インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録   作:魔法科学は浪漫極振り

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第十二話

 シャルル・デュノアの本名はシャルロット・デュノアである。彼、否、彼女はデュノア社からの指示で性別を偽ってIS学園へと編入。第三世代型ISの開発が滞り、凋落の兆しが見え始めたデュノア社の建て直しの為の広告塔として、同時に唯一の男性IS操縦者である織斑一夏と接触、彼の専用機のデータを入手する事になっていた。

 

 

 その為、シャルロットは可能な限り一夏と友好的な関係を取りつつ、隙を伺う必要があった。幸いにも入学当日の夕方には寮室の変更が行われて二人は同室となり、目標達成の機会は大幅に増えた。しかしながら、シャルロットは朝の合同演習以降、個人的な会話が出来ないでいた。昼食時は一夏が食堂までは案内してはくれたが、恋人である鈴の見舞いに向かってしまい、流石に見知らぬ相手の見舞いに付き添う厚かましさを持たないシャルルは一人で過ごす事になった。そう、つまりは男子に飢えた女学生達の集まる場所に一人放置されたのである。次々と訪れる女子達を相手にシャルルは単身奮闘したが、心休まる休憩時間とは到底言えなかった。それは夕食時も同様であり、紳士的に全てへ対応していた結果、食堂の終業時間まで拘束されてしまったのである。

 

 

「初日から酷い目にあったよ……」

 

 

 食堂からようやく帰寮できたシャルロットは椅子に腰掛けてグッタリしていた。クラスメイト達の黄色い声に歓迎され、援護しようとした味方から撃たれ、不特定多数の女子に囲まれた。散々な一日であった。

 

 

「おう、お疲れ。学生パンダになった気分はどうだった?」

 

「とてもつらい」

 

「ま、俺の時もそうだったぜ。一週間くらいでだいたい落ち着くからそれまで我慢すればいいさ」

 

「これがまだ続くとか……。嘘だと言ってよ、一夏」

 

 

 目の前でシャルロットと会話をしながらマルチタスクで今日の授業で出された課題を端末を使って平然と進める一夏の器用さに舌を巻きつつ、愚痴に付き合ってもらえる事に感謝した。話の最中、右手首に巻かれたヘアバンド型の待機状態に視線が行くが、まだ焦る必要は無い。

 

 

「よし、終わった。じゃあ俺は寝るから」

 

「えっ、もう寝るのかい?」

 

 

 慌てて時計を確認するがまだ20時を回った直後だ。寮の最終消灯時間どころか、寮の門限にすら少し早い。

 

 

「朝早くから弁当を作ったりしてるからな。早寝早起きが習慣付いてるんだ。あ、電気は付けたままでも大丈夫だぜ。俺、朝まで目が覚める事は滅多に無いから物音も気にしないぞ」

 

「わかったよ。じゃあ僕はシャワーを浴びてくるね」

 

「おう、ゆっくり使っていいぜ。おやすみ」

 

 

 そう言ってベッドに入った一夏を確認してから、シャルロットは入浴の準備を始める。その顔には自然と笑みが浮かんでいた。IS学園において四六時中自分を偽り続けなければならないシャルロットにとって、完全な個室となれる入浴は希少な癒しの時間であった。シャワー室の扉を締め切って、外界と完全に隔離する。鼻歌まじりに温水を楽しみ始めた彼女に、寝付いたはずの一夏が起き出し、外出した事実など分かるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園三年生、アメリカ代表候補生のダリル・ケイシーは現在憂鬱であった。悩みの種は叔母と叔母の属する組織から送られてきた極秘指令の内容に関してである。

 

 

『織斑一夏の変化したISに関する情報を正体が露見しない範囲でどんな内容であっても調査報告せよ』

 

 

 言葉で並べると単純だが難しい。まず一年生に三年生が接触を図る事そのものが目立つ行為だ。そして唯一の男子生徒という事で織斑千冬と生徒会の更識が目を光らせている。下手な動きは即座にバレてしまう。そもそもどんな内容でも、という要求が曖昧でやりづらい。これは模擬戦の映像でもいいという事か。織斑一夏のISに興味を持ったから、戦ってみたい。これぐらいしか自分の正体を伏せつつローリスクで情報を得る手段が思い浮かばなかった。

 

 

「さて、どうするかね」

 

 

 恋人であるフォルテ・サファイアの夕食後のお誘いを断って、考え事をしながら校内をぶらぶらと歩いていた。目的地はこの時間帯になれば完全に人気が無くなるテラスの一角だ。一人で考え事をするには丁度いいと、一人で悩みたい時は頻繫に利用していた。だからこそ彼女は発見できた。二人の生徒がその場所で密会を行っており、その片方が男子生徒。つまりは自身のお目当ての相手であると。

 

 

(おいおいマジか)

 

 

 なんとか気付かれる前に立ち止まれたダリルは身を近くの植木へと隠した。こそこそしたやり口はダリルの趣味では無いが、情報を得る為に聞き耳を立てる事にした。想定外の遭遇だった為に録音機材を始めとしてロクな準備も出来ていない。ISなら代わりになるが、起動で所在がバレる可能性がある。記録を残す事は断念した。

 

 

 

 

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒとは極力接触を避けるようにするべきだ。あれは危険だ」

 

「わたくしもあの好戦的な人物に好んでお近付きになりたいとは思いませんが、警戒する理由をお聞きしても?」

 

 

 シャルロットの入浴後、セシリアをこの場へ呼び出した一夏はラウラという人物への危険性を語り始めた。

 

 

「奴がエゴを強化された存在。強化人間だからだ」

 

「強化人間?」

 

「そうだ。科学技術の粋を集めて人を超えた人を作り出そうとした俗人共の操り人形。強化人間は得てして碌な末路を迎えないと歴史が証明している。関わり過ぎれば君も破滅に巻き込まれる。これは君の為でもある」

 

「分かりました。ですが、ひとつだけお尋ねしたい事がありますの」

 

「私に答えられる事であれば、答えよう」

 

「……貴方のお名前、お聞かせ願えますか?」

 

 

 セシリアと一夏の視線が交わる。

 

 

「織斑一夏、その答えでは満足できないかな」

 

「ええ、駄目です」

 

 

 これ以上の誤魔化しは無し。セシリアの眼はそう言っていた。

 

 

「先日、織斑先生がわたくしに探りを入れてきました。貴方はビデオメッセージで姉からIS指導を受けたと言っておりましたが、本当に織斑一夏が彼女から指導を受け、それをわたくしに伝授してくださっていたのであれば、先生にはわたくし達の関係が当然理解できるはずです。しかし実際はそうでは無かった。……つまり貴方がわたくしに教えてくださっている訓練は貴方のオリジナルという事になります。違いますか?」

 

「違わないな。他にはあるか」

 

「先程の強化人間とやらもそうです。まるで実際の事例をいくつもご存じのようでした。あり得ますか?」

 

「確かに。元一般人では得られない情報だった。他は?」

 

「あとは漠然とした……勘のようなものですわ」

 

「勘?」

 

「普段の織斑一夏と、わたくしの前だけに現れてくださる貴方は別の存在ではないか。何と言いますか、心の質に違いを感じます」

 

「今の私はどのように感じる」

 

「……大きい。そう、遠い宇宙の彼方、確かに存在する大きさと重さを感じます」

 

 

 なんとも曖昧な感覚と表現。一般人が聞けば首を傾げるだろうが、目の前の人物は得心が行ったようだ。

 

 

(私を通して木星を見たか。見込みがあるとは思っていたが、これほど短期間で伸びるとはな。……どのみち、この先は攻めねば始まらん。これも刻の運と見た)

 

 

 口にした本人が確信を持てないでいる中、一夏は、否、シロッコはセシリアへ情報を開示すると決断した。

 

 

「君の慧眼に敬意を表し、改めて自己紹介させていただく。私の名はパプテマス・シロッコ。ISコア経由で織斑一夏に寄生する形でしか生きられない男であり、織斑一夏が経験無しでISを十全に乗り熟せている要因だ」

 

「……パプテマス、シロッコ」

 

 

 耳に届いた名前の響きを頭に刻み込むように、僅かな時間、目を瞑った後、セシリアは吐き出した。

 

 

「貴方が織斑一夏を騙り、わたくしに近付いた理由はなんでしょうか……」

 

「君にニュータイプとしての素養を感じた。そしてその正しさは私という存在を証明された」

 

「ニュータイプ……?」

 

「簡単に言えば進化した人類。人の革新と言うべきものだが、なに、所詮はただの言葉だ。さして気にする必要はない」

 

 

 セシリアには、はぐらかされたというよりもシロッコという男がニュータイプという言葉を必要と感じていないと感じた。

 

 

「君はこれで私の秘密を握り、生殺与奪の権利を得た。織斑千冬に伝われば私は確実に排除されるだろうが、どうするかね」

 

「勘違いしないでいただきたいですわ」

 

 

 セシリアは既に決めていた。IS乗りとして尊敬に値していたブリュンヒルデである織斑千冬の追及を逸らした事からも、彼女がどちらに付くかは明白であった。

 

 

「わたくしが惹かれた殿方はあの日、テラスに訪れた貴方。本来の織斑一夏ではありません。確かに貴方がわたくしのプライドを砕いた要因ですが、本来であればあそこで代表候補生としての人生は終わっておりました。それを機転を効かせて救い、ここまで指導してくださっている御方を売るなど、そこまで恥知らずではございませんわ」

 

「私が存在する影響で織斑一夏の精神が消える可能性があるとしてもかね?」

 

「人は皆、平等に生と死を迎えます。それが遅いか早いか、それだけですわ」

 

「その若さでそこまで割り切れるか。末恐ろしい事だ」

 

「オルコット家当主への褒め言葉として受け取っておきます、()()()()()()()

 

「……なぜその呼び方を?」

 

 

 ここまで悠然と構えていたシロッコが、初めて戸惑いを含めて意図を問うた。

 

 

「貴方はわたくしにとっての宣教者(パプテスマ)ですし、あとは語感で。……お嫌でした?」

 

「……いや、君の好きにするといい。そろそろ刻限だ、今日はこれで解散としよう」

 

「ええ。ところで、()()()はどうします?」

 

「私の客人だ。任せてほしい」

 

「分かりましたわ。それでは、パプティマス様、おやすみなさいませ」

 

 

 セシリアはシロッコに対して優雅に一礼をするとわき目もふらずに寮へ戻っていったが、シロッコ本人はセシリアの気配が完全に消えても動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと長く入り過ぎちゃった」

 

 

 時間にすれば優に一時間は経過しただろうか。しかし丸一日の間、コルセットを巻くなどの強引な手段で身体に無理を続けさせていたシャルルからすればじっくりと時間をかけて解したくなるのも無理からぬ事であろう。再び自身を偽る心構えを用意をしてシャワー室を出るが、そこでようやくシャルロットは一夏がいない事に気が付いた。

 

 

「あれ? 一夏は……こんな時間に出かけたのかな?」

 

 

 寮の門限も既に近くなっているが、どこに行ったのだろうかと見回していて気付いた。

 

 

「あ、一夏の端末……」

 

 

 先程まで一夏が課題を熟す為に操作していた固定端末。元々IS学園の生徒達の使える端末は情報の流出や不正アクセスを防ぐ為に、一部の例外を除いて外とは完全に独立している。面倒だと言われているが、課題も専用のUSBメモリに入れて提出をする形式をとっている。もしかしたら白式に関するデータも何か入っているかもしれないとシャルロットは考えた。

 

 

「ちょ、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけだから……」

 

 

 口先で一夏に謝罪を入れつつ、手早く端末を立ち上げて情報解析を行う。スパイの真似事をさせられる以上、最低限度のハッキング技能をシャルロットは習得させられていた。起動履歴や使用したアプリケーション、保存データをチェックしていく。しかし、お望みの白式に関する情報は見当たらない。当然である。現在の白式は解析やデータの抽出を弾いている為、完全に見当違いの事を彼女はやっているのだ。だが、ここで彼女は予想外の情報を拾い上げてしまった。

 

 

CAD(コンピュータ支援設計)が頻繁に使われてる?」

 

 

 CAD自体は全ての学生用端末に基礎アプリケーションとして入れられているが、シャルロットがなんとか女子達から聞き出せた情報で知った限りでは、一夏が整備科を希望しているなどという話は聞いた事がない。授業で使う事だってまだ無い筈だ。だから興味が湧いた。入念に使用に関するデータは消されているが、どうやっても痕跡は残る。ある程度の技量さえあればデータの復元自体は簡単だった。

 

 

「兵器の製図……?」

 

 

 大型バーニアを搭載した可変戦闘機(PMX-000)

 

 ホバーを用いた大型重戦車型(PMX-003 HAUER)

 

 重戦車型を軽量小型化した個人運用の陸戦機(PMX-005)

 

 記載された平均カタログスペックは第二世代IS黎明期にすら相当する。突出した能力値は第三世代にも通用するだろう。しかし機体サイズは標準的なISに比べると数倍から十数倍近く、あまりに現実離れした開発プランである。特にISコア無しでこれだけの重量機を長時間動かせるパワーを持ったジェネレーターは現状、存在しない。言ってしまえばここに書かれた兵器は子供の落書きでしかなかった。

 

 

「なんでこんなものが……一夏の端末に……?」

 

「私が手掛けた製図だから当然だよ。()()()()()()

 

 

 画面に夢中になり過ぎていた。背後から近付いてきた一夏に気付くのが遅れたシャルロットは咄嗟に弁明しようと口を開く。

 

 

「ご、ごめん! えっと、その、ちょっと課題で分からない部分が──」

 

 

 そして遅れて気付く。彼が言った名前。その名前が意味するところを。

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