くん、どこ」
ふと我に帰った少女は、駅のホームに立つ自身を発見する。
眼前には超然とした色白な少年がこちらを見ながら佇んでいる。
あまりキョロキョロするのも憚られるが、いまは彼を探し当てたかった。
もう長いこと会っていない気がする。
手を伸ばせば届くところにいる気配がする。
何故だか今を逃せばもう会えない予感がする。
背後に滑り込んできた赤銅色の電車より向こう側は、見通す事ができなかった。
「どうしたんだい?」
突然声をかけられハッとする。
目の前で微笑む白銀の髪の少年は続ける。
「誰かを探しているのかい?」
別に恥じる必要はないのに、頬が紅潮するのを感じる。
「別に…そんな事ないわ」
こちらを見透かしているように少年は続ける。
「隠す必要はないさ」
「いえ…本当に誰も探していないわ」
頬だけでなく、耳たぶまで熱く感じる。話を逸らすかのように、今度は少女が口を開いた。
「あなたは…」
「カヲル、渚カヲル。君と同じ、運命を仕組まれた子供さ」
「私、思い出せないの。どうしてここに立っているのかを」
「僕と同じだね、自分かどうしてここにいるのかを思い出せない。かといって自分が誰かを忘れたわけでもないだろう?リリス、いや綾波レイ」
核心を突く少年の言葉に少女はハッとする。
「そう、私、綾波レイ」
「ハハ、そうさ。君が大事にしていた君の名前じゃないか。君は君じゃない君が村でリリン達、いやもうこの呼び方に意味なんてないか。村で人々と暮らしていたのを覚えているかい?暮らしていたじゃないか、碇シンジくんとも」
「あ…」
茫然自失としていた彼女の心に、記憶の奔流が雪崩れこむ。
自分が何者だったのか、自分が何をしていたのか、自分が何処に囚われていたのか、そして誰が自分を救ってくれたのか。
「そう、碇くん。碇くんに会いたい。会って、ありがとうと言いたい」
目的地も分からず駆け出そうとする少女の細い手首をそっと捕まえ、穏やかな声で少年は呼んだ。
「綾波」
「彼は君をこう呼んでいたね。僕も君をこう呼ぼう」
「腕、どうして掴んでいるの?」
「君を行かせない為だよ、綾波」
“綾波”、そう呼ばれるだけで彼の事が脳裏によぎる。脳ではない部分がぽかぽかする気がする。精神波形とか魂とか心とか、NERVの人はそう呼んでいた。そういえばNERVの人達はどうしているんだろう。今いる駅だって、自分が何故立っているのかはわからない。それにわからないのは、名を呼ばれる度ほころぶ自分。名を呼んでいるのは、碇くんではないのに。
「わからない、どうして行かせてくれないの?あなたは私と碇くんに会って欲しくないの…?」
「いいや違うさ、そんな事はないよ綾波。ただ彼は今ここにはいないんだ」
いつのまにか発車していた赤銅色の電車の後ろ、向こう側のプラットフォームには誰一人いなかった。どうやら今この駅にいるのは自分と目の前の少年だけみたいだ。
「渚、でいいよ。」
思案に暮れていた表情を読んだのか、少年はそう言って笑った。