「豪炎寺君、あなたにはチームを離れてもらいます」
今後の方針も決まったところで、瞳子監督が発したその言葉。それを瞬時に理解できる人はこの場にはいなかった。
「今なんて言ったっスか?離れろとかなんとか…」
「監督、どういうことですか?」
「私のチームに豪炎寺君は必要ない。それだけのことよ」
「それじゃ答えに……おい豪炎寺!」
何も言わずに去ってしまった豪炎寺君を守君が追いかける。そこでようやく現実を認識した私は思わず監督に詰め寄った。
「今日の試合でミスをしたからですか?それにしたっていきなり追い出すなんてやりすぎです!」
「天川の言う通りです!それに豪炎寺は雷門のエースストライカー、豪炎寺無しではエイリア学園には…!」
「私の使命は地上最強のチームを作ること、そのチームに彼は必要ないわ」
「だからそれじゃあ答えになってないです!せめて具体的な理由を説明してください!私には豪炎寺君が必要ないなんて思えません!」
「説明する必要はないわ」
強引に話を切られて私達は絶句するしかなかった。染岡君はそれでも監督に食ってかかったけど監督の答えは変わらず堂々巡りが続いた。そして数十分経った頃に守君が戻ってきた。
「守君、豪炎寺君は?」
「……行っちまった」
「お前…なんで止めなかったんだよ!」
「俺だって止めたかったさ。でも、あいつの顔を見てたら…できなかった」
悔しそうに話す守君の顔を見て、私達は何も言えなくなってしまった。
「でも、豪炎寺は必ず戻ってくる!俺はそう信じてる!」
それは笑顔にしてはあまりに歪なものだった。守君だって本当は不安なんだ。新たな敵に今までチームを引っ張っていた相棒とも言えるストライカーの離脱。
だけどキャプテンとしてそれを表に出すわけにはいかない。そんな使命感が彼の中にはあるのだと思う。
チームに不穏な空気が流れる中、誰かの携帯が鳴った。
塔子ちゃんだ。
「もしもし、スミス?……え!?パパが見つかった!?」
♦♦♦♦♦
時は少し遡り雷門vs世宇子の決勝戦翌日。
辺り一面の雪景色、その中に佇む学校があった。
北海道、白恋中学。特に秀でた特徴がある訳でもない普通の学校。サッカー部に関してもやっと活動できている程度の弱小チームだ。
だがそんなチームに一人、全国でもトップクラスの実力を持つ選手がいた。
―――吹雪士郎―――
『ブリザード』 『熊殺し』 『雪原のプリンス』
様々な異名で呼称される彼だがその実力を生で見た者は少ない。それは彼が公式戦に参加しないからであり、故に彼の実力は噂程度で囁かれるものだった。
そんな彼を有する白恋中学サッカー部はその日より一層練習に励んでいた。そのきっかけはフットボールフロンティア決勝、雷門中vs世宇子中の試合をテレビで見たからだ。サッカープレイヤーならばあの熱戦を見て興奮しない者はいない。
「あ、ごめん吹雪君」
「どんまいどんまい、気にしないでいこうよ」
パスミスをした荒谷に優しげに声をかける吹雪。噂ばかりが先行して怖いイメージを持たれることもある彼だが本来は物腰柔らかな優しい少年であった。和やかなムードに包まれる中、風を切る音と空気を裂いて飛来する何かを彼は直感的に感じ取った。
冷気を纏ったボール。
自らの頭部めがけて飛んでくるそれを、彼はオーバーヘッドキックで蹴り返した。
それは先程荒谷がフィールド外に飛ばしたボール。
半ば直感で蹴ったので加減ができずにかなりの威力で蹴り返されたボールは、その先にいる人物によって軽くトラップされ足元に落ちる。
「さすがは吹雪士郎。今のを蹴り返すとはやるじゃないか」
グラウンドの外からパチパチと拍手をしながら少年がボールを蹴りつつ歩いてくる。白髪に赤色のベストのような服を身に纏った少年は遠慮する様子もなくフィールド内へと侵入した。
「君は誰だい?いきなりボールを蹴ってくるなんて関心しないな」
「俺はユウチ。吹雪士郎、俺と勝負しないか?」
ユウチと名乗った少年を吹雪は冷ややかに睨みつける。さっきのボール、自分以外に飛んできていたら大怪我は免れなかっただろう。しかも蹴った本人はそれを気に止めないでいきなり勝負しようなどと挑発してくる。彼が怒るのも当然だった。
「勝負?何の勝負かな?」
「もちろんサッカーだ。俺とお前でボールを奪い合って先にゴールを決めた方が勝ち、どうだ?」
いきなりボールを蹴り込んでくるような見知らぬ少年からの申し出など受けるはずがない。そもそもこちらにメリットが皆無だ。そう判断した吹雪はその勝負を断ろうとする。が、それに待ったをかける人物がいた。彼の中のもう一人の彼だ。
(なんか面白そうじゃねぇか。やろうぜ士郎、あいつなかなか強そうだぜ?)
「……アツヤ」
瞬間、彼がマフラーに触れると周囲を雪風が覆った。彼の姿は豪雪に消え、徐々にそれが晴れていくとガラリと雰囲気の変わった彼の姿があった。
「いいぜ、その勝負受けてやる」
さっきまでのとろんとした目とは真逆の鋭い眼光でユウチを睨み彼は言った。それを聞いたユウチは満足したように不気味に笑いボールを吹雪に渡した。
「まずはお前の攻撃からだ。始めようか」
「へ、上等だ。後悔すんなよ」
ゴール前に立ったユウチを見据えると、吹雪はセンターサークルからドリブルを開始した。全国クラスの速度から繰り出されるドリブルでぐんぐんゴールに迫っていく。
「……!あの人動かないよ!?」
「どういうつもりだ……」
フィールドの外に移動していた白恋イレブンから驚きの声があがる。ユウチは未だに涼しい顔でゴール前に立っていた。
「舐めやがって……これでもくらいやがれ!」
吹雪がボールを足で掴んで回転をかける。すると冷気がどんどん集中していきボールは氷の塊となり宙に投げられた。
「吹き荒れろ…エターナルブリザード!!」
回転しながら遠心力を利用しボールを蹴りつける。氷塊は吹雪を纏いながらゴールを、そしてゴール前のユウチを狙い迫っていく。
辺りを凍てつかせる程の強力なシュート。その場にいた誰もが決まったと思った。しかしすぐにそれは間違いだったと思い知らされる。
ユウチは迫り来る氷塊に一切怯むことなく、少し飛び上がり、軽くトラップでもするかのようにシュートを胸で受け止める。進路を阻まれたエターナルブリザードは完全に威力を削がれてユウチの足元にこぼれ落ちた。
「な!?」
「吹雪君のエターナルブリザードが!?」
「あんなに簡単に……」
その光景に白恋イレブン、そして吹雪本人の口からも驚愕の声が漏れる。一度として止められたことのない技をこうもあっさり止められ、吹雪は動揺を隠せない。
「こんなものか?もっと楽しませてくれよ」
挑発的に笑うユウチ。それに苛立ちを覚えた吹雪だが、すぐに守備のために自陣のゴール前まで戻って行った。そこに到達した頃には、彼は元の雰囲気が変わる前の姿に戻っていた。
身構える吹雪、するとユウチはゴール前からドリブルで進むのではなくシュート体勢に入った。
「……!?」
ユウチの背後に凍てつく冷気を纏ったような鋭い視線の女王が現れる。フィールドを覆い尽くすような吹雪が吹き荒れ、極寒の冷気がボールに凝縮されていく。それはエターナルブリザードの比ではなかった。
「アイシクルロード!!」
ゴール前から反対側のゴールへ、大地を凍てつかせながら豪雪の氷塊が突き進む。その超が付く程のロングシュートは全く勢いを衰えさせることなく吹雪を巻き込みながらゴールに突き刺さった。
そのあまりの光景に白恋イレブンは動くことができない。しかし数秒後我に返ったように吹雪の元へと駆け寄った。
「吹雪君!大丈夫!?」
「……ああ……平気だよ、……うぅ」
チームメイトに支えられなんとか立ち上がった吹雪、辛うじて意識こそ保っているものの身体はボロボロになっていた。
「どうだ?己の無力さを感じてもらえたか?」
吹雪を見下ろしながらユウチがほくそ笑む。怯えながらも睨みつけてくる白恋イレブンの面々を無視し、彼は吹雪にある提案をする。
「俺がお前を強くしてやる。もちろん拒否はしないよな?」
唐突なその提案に一同は困惑の表情を浮かべた。
「君の……目的は……?」
途切れ途切れな吹雪の言葉にユウチは微笑を浮かべながら答えた。
「俺達の未来のためさ」
♦♦♦♦♦
塔子ちゃんの携帯に入った連絡はお父さん、つまり総理が見つかったというものだった。そのためゴットエデンの前にTMキャラバンで国会議事堂へと向かった。塔子ちゃんは無事にお父さんと再開して、正式に雷門イレブンへと加わった。
ちなみに時間移動はしていないとはいえ初めてのタイムマシンにみんな驚いたり、興味津々に楽しんだり様々だった。そしてたどり着いた先は無人島、だけど島の半分は地面が抉れたり木がなぎ倒されたりめちゃくちゃになっていた。
「これは……酷いな」
「ザナークの仕業だよ」
TMキャラバンは廃墟のような建物の跡がある場所に降り立った。そこはザナークの被害を回避することができたのか比較的綺麗に残っていた。
「ここは僕にとっても特別な場所だからね。ここだけは必死に守ったんだ」
シュウ君はそう言うと、大きな木の下にあったお地蔵様のようなものを見つめた。
「これは?」
「この島に伝わるサッカーの神様だよ」
確かにそれの頭にはサッカーボールのような球体が乗っていた。私はなんだか可愛く思えてきてそれの頭を優しく撫でた。
「それじゃあ特訓を始めようか。この島の自然を使えば、君達は格段に強くなれるよ」
シュウ君の指示の元で特訓が始まった。だけどその特訓はきついなんてものじゃなかった。激しい激流をタイヤに乗って下ったり、池に生えている大きな蓮の葉の上を落ちないように飛んでいったり、砂丘を木の板で滑り降りたりだ。
島のあちこちから悲鳴が聞こえてくる。私はそれを聞きながらシュウ君に連れられてみんなとは違う場所に移動していた。
「君はチームの中でも身体能力がずば抜けて高いみたいだからね。特別にここで特訓してもらうよ」
私達の目の前には高さ100mはありそうな崖がそびえ立っていた。
「……まさか……これ?」
「そう、岩がとび出てるところがあるだろ?そこを使ってジャンプで登っていってもらう。手を使ったらダメだよ」
いやこれめちゃくちゃ高いけど……落ちたら普通に死ねるんじゃない?
「とにかくやってみるよ。ほら!」
シュウ君はとび出てる岩を見極めてどんどん登っていく。私はしばらくそれを眺めていたけど覚悟を決めて彼に続いた。
「うわぁ!たか!」
半分くらい登ったところで下を見たら木々が米粒のように小さく見えた。さすがにここまで高いところまで来たことはないので完全に萎縮してしまった。
「大丈夫!落ち着いて岩の形を見極めれば登りきれるよ」
いつの間にか上に到達していたシュウ君が私にアドバイスをくれた。それを聞いて頭の中で右、左とルートを見定めてどんどん登る。そして数分後に遂に頂上にたどり着いた。
「……ハァ…死ぬかと思った」
「すごいね、一回目で登りきれるとは思わなかったよ」
「シュウ君は毎日こんな特訓をしてるの?」
「……まぁね」
崖から海を見つめる彼の目は酷く寂しそうに思えた。彼をじっと見ていると視線に気づいたのかこちらを振りむいた。
「ねぇ、君はなんでサッカーを守ろうと思うの?こんなに大変な思いをしてまで……」
「え?……う〜ん、色々あるけど……やっぱりサッカーが好きだからかな」
「サッカーが好き……か。やっぱり君は面白いね」
「シュウ君は違うの?」
私がそう聞くとシュウ君は顔をしかめて黙ってしまった。数秒の沈黙の後、再び海を見つめて彼は口を開いた。
「この島では昔からサッカーで全てを決めていたんだ。ある干ばつの年に村を救う為に神への生贄を誰にするか、サッカーで決めることになった。負けた方に属する少女を生贄にする、それがルールだった。片方の少女には兄がいた。彼はどうしても妹を救いたかったんだ。だから対戦相手に自分に有利な戦いをするように約束させた、こっそりお礼を渡してね。でも、それは結局バレてしまって……妹は生贄にされた。彼は妹を守ることができなかった……勝つ自信と、戦う勇気さえあれば……あんなことは……!」
シュウ君はそこまで話すと歯ぎしりをして拳を握りしめた。その様子に私は違和感を覚えた。昔話をするように話していたけど……もしかして………。
「その男の人って……シュウ君のこと?」
「……どうしてもそう思うの?」
「なんとなく…シュウ君、悲しそうな顔してたから」
「……この島はサッカーに呪われているんだ、いやもう手遅れだ。サッカーは強くないと何の意味もない。何も守れないんだ……」
「……確かにそれもあるかもしれないけど、サッカーは楽しいものだよ?」
シュウ君の言葉にそう返すけど、彼は海を見つめたまま立ち上がると
「……楽しくても意味が無い……強くなければ価値がないんだよ」
そう言ってその場を立ち去っていくシュウ君。私はその背中を見つめながらその場に座っていた。それからしばらく、彼の言葉が頭から離れなかった。
化身は出した方がいい?
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出した方がいい
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出さない方がいい