僕は数冊の本を持って、ハグリッドの小屋を訪れた。グレンジャーの要望だ。
「やあ、みんな揃っているね」
「スコープさん!わざわざすんません」
「構わないよ。いつでも頼ってくれ」
中に居たのはハグリッドと、ポッターら3人組。ヒッポグリフの弁護をする為に、過去に起きた彼らに関する事件を調べるのだ。
過去の事例から現状を紐解くのは良い考えだが、自分の都合の良い様に解釈するのは簡単ではない。
「まず厳しい事を言うけど、ヒッポグリフが死刑になる可能性が高い」
「そ、そんな‼︎バックビークは良いヤツなんです‼︎あいつが殺されるなんて、間違っとる!」
怒り立つハグリッドを諌める。いちいち声を荒げられては会話が進まない。彼がヒッポグリフを想う気持ちは分かるが、まずは事実を整理しなければ弁護のしようがない。
「魔法界でのヒッポグリフの認識は、お世辞にも温厚とは言えない。むしろ準危険生物として扱われているのは知っているね?」
「そりゃあ、まぁ…」
「君は教師として授業中は生徒の安全を確保する責任がある。最初の授業で
ハグリッドは閉口し項垂れる。教師の責務を果たす事が出来なかったと言われるのは、彼を信頼したダンブルドアの期待を裏切ったという事だ。それはとても辛いことだろう。
「でもハグリッドはちゃんと注意してました。それを聞かなかったマルフォイが悪いと思います」
「ははっ。ポッター、君がそれを言うと笑い事だね」
僕は適当な椅子に腰掛け、頬杖をつく。ポッターとウィーズリーは年がら年中校則を破っている問題児コンビだ。例の双子程ではないが、マクゴナガルから目をつけておくように言われていたりする。まあ主な理由は監視というより『彼』に狙われるのを防ぐためだ。特に今はシリウス・ブラックがうろついている。彼を野放しにするのは無策よりもひどい愚策だ。
「それに相手はルシウス・マルフォイだ。彼なら裁判官を丸め込むぐらいしてくる」
彼は去年、ダンブルドアを解任したのを独断だとされて理事の座を追われている。だがマルフォイ家という家柄は未だ魔法界で強い影響力を持っているのも確かだ。
簡単に言えば、裁判で勝つことは不可能に近い。
…だが。
「それでもヒッポグリフを助けたいのであれば、僕も微力ながら手を貸そう」
「…!ありがとうございます!恩に着ます!」
深く頭を下げるハグリッド。だが礼を言うのは裁判が終わってからだ。まだ何も事態は変わっていない。
「ハグリッド。1つ聞くが、君はヒッポグリフのためなら命を掛けれるかい?」
中途半端な心の人間に手を貸すほど僕は心が広いわけじゃない。が、その目を見たら愚問だったと恥じた。
■
それから彼らは、持ってきた本を机に広げて何かヒッポグリフを救う手がかりになる物は無いかを探し始めた。
今日ここに持ってきたのは、過去に起きた魔法生物に関する裁判の記録が纏められた本だ。きっと何か、都合の良い部分を見つけられる筈だ。
僕はというと、小屋の外に繋がれたヒッポグリフを観察している。まだ有罪も無罪も決まっていないとで、拘束というよりはその場に留まるための鎖だ。細い鎖は、彼が本気になれば容易く千切れるだろう。
「やぁ…確か、バックビーク…だったかな?」
近くにある畑のうらなりだろうか。萎びたカボチャをオモチャ代わりに脚で転がす彼は、僕の言葉に顔を上げた。なるほど。精悍な顔つきだ。ハグリッドが入れ込むのも納得できる。羽は細部まで艶があり、よく手入れされているように思えた。
だが脚元のカボチャはどうだ。無数に付けられた鉤爪の跡は腐りだし、中身が溢れている。彼が遊んだだけなのに、だ。もしそれが人間の体だったならば、もはや想像すらしたくない。
「……」
僕は
後1歩…。近づけば容赦はしない。
そう言っているのが感じられた。
「なるほどね。…これは難しい」
このヒッポグリフはその種族の中でも特に気が荒いようだ。これではいくら弁明をしたところで誰も…ハグリッド以外は彼に非がないとは言わない。少なくとも普通の感性を持つならば。
小屋の彼らにせめてもの慰めになればいいが、僕もできる限り協力しよう。昔から変人や狂人と共に過ごすのは慣れている。
そう思い踵を返した時だった。
――バサッ!!
翼が動く音。背後からの殺気。視界の端から鋭い爪が伸びる。
恐ろしい凶器が僕に迫り…肌に触れる前に弾かれた。
「…ふぅん。傲慢極まりない獣だね」
自身の身に何が起こったかを理解していないのか、バックビークは再度僕に迫る。そしてまた『魔除けの羽』に防がれた。彼は身を低くしこちらを窺う。いつでも飛び掛かることができる姿勢だ。繋いでいたはずの鎖は切られている。やはり強度が足りなかったか。
「バックビーク!何しちょる!」
物音に気付いたのかハグリッドが小屋から出てくる。
気が立って荒々しく暴れるヒッポグリフを、僅かに残った鎖を掴んで落ち着かせようとしている。なんだ。調教すらしていなかったのか。と僕は呆れるが、それと同時に妙案を思いついた。
調教できていないなら、調教してしまえば良いのだ。それがなにより、暴れる獣を扱う手法だ。
「しっ!しっ!バックビーク!」
「いや、ハグリッド。僕に任せてくれ」
彼にはそのまま獣を引き留めておくように言い、僕は懐から『羽』を複数枚取り出す。『守護紋様の羽』とは異なる紋様。しかしそれでもアレクサンドロスの系譜にある『紋様魔術』の産物だ。瓶に貯めていた血を一滴、羽に付ける。そして僕が魔力を込めながらそれをバックビークに放つ。
淡い光の線を描き一直線に飛んだ羽は、その体に深々と刺さる。
「さぁ、我慢してくれよ!」
その羽に意識を集中する。羽の輝きが強くなる。
―――‼‼‼
「バ、バックビーク!」
獣の暴れ方が、拘束から逃れるためのものから痛みに苦しむものへと変わる。慌てるハグリッドを制し、僕は力を抜く。光が退き痛みが治まったのかバックビークが僕へ飛び掛かろうとしてくる。それを戒めるために再び羽に意識を向ける。
「僕に従うんだ。大人しくすれば楽になれる」
『誇り高き獣』を『従順なペット』へと堕とす。それがどれだけ背徳な行為かは分かっている。だが暴れる獣のままでは、助けることができない。
獣が唸る度に苦痛を与え、大人しくするように命令する。
何度そんな事を繰り返しただろう。陽は傾き、辺りは薄暗くなった頃。バックビークは僕の顔色を窺うように座り込んだ。頭を低く下げ、抵抗する意思がない事を示してくる。怯えるようにこちらを見て、震えている。
「…ス…スコープさん…」
苦しんでいるバックビークを、それでも彼の為だと心に決めて彼を抑えていたハグリッド。ようやく彼が従ったのを見て、僕に声をかける。その眼からは大量の涙が今も流れており、どれだけ辛い事だったかを教えてくれる。
いつのまに小屋から出ていたのか、ポッターらもバックビークの近くで佇んでいた。
「…これで裁判での言い訳ができる。彼を助けることができるよ」
授業中にバックビークが暴れたのは、調教した僕が居なかったから。僕が居ればバックビークは大人しいペットだった。と、述べることができるようになった。
つまり、ハグリッドの危機管理能力の欠如に焦点を向けられる。最悪でもハグリッドの解雇で済むような結末にできるだろう。
「…ありがとうごぜぇます。…と、言うべきなんでしょうが…」
「礼を言われる資格が無いことは分かっている。バックビークがどれだけ傷付いているか…僕だって知らないわけじゃない」
自由を奪われた鷲。力を失った獅子。妻を亡くした鳩。
それらがどれ程の失意の底にいるか。
例え命を救えたとしても。
誇りが消えたヒッポグリフを前に、誰も笑顔は無かった。