シズク=ムラサキは愉悦したい   作:さろんぱす。

19 / 39
丁度いい所で切れなくて2話分のボリュームに。
タイトル通りの内容なのでご注意下さい。


第19話 下ネタだらけの2次試験

「あっはっはっはっは! 最高だぜぇぇぇぇ!!」

 

 薄暗い地下通路を、持参したバイク――パッソル改で爆走する。

 乗せているのは無理やり移植した、何とかR500γというすごいバイクのエンジンだ。

 アクセルを捻る度にエンジンが回転を上げる。周囲にパン!パン!! と、空気が割れるような音が響き渡り、車体が更に加速する。

 いい音だ。 余裕の音がする、これは馬力が違いますよ!!

 

「たーのしぃー!!」

 

 前の試験のストレスを解消するようにバイクをかっとばす。

 1次試験は私が合格してから20分後、合格者124名で終了となった。

 

 採点室は6畳ほどの部屋で、中にはツェズゲラさんと採点用の機械が待っていた。

 採点自体はほんの数秒だ。用紙裏の解答欄はマークシート形式だったので、塗り潰した番号を機械に読み取らせれば終わりである。

 

 ちなみに私の点数は5/10点。合格基準は5点以上なので、かなりギリギリだった。

 

(危なかった……面倒くさがらずに、ぎりぎりまで粘ってよかった。)

 

 特に最後に手に入れた3問が全部正解なのが大きかった。

 もし途中で妥協していたら受からなかっただろう。

 50人以上ボコったかいがあったというものだ。

 

 私は採点結果を思い返し、出てきた冷や汗を振り切るようにアクセルを吹かした。

 すると隣のバショウも負けじとスピードを上げる。

 

 その後、進むように言われたのが、今走っているこの地下通路である。

 ツェズゲラさんいわく『まっすぐ進めば2次試験の会場に着く』とのこと。

 どうやらマジで単純な移動用だったようで、曲道や障害物など何もない真っ直ぐな道だ。

 まさに爆走して下さい、と言わんばかりの道である。

 

 もちろん私はすぐにパッソルに乗ってキーを回し、他の受験生を置き去りにして走り出した。

 ちゃんと『先にいって罠とか沢山仕掛けとくね!』と言っておいたので、今頃他の受験生は警戒しながら進んで、精神をすり減らしていることだろう。

 特に私は1次試験で手榴弾やら使いまくったので、余計に慎重になるはずだ。

 

(まぁ実際は何も仕掛けてないけどね!)

 

 勝手に警戒して消耗してくれれば御の字である。

 ちなみに走っているのは私だけではない、バショウも持ち込んだバイクですぐ横を走っていた。

 やはりこういう通路を見ると走りたくなるのだろう。気持ちはよく分かる。

 横幅は3m程あるので、並んで走ってもまだ余裕があった。

 

「まっ、私のほうが速いけどね!!」

 

「あっ? おい、今なんつった?」

 

 おっといけない。心の声が漏れてしまっていた。

 だが一度も私の前を走れていないのだ、煽られてもしょうがないだろう。

 どうやらバショウのバイクは市販品のようで、私のパッソル改の方が早い。

 金を掛けて改造したかいがあった。やはり世の中は金だな。

 

「文句があるなら先を走ってみたら?」

 

「言ったなおい。……上等じゃねーか。」

 

 バショウの雰囲気が変わる。どうやらガチになった模様。

 

(バショウは悩みが無さそうでいいなぁ。)

 

 実は私にはもう一つ厄介事が残っている。

 それはイルミ、いやこの場合はゾルディック家についてだ。

 イルミは『母さんから様子を見てきてと頼まれた』と言っていたが、これをそのまま受け取ることは出来ない。

 ゾルディック家に暗殺を依頼してから1年も経っているのだ。

 本当に様子を見たいだけなら、天空闘技場にいた時に執事を一人送れば済む。

 

 つまりココにイルミを送ってきた以上、試験を通して知りたいことが有るのだろう。

 恐らくそれは私の人となりや戦闘力、そして念能力について。

 ぶっちゃけると、私がゾルディック家の利になるかどうか。

 

(うーん、でもあんまり警戒しすぎても、身動きが取り辛いからなぁ。)

 

 当たり前だが、技術とは使うために身につけるのだ。

 特に念能力は、断じて部屋に金魚を浮かばせて遊ぶ為のものではない。

 人の居ない所以外で使わないというのは勿体ないし、それに今後は一方的に倒せる相手ばかりとは限らない。

 中には1度の戦闘で倒しきれない強敵だって出てくるだろう。

 いつまでも隠し通すことは不可能である。

 

(ならもう、物を出し入れ出来る事ぐらいは、知られても良いかもね。)

 

 自分で言うのもなんだが、私の能力はかなり汎用性が高いと思う。

 対策しようにも、道具を沢山使ってくるから気をつける、ぐらいしか思いつかない。

 知られても手数が多いことが分かり、むしろ相手は警戒を強めるはず。

 

 一番てっとり早い無効化方法は"道具を使えないように両腕をへし折る"ぐらいだが、そこまで追い込まれてしまったら能力関係なく敗けだろう。

 

 重要なのは本質を知られないようにすることだ。

 私の能力であれば、"空間を繋ぐ"という部分。

 ここさえ隠し通せれば、他は知られても何とかなるはず。

 

(よし決めた。当面はアイテムボックスみたいな能力に偽装しておこう。)

 

 そうして考えていると、痺れを切らしたのか、バショウが懐から色紙と筆ペンを取り出した。

 続けてバショウは色紙にサラサラと筆ペンを走らせ、最後に小声で何かを呟いた。

 すると急に向こうのバイクの速度が上がった。

 

「わりぃな、先に行かせてもらうぜ!」

 

 バショウはニヤリと笑いながら、徐々に私を追い抜いていく。

 

(こ、こいつ。私が能力で悩んでいる時に! 遠慮なく使いやがった!!)

 

 お前それ反則じゃね? どんだけ負けず嫌いなんだよ。

 1回ぐらいならバレないと高をくくっているのか、それともバレても構わないと判断したのか……

 

(この場合はたぶん両方かな?)

 

 原作と同じなら、バショウの能力は"読み誌した句を実現する"というもの。

 殴ったものを燃やしたり、嘘をついた人を燃やしたり、とこちらも汎用性はかなり高い。

 さっきは『おれさまが のったバイクは かそくする』とでも書いて読んだのだろう。

 事前に知っていなければ、私も何が起こったのか分からなかったはずだ。

 

(こっちはもう今のスピードが限界……どうする? ケツを拳銃で撃ち抜くか? )

 

 いやダメだ。先行されてた状態でそんな事をすれば、中身が私に降り注いでしまう。そうなったら最悪だ。バショウの中身なんて絶対に浴びたくない!!

 

(でも代わりにバイクを撃っても、クラッシュに巻き込まれるよね。)

 

 とすれば、何とかして前に出るしか無いか。

 

(そしてデメちゃんを具現化して車輪に突っ込む……これだ。)

 

 そうすれば盛大にスピンしてくれるだろう。

 巻き込まれてデメちゃんもグチャるだろうが、必要な犠牲だと割り切るしか無い。

 ごめんねデメちゃん、でもデメちゃんならきっと納得してくれるって信じてる。

 

(となるとまずは前に出ないとね。オーラは使いたくなかったんだけど。)

 

 私は周を使い、バイクにオーラを纏わせて"走り"を強化し、バショウに追いつく。

 1次試験でも何度かゲートを使ってしまったので、残りのオーラは温存しておきたかったのだがしょうがない。

 

(だって他人からニヤニヤされるのはムカつくからね!)

 

「ちっ、まだ速くなるのかよ。」

 

 再び追いつかれたバショウの顔が悔しそうに歪む。

 しかしそうして競っているうちに、通路の終点が見えてしまった。

 ここに入った時に下った物と同じような上り階段だ。その先に両開きの大きなドアがある。

 本来であればスピードを落とすべきなのだが、しかし私とバショウは一切アクセルを緩めない。だってここで引いたら負けみたいだし。

 

「…………」

 

「…………」

 

 今は競馬の鼻先争いのように、ほぼ横一線だ。

 私はチラッと横目でバショウを見る。向こうもこっちを見ていた。

 そして同時に理解する。あのドアを先に潜ったほうが勝ちだと!!

 

 きっと今の私達はとても危険だろう。200kg超えの車体がオーラを纏い、時速何百キロのスピードで走っているのだ。きっと轢かれたら念能力者でもタダじゃ済まない。

 

 だが私達は暴れる車体を筋肉で無理やり抑え、エンジン全開で階段を駆け上がる。

 

 そしてその勢いのまま階段を飛び上がり、その先のドアを体当たりでぶち開けて――

 

「えっ?」

 

「「あっ。」」

 

 ――ドアを抜けた先に立っていた、青いドレスを着た人を撥ね飛ばした。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

「本当に反省していますの?」

 

「「してまーす。」」

 

 私達が轢いた青いドレスの女性に、バショウと二人で返事する。

 個人的にはドアの前に突っ立ってたら轢かれてもしょうがなくね?

 と思うが、ここは謝罪一択だ。なぜなら彼女は試験官だから。

 でも過失割合は3:7ぐらいだと思うよ!

 

「……その顔は反省してないみたいですわね。」

 

「「……チッ。」」

 

 地下通路を抜けて地上に出た先は、町の外に建てられた倉庫だった。

 窓から外を覗いてみれば、そこから見えるのは地平線の先まで広がる砂漠だけ。

 内部は100m四方ぐらいの広さで、端には一定間隔でコンテナが積み上がっている。

 

(原作でも思ったけど、街中から外までこんな通路掘って大丈夫なのかな? ちょっと街のセキュリティガバガバすぎない?)

 

 受験生たちはそんな倉庫の一角に集められている。

 ただし私とバショウだけは端で正座だ。念を込められたロープで簀巻きにされて。

 私はバショウに煽られたせいって言ったのに、バショウも同じことを言ったから両成敗だそうである。……ぐぬぬぬ。

 

「さて、これで1次試験の合格者は全員ね? では2次試験を始めるわ。」

 

 そんな受験生達の前に、一人の女性が立っている。

 この人こそ私とバショウが撥ね飛ばした女性である。

 だが彼女は結構な武闘派だったようだ。ぶつかる寸前に堅を行い、さらに体を捻りつつ自分から後ろに飛ぶことでダメージを大幅に軽減した。

 それにより若干の怪我は負ったものの、こうして無事に2次試験が始まったのだ。

 

(よかった。これがインドア派の試験官だったら、危うく殺してるところだった。)

 

 その場合、私達二人は間違いなく不合格だっただろう。

 ていうか普通に捕まっていた可能性が高い。強い試験官で本当によかった。

 試験官は集まった受験生を見回し、最後に私とバショウを一瞬だけ睨む。

 それからすぐに続きを話し始めた。

 

「ごきげんよう皆様。私は2次試験の試験官、ルビィ=ゼリィですわ。」

 

 すごく美味しそうな名前だ。高級レストランでデザートに出てきそう。

 見た目は気位の高そうなツリ目に、腰まで伸びた金髪を左側だけドリルな縦ロールにした髪型。

 服装はそのままパーティにでも出れそうな青いドレスだ。

 体は胸もお尻もバインバインで、すごく男受けしそうな体型である。

 

「イメージは家出したお嬢様、もしくは悪役令嬢って感じかな? どう思う?」

 

 私は小声でバショウに話し掛ける。

 

「うーむ、……アナルが弱そうだな(ボソッ」

 

 試験官を舐るような視線で見ていたバショウがぼそっと呟いた。

 周囲の受験生たちが、確かに。という視線をバショウに向けながら頷いた。

 

「お前だって思っただろ?」

 

「思ってないよ。」

 

 ごめん、めっちゃ思った。

 だってこんな"ザ・貴族令嬢"みたいな人って初めて見たんだもん。

 いい声で鳴いてくれそう、なんて思っても無罪だよね?

 

「私は美味しそうな名前だと思ったかな。」

 

「つまり高級アナルゼリー試験官か……なるほどな。」

 

 おおっと、お尻とゼリーが混ざったぞ? なんか一気に美味しそうじゃなくなったな。

 周囲の受験生もみんな微妙な顔をしている。きっと頭の中では高級デザートのイメージが、スカトロプレイに変わってしまったのだろう。高貴な雰囲気が台無しだよ!!

 

「それでは早速2次試験を始めましょう。

 内容は"おにごっこ"ですわ。鬼は私と従僕が3人。

 貴方達は捕まらずに目的地まで辿たどり着くこと。」

 

 そんな事をやっている間にもゼリー試験官の話は続く。

 ふむふむ、今度のは単にぶっちぎればOKかな?

 ついにバイクの時代が来てしまったか……。

 

「目的地はここから西に広がる砂漠、その中にあるオアシス"パフパフ"ですわ。

 制限時間は12時間。夜の22時までに辿り着くこと。」

 

 残念、来てなかった。砂漠はちょっと無理だ。帰ったら改造しなくちゃ。

 それにしてもパフパフか。なんて心躍る名前だろう。

 きっと夜はカーニバル衣装で、陽気なお姉さんが踊っているに違いない。

 

「距離は大体150キロぐらいですわ。ハンターを目指している皆様なら余裕ですわね?」

 

 150キロを12時間ってことは、時速12.5キロで走ればOKだ。

 普通の道なら余裕。でも砂漠は走ったことがないので、どれぐらいキツイか分からない。

 

 だが地球にも"サハラ砂漠マラソン"というレースがあって、それが7日で240キロ前後だったはずだ。1位の人は平均時速12キロぐらいだったはずで、記録を見た時に『この人たち人間じゃねぇ、きっとモンハン世界の人たちだよ!』と思ったことを覚えている。

 

 とすれば、この世界の人間なら割と簡単なのかな?

 

「鬼は5時間経つまで砂漠には入りませんわ。

 それと捕まった、もしくはリタイアした者は飛行船に収監させて頂きます。」

 

 ふむ、鬼は遅れてスタートか。いや違うな、試験官は"砂漠に入らない"と言っただけだ。

 

(つまり街で車とか買ってこようとする奴は捕まえるってことね。)

 

 砂漠近くの街なので、砂上用の乗物も売られているはずだ。

 だが流石に許す気は無いらしい。

 

 それにしても……。

 

「随分とお優しい試験官だな。」

 

「そうだね。」

 

 バショウも同じことを思ったらしい。

 確かにそうだ。わざわざ飛行船に収監とは、受験生を死なせないためだろう。

 ぶっちゃけリタイアしても砂漠に置き去りで見殺しだと思った。

 サトツさんなんて、ヌメーレ湿原で何百人も殺してたのに。

 轢いた私達を許してくれたこともそうだが、どうも今回の試験官はツンツンしてそうで実際は優しいらしい。

 

「きっとこれがツンデレって奴なんじゃないの?」

 

「ほう、アナルだけにツンとくるってか? ナイスジョーク。」

 

「ねーよ。」

 

 お前どんだけケツ好きなんだよ! 周りもみんなドン引きだよ!!

 しかもなんで私が考えたみたいに言うの?

 おかげでアナル試験官がこっちを睨んでるし。額に青筋浮いてるんですけどぉ!!!

 

「以上、何か質問は? ……無い様ね。では今から地図とコンパスを配りますわ。受け取ったものから出発なさい。」

 

 額をピクピクさせた試験官の話が終わると、受験生たちは続々と行動を始めた。

 馬鹿な事を言っていた私とバショウも、痺れる足を引きずって立ち上がろうとする。

 

「ああ、一つ言い忘れたわ。

 163(イルミ)291(軍曹)893(バショウ)999(シズク)番の4人は1時間遅れでスタートよ。

 あとそこの馬鹿二人、貴方達は出発時間まで正座してなさい。良いわね?」

 

 お、横暴だ! てか1時間も正座とか地味にきついんですけど?

 それに私達二人だけ準備出来なくね? 下手したら方位磁石と地図が残ってなさそう。

 

「横暴だと思いまーす! 試験官さんはもうちょっと子供(わたし)に優しくするべき!」

 

 私はダメ元で抗議してみる。バショウは正座でいいけどね。

 ツェズゲラさんもそうだったけど、ちょっと念能力者だけ逆贔屓しすぎだと思う。

 

「嫌なら失格にしてもいいのよ?」

 

 だが残念ながら判定が覆ることはなかった。

 私達はしょうがなくそのまま正座を続け、スタートする時間になっても、足が痺れて立ち上がれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「どこ見ても砂、砂、砂……つまらないなぁ」

 

 2次試験がスタートして2時間が経過した。

 太陽はちょうど真上に昇っており、今が一日で一番熱い時間だろう。

 私も流石に大学に入る時の装備は脱いだ。今はTシャツと短パン、それから紫外線避けに砂色のゆったりとしたコートを頭から羽織った格好だ。

 

(砂漠っていうから、てっきり砂鮫(ガ○オス)とか蛇竜(ガ○ラス)とか角竜(ディ○ブロス)とかいると思ったのに。)

 

 最初はこの世界で初めてみる砂漠を楽しみにしていた、だがスタートして10分も経つと飽きてしまった。

 どうやらここは完全な砂砂漠のようで、ずっと同じような景色が続くだけだ。

 残念なことに、今の所は襲ってきそうなモンスターは見当たらない。

 

 今は黙って遅れてスタートした他3人(能力者組)と一緒に、ダラダラと砂漠を走っている。

 

(無理にバラける必要もないからね。)

 

 まぁ私はデメちゃんに乗って飛んでいるので、実際は走っているとは言えないが。

 もちろん外からは分からないように工夫している。

 飛んでいるのは地面スレスレ、デメちゃんはコートの中でL字に折り曲げ、シャチホコのようなポーズにし、その頭部分に腰掛けている。

 普通の出目金なら辛い姿勢だろうが、しかし私のは念魚だから問題ない。

 

(やっぱり便利、私のデメちゃん♪)

 

 ただ、前に出ると足跡が付かずに不審がられる為、居る位置は一番後ろだ。

 ここなら先に行った人の足跡の上を走っていると誤解してくれるだろう。

 

 ちなみにバイクは倉庫に置いてきた。この砂漠では役に立たないから。

 まぁ実際は空いたコンテナの中に隠す振りをして、ゲートで闘技場の部屋に送還だ。

 

(なかなか自爆装置を使う機会がないね。)

 

 せっかく銀お姉さんに頼んで、すごい爆薬を積んでもらったのに残念だ。

 名前は"ドデカニトロ"。聞いた時はギャグだと思ったが、マジでそういう名前らしい。

 しかも威力はC4なんて目じゃないんだと。これはどこかで爆発させねば。

 

 

 

 

 そうして一人だけズルをしながら1時間も進むと、ついに最後尾が見えた。

 意外な事に、なんとその人はトンパさんだ。

 

「よお、待ってたぜ。」

 

 トンパさんは片手を上げて挨拶してくる。

 その姿には疲れてる様子は見られない。

 どうやら彼は遅れた訳ではなく、自発的に速度を落としていたようだ。

 

「何か御用ですか?」

 

「ああ、ちょっと手伝ってほしい事があってな。」

 

 何やら用事がありそうなので聞いてみると、トンパさんは持っていたバッグを開けた。

 中には大小様々なジュースがぎっしりと詰まっていた。

 缶もあればペットボトルもあった。紙パックまである。

 ざっと見て40本以上、最低でも10kgは下らないだろう。

 

「まさかこれって……」

 

「――もちろん、全て下剤入りだ。」

 

 なんということだ。この砂漠マラソンにおいて、水分はまさに命綱に等しい。

 この容器に倉庫の水道から水を入れてくれば、どれだけ有利になったことか。

 しかしこの人はそれを放り投げ、代わりに下剤入りジュースを持ってきたのだ。

 

「殆どは渡したジュースとは別の奴だ。こんな事もあろうと準備しておいた。

 それと1次試験前に配っていた物もラベルを張り替えてある。」

 

 流石である。このクソ暑い砂漠で走りながらそんなことまで。

 というか、代えのラベルまで持ってきてるってやべーな。

 私もかなり準備してきたが、この人もこの人で、かなり緻密に準備してきている。

 ……私とはちょっと方向性が違うけど。

 

(すごい。流石は何十回も試験を受けてる人だ。)

 

 それでも私の目に尊敬の光が宿る。

 デメちゃんで飛びながら、キンキンに冷えたコーラを飲んでいる私とは覚悟が違う。

 

「ここで見せた意味も分かるだろ?」

 

 分かる。つまり、これから追い抜く受験生達にプレゼントしようぜ! という事だ。

 しかしトンパさんでは恐らく誰も受け取ってくれない。このロマンを完遂するのは、協力者が必要だ。

 

「私に配れって言うんですね?」

 

「その通り。駅前で配ってるチラシやティッシュと一緒さ。

 ゴツイ男やうさんくさい野郎では相手にされなくても、女の子なら警戒も薄れるってな。」

 

 なるほど、道理である。そしてそのためにわざと最後尾にいたのか。

 このやり取りを見られてしまえば、私が渡しても受け取られないから。

 

「というわけだ。配るのを手伝ってくんねーか?」

 

「わかった。トンパさん、喜んで手伝うよ。」

 

 状況を理解した私はニッコリと笑う。するとソレを見たトンパさんは一瞬だけびっくりした顔をしたものの、すぐに満面の笑顔になった。

 うん、やっぱり人助けは大事だからね。

 元日本人としても、この先にいるだろう、水に困っている人は放っておけない。

 

「じゃあよろしく頼むぜ。」

 

 トンパさんから水の詰まったバッグを受け取る。

 なんて素晴らしいのだろう。

 ライバル同士が手を取り合い、困難に挑む。これもまた試験の醍醐味だ。

 

 だが残念ながら、それが分からず空気が読めない男もいた。

 

「ねぇ、それ何の意味があるの? 脱落させたいなら殺せばいいじゃん?」

 

 声のした方を振り向けば、そこでは私達のやり取りを聞いていたイルミが首をかしげていた。

 ダメだ。まったくもってわかっていない。

 

(やれやれ、でもまだ子供だからしょうがないか。)

 

 私はトンパさんに目配せすると、彼は頷いて静かに語りだした。

 

「いいか、重要なのは"選ばせる"ことなんだ。押し付けるんじゃなくな。」

 

「選ばせる?」

 

 別に私から話してもいいけど、やっぱりこういうのは説得力がある人じゃないとね!

 

「ああ、この場合は()()()()()()ジュースを飲むことだな。

 人間ってのは不思議でよ。同じ不利益でも、そこに辿り着くまでの過程によって受け取り方が違うんだ。不意打ちでリタイアしても、相手は憤るだけ。災害や事故と同じさ。それが自分のせいだとは思わない。」

 

 確かに。例えば台風で天井が飛んでいっても『どうして家が』とは思っても、『自分のせいだ』とは思わないだろう。

 

「だが選んで失敗した場合は違う。納得して受け入れられる奴なんて稀さ。

 そして大抵は憤りよりも後悔が先に来る。

 なんであんな事したんだろう、あの時にああしていればってな。

 俺はよ、そうして絶望する奴の顔を見るのが何よりも好きなのさ。」

 

「ふーん。」

 

 そうそう、"失敗した"って悟った瞬間の顔って良いよね!

 闘技場で沢山見てきたからよく分かる。最初はシンジの顔だったっけ。

 なんかこう、見てると体がゾクゾクしてくるんだ。

 これはもう、必殺のシズクちゃんスマイルで、乾いている受験生たちを潤してあげるしかない!

 

「へへへ、馬鹿だって思うかい? ああ、分かってるさ。

 貴重な水を捨ててまで、こんな物を持ってくるなんておかしいよな?

 でも止められないんだ。俺の魂が叫んでいるのさ。

 だから俺は配り続ける。……この下剤入りジュースをよ!!」

 

ト、トンパさん……!!!

 

「えー……ごめん全然分からない。」

 

 そこには確かな信念があった。譲れない男の意地が輝いていた。

 ただしヘドロのようなドス黒さだ。でも個人的には嫌いじゃない。

 きっと私も某神父や金ピカ王と同じ、あっち系の人間なのだろう。

 ライセンス取れたら愉悦部を作るのもいいな。

 

「じゃあペース上げて追いつこう。あっ、丁度いいからイルミも手伝ってね。」

 

「なんで?」

 

「協力してくれたらバショウの念能力を教えてあげる(ヒソヒソ」

 

「……分かった。」

 

 それから私は他の受験生を追い抜く度に笑顔でジュースを渡していった。

 もちろん、中には警戒して受け取りを拒む人もいた。

 だがそんな時はイルミの出番だ。

 

「いらないってさ。はいこれ飲んでいいよ。」

 

「分かった。」

 

 そうして一口飲んで見せれば、大抵は『やっぱりくれ!』と言ってくる。

 イルミは持ってたものをそのまま相手に渡す。

 もちろんイルミが飲んだのは下剤入りだ。

 だがゾルディック家は訓練により毒無効体質なので効かない。

 あとに残るのは、お腹を抑えて倒れる受験生である。

 

(この歳のイルミは素直で可愛いなぁ。)

 

 その後、数時間でジュースはあっという間に無くなり、その分だけ受験生が脱落した。

 私は最後に、出会った時にもらったジュースを取り出し、トンパさんの喉に無理やり流し込む。

 

「じゃあせっかくだし、トンパさんにも飲ませて上げるね。」

 

「えっ、おい馬鹿止めろ。て、てめぇ! やめもがががががが!!!」

 

 キュー、ゴロゴロゴロ、ギュルルルン、ギョギュギュ……。

 やりきった私達を祝福するかのように、トンパさんのお腹がファンファーレを奏でる。

 

 よし。これで砂漠でやることは全て終わった。ミッションコンプリート。

 倒れた受験生たちは、これから来るルビィ試験官が保護してくれるだろう。

 きっと飛行船の中は匂いで酷い事になるだろうが、プロのハンターならどうにかするだろう。

 私はルビィ試験官を信じている。

 

「終わったねイルミ。やりきった感想はどう?」

 

「俺の為にやったみたいに言わないでくれる?」

 

 私は空き缶を砂漠に投げ捨て、後ろを振り返らずに進んだ。

 

 ……その日の砂漠はとってもう○こ臭かった。

 

 




以上、2次試験でした。
1次試験以上に酷い事になってしまいました。
投稿するか書き直すかすごく迷いました。
でも結局投稿しちゃった。

・ルビィ=ゼリィ試験管
イメージは型月のルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。
この試験では碌な目に会ってませんが、二世の事件簿では一番好きです。
でもしょうじきすまんかった。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。