インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録   作:魔法科学は浪漫極振り

1 / 33
 無から有は生じない。科学の基礎中の基礎、エネルギー保存の法則を知る者であれば誰でもわかる理屈である。しかし人々は20世紀に誕生した原子力同様、インフィニット・ストラトスとその動力源であるISコアがもたらす恩恵にのみ着眼し、自らを盲目とした。それ故にISコアが生み出す膨大なエネルギーが今ある世界とは別の、観測できない『何処か』から引き出されている事実を知る者は開発者の篠ノ之束のみである。しかし彼女はこの事象に関して人類に報告も警告も出してはいなかった。

 エネルギーとは様々な姿がある。一般的なものでは電気・運動・光・音・熱など、形態も多彩である。ISコアが別の世界から引き出すエネルギーは人類に馴染み深い電気エネルギーとして精製される設計となっているが、元のエネルギー源が、どのような代物かは、篠ノ之束ですら正確には把握できていない。

 ……その正体は『精神エネルギー』。知的生命体が死した際、宇宙に拡散される目には見えない無形無色のエネルギー体であり、通常であれば死者の意識は星の大海に溶けて消え去るが、強固な意思を持つ者の思念波は時として残留し、宇宙空間に漂う場合があるなど、この世界の誰もが想像だにしないであろう。

 そしてIS誕生から十年後。インフィニット・ストラトスの存在する世界とは異なる地球圏において勃発した戦いを、己の才覚を試す劇場とした傲岸不遜な男の遺した思念波はISコアに導かれ、とあるISと深く結び付いてしまった事を知る人間は、まだ世界の何処にもいなかった。


第一部 IS学園編・再動の宣教者
第一話


 ────重力の井戸の底か。……不快だな

 

 

「ん?」

 

 

 女性でしか動かせないインフィニット・ストラトスを起動させた少年、織斑一夏は女性率100%のIS学園に男一人で送り込まれてしまった自身の不幸を嘆き、いまいちやる気を見出せずにいた頃、クラス代表を決める話し合いの場においてイギリスの代表候補生セシリア・オルコットと売り言葉に買い言葉の口論へ発展。最終的にISバトルで決着をつける流れとなっていた。そして今日がその対戦当日、時間も試合開始直前である。

 

 長らく待たされ、ようやく届いた自身の専用機、日本の倉持技研によって開発された第三世代IS『白式』を起動させたところで、彼の脳裏に知らない誰かの声が聴こえた。いや、言葉が走ったと言うべきか。表現はともかく、彼の思惟に『()()』の声が響いた気がしたのだ。稼働を始めたハイパーセンサーで周囲を見回すが、結局、声の主らしき人物は何処にも見当たらなかった。

 

 

「どうした織斑。機体に不備でもあったか」 

 

 

 一夏の様子を不審に思ったのか、実姉であると同時にクラス担任でもある織斑千冬から声をかけられた彼は謎の声への疑念を振り払い、姉と視線を交わす。

 

 

「いや、なんでもないよ。千冬姉」

 

「織斑先生だ。いい加減に慣れろ、馬鹿者」

 

 

 学園での生活が一週間経つというのに、未だに姉呼びの癖が抜けない愚弟に嘆息しつつ、アリーナの使用時間の都合でファースト・シフト完了前に試合に送り込む旨を伝えると一夏はそれを了承。傍らで見守る幼馴染の篠ノ之箒と言葉を交わしてISをアリーナへと射出するカタパルトに接続する。ついで管制室から発信許可が下りた。

 

 

「織斑一夏、白式が出ます」

 

 

 彼の言葉に合わせて、カタパルトが起動。勢い良く一夏と白式は空へと放り出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく来ましたのね」

 

「あぁ、待たせたな」

 

 

 アリーナに飛び出した一夏は対戦相手のセシリアの正面で停止。同時に彼女の専用機である青い装甲のISを確認する。名は『ブルー・ティアーズ』。イギリスが開発した第三世代ISであり、光学兵器による遠距離射撃に特化した機体だ。

 

 

 ────両手持ちの大型ビームライフル。火力は十分だろうが、取り回しに難があると見える

 

 

 セシリアをまっすぐに見ていた一夏の視線が、『()()』に誘導されるかのように彼女が所持するレーザーライフル『スターライトmkⅢ』へ向けられる。その視線を怯えと認識したのか、彼女は一夏にひとつの提案を出した。

 

 

「最後のチャンスをあげますわ」

 

「……チャンスって?」

 

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ?」

 

「そういうのはチャンスとは言わないな」

 

 

 ────随分と気位の高そうな娘だ。さて、実力は如何ほどか

 

 

「そう? 残念ですわ。それなら……お別れですわね!」

 

 

 ────左胸部、心臓狙い

 

 

 セシリアがスターライトmkⅢを構え、一夏に向けてレーザーを発射。放たれた指向性の光線は大気を焼き裂きながら一直線に飛んでいく。一夏は眼前に突如表示された警告のモニターに一瞬気取られたが、感じた『()()』に従って左のスラスターを噴かせて半身をずらし、右側へと回避する。

 

 

「う……くっ、いきなりかよ!」

 

「あら、それなりに動けるようですわね。では、これはどうかしら!」

 

 

 辛うじて初手を回避した一夏に対してセシリアは続けてレーザーライフルを僅かに射角をずらして二連射する。一夏は先程のように白式のスラスターを一気に噴かせて当たらない方向へと離脱を図ろうとするが。

 

 

 ────賢しいな。誘導されているぞ

 

 

「……ッ!」

 

 

 再び感じた『()()』に従って咄嗟に吹き出していたスラスターの一部を強引に停止、バランスを崩したものの、二射に続けて放たれた三発目を寸前で避ける。一夏は肝が冷える思いだったが、セシリアの驚きはそれ以上であった。

 

 

「今の攻撃を避けるなんて……」

 

 

 ISが思考制御だからこそ通用するフェイント射撃。射角を調整した二連速射に反応した相手は瞬間的に攻撃の当たらない、安全な回避先を選択し、そこへ本命の一撃を叩き込む。手練れには効果が薄いが、読み合いに疎い初心者ならば一度は引っかかってしまう。これを避けた以上、セシリアは一夏をハンティングの標的ではなく、己を害し得る敵と認識した。

 

 

「いいでしょう。あなたをわたくしの敵と認めて差し上げますわ。……ブルー・ティアーズ!」

 

 

 セシリアの発声と共に随伴していた四枚の青い羽根が飛び出す。その正体はセシリアの思考によって誘導され、本体から切り離された状態でも稼働する小型レーザー砲だ。

 

 

 ────ビット兵器か。手並みを拝見しよう

 

 

「さあ、踊りなさい! わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」

 

「……くるかッ!」

 

 

 四枚の羽根は先端からレーザーを撃ち出してくる。反撃の術を持たない一夏は一心不乱に回避する。回避、回避、回避回避回避。

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客席や管制室は騒然となり始めていた。セシリアのBT兵器展開から早数分。その間、四方から絶え間なく一方的にレーザーを撃たれている一夏がまだ一度も被弾していないからだ。スラスターの性能で強引に突破している訳ではない。使う推進力は最小限、手足を動かして、その動きと反動を利用して細やかにレーザーを避けている。ハイパーセンサー慣れしている熟練者でもここまで完璧な回避マニューバ―を使う者はいない。何よりも、曲芸じみた回避行動は相手の射撃を完璧に読み切っていなければ不可能だ。

 

 

「どうなっている……」

 

 

 千冬は一夏が今日までIS訓練をしていない事を把握していた。ISにまともに乗ったのは、入学前の模擬試験を除けばこれが初めて。ぶっつけ本番で弟にこのような動きが出来るはずがないと確信していた。だからこそ機体が原因と思われるが、倉持技研から送られてきたカタログスペックには武装が剣一本という、明らかに千冬を意識した初心者向けではない装備以外に特出した要素は見当たらなかった。

 

 

(あいつが何か仕込んだのか……?)

 

 

 IS絡みのイレギュラーとなれば、旧友の関与を懸念せざるを得ない。後ほどの追及を決め、今は試合の推移を見守る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ISって意外と簡単なんだな……)

 

 

 先程までの初実戦による緊張が噓のように、一夏は試合の最中でありながら気楽な考え事を行っていた。今なおセシリアに撃たれ続けている彼が、どうしてそんな真似ができるのか。……それは彼が()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 思惟に働きかけてくる『()()』を感じ取り、それに従って持ち前の身体スペックを活かし、反射的に肉体とISを動かしている。これによってIS初心者の一夏では絶対に対処できない降雨の如き光の連撃を躱し続けていられるし、慣れてきた今では考え事をする余裕まで出来ているのだ。当然、この動作はISの常識から考えれば異常な事である。しかし彼にはこれがISにとって普通の動かし方なのだという誤認識を持ってしまっていた。

 

 何故か。それは織斑一夏という少年が見知るISとは、姉が出場するトップレベルの人材が集う世界大会だけであり、一般的なISがどのように動くか知らず、知識もほぼゼロに近い。そんな彼に、白式と他のISとの差異に気付けという方が無理難題だろう。もしも入学から試合までの一週間で、穴だらけの知識をギッチリと詰め込むか、一度でも普通のISを動かす経験があれば気付けただろうが、既に手遅れだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして遂に攻撃が止み、思考を放棄し、反射に頼った回避運動を続けていた一夏も動きを止める。数分前に見たセシリアの気品と余裕を持った涼し気な顔は今や怒りで満ちていた。

 

 

 ────見どころはある。しかし、あの女とは比べるまでもないか

 

 

「あなた! ふざけていますの!」

 

「そんなつもりは無いぞ」

 

「ならわたくしを物笑いの種にしたかったのかしら!? おめでとうございます! 大成功ですわ!」

 

「いや、だから……」

 

「なんです!?」

 

「時間稼ぎだけど」

 

「はあ!?」

 

 

 その瞬間、閉じていた白銀の翼が左右に大きく広がり、フォーマットとフィッティングが完全に終わった事を告げた。一夏が勝負を焦らずに回避だけを続けていたのは、これを待っていたのだ。

 

 

「おし、ようやくか」

 

「ま、まさかファースト・シフト!? 今まで初期設定だけの機体であれだけ動かしていたというの!?」

 

「ああ、時間が無いから実戦でやれって千冬姉に言われてさ」

 

「……ッ!?」

 

 

 一夏は深く考えて試合前に千冬から言われた言葉を口に出した訳では無かったのだろう。だが、今の一言はセシリアの辛うじて残っていたプライドをズタズタに切り裂いてしまった。セシリアでは一夏にどれだけ攻撃しても勝てない。織斑千冬が、世界大会優勝者が最初からそう考えていたと言われたも同然だったからだ。そして何よりも、ファースト・シフトさえ完了させていない状態のISに対して一発も有効打を与えられなかったという無惨な結果が彼女自身、それが正しいと察してしまったからだ。

 

 

「…………降参、しますわ」

 

「えっ、なんでだよ。本番はここからだぜ?」

 

「わたくしでは、あなたに、勝てません……ッ!」

 

 

 震える声で言葉を絞り出したセシリアは、これ以上一夏が何かを言う前にコンソールを操作してサレンダーを選択、即座にピットへと飛び去ってしまう。試合の放棄。そして逃走。国家代表の候補たる人間が行って良い行動では無い。しかし今の彼女の心の内は怒りと嘆きの感情が綯い交ぜになり、冷静な判断を下せない状態になっていた。とにかく今はただ、この場から一秒でも早く立ち去る事だけが彼女の中の最優先事項であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏ッ! なんだあの戦い方は!?」

 

 

 急な試合の幕切れに困惑しながらも一夏はピットへ帰還。その直後、一夏は箒から罵声を浴びせられた。彼自身思うところがあったので、反発はしなかった。

 

 

「……やっぱり、まずかったよな」

 

「傍から見て、お前がオルコットで遊んでいるように見えたぞ」

 

「そういう意図は無かったんだ。ただ、ファースト・シフトまでの時間稼ぎのつもりで……」

 

「お前が相手を嬲るような奴ではないと私は知っている。だが……」

 

「俺をよく知らない奴から見たら、随分と嫌な奴だって思うだろうな」

 

 

 去り際のセシリアの泣き出しそうな表情を作ったのは自分だと分かっている。だからこそ、一夏は彼女にどのような言葉をかけるべきか、すぐに思いつかなかった。

 

 

 ────あの才、腐らせるには少々惜しいものだ

 

 

 それでも彼女にどう謝るべきかを考えながら、一夏はISを解除する。白式が消えた後に残ったのは白いヘアバンドであった。

 

 

「これがISの待機状態って奴か」

 

 

 一夏は用途通りに頭へ付けるか一瞬悩んだが、セシリアもヘアバンドを普段身に付けていた事を思い出し、右手首へ二重にして巻いておく事にした。

 

 

「……あ、そういえば千冬姉は?」

 

「確認する事があると言って出ていったきりだ。代わりにこれを預かっている」

 

 

 分厚い冊子が箒から手渡される。手に感じる重さは嫌でも中身の文章量を推察させられてしまう。

 

 

「な、なんだこれ?」

 

「専用機持ちが把握し、守るべき事項のマニュアルだそうだ。教科書と追加で覚えろと言っていたぞ」

 

「うげぇ」

 

 

 ただでさえ学習が遅れ気味なのに、ここで更に詰め込むべき内容が増えてしまった一夏は苦悶の声をあげた。

 

 

「俺一人じゃあ絶対無理だ。……なぁ、箒。これからもいろいろと頼っていいか?」

 

「ん!?あ、ああ! もちろんだ!」

 

 

 好意を抱く幼馴染に頼られる事、必要とされる事を箒は喜んでいたが、その直後、目の前の一夏が足をふらつかせた。倒れる事は無かったが、顔色はあまり良くは無い。

 

 

「お、おい大丈夫か?」

 

「あ、ああ。試合が終わって緊張が解けたからか……? 急に眠気が……」

 

「そうか。なら寮で一眠りしてこい。夕食までには起こしてやる」

 

「……悪い。今日はシャワーも先に使わせてもらうな」

 

 

 軽く頭を振って意識を取り戻した一夏は手早く片付け、寮への帰路を進む。その眠気が、白式の元となった白騎士が有する生体再生能力を『()()』が悪用した結果だとは、気付けなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。