ホグワーツの司書   作:影尾カヨ

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トム・リドル:1

 ポッターがその名前を口にした時、僕は少し驚いた。何せ彼が在学していたのは50年も前の事だし、彼の名前はトロフィー室のトロフィーに刻まれているだけなのだから。真面目な生徒ならいざ知らず、ポッターが見つけるとは思わなかった。

 

「スコープさんとトム・リドルは知り合いだったんですか?」

「…どうしてそれを?」

「えっと…貴方の名前が、彼のトロフィーの横にあったので」

 

 僕と彼は親友だった。

 ()()()…。

 

「すまない、彼の事はあまり知らないんだ」

「でも日記では…じゃない。そ、そうですか。変なこと聞いてすみませんでした」

 

 ポッターを追い払うように嘘を言う。他人に彼の事を話したくないのだ。

 

 その夜のこと。ポッターのせいなのかは分からないが、昔の事を思い返していた。

 あれはそう。マートルが死んだ日のことだ。

 

 

 目の前で担架に乗せられた死体が運ばれていく。布で隠されていても、僕にはそれが誰なのか分かっていた。

 

 同じ寮の少女。妹の友人で、僕も何度か話した事があった。そんな子が死んだ。安全とされるホグワーツの中で。

 

「ホグワーツは終わりかもね。校内で死人が出たんじゃ、閉校するしかないだろ」

 

 傍にいる友人に話しかける。スリザリンの緑のタイをした、黒髪の青年。

 

 トム・リドル。

 入学以来の親友だ。寮は違うが、図書室で一緒に勉強することも多い。学年末のテストではトップを争い合う関係だった。

 

「何だって?ホグワーツを閉校?…そんな馬鹿なことがあってたまるものか」

「現実を見るんだ、トム。『秘密の部屋』が開かれた。生徒が死んだ。教師は手も足も出ない。これでどうやって学校を続けられるんだい」

 

 トムは何かを考えるように黙り込む。マグル界での彼の事情は知っている。孤児院に帰りたくないのだろう。

 

「また泊まりに来るかい?エリシアも喜ぶ」

「…それもいい。けど今は校長と話してくる。学校が終わるのは困るからね」

「僕も行くよ。君1人じゃ高圧的すぎる」

 

 その仏頂面で凄まれたら、あの気弱な校長は怖気付いてしまう。それに今日の彼は何だかピリピリしている。というか、いつもと様子が違う。まるで()()()()()()()()かのようだ。

 

 当時の校長はアーマンド・ディペットという男だった。日和見主義というか、事なかれ主義というか。そんな消極的な老人だった。

 だが殺人事件が学校で発生したのを放置することはできず、僕らが訪れた時には大層焦っていた。

 

「トム、ライアス。どうしたんだね、こんな時に?生徒は寮に戻るように言ったはずじゃが…」

 

 僕らが面会できたのは、互いに好成績を持つ監督生だったからだろう。一般の生徒なら校長室に入ることすら許されなかった。

 

「大変な時なのは重々承知しています。校長先生、学校を閉めるという噂は本当ですか?」

 

 トムが話している間、僕は『憂いのふるい』から距離を取るように棚にもたれる。あれには近づきたくない。

 

「魔法省もそうすべきだと考えておる。我々は悲劇の源を突きとめることができん」

 

 むしろ遅すぎる判断だ。最初の犠牲者が出た時点でそうすべきだっただろう。視界の上に掲げられた歴代校長の肖像画も、深刻そうな顔で話し合っている。

 

「…もし、犯人が捕まれば閉校は無くなりますか?」

「トム、何を言ってるんだ?」

「仮定の話だ、ライアス」

 

 仮定でもそんな事を言い出すなんてどうかしてる。怪物の正体すらわからないのに、その犯人を捕らえるなんて。

 

「リドル、この事件について何か知っているのかね?」

「いいえ、先生」

 

 校長がトムをリドルと呼んだ時、彼の眉が動いたのが見えた。自分のファミリーネームが嫌いなのだ。

 

 トムの否定に校長は失望の色を浮かべ、退室するように言った。校長室を出た後、僕はトムに話しかけた。

 

「…で、何を知ってるんだ?」

「言っただろ。何も知らない」

「おやおや、親友にまで隠し事かい?君らしいね」

 

 襲撃事件に前後して、トムが1人で行動するのが増えた事は知っている。それにさっきの否定の語調は、明らかに何かを隠そうとしていた。校長は気付かなかったようだが。

 

 トムは立ち止まり、何か深刻な考え事をしているのが分かった。

 犯人逮捕。やはり絵空事ではなく、彼は心当たりがあるのだろうか。

 

「…わかった。ついてきてくれ」

「そうこなきゃ」

 

 人目を避けるように玄関ホールにまでやってきた時、僕らは長い髭の魔法使いに呼び止められた。

 

「ライアス、トム。何をしているのかね?」

 

 変身術の教師、ダンブルドア。今と見た目の差はほとんどない。厄介な老人に捕まったと、僕はとトムは顔を合わせる。彼の話は難解なうえに長いのだ。

 

「校長室に行っていたんです。寮に戻るところですよ」

 

 トムが嘘をついた。ダンブルドアに嘘を言うと大抵の場合見破られる。それでもそうするのは、よほど犯人を捕まえたいのだろう。

 

「もう夜遅い。早く寮に帰りなさい」

 

 言うと思った。ここは一旦、言う通りにした方が良いだろう。無理に逆らって罰則を喰らうのは良くない。トムを小突く。なにやら難しい顔をしているが、引きずってでも連れて行くべきか。

 

「はい。しかしライアスが貴方に訊きたい事があると」

「…はぁ⁉︎」

 

 まったく予想してない答えをする彼に驚く。そんな話はしていない。トムは僕の眼を見て、ダンブルドアの方へ行くように促した。

 彼を引き止める生贄になれ、という事らしい。

 彼に聞こえないよう、トムに小声で抗議する。

 

「どういうつもりだよ、トム!」

「すまない。一刻を争うんだ」

「…はぁ。…後で全部説明してもらうからな」

「助かるよ、親友」

 

 直接見れないのは不満だが、彼に恩を売っておくのも良いかと思い直す。後できっちり教えてもらおう。

 

「では、僕は寮に戻ります。お休みなさい、先生」

 

 去って行くトムに恨めしげな視線を送る。ちゃんと犯人を捕まえてくれなければ、後でとっちめてやろう。

 

「ではライアス。わしに訊きたいことは何かの?」

「…えーっと…そう。実は先日の授業でわからない所があったので質問したいと思っていたんです」

「ほぅ。動物もどき(アニメーガス)の君に変身術で分からないこととな?」

「…ははっ。僕でも分からない事ぐらいありますよ」

 

 本当は分からない事などない。彼の授業は分かりやすいし、動物もどきは変身術のエキスパートにしかなれない。学校の授業で躓くようでは到底なれないものだ。

 

「変身術をかけられた人間が更にもう一度別の動物に変えられた時、記憶と精神の混濁はどうなるのか…とか」

「ほう。興味深い質問じゃのう。…授業でその質問に答えたのが君だという点も含めて」

「…とかいうのはもちろん知っています。そうじゃなくて…臓器の欠けた人間が動物に変身した時の内臓の作用について、でした」

「その内容はまだやっていないはずじゃがのう」

「うっ…。た、確かにそうですね」

 

 気まずい。

 こういうアドリブは得意じゃないのだ。どれだけ時間を稼げばいいのかも分からない。トムがもっとちゃんと言ってくれれば良かったのに。

 

 と、その時。

 1羽のハヤブサが風を切って飛んできて、近くの石像に停まった。ジブリールだ。僕の飼っている鳥で、彼女にはとある任務を命じていた。

 妹の見守りだ。何かあれば僕に知らせるようにと。その彼女がここにいる。

 

「ジブリール?…どうしてここに。…まさか⁉︎」

 

 ダンブルドアに別れも告げず、僕は大鷲に身を転じて飛び立つ。ハヤブサの先導でたどり着いたのは医務室だった。

 

「エリシア‼︎」

 

 扉をぶつかるように開き、中に入って彼女を探す。ベッドの上で眠っているのを見つけた時には、安堵から足の力が抜けてしまった。

 

「大丈夫だ。薬を飲んで落ち着いている」

「スラグホーン先生。…ありがとうございます」

「なに、構わん。君の妹を助ける事ができて何よりだ」

 

 魔法薬学の教師、スラグホーンにお礼を言い、エリシアに近づく。人形のように美しい顔は、生気が薄い。

 彼女は生まれながら呪いをかけられている。定期的に体内に毒が溜まり、排出しないと肉体が灰になってしまう。治療薬は存在せず、毒を排出する延命しかできない。

 成長とともに呪いの力は強まり、あと数年で死に至ると言われている。

 

 その顔を優しく撫で、そっと声をかける。

 

「エリシア。僕だ。分かるかい?」

「…ライ…アス?私、また…」

 

 起きあがろうとする彼女を寝かし、ゆっくり休むように言う。

 

「水を飲むかい?体のどこかが痛むとか…視界がボヤけるとかはしない?」

「大丈夫だよ、ライアス。…ごめんね、心配かけて」

「いいんだよ。家族なんだから」

 

 たった2人の兄妹なのだから。

 

「何か持ってこようか。本とか読むかい?」

「ううん。平気。それより早く元気にならなきゃ」

「何かあるのかい?」

 

 彼女がここまで前向きなのは珍しい。いつも倒れた後は気分が沈んでいるのに。

 

「うん。マートルとホグズミードに行く約束をしたの」

 

 ああ、神様。

 無邪気に笑う妹に、僕はなんと言えばいいのだろう。

 せめて彼女には幸せな人生を、と願うのに。どうして叶わないのだろう。スラグホーンや看護師も気不味そうに眼を伏せている。

 それでも、彼女に伝えなければならないだろう。残酷な真実を。

 

「エリシア…。良く聞いてくれ。…マートルは――」

 

 

「――死んだんだ。…っ!」

 

 どうやら考えているうちに眠ってしまったらしい。空はまだ暗く、春には遠い寒さが身を刺す。

 

「トム…エリシア……」

 

 友人も、家族も。まるで呪いのように、僕の中に残っている。忘れてしまいたいのに、それ以上に忘れたくない。

 

 ふと頬を触ると、泣いていたのがわかった。

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