全ての始まりはあの事故からだった。
俺と父と母、そして運転手である使用人を乗せた車が信号無視で飛び出してきたトラックと激突した。
車は大破、父と運転手は即死、赤ん坊だった俺を抱いていた母も救急車で搬送中に亡くなったらしい。
そんな中何故か俺だけが全くの無傷だったらしい。普通に考えればありえない事だ。いくら母に抱かれていたとはいえ、トラックと衝突して傷一つないなど。
目撃者によると、トラックと車が衝突した際に緑色の光が辺りを包んだらしいが真偽はわからない。
そうして親戚に引き取られた俺を待っていたのは文字通りの地獄だった。
暴力、暴言は当たり前。食事抜きにされたのも1度や2度ではない。玲奈がいてくれなかったら俺は間違いなく死んでいたと思う。
「お前は不要な人間だ。生かしてもらってるだけありがたく思え」
「なぜお前だけ生き残った。バケモノめ」
「早く死ねばいいのに、役立たず」
不要な人間、役立たたず、死ねばいい、バケモノ
全て本当のことだ。誰も自分を必要となんてしていない。
そんな時、あることがきっかけで前世の記憶が戻った。あれは叔父に殴られた時だったか…記憶が戻ったといってもごく一部、だが俺はそれに縋った。
天川羽花の人生は偽物で、本当は幸せに生きていたはずだと思わせてくれる。
この死にたくなるような人生にも意味を持たせてくれたような気がしたから…
その日から『私』は『俺』になった。
♦♦♦♦♦
何も聞こえない静かな自室で目を覚ます。
…昔の夢を見ていたようだ。
気分は最悪だったが、何とか起き上がり携帯で時間を確認する。
8時30分、今日は木野達と11時に待ち合わせをしているので十分間に合う時間だ。ちなみに今日の部活は休み、昨日の帝国戦で疲れてるだろうからという監督の配慮だ。
ベッドから抜け出し身体を伸ばす。
着替えようとクローゼットを開ける。そこにはジャージとユニフォームが入っているだけだった。
そういえば唯一持っている私服は洗濯中だっけか…我ながら女子力の欠けらもない。
どうしようかと悩んだが結局ジャージに着替えた。
今日は部の備品の買い出しを手伝うだけなので問題ないだろう。
どうせジャージに着替えるなら少し練習してから行くことにしようか。
俺はそそくさと身支度を整えて、目的地に向かった。
♦♦♦♦♦
俺が練習を終えて集合場所である商店街の喫茶店に到着したのは待ち合わせ15分前のことだった。既に木野、音無、夏美が集まっている。
「あ、羽花ちゃんこっちだよ!」
俺に気付いた木野が手を振って声をかけてきたので空いている席に座ると全員がこっちをじっと見てきた。
「えっと…なにか?」
「あなた、なんでジャージなの?」
ああ、そういうことか。3人共可愛らしい服で身を包んでいる。そんな中1人だけジャージの俺は浮いてるのだろう。
「もしかして羽花さん、私服持ってないんじゃ…」
「いやいや、さすがにそんなわけ…」
「あはは、実は1着だけ持ってるんですけど洗濯中でして」
頬を掻きながらそう言うと全員が信じられないような物を見たような顔をして絶句した。
「…予定変更よ。先にあなたの服を買いに行きましょう」
「ふぇ?」
「いいですね!私コーディネート得意なんですよ!」
う〜ん、正直服なんて今持ってるので十分な気がするがしょうがない。どうやら断ることはできないようなので黙ってついていくか。
すると夏美が携帯を取り出し誰かに電話をかけて車を出すように指示した。
「あの…夏美さん?どこに向かうつもりなんですか?」
「ショッピングモールよ。こんな商店街の服で私が満足すると思って?」
恐る恐る尋ねると彼女は堂々と答えた。俺が考えてたより本気なようだ。
「ショッピングモールなんて久しぶりです!」
「私も。楽しみね!」
2人も乗り気なようだ。出費がかさむのは勘弁して欲しいものだが…
数分後、雷門家の自家用車が到着した。
昔ながらの商店街には場違いに感じる黒い高級車だ。
「さあ、乗ってちょうだい」
「こんな高そうな車に乗ってもいいのかな?」
「さ、さあ?」
「おじゃましまーす!」
あまりの高級感におどおどしている俺達をよそに音無が楽しそうに乗り込んでしまった。
それに続いてゆっくりと後部座席に乗り込んだ。甘いバラのような香りが車内を漂っている。夏美の趣味だろうか?
「それでは出発いたします。皆様、シートベルトはしっかりと」
運転席の執事さんがそう言うと車が走り始めた。乗り心地も快適だ。
「そういえば…羽花さん、キャプテンと一緒に住んでるんですよね?どこまで進んだんですか?」
「はぇ?」
音無の唐突すぎる質問に思わず間抜けな声が出てしまった。というかなんで知ってるんだ…
「あ、もしかしてもうキスくらいはしてます?」
「し、してないです!私と守君はそんな関係じゃないです!というかなんで知って…」
そこまで言ってハッとした。このことを知ってるのはサッカー部では豪炎寺と木野だけだ。無口な豪炎寺が喋るとは思えないし…
隣の木野を見ると目を逸らして窓の外をじっと眺めている。が、額に変な汗をかいているのがバレバレだ。
「木野さん、もしかして…」
「ごめんなさい…!音無さんの勢いに負けちゃって」
観念したのか両手をぱちんと合わせ謝罪してくる木野。別にそこまで怒ってないのでいいのだが。
「その話、詳しく聞かせてもらえるかしら?」
助手席からの強烈な視線を感じ取り、目を向けると微笑みつつもまるで蛇のように鋭くしっかりとこちらを睨んでいる夏美がいた。というかものすごく怖いんですが…
「あ、えっと雷門さんこれは…」
「ふふ、冗談。知ってたわ。これでも理事長の娘よ。転入手続きの書類くらいチェックしてるもの」
あの目はマジだったと思うけど…口に出すとどうなるかわかったもんじゃないから言わないでおこう。
そんな感じで談笑していると、30分くらいでショッピングモールに到着した。さすが東京なだけあって大きめな店舗だ。ファッション系のお店も充実していて、1フロアがまるまるレディースファッションのエリアなようだ。
「あの…さすがに多くないですか?」
入口近くにあった店舗に入るなり、服を選んでくるから待っているよう言われて10分少々。3人が山積みの服を持って戻ってきた。それ前見えてるのかな?
「あら、これでも少ないくらいよ」
「羽花ちゃん可愛いからなんでも似合いそうでつい…」
「ささ、早く試着しましょう!」
音無に腕を引かれやや強引に試着室に連行された。そして次々と差し出される服を順に試着していく。彼女らが持ってきたのはどれも女の子らしいワンピースやカットソー、ミニスカートなどだ。
「私には可愛すぎる気がするんですけど…」
「そんなことないですよ!すごく似合ってます!」
「うん!可愛い!」
「あなたはもう少し自分に自信を持ちなさい」
小一時間ほど着せ替え人形にされてようやく試着が終わった。いつの間にか服の山は2つに分かれている。どうやら気に入ったものとそうでないものを選別していたようだ。
「わあ!このコーデすごく可愛いですよ!どうですか?」
今着ているのは白いブラウスにレースがあしらわれた膝丈ほどのスカート。胸元には赤く細いリボンが結ばれている。
「うん、いいわね。店員さん今着ているのとこっちにある服、全部いただけますか?支払いはこのカードでお願いします」
そう言いながら夏美が左手で山積みの服を指さし、もう片方でカードを差し出した。
「え?いや私はこの服だけでいいですけど…ていうか自分で払いますよ?」
「大丈夫、お父様の許可はさっきとったわ。その代わり、全国大会では絶対に活躍すること。これは理事長の言葉でもあるわ」
そういう問題じゃ…と店員さんが畳んでいる服の山をチラっと見る。これ全部でいくらなんだろうか。高級店じゃないとはいえこれだけの数なら数万円はくだらないと思うんだけど…
「帝国戦での活躍のご褒美と思ってもらえばいいわ。今後の活躍への期待も込めてね」
「そんな…私なんて大したことないですよ。守君や豪炎寺君の方がずっと…」
右手を左右に振って否定する。皇帝ペンギン2号を止めてみせた円堂やパワーシールドを攻略した豪炎寺の方が遥かに活躍していた。俺なんてまだまだだ。
「さあ、次は靴を見に行くわよ。その後はアクセサリーね」
「おーー!!」
そう言って夏美と音無は次の店舗へと向かってしまった。
「羽花ちゃん…大変ね」
「あはは、でも楽しいですよこういうの」
そんな2人の背中を俺と木野は急いで追いかけるのだった。
♦♦♦♦♦
一通り買い物を終えた帰りの車内、買い物疲れか夏美以外の3人は後部座席でぐっすり眠っている。
その中でも真ん中に座ってる少女…天川羽花を夏美はじっと見つめていた。
羽花が転入する前日、夏美は羽花の従者から彼女の生い立ちを聞いた。
日本でも指折りの大企業、天川財閥の令嬢であること。幼い頃に両親を亡くし、親族に引き取られたこと。その親族から酷い仕打ちを受けていたこと。
そんな生い立ちからか羽花は異常に自己肯定感が低い、と夏美は感じた。
彼女のサッカーの実力は本物だ。それは今までの2試合ではっきりわかってることだった。勉強も編入時の試験で満点近い点数を出しているし、容姿だってそこらの男なら一瞬振り向いてしまうほど整っている。
にも関わらず褒めても自分なんてと否定されてしまう。
謙遜しているわけではない、本心からそう思っているようだった。
夏美はそんな羽花に自分を重ねていた。彼女も幼い頃に母を亡くしている。だから羽花の気持ちもわかっているつもりだ。だが決定的に違うのは夏美には父親がおり、愛情をたっぷり注がれて育った。親の愛をまともに受けたことのない羽花とはそこが明らかに違う。
だからこそ夏美は羽花を助けたいと考えた。理事長代理として、そして何より仲間ーー友として。
(他人のためになにかしたいなんて思ったのは生まれて初めてね…円堂君のが移ったのかしら…)
クスッと笑い夏美は自身に影響を与えたであろう人物の顔を思い出すのだった。
♦♦♦♦♦
ガタン、というか揺れで目を覚ます。
まだ眠い目を擦りながら窓の外に目をやると、見慣れた光景が広がっていた。
「さあ、着いたわよ起きて」
いつの間にか円堂家の前に到着していたらしい。服を買ってもらった上に家の前まで送ってくれるなんて至れり尽くせりだ。両隣には既に木野と音無の姿はなかった。どうやら先に降りたらしい。
「ごめんなさい。私寝ちゃってて」
「いいえ。それよりほら、荷物降ろすの手伝ってちょうだい」
手渡された大量の紙袋を抱えて車を降りる。服だけでなく靴やアクセサリーもあるため両手でも持ちきれない程だ。一旦部屋にそれらを置いてから、車の前に戻る。
「今日はありがとうございました。お金はちょっとずつ返すので」
「別にいいわよ。何度も言うようだけど、あなたには期待してるの。試合の結果で返してくれればいいわ。それと…」
そう言うと夏美はピンクのリボンが結ばれた小さな小包を取り出した。
「これ、私と木野さん、音無さんからのプレゼント。さっきのお店で買っておいたの」
いつの間に…全然気づかなかった。「開けてみて」と言われ、リボンを解き中身を取り出す。それは白いうさぎの飾りがついたヘアピンだった。
「あなたに似合うと思って、みんなで選んだの。どうかしら?」
「ありがとうございます。でも、私に似合うかな…」
「はあ、あなたってホントに自分に自信がないのね…もっと堂々としてればいいのに」
やれやれとため息をこぼす夏美。その時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「あれ?2人でなにやってんだ?」
振り返るとボールを抱えた円堂がいた。全身泥だらけのところを見るに特訓してきた後のようだ。
「あなた、休みだっていうのに特訓してきたの?まったく…相変わらずのサッカー馬鹿ね」
「へへ、昨日の帝国との試合スゲー熱かったからさ。なんかじっとしてられなくって」
円堂らしいというかなんというか…まぁ俺も今朝練習してたからあんまり人のこと言えないんだが。
「それより円堂君?天川さんになにか言うことがあるんじゃないかしら?」
夏美がそう言うと円堂は俺の方に視線をやる。多分、服のことを褒めろってことなのだろうが円堂がそこに気づくかどうか。
「あ、そうか!特訓、羽花も誘えばよかった!ごめんな!」
拳を手のひらにポンと置き、自信満々に答えた。
そのあまりに的外れな答えに、俺達は揃ってズッコケるのであった。
化身は出した方がいい?
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出した方がいい
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出さない方がいい