彼が図書室を訪れたのは既に生徒達がいなくなり、僕が鍵を閉めようとした時だった。ハロウィンの件から少し日が経ち、トロールの侵入は忘れられ始めた頃。グリフィンドールとスリザリンのクィディッチの試合が終わった夜のこと。
暗がりから話しかけてきたのだ。
「スコープ司書」
「こんばんは、スネイプ。怪我の具合はどうだい?」
彼はローブをめくり、傷が無いことを見せた。魔法薬学の教師ならば、治療薬の調合も容易いだろう。ハナハッカ辺りを使ったのだろうか。
「何のようかな?悪いが今日はもう図書室は閉めてしまうよ」
例え教師であっても、時間の制限は守ってもらう。そもそもこの学校の教師は全員が各界のスペシャリストである。図書室を利用するのは極稀。中には一度も利用せずに転勤する者もいる。
特にスネイプは優秀な知識を持っている。ここを利用する理由はないはずだ。
そう思っているとスネイプは僕に1冊の本を差し出した。彼に貸し出した覚えは無い。
「生徒から没収したものを返しに来たのです」
「なんだ、フクロウで送ってくれれば良かったのに」
『クィディッチ今昔』。
クィディッチのルールや反則、歴史が書かれた本。入門者にぴったりだ。
確かグレンジャーに貸したのだったか。彼女が本を没収されるような真似をするとは考えにくいが。
そこで思い至ったのは、彼女がこの本を借りた理由だ。友人に貸したいと言っていた。その友人の名はハリー。
ハリー・ポッター。
『生き残った男の子』。彼の事を知らない教師はいない。
そして僕は、彼の両親も知っている。その2人がスネイプと同じ世代のホグワーツ生だったことも。
あり得るのは、ポッターが本を没収されるような事をしたか。果たして本当にそうなのか。今年のスネイプは例年より減点が激しいと聞く。特にグリフィンドール生に対して。
「まさか君、理不尽な理由をつけて没収したんじゃないだろうね?」
「……いいえ」
「僕の眼を見て言うんだ」
「……」
じっとその顔を見ると、彼は気不味そうに眼を逸らす。そう言う嘘を吐こうとしてもボロが出てしまう人だ。学生時代からそういうところは変わっていない。
「君とポッターが複雑な関係なのは知っているけど、教師が生徒に私情を挟むのは感心しないな」
「…おっしゃる通り」
苦虫を噛み潰したような顔で彼は項垂れる。陰湿なところも変わっていないようだ。
■
「ハリー・ポッターといえば、彼のクィディッチのデビュー戦があったんだってね。見に行ったんだろう?どうだったんだい、彼は」
せっかく顔を合わせる機会に恵まれたのだと、彼を誘って司書控室で軽いお茶会を催した。彼は嫌そうな顔をしたが、結局こうして話し相手になってくれる。
「父親譲りの天才かい?それとも普通の少年かい?」
とっておきのクッキーを食べながら訊く。程よい甘味と、ほんの少しの塩味の後味を紅茶で流す。
「忌々しいことに、父親にそっくりです」
「はは。そうか。君が気に入らないわけだ」
吐き捨てるように言うのがおかしくて、少し笑ってしまう。
彼の父親は腕の良いシーカーだったが、その才能は受け継がれたみたいだ。
紅茶の残りが少なくなった頃。スネイプが気になる事を言った。
「クィレルがポッターの箒に呪いをかけました」
「へぇ…。彼は大丈夫だったのかい?」
「ええ。反対呪文により程度が抑えられておりました」
その反対呪文をかけたのが誰かは教えてくれなかった。闇の魔法使いの使う呪いはどれも強力だ。その人物はポッターの命の恩人というわけだ。
だがポッターを狙う理由とは。
「闇の魔法使いなら、『彼』関連の人物だろうか」
「十分に考えられます。それにポッターの両親は闇払いとして多くの恨みを買っていますからな」
スネイプはそう言うが、ダンブルドアが警戒しポッターに恨みを持つ人物となると、相当限られる。
まさか、クィレルの裏にいるのは。