10月になったばかりの頃。ホグワーツでは大変な事件が起きた。
なんとフィルチの猫、ミセス・ノリスが石にされてしまったのだ。事件現場の壁に残されたメッセージには『秘密の部屋』が開かれた事が記されていた。
おかげで図書室はありがたくない大盛況だ。『秘密の部屋』の事を調べようと、沢山の生徒が『ホグワーツの歴史』を借りて行った。そういうミーハーな流行りはあまり歓迎しないのだが。おかげで借りようと思っても全て貸し出し中で、僕に不満や無理のある要望を言う生徒が出てくる。
「スコープさん、貴方がホグワーツの歴史を教えてくれる。なんて事はないですか?」
2年生になったグレンジャーもその1人だ。
司書に何を期待しているのか。雑誌から目を離さないで、適当に答える。
「僕は教師じゃない。歴史ならビンズに訊くと良いよ」
「先生は曖昧な事しか教えてくれませんでした」
「なら僕も教えられないな」
面倒な事にはあまり関わりたくない。できる限り彼に擦りつけたい。
「…じゃあ『秘密の部屋』について書いてある本を教えてください」
「ははっ。そんなのあるなら、僕が知りたい」
僕が真剣に答えていないと分かったのか、グレンジャーは不満顔だ。雑誌を取り上げて、無理やり視線を合わせてくる。
「私は
よく見るとその眼には僅かに恐怖の色が混じっているようだ。事件現場の文句には、マグル生まれの蔑称『穢れた血』への警告が残されていた。なるほど、『ホグワーツの歴史』を借りたのはマグル出身の子が多かったのはそう言う訳だ。
彼女も不安なのだろう。
「…伝説では『部屋』にはサラザール・スリザリンの残した怪物がいるとされる」
僕の知識だけでの話になるが、彼女に知恵を貸すとしよう。聡明な彼女なら怪物の正体を突きとめ、『部屋』の謎を解くかもしれない。
チラリと周りを見ると、図書室中の生徒が僕の言葉に耳をそばだてている。本を読んでいるフリをしていても、ページは進んでいないし視線はこちらを窺っている。皆興味があるのだろう。
「怪物はスリザリン本人にしか操れない。…何故だと思う?」
ホグワーツは4人の魔法使いと魔女によって創設された。全員が優れた能力を持ち、実力は拮抗していたとされる。
ゴドリック・グリフィンドールは最強の魔法使い。戦いになれば彼にかなう者はいなかった。とある戦争ではゴブリン達を打ち負かした。
ヘルガ・ハッフルパフは最も優しく、誰よりも慈愛に満ちていた。彼女の精神は今も魔法界の守るべき主義の根幹を成している。
ロウェナ・レイブンクローは聡明。彼女の知恵は誰もが頼りにし、多くの探求者を生み出した。
そしてサラザール・スリザリン。最も残忍かつ狡猾。魔法の暗い面を知り尽くし、その力を執行する事に躊躇しない男。
4人の誰かが1番優れていると言う事は無く、互いに切磋琢磨しあい、同時に牽制しあう力関係だったと伝説には記されている。
「スリザリンは生き物の扱いに長けていた、なんて話は聞いた事が無い。彼よりもハッフルパフの方が生き物に愛されていたそうだよ」
ホグワーツに怪物を残す事など、3人が認めるはずがない。ならスリザリンにしか操れないというのは、何か
「スリザリンにしか無かった能力…それでしか操れない怪物。そういう事ですか?」
良い判断だ。強さではグリフィンドール。知識ではレイブンクロー。友愛ではハッフルパフに劣るスリザリン。それでも彼が操れた理由は。
「彼は…蛇語を話せるパーセルマウスだった‼︎蛇はスリザリンの象徴で、彼の残した怪物にピッタリだわ‼︎」
興奮で大声を出すグレンジャーを咎める。ここは図書室。忘れてもらっては困る。
だがその答えは的を射ている。蛇を操ることが彼の能力ならば、その怪物も当然蛇だ。
グレンジャーは呆けてはいられないと、魔法生物の本棚へと向かっていく。蛇に分類される闇の生き物を、手当たり次第に調べるつもりだろう。
だがその種類は多い。
ヒドラ、オロチ、バジリスク、サーペント…。
蛇を体の一部に持つ、という認識まで広げるとコカトリスやキメラまで含まれるだろうか。
ノリスを石に変えたという事から、石化能力を持つ生物には絞れるかもしれない。だが果ての分からない道のりだ。願わくば、グレンジャーが正しい答えを導き出せるように。
まあ彼女がまた僕に知恵を求めるかもしれない。その時はまた助言をしても良いだろう。僕は彼女に閉じられた雑誌の再読を始める。
今月の『ザ・クィブラー』には、なんとセストラルの特集が組まれていた。ラブグッドが親への手紙に何か書いたのかもしれない。内容はデタラメな事も書いてあるが、僕に無かった視点で描かれる彼らの姿は、やはり面白いものだ。
数日後『ホグワーツの歴史』の代わりに魔法生物の図鑑が全部貸し出される事になると、僕はまだ思っていなかった。ミーム的な流行りは好かないのだが。