星斗がルナ・ブレイズに抱く感情は複雑なものであった。
思い出せる限りの原初の記憶を辿ると、彼女は常に自身の傍らにいた。
あの頃の星斗にとっては、あの孤児院が世界の全てであり、その中心には彼女。
トウヘッドの髪、白陶器のような肌、そして紅い瞳。
彼女に喜んでもらいたいと思い、様々な試みを行っていたのは今となっては懐かしく。
その甲斐あって、徐々に心を開いてくれていた事を思い出す。
しかしながら今になって考えると、随分と滑稽なことだったと星斗は自嘲気味に笑う。
あの孤児院において、星斗の役割はルナを育てるための餌に過ぎなかった。
日毎夜毎、食事を届けるという名目で自ら彼女の前に身を差し出すその姿は
傍から見れば酷く愚かに見えたことだろう。
もしナオミが助けに来てくれなかったら、そう考えると星斗は身の毛がよだつ思いだった。
しかしそんな思いを抱えながらも、例えその過程が歪なものだったとしても
星斗はルナと過ごしたあの日々の、その全てが間違いであったとは考えたくなかった。
もし全てが間違いなら、あの少女の願いも、それを叶えた自分の行動も過ちだったことになる。
間違いだらけだった日々の、その中にあるほんの少しの正しさを、賀茂星斗は信じたかった。
そしてなぜ今頃になってこの様な考えを思い浮かべているかといえば
星斗にとある依頼が舞い込んだからである。
メシア教会のルナ・ブレイズ本人から。
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メシア教会とは、救世主(メシア)の出現により、世界が救われることを信じる
終末論を是とするキリスト教会派の一派である。
その極端な教義から、以前はそこまで大きな組織ではなかった。
しかしながら、近年の世界情勢により、その規模は拡大と一途を辿ることとなる。
地球規模の災害、パンデミック、経済不安など数々の要因で人々の不安が大きくなり
その心の隙間を埋めるように、この思想は急速な広がりを見せてた。
それこそ、この東京においても一二を争うほど大規模なほどに。
そしてその急速な拡大に合わせるように、その信者の受け皿として
建設が予定されたのが、今回の依頼にもある『カテドラル』である。
本来なら部外者である星斗が関わることなど、そうそうあり得ないのだが
おそらくはメシア教会関係者が手を回したのであろうと星斗は考えていた。
そして、それがルナであることは想像に難くなく。
それと同時に、そのような事が出来るのであれば、彼女がメシア教会において
確固たる地位を気付いていることも星斗は予想していた。
メシア教会は世界各地に支部があり、その影響力は計り知れない。
それこそ、ミサイルの一つぐらいならどうとでも準備できるのではないかと思えるほどに。
現状、東京崩壊に関わる可能性がある組織を挙げるとするなら
おそらく誰しもが真っ先に思いつく組織である。
もちろん星斗もその例に漏れず。
しかしながら、メシア教自体排他的な組織であることも相まって
どのように内情を探るべきかを考えあぐねていた。
まさにそんな時に今回の依頼である。
星斗の個人的な感情を抜きにすれば、この機会を不意にするには非常に惜しく
あるいは旧知の彼女からなら、幾らか断片的にでも情報が得られるかもしれない。
そういった考えのもと、依頼を受けることにしたのだった。
虎穴に入らずんば虎子を得ずということであり、星斗のその考えは
情報という観点のみだけでみると、非常に良い方向で裏切られることとなった。
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久しぶりに会ったルナのその姿を見て、星斗は懐かしさを感じていた。
もちろん孤児院で過ごしていた頃とは違う部分も多々見受けられる。
その容姿は100人いれば95人は振り返って見返すほど艶美。
少女から大人に成長したことにより、別れる前には育ちかけであった母性を象徴する
それは大きく実り、修道服の内側から、あたかも豊穣を司るかの如く大胆に主張している。
あるいは星斗が年相応の感性を持ちわせていたのなら
その魅力の前にどうしようもなく参っていたことだろう。
しかしながら、あの頃と変わらない部分もある。
初めて会って時と同じトウヘッドの髪、白陶器のような肌、紅い瞳。
「……ほー君、どうかした? ……やっぱり、私の事嫌い?
私……死んだ方が……いいかな……フヒ」
そしてその根暗な性根であった。
久方ぶりに出会った二人だったが、最初はまるで会話にならず。
ルナは終始顔をうつむき、星斗の方を見向きもしない。
そんなルナの様子にどうしたものかと苦慮する星斗。
このままでは、みすみすこの機会を逃すことになりかねず……
どうにかしてコミュニケーションを図ろうとするが、どうにもルナの意図が読めない。
ただ、彼女の周りには他のメシア教の関係者は見当たらないようで
星斗自身の身を無理やりどうこうしようとは考えていない様に感じられた。
おそらくは星斗をこの場に呼んだのは、メシア教というよりはルナ本人の意志によるものであり
もしそれが正しいならそれ相応の考えがルナにはあるはずだ。
そう考え、極力話をしやすい環境を作るべく
星斗は孤児院時代と同じ様にルナとの食事の時間を設けることにした。
そしてこれが功を奏したのか、たどたどしいながらも
ルナとのコミュニケーションを始めることが出来るようなる。
そしてルナが最初に言葉にしたのは、星斗にとっては意外だったが
過去の過ちに対する懺悔の言葉だった。
「ずっと……後悔してた。あの時のことを……」
「あの時?」
ルナが発したその言葉の意味を、星斗は考える。
あの時とは、自身が過ごした孤児院での日常の事だろうか
そして、それについての謝罪があるという事は、その日々はルナにとっても本意では無かったという事になる。
勿論傍から見れば散々な扱いで会ったことは間違いない。
ただし、星斗個人としてはその扱いの良し悪し以前に、当時はその意識が混濁により具合から
どのような日常を過ごしていたか、その記憶は非常に曖昧で。
勿論思うところが無いわけでないが、今後のことを考え
ここは素直に謝罪を受け取っておくべきと星斗は判断する。
その認識に決定的なズレを抱えながらも。
「気にしていないというわけじゃないけど……
ルナのせいじゃない事ぐらい、僕にも分かってるよ」
星斗の言葉にルナは恐る恐るといった具合で言葉を続ける。
その内には、ある種の怯えのようなものを含んでいることが見て取れた。
「私は……許されても……いいの?」
「……少なくとも、僕は君の事を許しているよ」
星斗のその言葉に、ルナは顔を上げ笑みを綻ばせる。
その様子は何年にもわたり自身に課されてきた重荷から解き放たれたようで
まさに神の赦しを得た、そんな大げさな感じであった。
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ある程度コミュニケーションが可能となった段階で
星斗は少し探りを入れるような形で会話を始めこととした。
「しかしカテドラルかぁ……メシア教も随分と立派なものを作るみたいだね」
このような時期に建設予定の建物である、何かしらの理由があって然るべきだろう。
あるいはその会話の糸口から、少しばかりの情報を得られるかもしれない。
そう予想した星斗の考えとは反し、ルナはさも知っていて当然と
言わんばかりに、その内情を詳しく話し始めた。
「カテドラルは……、ずっと先の千福年を見据えた……アーク」
「……アーク?」
突然のルナの言葉に考えを巡らす星斗。
アークといって思い当たるのは、神との契約が刻まれた聖櫃か
もしくはノアの方舟《Noah's Ark》のどちらかであろうと予想する。
「きっかけは……多分……ガイア側から」
「きっかけ?」
「そう……崩壊の」
「っ!?」
いきなりの核心をつくワードに思わず目を見開き驚く星斗。
そんな星斗の様子にも気にせず、ルナは言葉を続ける。
「……どうやって崩すか……問題だったけど。
思ったより……私が使い物になるのが……早かったから」
「それで……その後……救世主様が来るはずだって」
救世主誕生の予期。
これはこの世界が"最後の審判"か、それに近しい状態になることを示唆しており
メシア教はそのような状態を積極的に作り出そうとしていることになる。
目的と手段が入れ替わっているその考えに狂気を感じ、思わず顔を俯く星斗。
そんな様子を見てか、ルナは続けて言葉を発する。
「ほー君は……、どう思う?」
そこにあったのは行為の良し悪しを問うものではなく
貴方はどう思うのかという純粋な疑問。
「……こんなのは間違っているよ、ルナ」
どういう意図でのそれか分からず、星斗は一瞬の逡巡見せるが結局噓偽りない回答行う。
その言葉に、ルナは特に気にした様子もなくあっさりと答える。
「ほー君がいうなら……、そうなんだろうね」
まるで自分が当事者であることを忘れているような
そんな様子を浮かべるルナに、星斗は違和感を覚え思わず聞いてしまう。
「ルナは、どう思っているんだい?」
その星斗の言葉に、どうしてそんなことを聞くのかわからない
といった面持ちをするルナ。
「ほー君と……同じ……考えだよ。
だって……、ほー君が絶対に……正しいし」
この辺りから星斗はルナとの会話に違和感を覚え始めていた。
勿論メシア教会の詳しい内情を話し続ける事もそうだが
それ以上に目の前にいる存在が、なにかおかしい。
「ルナ、信用してくれるのは嬉しいけど
僕にだって間違えることは山ほどあるよ……」
「違う」
「……えっ?」
ルナらしからぬ、ハッキリとした否定に思わず言葉が出る。
「あなたは絶対に正しい」
あの頃、星斗の世界の中心がルナだったように、ルナの世界の中心は星斗だった。
そして星斗と決定的に違う点は、その魂の在り方が、
これまでも、そしてこれからも絶対に変わることはないという事。
星斗がいなくなったその後、殉死すら許されないその環境は
ある意味星斗の冥府巡りと同等か、或いはそれ以上の負荷をルナにかけることとなる。
その精神構造は、メシア教の狂信者ですら受け入れがたいものとなっていた。
信奉、盲従、心酔、傾倒、崇拝、狂信、Theophilia
様々な言葉が溶け合い、混じり合っていく。
星も月の光も届かぬ、心の奥底で沈殿したその淀みは凝り固まり
暗澹と澄み渡り、ゆるぎない深淵へと至る。
そしてさらに恐ろしいのは、それらを形作る原因となった
星斗本人でさえも、もはやその状況を覆すことのできないという事実。
「あなたが父で子で聖霊で、私の世界は廻っている」
「あなたからの罰だけが、私の罪を正せる」
「あなたからの許しだけが、私を救える」
「
「
ほかはなにもいらない。
太陰は重く、暗く、冷たく、ただ星を照らし続ける。
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2021/07/16
誤字・脱字修正、ご指摘ありがとうございました!
読者兄貴姉貴たちの女神転生シリーズプレイ状況について
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いくつかのナンバリングだけプレイ済
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ペルソナだけプレイ済
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