ホグワーツの司書   作:影尾カヨ

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ハーマイオニー・グレンジャー:4

「やあ、グレンジャー。大変そうだね」

 

 クリスマスが近づいた頃、彼女は図書室にやってきた。逆転時計を使って全ての授業に出ている彼女は、以前と比べてやつれているように見える。よく見れば目の下にはっきりとクマができている。あまり寝ていないようだ。

 ティーンエイジャーがそんな無理をすることはないと言ったのだが、彼女曰く「学べる時に学ばないともったいない」らしい。

 

 得る知識を選ぶ事も重要な事だと思うが、彼女がそう言うならその道を応援しよう。

 

「でも身体を壊したら元も子もないよ?」

「それは分かってますけど、休むわけにはいかないんです」

「何をそんなに急いでいるんだい?」

 

 時間の余裕ならあるだろうに。

 

「マルフォイの怪我の件、知ってますよね」

「ああ、あの大袈裟に巻かれた包帯の事かい?」

 

 彼の腕のギプスは、おそらくポンフリーが付けたものではないだろう。だとしたらあまりにも雑すぎた。第一、たかが傷程度に包帯を巻く必要はない。彼女の腕前なら瞬く間に治癒できる。呪いの類か、腕がちぎれたなら話は別だがマルフォイの場合はそんな事は無いようだった。

 

「彼の父親がその事でハグリッドを訴えるといってるんです。私は弁護するように頼まれたんです。休んでなんていられません」

「ルシウス・マルフォイが…。へぇ…」

 

 親子愛というやつだろうか。そういえば去年も『部屋』の対策が遅いとダンブルドアを追い出そうとしたのは彼だった。息子がそれだけ心配なのか。

 

「と、いうわけで。ヒッポグリフが過去に起こした事件と、その顛末が分かる本はありますか?」

「ヒッポグリフね。マルフォイを襲った犯人なのかい?」

「最初に手を出したのはマルフォイの方です。馬鹿にする様に挑発するから…」

「ははっ。なるほど。たしかに、それは愚行だ」

 

 彼らは誇り高い生き物だ。気は難しいが、決して好戦的というわけでもない。不用意に近づかなければ無害と言ってもいいだろう。だが一度、貶すような行動をして怒らせれば彼らの爪は容易く人肉を切り裂く。

 

「いいよ。いくつか探しておこう。…ただ」

「ただ?」

「君は休んでいなさい。目の下、ひどいよ」

 

 何かの特殊メイクのようだ。とても年頃の少女のしていい顔ではない。

 

「でもこの後授業が…」

「そういう時こそ逆転時計の出番じゃないかな?2、3時間なら今日の分はまだ使えるだろう」

「マクゴナガル先生は授業に出る以外には使っちゃいけないって」

 

 真面目だなと、僕は少し微笑んだ。真面目すぎる気もするが、未熟な少女らしい純粋な心意気だ。エリシアにもそんな頃があったと、少しだけ懐古に浸る。

 

「じゃあ尚更、休むべきだ。倒れたらマクゴナガルにも心配をかけることになるよ」

「………」

「分かったかい?」

「……分かりました」

「よろしい。司書控室を使うといい。寮に戻ったら誰かに見つかるかもしれないし」

 

 逆転時計で過去に戻ったら、誰にも姿を見られてはいけない。それは重要なルールとして定められている。あの部屋は僕しか使わないし、図書室が開いている時はあまり使わない。

 

「ありがとうございます。…正直、もう眠くてしかたなかったんです」

「ゆっくり休むといい。休み時間が終わる頃になったら起こすよ」

 

 

「…僕は休むように言ったんだけどねぇ」

 

 授業開始時間が迫っても彼女が部屋から出てこない。わざわざ起こしに行ってみればこれだ。

 僕が机の上に広げた書物を読み漁ったのが見て取れる。ベッドが乱れていないから、横になってすらいないだろう。

 

「あ、えっと…面白そうな本だなと思って…つい」

「…はぁ。あまり子供に見せたらいけない内容なんだ。読んだものは忘れてくれ」

「…すみません」

「いや、出しっぱなしにしていた僕が悪い。それよりそろそろ授業が始まるよ」

 

 慌てて去って行く彼女を見送る。足取りはやはりふらついているが、大丈夫だろうか。ちゃんと休んで欲しい。今度部屋を貸す時はちゃんと片付けてからにしよう。

 

 

 夜になり図書室を閉めると、僕は控室で書物に向き合う。

 

 『スコーピスの自壊』

 『黒霧のアレクサンドロス』

 『調和無き2000年間』

 

 その他にも名前のない巻物や、名前を付ける事すら恐れられた古い羊皮紙のまとめが、机の上に所狭しと並べられている。

 全て僕の私物であり、図書室に置くなら『閲覧禁止』に分類するしかないような代物ばかりだ。グレンジャーが触れられる所に置いていたのは迂闊としか言いようがない。下手すれば取り返しのつかない事になっていた。

 

 この書物の共通点は、『紋様魔術』について扱っているという点だ。一般的に学校の授業で教える物とは違い、僕が使う『守護紋様の魔術』らが含まれるより高等で危険な類だ。『魔除けの羽』の改良のために僕の屋敷から持ってきた。

 

 手のひらに切り傷を作り、流れ出す血を瓶に溜める。半分程満ちた所で傷を塞ぎ、何も書かれていない大鷲の羽を一枚机の上に置く。

 

 これらの『紋様魔術』は、術者の血と骨肉によってのみ効果を得る。ただインクと羊皮紙で書くだけでは単なる模様にしかならない。これが一般的な物との最大の違いだ。通常は術者の肌に描くか紋様の刻まれた遺骨を用いるしかないが、僕の肉体が変化した羽に書く事でようやく、持ち運びが可能になった。

 血液は誰の物でもいいという訳ではなく、限られた血筋の人間。『スコーピス家』に連なる者の血にのみ効果を期待できる。

 

 そう。ライアス・スコープという名前は偽名。いや、正確には『今の名前』と言ったほうがいいか。そして捨てた名前は『ミカエル・アイアス・スコーピス』。スコーピス家26代目当主。

 今となっては何の意味もない肩書きだ。スコーピスの血を持つ者は、もう僕1人だから。

 

 溜めた血を慎重にペン先に取り、羽に紋様を描いていく。根本から枝分かれするように、そこに幾何学的な円を加える。

 

 完成した『魔除けの羽』は僅かに魔力を帯びた。

 完璧な仕上がりだ。紋様には一分の乱れもない。

 

 完成度の高い魔術を改良するのは、容易ではない。だがやらなければならない。ブラックがもし『彼』の元へと戻れば、復活はそう遠くない。

 

 巻物の1つを開き、『紋様魔術』の歴史を調べる。古の魔()使いアレクサンドロス・スコーピス。彼女を始祖とするスコーピス家はずっと自分たちの血を秘匿し続けてきた。その血は彼女の子孫と、その赤子を宿した者にのみ受け継がれる。

 故に今では忘れ去られて久しい。少数の品がノクターン横丁などのブラックマーケットでやり取りされているぐらいだ。もしいくつか手に入れることができれば、改良も捗るだろうか。

 

 黒く血の汚れが付いた羊皮紙を取り出す。書かれているのは『供物』について。『紋様魔術』は『供物』を血に混ぜる事で効果を上げることができる。

 血を用いる魔術における供物は、もちろん普通の物とは違う。大抵の場合は魂や命だ。その価値が高い程、魔術は効果を増す。

 

 問題は供物を使うのは非効率ということだ。羽を作る度に用意するのは難しい。もっと根本的な解決策が必要だ。紋様を一から作り直すことも考えるべきだろう。

 

 結局この日も改良はできず、悩んでいる内に陽が昇ってしまった。

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