インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録   作:魔法科学は浪漫極振り

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第十三話

「い、一夏。僕は……」

 

「それ以上の言葉は不要だ、シャルロット」

 

 

 覗き見がバレて誤魔化そうとしたところに、秘していた実名での呼びかけ。全てを知っているとばかりに説明を断られる。完全に気が動転してしまったシャルロットには、今日一日で見てきた織斑一夏と、目の前にいる織斑一夏の雰囲気が全く異なる事にまだ気が付けていなかった。混乱する少女の心の隙間に一夏の姿を借りたシロッコが言葉を紡ぐ。

 

 

「君は実母を失い、心が傷付いている時に出生の秘密を知らされた。実父は黙し、義母は君を疎んだ。デュノア社の役員達も君の存在を不都合と判断して、シャルロットという少女そのものを二年に渡って隠匿した。その間、テストパイロットとして利用され続けた君に対して、周りの大人達は歩み寄る事も配慮する事も無かった」

 

「そ、それは僕が義母に疎まれているから──―」

 

「シャルロット。ここに彼等はいない。自分の心を偽る必要はない」

 

 

 視線を彷徨わせた後、シャルロットは大きく息を吸って吐き出す。続けて漏れ出た音は、腹の内に収められていた鬱憤で黒く彩られていた。

 

 

「──ずっと、ずっと嫌だった。母さんと田舎暮らしをしていた僕をいきなり豪奢な屋敷に引き込んだと思えば、一方的な物言いで身柄を拘束された。会社の施設に二年間も閉じ込められて、社員達からも腫れ物扱いをされ続けて……!」

 

「それでも君はデュノアで居続けた。それは偏に血を分けた父親にシャルロットの存在を認めてもらいたかったからだ。拠り所であった母が欠けた穴を埋めたかった」

 

「僕は……私は……」

 

「しかし、その想いは届かなかった。君は使い捨ての駒としてIS学園に送り込まれる事になった。実父から労いの言葉ひとつ無く。唯々、会社の利益の為に」

 

「……う……っ……ぅ……なんで…………どうして……」

 

 

 シロッコの言葉は的確にシャルロットの心傷を抉った。良き人であった母親と死別して、初めて会った父親に期待していなかったといえば嘘になる。必要な物は全て買い与えられたし、教育だって惜しみなく行われている。世間一般で言えば彼女は大いに恵まれている立場だ。それでも彼女には不満だった。母の死で孤独を感じた彼女が必要とした要素、父親からの愛情をひとかけらも感じられなかったからだ。

 

 初めて会った日から片手で事足りる程度の回数しか顔を合わせていない。会話は事務的な応対のみ。ISのテストパイロットとして優秀な成績を残しても褒められる事すら無い。自分が父親から愛されていないと感じてしまうのも仕方無い事だろう。

 

 だから、彼女は自分を見てくれる他者を欲し、情念に囚われる。

 

 

「私なら君を歪んだ呪縛から解放してやれる。私が守ってあげよう」

 

「……ほん、と……?」

 

「ああ、デュノア社もフランス政府も。誰にも君へ手出しをさせないと約束する」

 

 

 有り得ない。不可能だ。それは一学生の身分で出来る範囲を超越している。シャルロットの理性は機能していたが、シロッコが放つ圧と自信に満ち溢れた声、そして二年間で状況に流される事へ慣れ切った心が感覚を麻痺させていた。震える身体を正面から抱き締められても身体が反射的な僅かな反応を示すだけで、拒絶はしなかった。そのまま、囁かれる声に耳を傾ける。

 

 

「このぬくもりこそ、君が求めていたものだ」

 

 

 シャルロットが理性で塞き止めていた心の壁が遂に決壊した。シャルロットも腕を回し、抱き締め返す形となる。嗚咽は男の胸元に顔を埋めた事で寮室外へ漏れず、二人だけの秘密となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……泣き疲れて眠ったか。しかし、要件を終えた後に一度起こす必要があるな」

 

 

 眠るシャルロットをベッドに横たわらせたシロッコは椅子に腰掛け、IS学園に潜んでいた裏社会の工作員から譲り渡されたばかりの超小型通信端末に教えられたコードを入力、耳を当てる。

 

 

『……亡霊のパプテマス・シロッコ?』

 

 

 艶と自信を感じる成熟した大人の女の声が響く。

 

 

「そうだ。亡国機業(ファントム・タスク)のスコール・ミューゼルで間違いはないか」

 

 

 亡国機業とは第二次世界大戦中に設立して以来、五十年以上もの活動をしている秘密組織だ。その設立は戦争を裏から操作する事で利益を得る武器商人達が始まりであり、現在は組織の規模も拡大してISさえも保有する実働部隊を持つ軍需産業企業の連合体となっている。

 

 スコール・ミューゼルはその亡国機業の幹部の一員で、同時に組織の実働部隊『モノクローム・アバター』の部隊長の一人、年齢不詳の女傑。セシリアとの密会を覗いていたダリル・ケイシー改め、レイン・ミューゼルの叔母でもある。シロッコはダリルの存在に気付き、密会の後に彼女と接触を図っていた。

 

 

『ええ。でもレインから織斑一夏と貴方の突拍子もない関係性を報告されたばかりよ。それがいきなり連絡を寄越すとは思っていなかったわ』

 

「こちらも予定が立て込んでいるので、無作法は許してもらいたいな。無作法ついでに、亡国機業には少々やってもらいたい仕事がある」

 

『……何かしら?』

 

「デュノア社を亡国機業の傀儡にしてもらいたい。シャルロット・デュノアには害の無い形でな」

 

『さっきレイン経由で渡された情報だけで、もう籠絡したの?』

 

「相手は初心な少女で、過去に似た境遇の女を相手にした経験もある。さほどの手間もかからんよ」

 

『まぁ、とても悪い男』

 

 

 クスクスと笑う声が聴こえるが本当に可笑しいとは思っていないのであろう。通話越しにでも警戒心が見え隠れしている。それでも彼女はシロッコというイレギュラーを迎え入れるつもりであると確信が持てた。世界には篠ノ之束というどう転ぶか分からないジョーカーが存在する。アレに対抗する為には使える手札は多い方が良い。

 

 

『……それでデュノア社をこっちが取り込むメリットは?』

 

「小型核融合炉の精製方法と素材の提供、男でも使えるISに比例する機動兵器の図面も回す。接収したデュノア社に第三世代機の開発の名目で外装や武装をパーツ単位で作らせ、組立を亡国機業の施設で行えば簡単には露見すまい」

 

『随分と大盤振る舞いね。こちらが情報だけ貰ってさよならするとは考えないの?』

 

「ありえんよ。私がいなければハードが整っても万全に動かすOSの開発に十年近い時間をとられる事になる。なによりも核融合炉精製の素材になる特殊粒子を私以外の誰が立証し、調達できるのかな?」

 

『……抜け目の無い男』

 

「フッ、誉め言葉と受け取ろう。それに、口止め料も含んでいる。……現時点で篠ノ之束に私の存在を伝えてもらっては少々困った事になる。だからビームライフルの情報は奴に流しても構わん」

 

『あら、いいの?』

 

「必要な材料が無ければ、どうやっても大型化させるか劣化品になるだろうが、今、世間に存在する光学兵器には存在しない特異技術だ。あの女の気を引くには十分だろう。これで君は篠ノ之束からの報酬である第三世代ISの入手と私からの技術提供の実績で亡国機業の幹部の座を盤石なものとできる」

 

『まぁ、魅力的なプレゼント。見返りは何が欲しいのかしら?』

 

「私が学園を去り、合流した際にはモノクローム・アバターの指揮官としての席を用意してもらう。ある程度のフリーハンドは欲しいが、一部隊長扱いで構わんよ」

 

『貴方は開発畑の人間だと思ったけど、意外だわ。それに頭も回るのに幹部枠を希望しないなんて、更に驚き』

 

「確かに私の本質はエンジニアだが、功を稼ぐにはそちらが都合が良いと判断しただけだ。後者は新参者がいきなり出しゃばり過ぎては無用な軋轢が生じると、世俗での生き方を十分に理解していると判断して欲しいな」

 

 

 以降も二人の会話は続き、今後の連絡手段に関するやり取りを終えたところで通信を切る。シロッコは躊躇う事なく、超小型端末を破壊して証拠の隠滅を図る。

 

 

「これで必要なお膳立ては全て終えた。後は如何にして私がこの身体の絶対的主導権を握るか、だ。もっとも、道化は勝手に踊り狂ってくれるだろうがな」

 

 

 パプテマス・シロッコは嘲笑する。セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア、そして亡国機業。彼の存在を知る者は五月初頭の一夜で爆発的に増えたが、彼が世に出た真意を知る者はまだいない。

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