ホグワーツの司書   作:影尾カヨ

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ヴォルデモート:1

 大鷲の翼が淀んだ空気を切り裂く。明かりの無い、無数に枝分かれした配管の中はともすれば迷ってしまいそうだ。前を行くフォークスに遅れないようについていく。

 

 配管の底は広い空間になっていた。ホグワーツにこんな所があったとは。地面に散らばった小動物の骨が、ここがホグワーツの底なのだと教えている。フォークスに従って空間を進むと、壁が崩れている場所に着いた。通路が塞がっているが、彼は僅かな隙間を見つけて先に進む。

 だが僕は変身を解き、そこに居た人物に話しかけた。

 

「ウィーズリー!無事かい?」

「ス、スコープさん。あの、僕らがここにいるのはですね…」

 

 『部屋』に勝手に入ろうとした事を咎められると思ったのか、ウィーズリーは慌てる。本当なら叱るべきなのだろうが、そんな事をしている時間は無い。

 

「…やあ、ご老人。君がここの家主かい?」

「ロックハート?何を言っているんだ」

 

 それにこのキザ男。ふざけているのはいつも通りだが、様子が変だ。

 ウィーズリーに訊くと、『忘却呪文』が逆噴射して記憶を失ったらしい。折れた杖を使ったのが原因だとか。怪我が無いなら放っておいて良いだろう。

 

「ポッターは?」

「ハリーは先に進みました。助けてあげてください」

「…分かった。マクゴナガルに助けを呼んだ。ここで待っていれば応援が来るはずだ」

 

 閉じた入り口をどうやって開けるのか分からないが、彼女…或いはダンブルドアならどうにかしてくれるだろう。

 杖を振って瓦礫を除く。

 

 暗く続く一本道の通路は、まるで蛇の身体のようだった。

 

 

 通路を進むと、話し声が聞こえてきた。どうやら『部屋』が近いようだ。ポッターと、もうひとつ若い青年の声。馴染みのある声だった。

 

「ダンブルドアが寄越したのは、古ぼけた帽子に、歌い鳥。随分と頼りないな」

 

 部屋の戸を潜り、人間に戻る。

 

「それと僕だ」

「ライアス‼︎やっと来たか…久しぶりだね」

 

 そこに居たのはポッターと、ジニー・ウィーズリー。

 そしてスリザリンの継承者…。

 

「トム…いや、『ヴォルデモート卿』と呼んだ方が良いかな?」

「どうせならそう呼んでくれ。せっかく2人で考えた名前なんだから」

 

 その姿は最後に見た人間とは思えないような顔ではなく、在学していた時の青年そのものだった。ありえない。

 

「君は死んだはずだ。赤子のポッターの手によって」

「色々と仕掛けがある。闇の帝王ならそれぐらいするさ」

 

 ヴォルデモートは奥にあるスリザリンの石像に手を向け、空気の漏れるような声で何かを唱える。蛇語だろう。

 それに合わせるように石像の口が開く。

 

「せっかくだから思い出話をしたい所だが、僕には用事があってね。死んでもらうよ、親友」

 

 僅かに蛇の鼻先が覗く。バジリスクを呼んだのか。その眼に睨まれると死ぬ。何とかしなければ。

 

「《煙 満ちよ》!フォークス、目を潰してくれ‼︎」

 

 不死鳥なら死なない。煙で視線を遮り、ポッターと僕を守る。

 少しの間、蛇がのたうつ音と鳥の羽ばたきが部屋に木霊する。もし煙が晴れたら死ぬ。そう思うと足がすくんだ。僕にポッターを守る事ができるだろうか。

 

 そしてフォークスの勝ち誇るような声と、ヴォルデモートの憤りの混じる蛇語が聞こえた。彼は直情的だ。蛇の眼を潰したのだろう。確信を持って煙を解く。

 

「ポッター、逃げて‼︎」

 

 今なら大丈夫だと思った。だが彼は帰り道にいる友人を気遣ったのだろう。部屋を出るのではなく、傍の通路へと走り出した。友人思いは結構だが、自分を大切にして欲しい。

 僕が追いかけようとした時、足元に呪文が当たった。ヴォルデモートの蛇語が聞こえ、バジリスクがポッターを追う。

 

「待ってくれよ。せっかく、かの有名なハリー・ポッターとスリザリンの継承者の一騎討ちなんだ。水を差さないでくれ」

 

 ヴォルデモートがポッターの杖を持っている。今の彼に背を見せるのは危険だ。僕は彼に相対する。

 

「それに彼が居ない方が、君も僕と話しやすいだろ?」

「…話す事なんて無い」

「嘘だね。親友に隠し事はできないよ」

 

 鋭い。

 本当は問い詰めたい事だらけだ。

 

「…いつから…。一体いつから、君はスリザリンの継承者だったんだい?」

 

 その問いに彼は笑った。親友だった頃と変わらない、乾いた笑い声だった。あの頃はニヒルな彼らしい居心地のいいものだったが、今となってはむしろ不気味だった。

 

「はっはっは。あえて言うなら、そう…最初から、さ。僕は生まれつき蛇と話せた。学校に来てすぐに分かったよ。自分がスリザリンの生まれ変わりだって」

 

 なら学校にいる間ずっと、心の中ではマグル生まれを排除する方法を考えていたのか。僕とくだらない冗談で笑いあっていた時も。エリシアと一緒に遊んでいた時も。テストの点数を競っていた時も。

 

「ずっと…騙していたんだな。僕を…エリシアを…‼︎」

 

 怒りを込めて睨みつけると、彼の顔から笑みが消えた。感情を無くしてしまったかのような冷たい眼。そしてゾッとするほど冷たい声で言った。

 

「…違う。君は気付いていたはずだ。僕の本性に」

「な、何を言っているんだ」

 

 気付いていた?そんな訳ない。気付いていれば止めていた。止めていたはずだ。

 

「君はエリシアに危険が無いと早々に判断していた。君らは闇の魔法使いの家系で、純血だから。…だから僕の行いから眼を背けて、安全な場所で傍観者を気取っていたんだ」

 

 否定しなければ。彼の言っている事は見当違い。僕はトムの本性など知らなかった。

 そう言いたいのに、口が動いてくれない。

 

「正直に言って、僕が最も警戒していたのは君だ。ダンブルドアじゃない。君が本気で僕を止めようとしたなら、僕はいつだって止めようと思っていた‼︎…けど……君は………君は‼︎」

 

 ヴォルデモートの…トムの声。叫び…それが部屋に響く。

 

「君はエリシアしか見なかった‼︎…他の奴らの事なんて…僕の事なんてどうでも良かったんだ‼︎彼女の友達になれば良い。それぐらいの感情しか僕に向けてくれなかった‼︎」

 

 確かにエリシアの友達になって欲しいと思っていたし、友達になっていた。彼女は彼に心を許し、僕以外に拠り所を見つけたのだと安心した。だが実際、僕自身にどれだけ彼への思いがあっただろうか。

 親友と呼び合ってこそいたし、悩みを相談した事もあった。だが常に気にかけていたのはエリシアだけ。彼の事など、二の次だった。

 

「羨ましかったよ。家族に向ける愛情ってヤツが。くだらないと笑ってはいたが、僕には一度も…一度でも味わった事のない物だったから」

「…すまない。僕は――」

「謝罪なんていらない!君の近くで『穢れた血』を襲ったのは君を引きずり込むためだ。ここで君を殺す。闇の帝王に友人などいらないのだから。君を殺して、僕は完全に復活する」

 

 トムが杖を向けてくる。

 図書室の近くで事件を起こせば、僕が捜査をしないはずがない。今の僕には、司書という仕事しかないから。

 

「杖を構えろ、ライアス!僕らの友情に決着をつけよう。僕らのいつものやり方で」

 

 決闘だ。

 だが今の僕には、本気で彼と戦う覚悟がない。杖を持つ手が震える。

 

「早くしろ!この小娘を殺すぞ!」

「待て、トム。分かった…分かったよ。決闘を受けよう」

 

 やるしかない。例え望まずとも。これ以上、僕とトムの間に誰かを巻き込みたくない。

 

 互いにお辞儀をして杖を構える。

 

「懐かしいな。昔はよくこうして腕を競ったね」

「……」

「何か言ってくれよ。黙っていたんじゃ、張り合いがない」

「…トム、やっぱり僕は――」

「《麻痺せよ》!」

 

 トムの呪文を『防護魔法』で打ち消す。話をする気はないらしい。

 覚悟を決めろ。過去に囚われるな。僕がやるしかないんだ。判断を誤れば死ぬ。

 

「《武器よ 去れ》」

「無駄だ。そんな生半可な呪文じゃ、僕には届かない」

 

 心は迷っていても、頭は冷静に勝つ道を探る。

 互いに呪文の腕はよく知っている。腕は互角。トムはポッターの杖を使っていて、杖の忠誠は無い。さっき言っていた『完全に復活』…つまり彼自身、まだ本調子ではない。対して僕は老いている。しばらく杖で戦闘をしたことは無かった。

 つまり、本気でやらねば勝てない。

 

「《引き裂け》」

「《護れ》。いいね、やっと覚悟を決めたかい。《苦しめ》」

「《崩れろ》」

 

 『磔の呪文』は術者によっては『防護魔法』を貫く。より安全な防御として、天井を砕いて瓦礫を降らせた。瓦礫に当たったトムの呪文は霧散する。

 

「上手いじゃないか。そう、そうだ。互いに死力を尽くして殺し合う決闘!どれほど心が躍るか分かるかい?」

「知らないね。分かりたくもない」

 

 呪文の応酬をしながら、僕らは互いに言い争いを続ける。

 僕が後悔しても状況は変わらない。なら今、精一杯。悔やむなら後だ。

 

「君の復活は絶対に阻止する。友人としてではないかもしれないけど、ホグワーツの魔法使いとして」

「ならやってみせろ。僕より強いと証明しろ」

「やってみせるさ。僕の方が優れている!」

 

 何度、魔法を撃ち合っただろうか。

 ふとトムの腕が不自然に止まった。まるで杖が言うことを聞くのを拒否したような動きだった。忠誠の無い杖ならそうもなるか。

 

「《切り裂け》!」

「ぐぁっ!」

 

 その隙を逃す僕じゃない。正確に放った呪文は彼に命中し、弾き飛ばした。地面に倒れた彼を見て、僕は息を切らしながら膝をつく。

 ギリギリだった。僕の精神力は底が近かった。彼の動きが止まらなければ、やられていたのは僕だった。

 

 ポッターが通路から駆け出して来た。バジリスクを撒いたのか。よくやるものだ。トムが杖を使えなかったのは、本来の持ち主であるポッターが近づいていたからか。

 彼は僕を心配そうな目で見るが、今はジニー・ウィーズリーの方へ行くように促す。トムが倒れたなら、彼女も目が覚めるはずだ。

 

「…はっはっはっは‼︎」

 

 乾いた笑い声。

 馬鹿な。『切り裂き呪文』はかつて1人の生徒が作った、強力な呪文だ。生身に食らえば、ひとたまりもない。なのに。

 なのに、トムの体には傷ひとつなかった。

 

「見事な腕だよ、ライアス。…だが惜しかったな」

 

 こっちはもうまともに手を動かせないのに、彼は何も無かったかのように無傷だ。ローブも綺麗なまま。

 

「今の僕は日記の記憶に過ぎない。日記がある限り、僕は不死身だ。君には殺せない。《苦しめ》」

「ぐぅぅ…‼︎」

 

 放たれた《磔の呪文》が僕に当たる。全身を焼くような痛みが走ったが、これは呪文の効果ではない。僕の全身に施されたタトゥー。、『守護紋様の魔術』によって呪文は弾かれた。もしまともに当たっていれば、発狂するような苦痛が襲いかかってきていた。

 これは『魔除けの羽』に書かれた物と同じで、効果もそれ以上に発揮する。そして、効力を発揮した後に焼け焦げるのも同じだ。全身を覆うように肌が焼かれ、意識が明滅する。

 

「『守護紋様の魔術』…君の得意分野だったか。だがそれは死を先延ばしにすることしかできないよ。《息絶え(アバダ)――」

「…《武器よ 去れ》!」

 

 最後の力を振り絞って、彼の杖を弾き飛ばす。そこまでだった。突然、石像近くの水の中からバジリスクが現れたかと思うと、その鞭のような尾が僕の体を打った。

 

 体は木の葉のように宙を舞い、壁に強く打ちつけられる。咄嗟に頭を守ったのは正解だった。だが意識はあっても、体は全く動かない。うめく事すらできず、視界の中でトムとポッターを見ることしかできない。

 

 バジリスクがポッターを狙うが、彼はどこから取り出したのかその手に銀の剣を握っている。

 

 ポッターがバジリスクの口内に手を突っ込み、内側から頭を貫いた。蛇はのたうちまわった後、その長い体を倒して絶命した。

 

「間もなくジニーは死に、僕は完全に復活する。ハリー・ポッター。君の命も後僅かだ」

 

 見れば彼の腕に牙が刺さっている。毒が体に回るのも時間の問題だ。

 

「…何をする気だ?」

 

 だが少年の目に絶望は無い。彼は牙を引き抜き、日記に突き刺した。日記から血のように黒いインクが流れ出る。それと同時にトムが苦しみだし、体が崩壊し始めた。

 日記のある限り不死身。なら日記が破壊されたらどうなるかは、言うに及ばない。

 

「あああぁぁぁあ゛あ゛あ゛‼︎僕の…体が……ライアス‼︎ライアァァァアア……」

 

 それは怨みだったのか。それとも助けを乞う嘆きだったのか。

 僕には分からなかった。

 

 微かな風が吹き、トム・リドルの体は光となって消えた。

 スリザリンの継承者の最期だった。

 

「さようなら…友よ」

 

 僕の眼からは、涙が流れていた。

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