初めは、ただ一度でも勝ちたかった。
それだけだった。
猫騙し。
立合いと同時に相手力士の目の前に両手を突き出して掌を合わせて叩くという相撲の技であり、相手の目をつぶらせることを目的とする奇襲戦法の一つ。
相手に隙を作らせ、自ら有利な体勢を作るために使われる。普通の立合いではかなわないような、自分より強い相手に対する一発勝負に使われるが、失敗すると一気に持って行かれてしまう可能性がある。
僕が素人で、小兵で、筋力も体重も無い、無い無い尽くしの力士であるが故に、どうしても正攻法では勝てないから磨く必要があった奇襲、裏技、邪道の戦法。
――それが、まさかこんな事になるなんて。誰が予測できる?
「……?」
立ち合いからのぶつかり稽古の最中。対面する小関部長の意識に一瞬の空白が生まれる――だけではない。
(あれ……? なんだよ今の……?)
(小関部長から一瞬、なんというか……波というか……波動みたいなものが……)
何時からか、徐々に見えるようになっていた“相手の意識の波”。おそらく相手の緊張や力みなど、相手の精神状態を表していると思われる波動。
教わらずとも分かっていた。その“意識の波の波長”が一番高い時に、僕の猫騙しの“音の波長”の一番高い所をぶつければ!
“それ”に気付いてから、どれくらい立ち合いの稽古をしたころだっただろうか。
佑真さんとの立ち合いだった事だけは憶えている。
佑真さんの“意識の波”の波長、その一番高い所に僕の猫騙し、それの“音の波長”が一番高い時にぶつかる様にタイミングを見計らって猫騙しを繰り出せば――
「……どうしたユーマ?」
「おいおい、どうしたよ五條。いくらなんでも、猫騙しでそこまでビビるこたぁねえだろ」
二人の呼びかけも聞こえない様子で、しばらく呆然としていた佑真がようやく我に返ったようにハッっとした反応をして、しどろもどろだが言葉を返す。
「…………いや、違う……今のは」
その後、佑真以外とも立ち合いの稽古を行っていく蛍。
やがて、この猫騙しを繰り返す内に蛍は気付く。
「……っ!? これは……!」
「うおっ……ホタル、お前……!」
(な……何だ今のは? 三ツ橋の猫騙しを受けたら、何かクラっと来た……猫騙しが来るのは分かっていたのに……?)
「おい、三ツ橋……今の猫騙し、全員にもっかいやってみろ。俺達全員にだ!」
――二年時。春の団体戦にて。
『腰砕けで三ツ橋君の勝ち』
「猫騙しで腰砕けって……」
「ハハ……こんな決まり手あるんだな」
「初めて見たわ、こんなの」
ざわめく周囲。
それぞれ言葉も、度合いも異なるが全員に共通しているのは驚きという反応だ。
それは、張本人である蛍でも例外ではなく。
(本当に、公式戦でも出来た……イケるかもしれない、これなら!)
『この試合内容で高校横綱、ましてや大相撲入りを認めろというのか――』
『しかし、ルール上は何も問題は無い――』
『ですが――』
『それでも――』
これは、体も力も技も持たない僕が“音”で横綱となる、本当に前代未聞の相撲物語だ。
またしても、ひっさびさの投稿……だけど、我ながら内容短っ。
しかも、これでも何ヶ月も前から考えてたネタだったりする。
前の投稿から三ヶ月かかって出した新規投稿がこれってどうなんだと我ながら思うけど、加筆分が思いついたら、また書き足すんで許してぇ。