ホグワーツの司書   作:影尾カヨ

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マローダーズ:1

 それはまだ、彼らが学生としてホグワーツにいた頃の話。おおよそ20年前だ。

 その頃のホグワーツは今よりも罰則が厳しく、命に関わるまではいかなくとも大怪我を負うようなものがありふれていた。時代が時代だったのでそういう風潮もあった。生徒達も血の気が多く、過激な呪文を習得するのが一般的だった。

 

 そんな中にあって、図書室(僕の王国)は今とそれほど変わりはない。僕のスタンスが『図書室の利用規約に反しない限りは』自由である事を許容しているからだ。もちろん見過ごせない場合は()()()()()罰則と減点を与えるが。

 

 そんな理由もあって、図書室を利用する生徒は多い。

 本を読みに来た者。

 勉強をしに来た者。

 静かな場所を好む者。

 

 そして、誰かに会いに来た者。

 

「リーマ…!…リーマス。いるか?」

 

 今しがた扉を開けて入ってきたジェームズ・ポッターはそれだろう。当時のホグワーツで1番の問題児を挙げるとすれば、彼かその友人であるシリウス・ブラックだ。授業は比較的真面目に受ける彼らだが、他の生徒とのいざこざやイタズラと称して行う蛮行には寮監であるマクゴナガルも手を焼いている。

 

 そんな彼も、図書室では他の子らと同じように声を落とす。以前ここで騒いだのを厳しく減点し、それに逆上した彼と友人らの報復をさらに返り討ちにしてからは、大人しく利用規約に従うようになった。

 

「ジェームズ、どうしたんだい?」

 

 静かに本を読んでいたルーピンは顔を上げて彼に近寄る。大きな声で話せば僕に咎められる事を知っているからだ。

 

「今夜、とびっきりの仕掛けを動かすんだ。リーマスも来いよ。絶対楽しいからさ」

「…あー。それは…とてもありがたい申し出なんだけど──」

 

 ルーピンが僕を見る。

 今夜は満月だ。彼は狼人間になってしまう為、僕と一緒に夜は『叫びの屋敷』へ閉じ込められながらばならない。

 僕は首を振って、断る様に指示する。

 

「ごめん。今日はいけない」

「そうか。分かった」

 

 食い下がるかと思ったが、ポッターはあっさり身を引いた。ルーピンもそれは意外だった様で驚いた顔をしたが、問い詰めて逆に自分の体質を怪しまれては元も子もない。曖昧で有耶無耶なまま、彼らは別れた。

 

 

「なあ、司書。リーマスは狼人間なんだろ?」

「……何故そう思うんだい?」

 

 翌日、閉室時間間際に誰もいない図書室でポッター及びブラック、ペティグリューは、僕に問いかけた。

 驚くべき質問だったが、何とか平静を保つ。

 

「見たんだ。昨日、あの屋敷で。大鷲が梁に止まっているのもな。あれはアンタだろ?」

 

 昨日言っていた仕掛けというのは、マクゴナガルに確認したところその様な動きは無いらしい。おそらくルーピンが満月の日に身を隠す事を確認するためのハッタリか。

 

「…ははっ。友人を狼人間扱いするのは感心しないな。それに、大鷲が僕だって証拠がどこにあるんだい?」

 

 僕は杖を、彼らに見えない様に握る。いつでも『忘却呪文』を唱える事ができるようにする為だ。生徒にこの呪文を使う事は禁じられているが、ルーピンの今後を考えればそれもやむない。

 しかし彼らは、僕にその意志が無くなるほど衝撃的な事を言った。

 

「全部見てたんだ。それに、この事は全部羊皮紙に書いて『想起の魔術』を掛けてる。絶対に忘れてやらないからな」

「…全く…君らの優秀な頭脳は厄介なことこの上ないな。そんな姑息で堅実な方法、よくぞ思いつくものだ」

「それほどでもない。アンタが何してくるか、分かったもんじゃないからな。警戒ぐらいするさ」

「…君らのような者を、悪知恵が回るというのだろうね。嫌悪を通り越して敬愛すらしてしまいそうだよ」

 

 勉強は不真面目なくせに、こういうところでは大人すら上回る能力を見せる。

 

「それで…わざわざ僕と話に来たのは何故だい?」

 

 他人にルーピンの体質の事を話すのは、彼にとってリスクの方が大きい。彼らがそれを理解していないわけがない。それでも僕に言うのは、それ相応の理由があるはずだ。

 

「『動物もどき』に成る方法を教えてくれ」

「却下だ。寮に戻ってルーピンの事を忘れて過ごすと良い」

 

 彼らの申し出を即座に断る。

 その危険性を理解しないまま『動物もどき』に成るのは愚かだ。

 

「なら本を貸してくれ。アンタは司書だ。拒まないだろ?」

「…僕が大人でなければ、君達を殴っているところだよポッター」

「『動物もどき』なら狼人間に襲われることは無い。アンタがいなくても俺達は絶対に成ってやるぞ」

 

 彼らなら自力で能力を身に付けてもおかしくない。なら僕が導いた方が良いだろうか。あるいは教えるフリをして『呪霊紋様』で脳をイジる事も考えておくか。

 

 

 次の日から、僕による彼らのための()()が始まった。

 

「違う。杖を頼っちゃダメだ。もっと自分の魂を意識するんだ。身体の内側に秘めた、確固たる自我を思い描くんだ」

「んな事言われてもよぉ…クソッ、難しいんだよなぁ」

 

 彼らは杖を顔の前に構え、意識を集中する。しかし身体の緊張は僕の置いた到達点に至るものには程遠い。

 『動物もどき』は自分の魂を変容させる魔術だ。自我が弱ければ変化に飲まれ、完全に獣に堕ちてしまう。だからこそ、自分が人間であるという自覚が必要なのだ。杖を介することでその自我を魂に植え付けるために。

 

「今までの思い出の中で、最も強く記憶に残るものを自覚するんだ。自分の姿形が人間であると、正しく認識しなければならない」

「俺は…誰だ…。…もっと深く…もっと強く…。…俺は──」

「あぁ不味い‼︎」

 

 自我の崩壊に巻き込まれそうなブラックに、急いで『呪霊紋様』を施した右手で彼の頭を掴む。そのまま彼の精神に干渉し、此方へ引き戻す。

 あらかじめ準備していて良かった。ここまで引き込まれては、普通の魔法では回復することができない。僕がいなければ彼は魂を完全に獣に飲まれていただろう。

 

「自分の記憶を意識する…。大丈夫だ…できる…絶対に…。…負けるもんか!」

 

 そんな危険と隣合わせな状況で、ぺティグリューは冷静に自分を認識していた。魔法の腕でこそ友人グループの中で劣る彼だが、その面に関しては最も秀でているようだ。あるいはその劣等感こそが、自我の根幹になっているのだろうか。

 

「…今日はここまでだ。君らの魂は限界だし、寮の閉室時間も近い。早く戻ると良い。この事はマクゴナガルには言わないように」

 

 

 

 補修が始まってから、長い時間がが経った。彼らその間、誰にも『補修』の事を話さず、秘匿を守りつづけた。そして彼らが5年生になった頃。

 

──ワン‼︎ワンッ‼︎

──ヒューン‼︎

 

 ブラックとポッターは、それぞれ犬と鹿の『動物もどき』となった。だがペティグリューは──…。

 

「何で…どうして!僕はこんな…こんな…」

「落ち着いて。自我を意識するんだ」

 

 上手く魔術を作ることができずに焦る彼を諭す。

 彼なら充分に到達できる力だ。あとは自分に自信を持つだけ。

 

「できるよ。君になら」

「…僕ならできる…。…できる…絶対にできる!」

 

 施した魔術が淡い燐光を放つ。

 完成したのだ。

 光が収まるとそこに人間の姿は無く、1匹の鼠が不思議そうにコチラを見上げている。

 

「ほら、ね?」

──チュウ

 

 鼠は跳ねる様な軽い足取りで犬と鹿に駆け寄る。彼らは嬉しそうに何度も人間と動物に身を変える。

 今ここに、新たな3人の『動物もどき』が誕生した。

 

「…全く、驚かされるよ。君達の才能には」

 

 この事は誰にも話せない。マクゴナガル、ダンブルドアはもちろん、魔法省にも報告する気は無い。生徒が『動物もどき』になるのを手伝ったなど、どんなに軽くみてもアズカバン送りだ。

 

 

 『マローダーズ』は満月の度に学校を抜け出しては、森の中で遊んでいた。もちろん問題が発生しないように、僕の監視の元でという制限を設けたが。

 僕が彼らに付き添えるのは、ポピーと交代でやっているので2回に1回。2ヶ月に1度だ。それ以外ではしないように厳重に言い聞かせたが、それで彼らが従うはずもなかった。

 

──ァウォーーーン‼︎

 

 眠りにつこうとしていた僕の耳に、その遠吠えは届いた。ブラックに、ルーピンに何かあればその声を出して僕を呼ぶ様に伝えていた声だ。急いで支度を整えて月夜の空を飛ぶ。それはホグズミードの近くの森から聞こえている。

 

「こっちです!ミスター・フライト‼︎」

 

 ペティグリューが人間の姿で僕を呼ぶ。何があったか僕は一眼でわかった。雄鹿がその立派な枝分かれした角で、狼人間を木に押さえつけている。強く暴れ、雄鹿(ポッター)から逃れようと爪を立てていた。ブラックもその牙で足を拘束している。

 

「暴れだしたのかい?どうして…」

「リーマスが森の中で人間を見たんです。その人はシリウスが気をひいてこっちに気づかなかったけど、リーマスの興奮が高まって…」

 

 手遅れにはならなかったようだ。

 だが人間(僕とぺティグリュー)を見たルーピンは泡を吹く程に牙を鳴らす。

 

「《鎮まれ》。…ダメか」

 

 狼男の姿となった狼人間は、他の魔法生物と同じように高い魔法耐性を身につける。僕は『呪霊紋様』でルーピンに干渉し、強制的に気絶させた。満月である間は人の姿に戻らない。かと言ってこの状況を他の人に見られるのも不味い。

 

「ポッターの背に彼を乗せて、『叫びの屋敷』へ運ぼう」

 

 3人がかりで重い体を動かす。雄鹿の体からは爪による傷があり血も流れているが、他に方法は無かった。

 

「どうしてこんな人里近くに?もっと森の奥にいるべきだった」

「分からない。森の開けた場所に出た時、ムーニーが急に向きを変えて走り出したんだ。追いついた時にはもう…」

 

 道中、僕の問いかけにブラックが答えた。

 この近くにある、開けた場所。心当たりがある。確か最近、新しいセストラルの群れがそこに留まっているはずだ。

 『禁じられた森』の方が彼らにとって居心地が良いが、その群れのリーダーはアークとの縄張り争いに敗れて追い出されたのだったか。まだ若く力の強いアークは、その群れを完全に森から追い出した。それがこの近くで休んでいたのか。

 セストラルは魔法生物の中でも力が強く、敵に対しては容赦しない。ルーピンは狼人間であるため彼らを認識することができ、警戒して離れたのだろう。或いは姿を見えない友人達が襲われるのを避けたのか。

 

 僕はポッターの背の彼を見る。狼男となっても、友人を気遣うものなのだろうか。それとも狼という群れる生き物の本能か。

 

「ルーピンに悪気があったわけではないだろうが、金輪際こんなことが無いようなしてくれ。僕もいつだって駆けつけられるわけじゃない」

「ああ、すまない。ミスター・フライト」

 

 彼らも流石に反省したのか、これ以降は大人しく屋敷の付近から離れることは無くなった。それに、その日からルーピンの付き添いは可能な限り僕が行うよう、ダンブルドアからお達しがあった。彼がこの事を知っているのかと背筋が冷えたが、確認もできず従うしかなかった。給料が変わらないのも不満だが仕方ない。

 

 

「見てくれ、ミスター・フライト!」

 

 放課後、閉室時間を過ぎているにもかかわらず、『マローダーズ』は図書室にやってきた。10点の減点を与えたが、それでも僕に見せたいものがあるようだ。

 

「…羊皮紙の束に見えるけど?」

 

 それは何も書かれていない、何の変哲もない普通の羊皮紙だった。裏返しても中を見ても何もない。

 

「ふっふっふ。そう見えるだろ?そう見えるよな?そう見えるようにしたんだから」

「もう閉室時間は過ぎてる。さっさと本題に入らないとさらに10点減点するよ」

「分かった分かった。いいか?見てろよ…」

 

 ポッターが呪文を唱えながら杖で羊皮紙を叩くと、インクが広がるように文字が現れる。

 

「名付けて『忍びの地図』!俺たちの傑作さ」

「…この『ミスター・フライトに感謝を』っていうのは?」

 

 僕は表紙に書かれたその一文に気がついた。いや、気がついたいうより自然と目に留まった。なにせ『忍びの地図』という題名の下に大きな字で書かれているのだ。

 彼らが僕をそう呼んでいるのは知っているが、仲間に加わった覚えはない。誰かに見つかってそれが僕の事だと分かれば、責任追及は免れない。

 

「アンタに教えて貰った本があっただろ?『ホムンクルスの術』が載ってるあの本がなきゃ、この地図は完成どころか発想すら出てこなかっただろうな」

「…あれか」

「もちろん他にも、学校の地図とか、『姿読みの術』とか『合言葉隠し』とかいろいろアンタには世話になったからな」

 

 たしかに以前、その類の本を貸し出した記憶がある。だがこの地図は、そんな1つや2つの魔術で完成する程簡単なものではないだろう。一体どんな魔術や魔法を使ったのか。図書室にある全ての本を知る僕でも想像がつかない。

 

 地図を広げると、現在学校にいる人間の名前と場所が動いている。僕の名前が『ライアス・スコープ』と書かれているのを見るに、どうやら()()()での本名が記載されるのだろう。『必要の部屋』が見つからないのは彼らがその存在を知らないからか。

 

「こんな物を創るとは…恐れ入るよ」

 

 僕は地図を返して天井を仰ぐ。これは危険すぎる。すぐにでも没収すべきか。いや、僕が持っていてダンブルドアなんかに見つかれば厄介だ。『ミスター・フライト』の名前が直接僕に結びつくことはないので今は傍観に徹するか。

 

「言うだけ無駄だろうけど…悪用はしないように。それと、誰かにこの地図を奪われないようにしてくれよ」

「分かってるさ。俺たちを誰だと思ってるんだ?」

 

 ポッターらは胸を張り、僕に見得をきる。

 

「俺たちは稀代の悪戯仕掛け人…人呼んで『マローダーズ』だぜ?」

 

 彼らが将来、どんな道を選ぶのか。それが今からとても心配だった。結果として、僕の悪い予感は当たってしまったわけだ。

 

 彼らのかつての友情は、今なお息づいているのか…はたまた絶えてしまったのか…。

 願わくば前者である事を祈る。

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