シズク=ムラサキは愉悦したい   作:さろんぱす。

2 / 39
第02話 転生前、そして生物(ナマモノ)

「うぇへへへへへ。」

 

 ハンター世界に転生する前。

 

 その日、私は街をニヤニヤしながら歩いていた。

 時刻はすでに0時すぎ。とっくに日は落ち、空は雲に覆われている。

 だが一定間隔で設置されている街灯のおかげで道は明るい。

 

 進んでいるのは進行方向に対して左側の歩道だ。

 ガードレールは無いが、元々この道は通行量が少ない。

 なので今後も設置されることは無いだろう。

 

「うふふふふふ。」

 

 両手で抱えるように持っている通帳を握りしめる。

 少し前に寄った銀行のATMコーナーで記帳したばかりだ。

 中身を思い出す度に、顔がニヤニヤする。

 

 正直、今の私を外から見ればキモいだろうという自覚はあった。

 だがこの通帳には、辛い仕事を乗り越え手に入れたボーナスが記載されている。

 ならば自然と頬が緩んでしまうのはしょうがないことだろう。

 

 どんなことに使うべきか。

 買い物をするのもいいし、美味しいものを食べるのもいい。

 いっそどこかに旅行に行って、名物を食べながら名産品を探すのも良い。

 営業で幾度も海外出張した結果に得た対価である。

 それぐらいは可能な額が振り込まれていた。

 

「帰ったら何しようかな~。そうだ、久しぶりにHUNTER×HUNTERを読み直そう。」

 

 もちろんアニメと映画のDVDも見直さなくては。

 原作はもう1年以上も掲載が止まっているが、それでも私はこの漫画が大好きだ。

 今でもこうして時間が開くと読み直すし、そのたびに最高に面白いと思う。

 ちなみに一押しは幻影旅団に所属するシズクというキャラクターである。

 殺伐としたハンター世界の中で珍しい、ホンワカ天然っぽい雰囲気が良い。

 

「少しでもいいから続き掲載されないかなー。せっかく旅団が出てきたのに。」

 

 今日までずっと仕事だったので、これから2ヶ月は丸々休み。

 ダラダラしながらお菓子と漫画で過ごしても、誰にも文句は言われない。

 

 あ~、心がピョンピョンするぅ~。

 

 家についた後を考えると幸せな気持ちになる。

 思わず口笛を吹きながらスキップしてしまいそうだ。

 

 しかしそんな私の幸せは長くは続かなかった。

 歩道を歩いていた私を、突然の不幸が襲ってきた。

 

『あぶにゃーす!!!』

 

 最初に気づいて叫んだのは、塀の上にいた猫コスプレのお姉さんだった。

 対向車線を走っていた軽トラック、それが急に私の方へ向きを変えた。

 

 私はすぐさま運転席へと目を向ける。

 するとそこにいたトラックの運ちゃんは、酒を飲んでいるのか顔が真っ赤。

 更に片手でスマフォを見ながらタバコを咥え、しかも眼が半分以上閉じていた。

 

 最近ニュースでよく見る、居眠り飲酒喫煙スマフォながら運転トラックだ。

 

「ちっ!」

 

 ドライバーの様子に思わず舌打ちをする。

 まったく、幸せな気分が台無しだ。

 しかもこの有様では、とてもブレーキなど期待できないだろう。

 

 案の定、トラックは一切スピードを緩めず、私を目指してまっすぐに迫ってくる。

 しかし海外で紛争や内戦に巻き込まれた事もある私にとって、たかが普通のトラック一台など今更慌てるような事ではない。

 

「ふぅー……」

 

 ゆっくりと息を吐き出す。

 全身から力を抜き、軽い脱力状態へ。

 同時に心を落ち着け、意識を目に集中してタイミングを図る。

 そして迫りくるトラックが、私にぶつかる数秒前……

 

「ふっ!!」

 

 息を止めた私は、体重を左足のカカトに移して軸にする。

 同時に右半身を引きながら、体を横に90度回転。

 その勢いのまま重心を後ろに傾け、滑るようにバックステップ。

 それによりトラックのフロントバンパーを華麗に回避。

 更に油断せず即座に頭を仰け反らせ、追加のサイドミラーもやり過ごす。

 

「――ふっ、他愛なし。」

 

 目の前をトラックがすり抜けるように進んでいく。

 私は勝利を確信した。

 しかしそれは罠だった。

 

『――トラックはフェイク。』

 

 気がつけば、極限まで時が圧縮されるような感覚の中で、私は確かにトラックの運ちゃんの言葉を聞いた。

 

「!!?」

 

 運ちゃんの謎ドラテクにより、避けたはずのトラックのタイヤが急激にスリップする。

 車体が歩道側へ急激に流れ、ほぼ直角に曲がった車体が路肩の電信柱にぶつかった。

 すると衝撃により、荷台から赤い何かが弾け飛んだ。

 

「はっ?」

 

 目を良く凝らして見れば、それは意外なことに金魚だった。

 一般的なイメージとしては、祭りの夜台で玩具代わりに釣られる可愛そうな魚。

 しかしながらその実態は違う。取れれば持ち帰り自由という甘い夢で子供を魅了し、遠慮なく掬い紙をぶち破ってお小遣いを巻き上げる。当たりの入っていない抽選と並び、屋台の悪魔と恐れられる恐るべき魚である。

 

『ギョギョギョギョギョ!!!』

 

 そんな叫び声を上げそうな勢いで、散弾のように弾けた無数の金魚が私に迫る。

 回避は不可能。まだトラックを避けた勢いが残っている。体勢は変えれない。

 

「ちっ!!」

 

 私はせめてもと体に力を入れ防御を固める。

 だがしかし、金魚たちはそんなの関係ねぇ! とばかりにそのまま体当たりを敢行した。

 

「ぐううぅ!!!」

 

 その衝撃は、まるで過去にベトナムの鉱山で撃たれた弾丸のよう。

 私は手、足、肩など全身を強かに打ち付けられ悲鳴を上げた。

 そしてその隙を最後の金魚は見逃さなかった。

 

『いまだギョッ!!!』

 

 そんな幻聴が聞こえそうな勢いで、一匹の金魚が私の口を目掛けて飛んだ。

 ギョロギョロと飛び出した両の目に、ブクブクに太った躰。

 それは一般に出目金と呼ばれる金魚だった。

 この出目金は頭部を守るために構えていた両手を躱し、私の口の中へ見事なホールインワンを決めた。

 

「もががっ!!?」

 

 私にとって最大の不幸だったのは、この時に飛び込みを許してしまったこの出目金が、幾日のMATURIを乗り越えた歴戦の猛者であったこと。

 

 長年に渡り餌を喰らい、子供達のお小遣いも喰らい、ひたすら網を破り続けた。

 一目でそんな印象を抱かせるその出目金の姿は、まさに『金魚の王』。

 ゲームであれば恐らくLV90を超えている事だろう。

 

 その眼は万物を見渡し、躰は全てが筋肉の塊。

 およそ成人の握りコブシほどもあったそいつは、そのまま私の喉にすっぽり詰まった。

 すると、これが俺様の力だ! と言わんばかりに暴れ出したではないか。

 

 ――ビチビチビチビチビチビチビチビチビチ!!!

 

(うげぇぇええ、気持ち悪いぃぃぃぃ!!)

 

 特に飛び出している眼が喉奥をギョリギョリ刺激して最悪だ。

 だがおかげであまりの気持ち悪さに、あっさりと吐き気が限界を超えた。

 胃がぎゅっと縮小し、食べたばかりの夜食と胃液が押し出され、食道をまっすぐに逆流する。

 私はその流れに逆らわず、むしろ勢いを増すためにお腹に力を入れる。

 

(ここから出ていけぇぇえーーーー!!!!!)

 

 するとどうだろう、喉に詰まった出目金もまた、絶対にここは動かん! とばかりに全身に力をいれて踏ん張りだしたではないか。

 

『ギョギョギョギョギョ!!!』

 

 腹筋による後押しを受け、異物を押し出さんと発射された全力の胃液。

 しかしそれでも、喉に詰まった出目金はびくともしなかった。

 

「くぁぜふじk……!!!」

 

 そうしてる間にだんだん息苦しくなってきた私は、少しでも酸素を取り込もうと必死に口をパクパクと開閉する。

 もしここで私を見ている人が居たら、『HAHAHA、今の君はまるで金魚のようだ!』

 なんてブラックジョークを飛ばしたに違いない。

 

「ぁぇktsぇt!」

 

 当たり前だが酸素は全く入ってこなかった。

 

 それから5分後、私は酸欠によりこの世を旅立った。

 翌日の新聞には、きっとこう書かれたことだろう。

 

 ――死因:金魚、と。

 




運ちゃん「やったぜ」
出目金「やったぜ」
ネコ娘「だからあぶにゃいって言ったのにゃ」
主人公「なん…だと……」

異世界転生トラックは回避してからが本番、ってエロい人が言ってた。
※飛び散った金魚はこの後、スタッフが美味しく頂きました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。