Fate/Immaculate Whiteness   作:クリサンテモ

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2月2日/朝 悪夢からの目覚め

 それは悪夢だった。

 

 「憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い!」

   

 セイバーのマスター、天海慧はそれを見た。

 

 「人間が憎い。英雄が憎い。私たちからあの方を奪ったあの男が憎い!あの男さえいなかったら、きっと!」

 

 それは憎悪だ。

 

 何者かへの憎悪。慧はこんなものはまったく身に覚えがない。ここまで誰かを憎んだことなどは。

 

 (なんだ。何が起こっている。なぜ僕はこんな悪夢を見ている?)

 

 混乱した頭は流れてくる憎悪によって掻き乱され、さらなる混乱をもたらす。

 

 「あの方は完璧だった。完全だった。それを、それをあの男はあアアアアアアア!」

 

 (痛い、頭が痛い。憎悪に押し潰される。こんなもの、僕は知らない。)

 

 「死んじゃえ。あんな男。英雄◼️◼️◼️◼️。死んじゃえ。死んで死んで死んで憎い憎い憎い憎い憎い憎い!」

 

 そして、慧の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 「ああ、あああ、あああああ。っ。はあ。......あれ、ここは、」

 

 天海慧は汗だくになりながらベッドの上で目を覚ます。

 

 「あの夢は、それよりも、あれ、僕は......」

 

 先程の夢が気になるも、覚醒していく頭は昨晩のことを思い出す。聖杯聖杯の初戦。惨めに敗北したことを。

 

 「あ、そうだ!何で、僕は!」

 

 何故生きている。そう言いかけたところでセイバーが現れる。

 

 「マスター、無事に目覚めて下さって安心します。どこかお加減の悪いところはございませんか?」

 

 ずっと側にいたのだろうか。霊体化を解いて現れたセイバーはどこか心配したような顔をして、慧のを覗き込んでくる。

 

 「いや、だから、僕は、」

 

 そう言いながら急に体を起こす慧は、当然のことながら覗き込んでいたセイバーとぶつかった。慧はすぐさまベッドに逆戻りして、額を痛そうにさする。一方で、さすが最優のサーヴァントというべきか、セイバーの方はまったく痛がる素振りも見せずに慧を見つめていた。

 

 そして、慧はようやく体中の傷が癒えていることに気がついた。

 

 「これは、君が癒してくれたのか、セイバー?」

 「はい、私の宝具を少し活用して傷を塞ぎました。......どこも変化はないといいですけど。」

 「ん? ごめんなんて言ったんだい?」

 「いえ、何でもありません、マスター。どうでしょう。動けますか?」

 

 セイバーは小言で何か呟くも、なかったことにして、話を続けた。

 

 「うん。全然問題ない。むしろ魔力の流れも良くなっているようにさえ感じる。すごい宝具だ、セイバー。」

 「なら、良かったです。」

 

 昨晩受けた傷が嘘のように消えている体を見て、慧は飛び跳ねるように動きながらセイバーを褒める。その時のセイバーの表情には気がつかないまま。

 

 「こんな宝具があったなんて。事前に教えてくれてもよかったじゃないか。」

 「勘違いされては困りますが、これは万能な回復宝具ではありません。マスターの回復もさまざまな制限の上で成り立っているに過ぎません。次同じような怪我をされれば、きっと癒すことは出来ないでしょう。そのことだけはお忘れなく。」

 「あ、ああ。わかった。ありがとう、セイバー。」

 

 セイバーはその言葉を聞いて、当然だというように微笑む。慧はその微笑みに少し見とれた後、ハッと意識を戻してベッドから出る。

 

 時計を見れば既に時刻は午後4時を超えた頃であり、外も冬だということもあって暗くなりつつある。

 

 「昨日の今日だ。今晩は家に籠ろう。異論はないか?」

 「ええ、それがよいかと。」

 

 慧の方針にセイバーは同意する。流石に今日打って出るのは危険だ。

 

 慧は落ち着くと半日何も食べていなかったせいか、腹が空いていることに気づく。少し腹ごなしをしようとするとセイバーに呼び止められる。

 

 「それと、少しよろしいでしょうか。」

 「ん?どうした、セイバー?」

 「貸し、というのに心当たりがありませんか?」

 「貸し?」

 

 慧は脈絡もなく放たれたその言葉を反芻するも、心当たりはなかった。

 

 「貸しってどういうことだ?僕が気絶してる間に何かあったのか?」

 「いえ、ランサーのマスターが借りがある、ということで撤退を助けでくれたのです。」

 「ランサーのマスター?そもそも、魔術師への貸しなんて......ありがとう、こっちでも調べてみる。」

 

 慧は怪訝に思いながらも空腹の解決を優先する。

 

 その背中を見つめるセイバーはどこか申し訳なさそうな顔をしていたのだが、それに慧が気がつくのはまだ先の話だった。

 

 

少し時が巻き戻って2月2日の早朝、鈴蘭市郊外の住宅地にてそれは行われていた。

 

 「よし、これでとりあえず結界も大丈夫ですね。」

 

 そこにいたのはキャスターであった。地に不可思議な紋様を描いては謎の呪文を捧げる。その光景を彼女のマスターであるガルシア・鳥院・翼人は見ていた。

 

 魔法ーー正確には魔術だが、それを実際に見られると知った翼人は、最初は嬉々として見学していた。それは翼人がゲームや漫画で見るようなものであった。思っていたよりも血生臭いというかことを明記する必要があるが。

 

 「な、なぁ、キャスター。これは、」

 「言いたいことはわかりますが、我慢してください。私たちからしてみれば血は神性なものだというのは再三説明したでしょう。」

 

 キャスター、セ・アカトル・トピルツィンはそう言って結界を張り続ける。

 

 彼女の魔術は現代西洋魔術的にみれば黒魔術に対応するものだった。

 

 彼女たちの価値観からすれば、血は神性なものであり、犠牲となるのは名誉なことであった。もちろん彼女は人身御供を嫌い禁止したが、それ以外は許容した。もちろん、そうでは無い方が良いのだが、トルテカの神々は血を求めた。代用は必要であったのだ。

 

 現に、今も野鳥の血を使った魔術を使っている。

 

 「これで大丈夫です。そもそもここは住宅地。ここが戦場になることはないと信じたいですが。」

 

 翼人の家は普通の住宅街にある量産型住宅だ。もしここで戦闘が起これば周りにも被害が出てしまうだろう。

 

 「そ、それならいいんですが......」

 

 翼人の脳裏に浮かぶのは、昨夜キャスターの使い魔を通して見た騎士のようなサーヴァントを思い出す。キャスターが召喚した石像をいとも容易く倒したサーヴァント。あんなのがあと5人。改めて恐ろしい戦いに身を投じてしまったと思い知る。

 

 「そんな不安そうな顔をしないで、マスター。あなたは私が守ります。何も心配ありません。」

 

 キャスターは不安そうにしている翼人に優しく微笑む。

 

 翼人には伝えていないが、彼には魔術回路がある。本数もそこそこあり、普通に現界する分にはなんら問題はない。おそらくは何代か前まで魔術師の家系だったのだろう、そうキャスターは推察する。

 

 これは本人に伝える必要はないだろう、そう考えながら別の話題を切り出す。

 

 「それはともかく、ハヤト。よければあなたの話をしてくれませんか。」

 「俺の話?いいけど、そんな面白くないと思いますよ。」

 「いいの。いいの。私が気になるのです。異国の、遠い時代の人々の暮らし。とてもワクワクするのです。」

 「まあ、いいけど。それじゃあまずは......」

 

 キャスターの主従は()()平和だった。

 

 

 「ランサーの居場所がわかったわ。」

 

 その報告がシャロンに届けられたのは、4騎のサーヴァントが入り乱れた激戦の翌朝であった。

 

 その激闘を陰ながら観察していたアサシンは、戦いの終わった後に未だ本拠地のわからないランサーの後を追った。

 

 そして遂に突き止めたのだ。

 

 「北の大蔵山。その中にある屋敷。そこがランサー陣営の本拠地よ。」

 「本当ですか!っんん。よくやりました、アサシン。マスターの方は見つけましたか?」

 「いいえ、残念ながら。館の前でランサーに帰れって怒られちゃったから。多分あれ、最初から気づいてたんじゃない?」

 「っ!それは......」

 

 あっけらんとしたアサシンの偵察失敗にシャロンは息を呑む。

 

 気づいていた上でそこまで見逃していたということは、何かしら罠があると見ていいだろう。

 

 「しばらくは様子を見ようと思うけど、どうする?」

 

 鈴のような声でシャロンへと方針を問いかける。

 

 罠の可能性がある以上、迂闊に近づくのは危険だ。まだ発見していないキャスターのこともある。ここは一旦手を引くのが賢明ーー

 

 「やっぱり誇り高いマスターなら舐められっぱなしにされているわけにはいかないよね。」

 「ーーーー」

 「あんな本拠地の前まで暗殺者を案内するなんて、殺してくださいといってるようなものだよね。そうじゃなきゃハサンの名が廃るってものよ。」

 「ーーーーーー」

 「当然、取るべき行動は分かってるわよね、マスター。」

 「ーーーーーーーー」

 

 なんというか圧が凄かった。

 

 「マスター?」

 

 蠱惑的な声が響く。

 

 「ええ、わかりましたわかりました。許可します。ランサー陣営を見張りなさい、アサシン。」

 「承知致しましたわ、マスター。」

 

 白々しいにも程があった。

 

 そんなマスターの心境をよそに、サーヴァントは気分がよさそうに屋敷を出る。

 

 「はあ、マスター失格ですかね、私。」

 

 何度目にか分からないため息を吐きながら、シャロン・ハミルトンは己の仕事に戻った。

 

 

 「どういうことだ、アーチャー。」

 

 鈴蘭市中心部の高級ホテル。その一室にて1人のマスターがサーヴァントに詰め寄っていた。

 

 「あぁ!どういうことか、ってのはどういうことだ。」

 「決まっている。昨晩の戦闘でのことだ。あそこで貴様がみすみすセイバーに逃げられるなければ、あの小僧を始末できていたものを。」

 

 男、エルンスト・ベルガーは昨晩の戦いのことをアーチャーへと問いただしていた。あと一歩でセイバーのマスターを仕留められたにも関わらず、アーチャーがランサーに足止めされたことでセイバーを逃し、主従ともども逃げられてしまったのだ。

 

 「別にセイバーを逃しちまったのは俺のミスだが、逃げられたのはお前、あの小僧を甚振ってたからだろう。とっとと殺しちまえばよかったのによ。」

 「それとこれとは話が別だろう。」

 

 険悪な空気が流れる。その重々しい空気が続くかと思われた時だった。

 

 「御二方とも。そのようにいがみ合っていたところで何も始まりませんよ。」

 

 それはアーチャーでもエルンストでもない、第3者の声だった。

 

 「ミスター・アレッサンドロ。」

 

 エルンストは嬉しそうに、その現れた友人の名前を呼んだ。

 

 白い髪に赤い目。アレッサンドロ・デ・フォンドリエスト神父。聖堂教会の神父にして代行者としての面も持つ男。ここ鈴蘭市の教会を任されている者にして、エルンストの友人でもあった。

 

 「ミスター・エルンスト。短気はいけません。そのようなことではうまくいくこともうまく行きませんからね。」

 

 そう言って今度はアーチャーの方へと向く。

 

 「アーチャー氏も落ち着きなされ。我が友とて、あなたが悪いとは思っていません。どうかその怒りを鎮めてください。」

 「......ちっ。興が削がれたぜ。」

 

 そう言い残すとアーチャーは霊体化して消えていった。

 

 「流石だな、我が友よ。あの気難しいアーチャーをこんなにも容易く言いくるめてしまうとは。」

 「買い被りすぎです、友よ。彼は真性の怪物ですが、同時に理を理解する戦士でもあります。そのような偏見を持っているうちは、なかなか話を聞いてくれないでしょう。」

 「ふっ。あのような使い魔風情にまでそのような愛を示すとは、我が友らしい。」

 

 2人の関係は10年ほど前にまで遡る。。

 

 10年ほど前、まだ未熟だったエルンストは誤って民間人に被害を出してしまった。神秘の漏洩は裏の世界では最もやってはいけない禁忌。

 

 魔術師の禁忌を犯したエルンストは、追ってから逃れている途中で出会ったのがアレッサンドロであった。

 

 魔術師と代行者。2人は本来敵対関係にある両者だったが、エルンストは既に極限状態、アレッサンドロも困っている人は見捨てられない正確だったため、エルンストを匿った。そしてほとぼりが冷めるまでエルンストは彼の家に厄介になっていたのだった。

 

 その関係は今なお続いている。

 

 「しかし、いい部屋ですね、ここは。こんなところにまでお金をかけるぐらいなら、もっと有意義な使い道があるとも思いますが。」

 「何を言う。これでも私も貴族の端くれ。見てくれに金をかけずしてどうする。それにこの戦いが終われば、私に金などもはや必要もなくなる。まったく問題などない。」

 

 エルンストは聖杯戦争の拠点として鈴蘭市で最も高い高級ホテルの1フロアを丸々借りていた。中には様々な魔術トラップが張り巡らされており、アーチャーの神代魔術をも加えられているため、現代の魔術師はおろかサーヴァントですら突っ込むのに躊躇するほどの要塞となっている。

 

 それを聞いたアレッサンドロは、それもそうですねと相槌を打って本題に入る。

 

 「それで、どうでした。昨晩の戦いは。なんでも4騎も入り乱れた大乱戦だったと聞きますが。」

 「まったくもってその通りだ。セイバー、ランサー、バーサーカー、そして私のアーチャー。これだけのサーヴァントが集っておきながら、どのサーヴァントも脱落させることはできなかったがな。」

 

 最初にセイバーとアーチャーが。次いでバーサーカーが乱入。そしてランサーの介入によりセイバーが撤退すると、それを確認したランサーは早々に退却。怒り狂ったアーチャーはバーサーカーを討とうとするも、マスターの命によるものかバーサーカーも消えてしまった。

 

 その時のアーチャーの主従の怒りは筆舌に尽くし難かった。

 

「落ち着いて下さい。まだ聖杯戦争も序盤。仮の監督役である私もまだ全てのサーヴァントを確認しきれていないのです。現状、アーチャー氏を大きく上回るような敵もいない以上、焦る必要はありません。ただ確実に勝ち、聖杯を手にするのです。」

 「ああ、そうだな。忠告感謝する、我が友よ。そうだとも。勝つのは私だ。勝ち残り、根元へと辿りつくこのエルンスト・ベルガーだとも!」

 

 ホテルの部屋に高笑いがこだまする。

 

 セイバーもランサーもバーサーカーも、まだ見ぬサーヴァント共も敵ではない。根元へと辿りつくことを確信している魔術師の声はどこまでも響いていた。

 

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