カーテン越しに零れた太陽の光でうっすら目を開ける。
知らない天井に違和感を覚えて辺りを見渡すと、いかにも引っ越したばかりというように物の少ない部屋が目に入った。
そういえば昨日引っ越してきたんだった…
俺はまだ新しいベッドの上で昨日の出来事を思い出す。
手元の携帯を開くと時間は朝の6時ちょうど、少し早い気もしたが他にやる事もないので2階の自室を出てリビングに向かう。
「おはようございます」
「おはよう、昨日はよく眠れた?」
「はい、おかげさまで」
「よかった。ご飯まで時間あるから先に顔を洗ってきてくれる?」
リビングで朝食の準備をしている温子さんに声をかけ、洗面所へ顔を洗いにいく。円堂はまだ起きていないようだ。
洗面所で顔を洗い、ふと鏡に写った自分を見つめる。
肩より少し伸びた黒髪に透き通るような白い肌、自分で言うのもなんだがかなり美少女だと思う。
身なりに気を使おうと思ったことはほとんどないのだが、玲奈がうるさく言うので最低限化粧水と乳液くらいは毎日使っている。もはや日課だ。
そんな日課を手早く終え、リビングに戻る。
いつの間にいたのか円堂の父、広志さんが椅子に座り新聞を読んでいた。
「おはよう羽花ちゃん、早起きなんだね。うちの守にも見習って欲しいよ」
広志さんが新聞から目を離し2階に視線をむける。どうやら円堂がねぼすけなのはいつもの事らしい。
「羽花ちゃん、悪いんだけど守を起こしてきてくれる?もう朝ご飯できちゃうから」
「はい、それくらいお安い御用です」
住まわせてもらうのだからこれくらいは当然、と意気込んで2階にある円堂の部屋へと足を運ぶ。
部屋の前でトントンと2回ほどノックし返答を待つが反応はない。
もう一度ノックをしてみるが結果は同じだ。
しょうがないのでドアを開けて部屋へと足を踏み入れる。
意外と綺麗、というのが最初に出た感想だった。物だらけの汚い部屋を想像していたので少し拍子抜けしてしまう。
部屋の中を見渡すとほとんどがサッカー関連の雑誌やグッズで埋め尽くされていた。
円堂らしい部屋だと思いつつカーテンを開け日差しを入れる。
当の円堂はというとすやすやとまるで赤ん坊のように熟睡している。
「円堂君、起きてください!」
声をかけてみるが起きる様子はない。
「起きてください、朝ご飯ですよ!」
今度は肩をゆすってみるがやはり起きる気配もない。
これは何をしても起きそうにない。そう思える程に熟睡している。
俺はどうやったら起こせるか思考を巡らせある考えに至った。
さっきよりも強く肩をゆすってみる。
「円堂君!朝ですよ、サッカーしましょう!」
「サッカー!!!」
サッカー、という単語に反応したのか円堂が一瞬で飛び起きた。
「あれ?天川、サッカーは?」
まだ少し寝ぼけているのかキョロキョロと頭を振っている。
というか危ない…危うく俺の頭に激突するところだった。
「おはようございます円堂君。朝ご飯できたみたいですよ」
「ん?そうかわかった」
まだ半開きの目を擦りながら円堂はとぼとぼ歩いて部屋を出る。
なんともまあ不安になる歩き方だ。フラフラしている。
そんなことを考えていると案の定階段から大きな音と共に彼の悲鳴が聞こえてきたのだった。
♦♦♦♦♦
「大丈夫ですか?だいぶ激しく落ちてましたけど」
「ああ、これくらい平気だ!鍛えてるからな!」
朝食を食べ終え、俺と円堂は学校にむけて歩いていた。
現在時刻は7時15分、始業時間は8時30分だが円堂はいつも朝練をしているためこの時間になるみたいだ。
朝練するのはいいが自力で起きてもらいたいものだ…
しばらく歩くと前方に大きな鉄塔が見えてきた。
イナズマの飾りが特徴的だが光はまだ灯っていない。
「学校から少し離れるんですね」
「俺がいつも特訓してる場所があるんだ。天川もきっと気に入るぜ!」
長々と続く階段を登り終え、開けた場所に出た。前方に見える木には一般的なものの倍以上はある大きなタイヤが吊るされている。
近くには踏ん張った後だろうか、地面がえぐれている箇所がいくつもあった。
「なんですか?このタイヤ…」
「特訓に使うんだ。こうやってな」
そう言うと彼はタイヤを掴み前方に押し出した。中に投げ出されたそれは勢い良く加速し襲いかかる。
横目で見てもかなりの迫力だが臆することなく彼は迫り来るタイヤを受け止めた。
「なんというか…めちゃくちゃですね」
「そうか?でもこれが1番キーパー力がつくんだよ」
傍から見るとぶっ飛んでいるがこの特訓があの見事な必殺技に繋がったのだろう。彼の努力は周りの地面と傷ついたタイヤを見れば容易に想像できた。
「私もやってみていいですか?」
「え、いいけど大丈夫か?」
一応周囲を確認し、タイヤを力いっぱい押し出した。ギシギシと嫌な音を立てながら、タイヤが加速しむかってくる。
「ッ!?」
想像以上の迫力に思わずジャンプし5mほど後退してしまった。間近で見るとすごい迫力だ。
「すごいジャンプ力だな!豪炎寺にも負けてないんじゃないか?」
「ドリブルとジャンプ力には少し自信があるんです。こんな形で見せちゃったのは恥ずかしいですけど」
思わぬ形で披露してしまった自分の特技に頬をかき赤面する。
「そうだ!俺のお気に入りの場所を見せてやるよ!」
言い終わる前に彼は広場の奥にある階段を上っていった。
突然の提案に戸惑いつつも俺は彼の後に続いていくのだった。
「どうだ?すげぇだろ!」
俺たちは稲妻町の象徴とも言える鉄塔の上にきていた。
眼下にはミニチュアサイズの稲妻町が広がっている。
「すごい…いい眺めですね」
「だろ!!ここ、俺のじいちゃんのお気に入りの場所だったんだぜ!」
「おじいさん?」
「ああ、俺の部屋に写真があっただろ?あれ、俺のじいちゃんなんだ」
先程彼の部屋に入った時のことを思いだす。そういえば円堂によく似た人物の写真があったはずだ。
「俺のじいちゃん、すげぇサッカー選手だったんだぜ!ほら、これじいちゃんの特訓ノートなんだ!」
円堂がカバンから1冊のノートを取り出した。随分古いもののようで所々黄ばんでいる。
というか…
「これ、読めるんですか?」
何かの暗号と見まごう程の字の汚さに思わず声が出てしまった。
「ああ、こことか見てくれよ!ゴッドハンドの極意が書いてあるんだぜ!」
彼が指さしたページに目をやるがダメだ。1文字も読めない…
「じいちゃん、俺が生まれる前に死んじゃったんだ。だからこのノートは天国からじいちゃんが届けてくれたって思ってる」
「このノートによると、じいちゃんはサッカーで悩んだらここに来てたんだってさ。だから俺も何かあった時はここに来ることにしてるんだ」
俺たちは鉄塔の景色を眺めながら会話を続けた。
正直凄いと思う。おじいさんという目標を追いかけ、必死に努力する彼が…
「天川はなんでサッカーを始めたんだ?」
唐突な円堂の何気ない質問に言葉が詰まる。
俺がサッカーを始めた理由…。玲奈が手渡してくれた物がたまたまサッカーボールだったから…転生した先がたまたまサッカーアニメのイナズマイレブンの世界だったから…どれも薄い。隣の彼に比べると圧倒的に。
「サッカーが好きだからです。単純ですよ」
ゆえに今思いつくもっとも無難な回答を選んだ。少なくとも彼に自慢げに発言できるような理由を俺は持ち合わせていない。
「そっか、やっぱ楽しいよな!サッカーは!」
無邪気笑う彼に俺も微笑みを返す。朝日に照らされた街並みが、今だけは少し眩しく感じた。
「さて、そろそろ学校に行くか。遅刻したら大変だからな」
彼はハシゴに手をかけると1段ずつ降り始めた。ある程度降りたのを確認し、俺もゆっくりと地面を目指す。
無事降り終えたところで近くにあった時計を確認する。8時10分、ここから学校まではそう遠くないので十分間に合うだろう。
「そういえば」
円堂が何か思い出したように口を開いた。
「天川転入生だから早く行かなくていいのか?」
「あ、」
それから数分後、俺と円堂は息を切らしながら職員室に駆け込むのだった。
化身は出した方がいい?
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出した方がいい
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出さない方がいい