「ルナ、君は小さい頃を思い出すことは、あるかい?」
メシア教会経由で受けた『米国大使』の護衛依頼を受けた際
そこにたまたま居合わせたルナへと、そのように会話を切り出す星斗。
「たくさん……あるよ、ほー君とふたり……楽しかったよね」
そう返事をするルナの表情は、まさに天使の微笑みといった具合で
星斗との過去には間違いなど、一つも無かったかのような言いようである。
その点においては、自身との認識の齟齬を伝えると、この先が続かなくなると思い
わざわざ指摘するような行為を星斗から行う事はなかった。
それよりも、星斗にはルナに聞いてみたいことがあった。
「僕に出会う前は?」
星斗には自身の幼い頃の記憶がなく、思い出せる一番昔の記憶は
ルナと生活していた、あの孤児院での出来事になる。
つまりは、自身が知りうる限りで、
あるいは、彼女ならその消失した記憶の手がかりを
何か知っているのではないか、とも考えての星斗の行動であった。
しかしながら、その返答は星斗の予想とは反するもので。
「ない」
少しも考えた素振りを見せず、即答するルナ。
その不穏な内容の返事にもかかわらず、表情は少しも変わらず、微笑み。
「ない? 僕と出会う前の記憶がないってこと?」
その言葉に驚く星斗。
あるいは、ルナも自身と同じような状況にあるのかとも考えたが
次の言葉がそれを否定する
「……私には……いらなかったから」
あたかも、自らの意志でそれを行ったかのような言いようである。
そしてその言葉の意図は、星斗にも正確に伝わった。
「けど、それって……必要なの……かな?」
そう不思議そうな表情で、ルナは星斗に言葉を投げかける。
疑問符がついたそれは、にもかかわらず、否定の言葉は許されず。
「私の中に、ほー君がいる。
世界は、それで一杯一杯」
その豊満な胸に星斗の手を添え、一本一本、絹糸を紡ぐ様に
愛おしそうな表情を浮かべ、言葉を発する。
「それ以外は、こぼしちゃたから……もう、戻らないよ」
丁寧に丁寧にルナ自身が紡いだ心の、強固に絡まり合ったそれを
ほどく事が出来る存在は、星斗を含め、誰もいない。
一方星斗は星斗で、ルナのその言葉に若干の恐れを抱きつつも
その精神性をどこか羨ましくも思っていた。
過去などいらない。今こそが一番だと言い切るその言葉の強さに。
なぜなら、星斗には自身にとっての過去が、どんな意味を持つのか分からなかった為である。
星斗は恐れていた、一度は曖昧となった、自身を構成する境界線が再び崩されることを。
過去が今を、未来を塗りつぶすのではないかという、杞憂を。
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「星斗君、お久しぶりですね」
米国大使の部屋へと入り、第一声。
自身が知りうる限りで、
丸眼鏡に無精ひげを生やし、優し気な好々爺然とした態度。
そして、孤児院にいた時と違い、その身は真紅の衣ではなくスーツで覆われていた。
「……院長先生」
昔呼んでいた、そのままの呼び方をする星斗。
その顔は、自身の記憶のそれと比べ、経過した年相応に年老いているように見える。
「おやおや、昔を懐かしんでくれるのは嬉しいですが、立場もあります。
ここでは役職で呼んで頂ければと」
「……大使」
「はい、よろしい」
星斗の返答に満足げに頷く大使。
かつての院長が米国大使として、この場に言わせること自体には驚いたが
彼と再び相見えることは、なんとなく予想はしており、星斗には不思議と驚きはなかった。
思えば、孤児院にいたときから忙しそうにしており、その身を留守にすることも多々あったのは
こういった表の役職が多忙であったためなのだろう、と今になって星斗は考える。
そういった星斗が考えを巡らせている最中
大使は星斗の後ろにいたルナの方へと目をやり、言葉を発する
「
あとは、私にお任せください」
その言葉に、ルナはどこか不満げな様子ではあるものの、素直にその場から離れこととなる。
密室で、男性二人、なにも起きないわけはなく。
「いやはや、それにしても」
部屋で二人きりになり大使は、改めて星斗を見つめる。
その目には不快なものはなく、そこにあるのはただただ純粋な驚き。
「噂には聞いていましたが……強くなりましたね、見違えるほどです」
「……いろいろありましたからね」
大使の言葉に、あいまいな形で返答する星斗。
目の前の護衛対象についての自身のスタンスが、定まらない。
過去のその所業について、目の前の人物に対して物申したいことはいくらでもある。
しかしながら、自身の冷静な部分が、そんなことをして何になるのかとそれを阻む。
ここの場においては、あくまで依頼主と請負人の立場であると。
「もはや君にかつての小細工など、通用しないでしょう。
私程度では、負けてしまうかもしれません」
そんな星斗の心の中を知ってか知らずか、逆なでするような物言いに
一言言いたくなる気持ちをぐっとこらえる星斗。
ここで相手のペースになるのは不味いと思い、咄嗟に話題を変更する。
「サリエルというのは……」
それは先ほどルナに向かって大使が放った言葉で。
「あぁ、ルナ様の身に
そういえば言ってなかったですね、と言った
軽い感じで事実を伝える大使に星斗は驚く。
サリエルといえば、死を司る大天使の一体である。
また、月の支配も役割の一つであり、魔術に長け、魔眼の元祖とも言われる。
思えば、ルナも月に執着を持っており、その眼にも不思議な力が宿っていたが
それもその身に宿す天使の影響だろう。
かの天使の影響により、その精神に異常をきたしていたのか、と納得をする。
そうでなければおかしいと思えるほど、星斗にとって彼女の在り方は歪に見えていた。
「時々考えるのですよ、君とサリエル様を引き合わせたのは間違いだったのかもと」
そう、思い出話をするかの様に言葉を切り出す大使。
「サリエル様は我々の予想外の速度で成長してきました。
無論、それは君という
本来ならば、数十年の月日を費やして、その権能を徐々に発揮していく予定であったが
それは星斗の手により大幅に短縮されることとなる。
「普通に成長しては、その身に天使様を宿すだけの人形になっていたでしょう。
……私はあの娘にはそうなって欲しくない、と考えていました」
しかしながら、星斗がルナの方向性を大きく狂わせ
その在り方が大使の予想から大きく外れる結果となってしまう。
「ただ、予想外だったのは……。天使様、完全に消えてしまわれたようで」
「……は?」
消えたという言葉に、あっけにとられる星斗。
「いやはや、人の持つ力が、斯くも恐ろしいものとは」
まいったまいった、と言った感じで笑う大使の姿に
意味が分からないといった様子の星斗。
ルナの歪な精神が、守護天使としてのサリエルの意識を押し出し
その力のみを奪い取り、十全に扱える状態になってしまったこと。
凡人では決して成しえず、英雄であってもまだ足りない。
いったい、どれだけのものをそぎ落とせば、その領域に至れるのか。
その在り方は、聖人というにはあまりに歪で、もっと別の何かになりつつあることを
無論この場では言葉にしないまでも、大使はひそかに感じ取っていた。
「えっ、じゃあルナがちょっとおかしいのは……」
「あれが彼女の素ですよ」
度重なる予想外の展開に、どっと疲れが押し寄せてくるのを星斗は感じていた。
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2021/08/16
誤字・脱字修正、ご指摘ありがとうございました!
読者兄貴姉貴たちの女神転生シリーズプレイ状況について
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ほぼすべてプレイ済
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いくつかのナンバリングだけプレイ済
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ペルソナだけプレイ済
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上記以外の派生作品だけプレイ済
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二次創作による知識だけ
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前提知識なし、未プレイ
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その他