「うぇへへへへへ。」
ハンター世界に転生する前。
その日、私は街をニヤニヤしながら歩いていた。
時刻はすでに0時すぎ。とっくに日は落ち、空は雲に覆われている。
だが一定間隔で設置されている街灯のおかげで道は明るい。
進んでいるのは進行方向に対して左側の歩道だ。
ガードレールは無いが、元々この道は通行量が少ない。
なので今後も設置されることは無いだろう。
「うふふふふふ。」
両手で抱えるように持っている通帳を握りしめる。
少し前に寄った銀行のATMコーナーで記帳したばかりだ。
中身を思い出す度に、顔がニヤニヤする。
正直、今の私を外から見ればキモいだろうという自覚はあった。
だがこの通帳には、辛い仕事を乗り越え手に入れたボーナスが記載されている。
ならば自然と頬が緩んでしまうのはしょうがないことだろう。
どんなことに使うべきか。
買い物をするのもいいし、美味しいものを食べるのもいい。
いっそどこかに旅行に行って、名物を食べながら名産品を探すのも良い。
営業で幾度も海外出張した結果に得た対価である。
それぐらいは可能な額が振り込まれていた。
「帰ったら何しようかな~。そうだ、久しぶりにHUNTER×HUNTERを読み直そう。」
もちろんアニメと映画のDVDも見直さなくては。
原作はもう1年以上も掲載が止まっているが、それでも私はこの漫画が大好きだ。
今でもこうして時間が開くと読み直すし、そのたびに最高に面白いと思う。
ちなみに一押しは幻影旅団に所属するシズクというキャラクターである。
殺伐としたハンター世界の中で珍しい、ホンワカ天然っぽい雰囲気が良い。
「少しでもいいから続き掲載されないかなー。せっかく旅団が出てきたのに。」
今日までずっと仕事だったので、これから2ヶ月は丸々休み。
ダラダラしながらお菓子と漫画で過ごしても、誰にも文句は言われない。
あ~、心がピョンピョンするぅ~。
家についた後を考えると幸せな気持ちになる。
思わず口笛を吹きながらスキップしてしまいそうだ。
しかしそんな私の幸せは長くは続かなかった。
歩道を歩いていた私を、突然の不幸が襲ってきた。
『あぶにゃーす!!!』
最初に気づいて叫んだのは、塀の上にいた猫コスプレのお姉さんだった。
対向車線を走っていた軽トラック、それが急に私の方へ向きを変えた。
私はすぐさま運転席へと目を向ける。
するとそこにいたトラックの運ちゃんは、酒を飲んでいるのか顔が真っ赤。
更に片手でスマフォを見ながらタバコを咥え、しかも眼が半分以上閉じていた。
最近ニュースでよく見る、居眠り飲酒喫煙スマフォながら運転トラックだ。
「ちっ!」
ドライバーの様子に思わず舌打ちをする。
まったく、幸せな気分が台無しだ。
しかもこの有様では、とてもブレーキなど期待できないだろう。
案の定、トラックは一切スピードを緩めず、私を目指してまっすぐに迫ってくる。
しかし海外で紛争や内戦に巻き込まれた事もある私にとって、たかが普通のトラック一台など今更慌てるような事ではない。
「ふぅー……」
ゆっくりと息を吐き出す。
全身から力を抜き、軽い脱力状態へ。
同時に心を落ち着け、意識を目に集中してタイミングを図る。
そして迫りくるトラックが、私にぶつかる数秒前……
「ふっ!!」
息を止めた私は、体重を左足のカカトに移して軸にする。
同時に右半身を引きながら、体を横に90度回転。
その勢いのまま重心を後ろに傾け、滑るようにバックステップ。
それによりトラックのフロントバンパーを華麗に回避。
更に油断せず即座に頭を仰け反らせ、追加のサイドミラーもやり過ごす。
「――ふっ、他愛なし。」
目の前をトラックがすり抜けるように進んでいく。
私は勝利を確信した。
しかしそれは罠だった。
『――トラックはフェイク。』
気がつけば、極限まで時が圧縮されるような感覚の中で、私は確かにトラックの運ちゃんの言葉を聞いた。
「!!?」
運ちゃんの謎ドラテクにより、避けたはずのトラックのタイヤが急激にスリップする。
車体が歩道側へ急激に流れ、ほぼ直角に曲がった車体が路肩の電信柱にぶつかった。
すると衝撃により、荷台から赤い何かが弾け飛んだ。
「はっ?」
目を良く凝らして見れば、それは意外なことに金魚だった。
一般的なイメージとしては、祭りの夜台で玩具代わりに釣られる可愛そうな魚。
しかしながらその実態は違う。取れれば持ち帰り自由という甘い夢で子供を魅了し、遠慮なく掬い紙をぶち破ってお小遣いを巻き上げる。当たりの入っていない抽選と並び、屋台の悪魔と恐れられる恐るべき魚である。
『ギョギョギョギョギョ!!!』
そんな叫び声を上げそうな勢いで、散弾のように弾けた無数の金魚が私に迫る。
回避は不可能。まだトラックを避けた勢いが残っている。体勢は変えれない。
「ちっ!!」
私はせめてもと体に力を入れ防御を固める。
だがしかし、金魚たちはそんなの関係ねぇ! とばかりにそのまま体当たりを敢行した。
「ぐううぅ!!!」
その衝撃は、まるで過去にベトナムの鉱山で撃たれた弾丸のよう。
私は手、足、肩など全身を強かに打ち付けられ悲鳴を上げた。
そしてその隙を最後の金魚は見逃さなかった。
『いまだギョッ!!!』
そんな幻聴が聞こえそうな勢いで、一匹の金魚が私の口を目掛けて飛んだ。
ギョロギョロと飛び出した両の目に、ブクブクに太った躰。
それは一般に出目金と呼ばれる金魚だった。
この出目金は頭部を守るために構えていた両手を躱し、私の口の中へ見事なホールインワンを決めた。
「もががっ!!?」
私にとって最大の不幸だったのは、この時に飛び込みを許してしまったこの出目金が、幾日のMATURIを乗り越えた歴戦の猛者であったこと。
長年に渡り餌を喰らい、子供達のお小遣いも喰らい、ひたすら網を破り続けた。
一目でそんな印象を抱かせるその出目金の姿は、まさに『金魚の王』。
ゲームであれば恐らくLV90を超えている事だろう。
その眼は万物を見渡し、躰は全てが筋肉の塊。
およそ成人の握りコブシほどもあったそいつは、そのまま私の喉にすっぽり詰まった。
すると、これが俺様の力だ! と言わんばかりに暴れ出したではないか。
――ビチビチビチビチビチビチビチビチビチ!!!
(うげぇぇええ、気持ち悪いぃぃぃぃ!!)
特に飛び出している眼が喉奥をギョリギョリ刺激して最悪だ。
だがおかげであまりの気持ち悪さに、あっさりと吐き気が限界を超えた。
胃がぎゅっと縮小し、食べたばかりの夜食と胃液が押し出され、食道をまっすぐに逆流する。
私はその流れに逆らわず、むしろ勢いを増すためにお腹に力を入れる。
(ここから出ていけぇぇえーーーー!!!!!)
するとどうだろう、喉に詰まった出目金もまた、絶対にここは動かん! とばかりに全身に力をいれて踏ん張りだしたではないか。
『ギョギョギョギョギョ!!!』
腹筋による後押しを受け、異物を押し出さんと発射された全力の胃液。
しかしそれでも、喉に詰まった出目金はびくともしなかった。
「くぁぜふじk……!!!」
そうしてる間にだんだん息苦しくなってきた私は、少しでも酸素を取り込もうと必死に口をパクパクと開閉する。
もしここで私を見ている人が居たら、『HAHAHA、今の君はまるで金魚のようだ!』
なんてブラックジョークを飛ばしたに違いない。
「ぁぇktsぇt!」
当たり前だが酸素は全く入ってこなかった。
それから5分後、私は酸欠によりこの世を旅立った。
翌日の新聞には、きっとこう書かれたことだろう。
――死因:金魚、と。
運ちゃん「やったぜ」
出目金「やったぜ」
ネコ娘「だからあぶにゃいって言ったのにゃ」
主人公「なん…だと……」
異世界転生トラックは回避してからが本番、ってエロい人が言ってた。
※飛び散った金魚はこの後、スタッフが美味しく頂きました。