学年末パーティーの前日、僕は校長に呼ばれて彼の部屋へ向かった。
校長室に向かう途中で、ルシウス・マルフォイとすれ違った。僕の事は目に入らなかったようで、かなり憤っているのが分かった。ローブも乱れており、なにか一悶着あったのだろう。
ポッターも見かけた。ホグワーツでは見たことのない小汚い屋敷しもべ妖精と一緒だった。僕は知らないが、新しい友人だろうか。
「お呼びですか、校長」
「急な呼び出しですまんの。そこへ掛けてくれ」
促されるまま、校長室の椅子に座る。できるだけ『憂いのふるい』から離れる事も忘れない。神秘的で忌々しい光を視界に入れないよう、校長と向き合う。間にある机の上には、トムの日記が置いてあった。
日記の中心には大きな穴が空いている。バジリスクの牙で開けた物だろう。牙のサイズより大きな穴になっているのは、破壊された時に崩壊したのだろうか。
「今回の事件、よく解決に導いてくれた。学校を代表して礼を言わせてもらう」
「僕は最後にちょっと手を出しただけです。ポッターのおかげですよ。お礼を言うなら彼に、です」
校長はかすかに微笑んだ。やはりポッターを目にかけているようだ。既に彼と話したなら、事件について僕に聞く事はないはずだ。
「今日君を呼んだのは他でもない。この日記のことじゃ」
やはりそうか。彼の近くにいた僕なら、何かを知っていると考えたのだろう。
「この日記にはトムの記憶が入っておった。大人ではない、学生時代の記憶じゃ。どのようにしてそれを作ったのか、知っておるか?」
破壊された後の日記を調べたが、結果として『何の変哲もないただの日記』という事しか分からなかったらしい。魔術的な証跡は見つからなかった。
記憶を持つ物となると、非常に高度で強力な魔術だ。それが破壊と同時に掻き消えるとは通常なら考えられない。
とにかく、『記憶を物体に封じ込める魔術』ではないだろう。記憶だけならそれをなぞる事はできても、物体が自ら考えて他者を操るというのは無理だ。日記はウィーズリーを操った。
なら、『魂を物体に封じ込める魔術』ならどうか。魂なら他者の中に入り込み、操る事もできる。
それに僕には心当たりがある。
学生時代、トムと僕は『不死』に対して強い関心があった。僕の目的はエリシアの延命だったが、トムは何故研究を手伝ってくれたか。
彼も不死を求めていたのだろう。そう思っていたし、今も思っている。それに恐らく、彼は僕の気を引きたかったのかもしれない。僕が妹に向けている愛のほんの一部でも、欲しかったのかもしれない。と、言うのは思い上がりだろうか。
「『魂を物体に封じ込める魔術』。…知っていますか?」
「まさか…そんな事が…」
「…
図書室の『閲覧禁止の棚』の中にはいくつかそれに書かれた書がある。かつて、ハーポという魔法使いが創り出した魔術だ。
魂を別つ事で不死へと至る。
その方法を調べてみると、とてもエリシアには無理だと分かり僕は断念した。だがトムはずっと調べていたのだろう。その成功作がこの日記というわけだ。
「トムは生きています。どのような形でかは分かりませんが」
分霊箱がある限り対象者は不死身だ。12年前、ポッターによって敗れた彼はその効果によって生き延びた。そして今も復活の機会を探っているに違いない。
「ですが分霊箱がこうして破壊されました。用心深い彼のことです。数年は大人しくしているでしょう」
分霊箱が失われれば不死の効力は無くなる。しばらくは静かにしているに違いない。
「だと良いんじゃ…」
校長は不安そうだ。彼の事は校長もよく知っているだろう。迂闊に動く男ではない。奥の手である分霊箱が無くなれば、彼も怖気付くはずだ。
「分霊箱は1つだけではない…そうは思わんか?」
「ははっ。ありえません」
魂を別つというのは、カケラを分けるのではない。常に当分。
分霊箱を1つ作れば半分に。2つ作れば4分の1にまでなる。
「そんな状態で生きる事など、常人には不可能です」
彼も人間だ。魂を何回も分けるなどできない。
「他に分霊箱について知っている人間に心当たりはないかね?」
「…さあ。僕は早々にそれについて調べるのをやめていましたから。彼がその後、何を調べていたかまでは」
「そうか。分かった」
「お力になれず、すみません」
もっと彼と向き合っていれば知っていたかもしれない。やはりどうしても、『部屋』でトムが言った事を思い出す。
『僕から目を背けた』
手に力が入る。過去の自分の行いを悔いても意味は無いのに。
「僕がちゃんと彼の傍にいれば」
「いいや、ライアス。トムがああなる事は分かっておった」
校長が慰めるように言う。雑な言葉などいらない。僕がしてきた事…いや、しなかった事でトムはヴォルデモートになったのだ。
「あの子をホグワーツに誘った時から、彼は心の中に暗い闇を持っておった。遅かれ早かれ、いずれは闇の魔法使いになったじゃろう」
「知っていたなら、なぜ止めなかったんですか」
「…どうなるか分からんかったからじゃ。本当に闇の魔法使いになるか、それとも良き心を持つようになるか」
校長は言った。
スリザリンに入った時、やはりという思いと同時に、もしかしたらという期待を持ったと。組み分け帽子は謳っている。
『スリザリンでは真の友を得る』
僕が彼の真の友になるかもしれない。そう思ったと。
「ですが僕は友になれなかった。そうですよね」
「いや、違う。君らは確かに友であった。じゃが、互いにすれ違っていたんじゃ。友であるが故に、家族への愛には及ばず。友であるが故に、自分の闇を見せることができなかった」
よくある事だと、校長は言った。
思い返すのは、40年程前の事。
エリシアが死んだ後、僕はトムを探した。闇の魔法使いとして力を付け始めた彼を、止める事ができればと思った。結果として、その時に行った決闘は痛み分けとなり、今に至るわけだ。
「僕は友人として間違っていたのでしょうか」
「それは本人達にしか分からぬ。確かに君らの友情は歪であったかもしれん。それでもきっと、今でも君は彼の友人なのではないかね?」
「…かもしれませんね」
僕だって分からない。でも彼と友人だったならば、友人であり続ける事もできる筈だ。彼が生きているなら、きっとまた会う事になる。彼がホグワーツを狙う限り。僕がホグワーツの司書である限り。
今度はちゃんと。『真の友』として、彼を止めよう。
そう心に誓う。