ホグワーツの司書   作:影尾カヨ

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チョウ・チャン:1

 何度も繰り返しているように、クィディッチはホグワーツでも大人気のスポーツだ。選手となった生徒たちは日夜練習に励み、その優勝杯を我が手にせんと頑張っている。学年末の寮杯と並んで、生徒たちが最も求める物の1つだ。

 

「おまたせ。この本はどうだろう。少し確認してもらってもいいかな?」

 

 1月の半ば。僕はチョウ・チャンの前に1冊の本を置く。彼女はレイブンクローの4年生。落ち着きがあり、容姿も整っている。これは噂だが、多くの男子生徒が彼女との交際を望んでいるらしい。彼女自身にそういった浮ついた話は聞かないが、年頃の少女だ。恋愛沙汰に興味もあるかもしれない。そんな彼女はレイブンクローのクィディッチチームでシーカーを務めている。彼女はパラパラとページをめくり、中身を確かめる。

 

「すまないね。僕がクィディッチに詳しければ、色々と助言もできたのに」

「いえ!こんなふうに目的の本を選んでもらえるだけでも充分に助かってます。私じゃ見つけるのにさえ何日かかるか…」

 

 クィディッチに関する質問は、通常の授業に関することならマダム・フーチに訊くのが1番だ。だが寮のチームに関する事では、彼女は何処にも助言しない、絶対的中立を保つようにしている。故にチャンは図書室で新しいアイデアが無いかを探しているわけだ。

 彼女は謙遜するが、僕が大した助力ができていないのは事実だ。せめて箒に乗ることができれば違っただろうか。

 

 僕は昔から、箒と相性が悪い。どうにも思い通りに動かすことが苦手なのだ。飛ぶなら『動物もどき』の僕は身体を変えるだけで事足りる。わざわざ棒に跨ってそれに指示をするなど、手間でしかない。速さも機動力も、余程の箒でない限りは僕の方が優っている。遅くて面倒な手段に好意的に解釈しろという方が難題である。

 そんな事を思っているから、箒の方も僕に従うのが嫌なのだろうか。それでも自分の翼で風を切る感覚を知ってしまうと、どうしてもそちらの方が飛んでいる実感がするのだ。

 

「それで、その本は君の御眼鏡に適うかな?」

「まだ完全に内容を見たわけじゃないのではっきりとは言えません。でも、貴方が選んでくれた本ですから」

 

 本を胸に抱いて微笑む彼女に、僕は軽く息を吐きながら頬を掻く。僕はクィディッチの…知識はともかく、経験はない。正しく彼女の要望に応えられた自信がないのだ。

 

「そういう根拠の無い信頼はお断りだよ。変に期待しない方が良い」

「根拠はあります」

 

 だが僕の言葉を彼女は否定した。

 一体何を、そこまで僕を信頼する理由にしているのか。

 

「貴方はホグワーツの司書ですから」

「……」

 

 その言葉は、驚くほどにすんなりと僕の心に入った。少し目を閉じて、言葉の意味を反芻する。

 

「…ははっ。そう…か。…そうだね。僕はホグワーツの司書だ」

 

 司書が自分の薦めた本を信頼できないのであれば、それは司書失格だ。誰よりもまず、本を理解しなければならないのだから。なら僕は司書として、自信を持って本を薦めるべきだ。

 

「少し待っていてくれないかな。もう2、3冊持ってくるよ」

 

 レイブンクローという寮は、クィディッチの優勝にそこまで貪欲ではない。生徒達が重要視しているのは、試合の流れや戦略が望み通りに進行するかどうか。すなわちゲームメイクだ。

 僕がさっき渡したのも、試合をコントロールする事に関する物。もちろん、チャンはそこから必要な情報を得るだろう。だが彼女個人に目を向けた時、それはどこまで彼女の望みに合っているだろうか。

 彼女はレイブンクローでは珍しく、勝つ事に意欲がある子だ。もっと実践的な、血の気の多い内容の方が良いだろう。確か以前、フーチの進言でそんな本を何冊か仕入れた記憶がある。グリフィンドールのオリバー・ウッドやスリザリンのマーカス・フリントらも何度か借りていたか。

 

「こういった本はどうかな?君に合わせて選んだつもりだ」

「わぁ…!ありがとうございます!」

 

 チャンはさっきと同じようにページをめくって中身を確認する。先程よりもめくるのが速い。読みやすいからだろう。

 

「さっきのも良かったですけど、こっちの方が分かりやすいです。合わせて全部借りて良いですか?」

「もちろんだとも」

 

 

 チャンの貸し出し手続きをしている時だった。1人の生徒がカウンターへとやってきた。何度も図書室を利用していて、僕とも顔馴染みだ。

 

「すみません。彼女と同じ本ってまだありますか?」

「ディゴリー。すまない、この本はもう他のは全部貸し出されてるんだ。これが最後の1冊だよ」

「…そう、ですか」

 

 あの本は図書室でもそれなりに人気のある本だ。皆クィディッチの練習に参考にしているのだろうか。ハッフルパフの生徒。セドリック・ディゴリーは残念そうに肩を落とす。その端正な顔立ちが少し曇った。

 

「予約を受けておこうか?まだ返ってくるまでは日があるから、少し待ってもらうことになるかもしれない」

「あぁー。いえ、無くていいです。そんなに急いでるわけじゃないので。それに前にも借りたことがあったので、確認したいことがあっただけですから」

 

 彼はそう言うが、せっかく頼ってきてくれたのだ。手ぶらで帰すというのも申し訳ない。似た内容の本を用意しようかと話していたところで、チャンが口を開いた。

 

「あの…良かったら私と一緒に読みませんか?」

「それは助かるけど…良いのかい?君が借りた本なのに」

 

 その申し出をディゴリーは躊躇う。2人ともクィディッチをしているので初対面というわけではないだろうが、やはり他人が借りた本を自分のわがままで見るのは気が引けるのだろう。彼はそういう配慮ができる子だ。

 

「私は初めて読むから分からない所があるかもしれないし、それをセドリックが教えてくれるならお互いに利益がある。スコープ司書、良いですよね?」

「問題ないよ。騒がない限りは、本の共有や図書室の利用は僕は推奨してるから」

「…じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

 2人はカウンターを離れ、学習机に隣り合って座る。雰囲気からしてよく知る仲ではないようだが、共にクィディッチの選手だ。僕が何か言うより余程お互いの為になるだろう。

 少し様子を見ていると、基本的にチャンが読み、分からない所をディゴリーが解説するという読み方をしているようだ。時折楽しそうに微笑むのが見える。寮も学年も違うが気が合うのだろう。

 

 数時間経ってその本での学習が終わったのか、彼女らは借りる本の手続きをした。図書室を出て行く時、またここで一緒に勉強をしようと約束しているのが聞こえた。どうやら良い関係になったようだ。チャンもディゴリーも、その顔には勉強以外への──互いに会いたいという──期待があるのが他人である僕でも分かった。2人とも照れているのか、少し頬が紅い。

 

「…青春だねぇ」

 

 どうやら遠くないうちに、ホグワーツに新しいカップルが生まれそうだ。

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