ホグワーツの司書   作:影尾カヨ

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ルシウス・マルフォイ:2

 魔法省は多くの魔法使いが出入りしている。僕とハグリッドはバックビークを引きながら、目的の部屋へと向かう。

 

「スコープ司書。お久しぶりです」

「やぁ、ヘリントン。元気にしてるようだね」

 

 長年ホグワーツで勤めている故、こういった場所には顔見知りも多い。特に魔法省は優れた魔法使いが就職する場所であり、学生時代に図書室を利用した者は大抵僕を覚えている。

 

「スコープ司書!?」

「スコープ司書‼︎こんな所で会えるとは」

「学校の外にも出てくるんですね。意外です」

「聞きました?あの人が新刊を出すそうです。ぜひ図書室にも置いてください」

「娘が世話になってます。そういえば──」

 

 隣にハグリッドとヒッポグリフがいるのを見て身を退く者もいたが、それを差し引いてもあまりにも数が多く、彼らにいちいち反応を返していては足が止まる。

 仕方なく僕は裁判の為に着ているスーツの上に、更に顔を隠すローブを羽織った。4月という季節では少し時期外れだが、魔法使いは元々奇抜な格好の者が多い。誰も獣と大男と顔を隠した変人トリオに声を掛けなくなった。

 

「司書というのも考えものだね。学校に篭っているべきだったよ」

「すんません…」

「君が申し訳なく思う必要は無いよ」

 

 これは僕が勝手にやっている事だ。『青年に対して傷害を与えた獣の弁護』のような負けると分かりきっている裁判に出席するなど、自分の経歴に傷をつける行為でしかない。それでもこうして付き添うのは、彼が友人だからだ。友情というのはなんとも面倒くさいものだと、彼に見えない様にため息を吐く。

 

 バックビークは以前と比べると毛艶が落ち、その気高さも失われている。まるでペットだ。裁判には都合がいいが、やはりヒッポグリフは自由で気高くあるべきだと考えると、僕の考えは彼には悪かったか。

 

「大丈夫ですかい?気分が悪そうだ」

「…最近、少し無理しててね。貧血気味なんだ」

 

 屋敷から持ってきた本の知識を得て、『守護紋様』の改良は少しずつだが進んでいる。ダンブルドアと共に『必要の部屋』で実験中だ。強力にするための『供物』として自分の血液と臓器を捧げているため、身体に不調が現れている。今は服の下に魔術の包帯を巻いて回復を促しているが、そこも要改良な点だ。実戦では使い物にならないだろう。

 

 

 目的の裁判所のある階へ着きエレベーターを降りると、向かいから1人の男が歩いてくる。見間違えるはずもない。原告であるルシウス・マルフォイだった。彼は顔を隠した僕に気づかず、ハグリッドに馬鹿にした笑みを浮かべて話しかける。

 

「やぁ、ハグリッド。今日の裁判は楽しみにしているよ」

「マルフォイ…!」

「ふふっ…。その服、これから狩猟にでも出かけるのかい?獣も連れてお似合いだな。野蛮人は大人しく森に篭っているといい。全く、君を雇った老いぼれは目が見えていたかも怪しいな」

「貴様!」

「2人とも、そこまでだ。争うのは裁判が始まってからにしてくれ」

 

 今にも掴み掛かろうとするハグリッドを抑える。そこで初めて、マルフォイは僕が誰なのか分かったようだ。

 

「スコープ司書…。本当にこの裁判に出席なさるおつもりですか?今からでも遅くありません。身を退いておくべきです」

「そうもいかないさ。友人だからね」

 

 恐らくは本当に親切心から言ってくれているのだろうが、だからといって従うわけにはいかない。元々バックビークの弁護にはハグリッドだけが出席する予定だったが、それでは心配だとグレンジャーがついて行くと言い、それを僕が代わりに受けた。子供が出る幕ではない。

 

「友人だから…ですか。貴方がそこまで愚かだったとは。自分の経歴に泥を塗ることを後悔されるといい」

「忠告をどうも」

「貴方のことは嫌いではありませんでしたが、ダンブルドアやハグリッドに手を貸すならば容赦はしません。…では、また後で」

 

 彼は僕らとすれ違い、エレベーターに乗って去っていった。

 

「クソッタレめ!」

「彼も息子が負傷して気が立っているんだろう。まあ、だとしても言い過ぎな面もあるけど、そこまで敵視することは無いさ」

 

 裁判とは要はどちらが冷静に自分の主張が正しいかを押し付け合う場だ。個人的な感情では相手に飲まれてしまう。元々の立場が不利な僕らは、より冷静でいなければならない。

 

「ですが、ダンブルドアの事まで侮辱しやがった。アイツ、理事会を辞めさせられて目の敵にしてやがるんだ!」

「まあまあ…落ち着きなよ」

 

 正直に言うと僕は、ハグリッドを教師として雇ったという点についてはマルフォイに賛成だ。彼の危機管理能力は疑問符が付くことは周知の事実。今でなくともいつかは今回のような事故が起きていただろう。

 

「そういえば校長のこと、何か聞いていないかい?」

「うーん。何も聞いてねぇです。あの偉大な方のことだから、俺みたいなちっぽけな奴の事より重要な事があるんでしょう」

 

 学校の教師が問題を起こしたのだから、そのトップである校長はそれなりの対応を見せるべきだ。だがあの人は僕からのバックビークに関する報告を受けても頷くだけで行動を起こさなかった。

 不審だ。彼は絶対に何かを企んでいる。そういう時に限って、僕に不都合な事が起きるのだ。『賢者の石』の時も、トムと学生時代を過ごした時も。

 

「急に口を挟むつもりなら、いっそのこと最初から言って欲しいのだけどね」

 

 どうせこの裁判でも何かするつもりだろう。ハグリッドの事を放置する筈がない。

 

 

 裁判は概ね、僕の予想通りの展開を見せた。

 

 ルシウス・マルフォイの要求は『バックビークの処刑』。

 まあ当然だ。息子を傷つけた害獣を許すはずがない。恐らくは委員会の面々らに前もって賄賂を渡していたのだろう。或いは脅迫でもしたか。彼らもその求刑が妥当だという判断を見せた。

 

 対して僕らの主張は『責任はハグリッドにあり、バックビークは無罪である』という事。

 バックビークは完全に調教されたペットであり、彼の危険性を甘く見たハグリッドが迂闊にも生徒に近づけてしまった。そのため、今回の事故が起きてしまった。

 全面的にこちらに非があるが、その責任はハグリッドただ1人のもの。バックビークは本能に従っただけである、という訳だ。

 

 ハグリッドは緊張からマトモに話すことができず、代わりに僕がマルフォイの相手をしている。本当に彼に付き添って良かった。彼だけではいいように言いくるめられてしまうだろう。

 

「生ぬるい。私の息子が受けた傷はその獣の命を持ってしなければ到底癒えるものではない!」

「ヒッポグリフという種族は危険度はレプラコーンと同等だ。3年生にもなってその知識が欠如していたことは哀れだ。前もってそれを教えていなかった『魔法生物学』の担任、ルビウス・ハグリッドは生徒に危険が及ぶ事を考慮しなかった」

「その野蛮人などどうでも良い。私が望むのは──」

「獣を殺した所で何も解決しない。君はハグリッドがこのような悲劇の再演をしないと言い切れるのかい?」

「ぐ…。そ、それは…」

 

 ハグリッドの魔法生物に対する偏愛は有名だ。もし彼が今後も教師を続ければ、またこんな事故が起きることは想像に難くない。

 

 マルフォイは委員会を味方に付けているからか、この裁判に楽に勝てると思っていただろう。だがここには僕がいる。それが彼にとって1番の障害になった。彼の思い通りにはさせない。

 そもそもこの裁判はこちらが不利なのだ。だから僕は事実しか口にしない。その解釈こそこちらの都合の良いように改変しているが、それを彼らが咎める事はない。なにせ彼らは『バックビークの処刑』のみが目的だ。だからそれを否定しなければわざわざ躍起になって口を挟むことはない。

 

「もしこの裁判が『バックビークの処刑』で終われば、彼はその事を許さない。恨みを持ち、個人的な感情から君の息子にさらに危険な獣を近づけることもあるかもしれないね。アクロマンチュラとか…さ?」

「……否定はできません」

 

 ハグリッドは僕の思惑を知ってか知らずか、項垂れながら言葉をこぼす。それが良い援護になった。

 マルフォイは小声で裁判官と話し合う。息子に危険が及ぶと聞いて落ち着いていられる彼ではない。必ず守ろうとするはずだ。それこそが僕の狙い。最も確実に、バックビークからハグリッドへ焦点を移す方法だ。

 

「…なるほど」

 

 少しの間小声の会議が続いていたが、こちらに向き直ったマルフォイが僕を睨む。口車に乗せられている事に気づいたか。だがもう遅い。一度頭に浮かんだ思考は、そう易々と取り除けるものではない。

 

「ならばその野蛮人を『アズカバンへ収容する』ことを、私は望む」

「ア…ア、アア、ア…アズカバン⁉︎そんな…あんまりだ‼︎」

「確かに妥当とは言いづらい。彼は殺人を犯したわけでも、重大な法律を破ったわけでもない」

 

 去年、僅かな間だがそこに居た頃を思い出したのだろう。ハグリッドは錯乱に近い状態で喚く。それを遮る様に僕は不当である事を述べる。流石にスケープゴートでそこに送られるのは可哀想だ。

 

「息子は殺される所だったのです。それは立派な殺人未遂では?」

「業務上過失傷害だ。魔法がありふれたこの世界で、そんなことでアズカバンに送っていたらすぐに牢屋が満室になる」

 

 罰金か解雇が適切だと述べると、再びマルフォイは小声の会議を始めた。恐らくこの状況は彼にとって予想外のはず。慎重に進めたいのだろう。だがそれはこちらも同じ。まさかいきなりアズカバン送りを言い出すとは思わなかった。

 

「スコープさん…。頼む!あそこにはもう行きたくねぇ!」

「分かってるよ。なんとかして見せるさ」

 

 かと言ってどうしたものか。

 いや、最近あったではないか。アズカバンに関することで、とても大きな事件が。

 

「シリウス・ブラックが脱獄した方法も判っていないのにそこに送るのは、いささか軽率なのではないかい?」

 

 会議を中断し、彼らは僕を見る。この事は魔法省でもかつて無い失態として認識されている。なら考慮せざるを得ない。

 

「ブラックは…認めるのは癪だが優秀な魔法使いだった。野蛮人にその腕があるとは到底思えん」

「魔法の力が脱獄に関係しているかも分からないのに牢に入れるのはいかがなものかと思うよ。彼より優れた闇の魔法使いが幾人とそこで朽ちている」

「それは…」

「現状できる最善の方法は『ハグリッドの解雇』じゃないかな?」

「……確かに、そうかもしれません」

 

 渋々マルフォイは頷き、裁判官に目配せした。

 まもなく判決が下され、ハグリッドは有罪になる。だがバックビークの処刑は避けることができる。裁判には負けるが、結果として僕らの勝ちだ。

 

 そう安堵した時だった。

 

「ちょいと待ってくれんかのう」

 

 突然扉が開き、ダンブルドアが入って来た。

 

 裁判の結果は『バックビークの処刑』になった。


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