ホグワーツの司書   作:影尾カヨ

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シェーマス・フィネガン:1

 図書室で扱う本は、主に生徒へ借り出される。

 生徒とは言ってももちろん魔法使いの見習いで、本という知識の塊がどれ程の価値があるかは重々に承知しているのが当たり前だ。

 

 故にその扱いには注意してもらうように毎回伝えている。『魔法』という使い方を誤ればすぐに事故を起こすような代物が溢れている世界だからだ。

 

「………」

「…あの…その……」

 

 だが実際のところ月に数回は本がダメになるような事故を、生徒はしてしまう。あくまで子供なのだから、そう言うこともあるだろう。

 

「……何故こうなったのか聞こうか…シェーマス・フィネガン君?」

「うぅ…ご、ごめんなさい」

 

 放課後、司書控室で僕の前に座るグリフィンドールの少年。フィネガンは肩を小さくして僕の顔色を窺い、小さく謝罪した。

 彼と僕の間の机の上には一冊の本が置かれている。何かの実験の事故に巻き込まれたのか、本は無惨に黒く焦げていて、端がボロボロに崩れている。表紙も背表紙もぐちゃぐちゃで、かろうじて残ったヘッドバンドが、それが本だった事を訴えている。

 

「えーっと……ディーン達と…その本に書いてある呪文を試してて…」

 

 どうやら友人達と共に、まだ学習していない魔法を習得しようとしたらしい。

 3年生らしい好奇心だ。初歩的な呪文を学び、自分の能力を上げようと思ったのだろう。この…()()()本だった『にわか魔法使いを卒業するには』にはそんな呪文が載っている。

 

「でもここまで酷い状態になるようなものは載っていないはずだけど?」

「あぁ……それは…」

 

 僕の指摘にフィネガンは眼を泳がせる。何か隠している事があるらしい。少し責めるように睨むと、彼はゆっくり口を開いた。

 

「うっかり呪文が本に当たって。…ちょっと傷が付いただけだったから直そうとしたんです。…でも…」

 

 焦っている時ほど、人は些細なミスで取り返しのつかない失敗をする。『修復呪文』をかけようとしたつもりが、何処をどう間違ったのか本が爆発してしまったらしい。

 入学当初から彼の爆破事件は教師の間で話のタネになっている。1年生の時にはフリットウィック先生の授業で羽を爆発させたとか。

 

「ははっ。それはそれは。怪我はしなかったかい?」

「は、はい。僕らは平気だったんですけど…。…本が」

 

 その後はどうにか『復元呪文』で、ココまでの状態に戻したそうだ。だが、たかが3年生の腕では完全な復元はできなかった。

 

「…それで?」

「うう…そ、それで…」

 

 まぁ、そんな事はホグワーツではよくある…とまではいかなくとも、それなりにある事だ。わざわざそれでこの部屋に呼び出したりはしない。僕が怒っているのは、そんな()()()()ではない。

 

「…み、見つかったら…怒られると思って…。黙って…本棚に戻したんです…。ご、ごめんなさい!」

「…本当に困ったものだよ。生徒の1人がこんな状態の本を持ってきた時には、何か重大な事故が起こったのかととても驚いた」

 

 ただでさえ今は、ブラックが校内に潜伏している可能性がある。

 すぐに貸し出し履歴からフィネガンを見つけ、話を聞く事にしたのだ。緊急性の無い本だったから良かったものの、もしこれが『禁書』や『閲覧禁止の本』だったら大変な事になっていただろう。

 

「グリフィンドールは10点減点。これは本を傷つけたからじゃないよ」

「…はい。もう隠したりなんかしません。ごめんなさい」

 

 フィネガンは深くうなだれて、謝罪する。反省しているなら、本人の言う通り、またこんな事をすることは無いだろう。僕は別に厳格な教師でもないので、特に罰則を課すつもりもない。

 

「ただまぁ、問題はこの本をどうするか、だけど」

「べ、弁償します!お金は沢山ある訳じゃないけど…絶対!」

「…はははっ。君がそんな事をする必要はないさ」

 

 興奮して椅子から立ち上がる彼を諌める。わざわざそんな大ごとにするような問題でもない。通常ならフクロウで本の製作所に送れば、数日で新しい物が返ってくる。なんならダイアゴン横丁などにある書店で探せばいい。

 だが生憎、製作所には先日スネイプのダメになった本を大量に送ったばかりだし、書店に行くには校長に外出許可を貰う必要がある。この本を借りたい生徒もいるのですぐに直すのがベストだ。

 

「少し手本を見せてあげよう。『修復呪文』と『復元呪文』と…それから色々な()()の合わせ技さ」

 

 故に僕の手で直すことにする。フィネガンも興味があるだろう。彼に、棚から複数の紙と羊皮紙、それからインクを持ってきてもらう。

 それをボロボロの本を囲むように置き、僕は杖を構える。ゆっくりと呪文を唱えると、杖先に光が灯る。複雑な軌跡を描きながら詠唱を続けると、置いた物が浮かびだした。

 

「万物には決まった『形』がある。人が人であるように。本もまた、本の形があるんだ」

 

 例えばグラスに注がれた水。どれだけ切り離そうとナイフを刺しても、常に1つの形に収束するのと同じだ。例えバラバラになったとしても、在るべき『形』へと常に戻ろうとしている。

 

「『修復呪文』も『復元呪文』も、その『形』へ戻るのを手助けしているに過ぎない。今回は少し無理矢理だけど…理論は同じだよ」

 

 本の『形』を意識する。足りない部分を補うように、インクと紙を分解して癒着させていく。焦げた箇所を切り離し、新たなページが創り出される。インクが少しずつ、文字を書き始めた。

 

「『形』を失った物は、新たな『形』を求める。そこに手を加えるのが魔術や魔法なんだ」

 

 まるで指揮を取るように杖を振る。新しいページは、紙の『形』を無理矢理変えた物。上手く本に取り込まれるよう向ける必要がある。繊細な操作をしなければ、逆に全てのページが白紙になることもある。

 

「……」

 

 やがてソレは、また本の『形』を取り戻す。

 少年は目の前で起こっている事に言葉が出ないようだ。

 

 仕上げに羊皮紙で即席の表紙を作る。インクではすぐに消えてしまうので、題名として読めるように羊皮紙を歪ませた。

 

「さぁ、できた」

「……スゴい…」

 

 蘇った本をパラパラとめくり、修繕の具合を確かめる。流し読みだが問題は見つからなかった。本当ならば製作所でちゃんと作り直すべきだ。スネイプの本が返ってきたらコレを送る事を、忘れないようにメモしておこう。

 

「今やった事は『呪文学』で7年生が習う内容を、『変身学』を混ぜて応用した物だ。詳しく知りたいならフリットウィック先生か、マクゴナガル先生に聞いてみるといい」

 

 未だ呆然としている彼に直した本を本棚に戻すように言って帰らせる。

 

 

「物の在るべき『形』…か」

 

 僕だけの部屋で独り言ちる。『形』…より深く言うなら、それは『魂』だ。

 

 万物に宿る魂への干渉。

 そう書くととても傲慢な気がしてならない。『動物もどき』は自身の魂を変える魔術だ。とても危険で、難易度の高いもの。間違えば、変容した魂は二度と元には戻らない。

 

 そして、その『動物もどき』よりも罪深い魔術。

 

 『分霊箱』

 魂を分かつ魔術。人の『形』を失うのは、どのような苦痛をもたらすのだろう。

 

「……トム…。君は今、どんな『形』をしているんだい?」

 

 窓から覗く月に、僕は友を想う。

 白い光に、最後に見た彼の容姿が重なった。

 まるで蛇のような顔。生気など欠片も無く、死人が動いているような印象を受けた。

 十数年前、ポッターに敗れた時。

 彼は『死ななかった』のか、『死ねなかった』のか。

 

 もはや彼が人で在るのか、僕には想像できない。

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