インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録 作:魔法科学は浪漫極振り
遭遇を果たした織斑一夏とラウラ・ボーデヴィッヒは各々が目的の為、アリーナにて対峙した。管制を担当する教員には専用機同士の実戦形式の戦闘を行うと連絡済みだ。非常に特殊なIS、白式の事もあって担任である織斑千冬が到着するまで待つようにと通達されたが横槍を入れられたくはない二人は試合を行う際に必要な連絡義務は果たしたと、管制からの通信を切断して以降は無視を決め込んだ。
一般的なISの二回り以上の巨体を持つ、全身装甲に覆われた単眼の異形となった白式Theologyと、昨今の一般的なISの特徴である搭乗者の姿が見える黒いISシュヴァルツェア・レーゲンは相対する。白式から
分厚い装甲に覆われた織斑一夏の表情は伺えないが、黒のISを駆るラウラの眼には敵に対する憎悪で満ち満ちていた。
ドイツ軍への復帰を千冬に嘆願し、考える余地無く断られたラウラは、次の策として己が信奉する千冬を極東の生温い環境に縛り付ける一夏という存在を叩きのめし、排除する事で千冬の考えを改めさせるつもりでいた。一般論でいえばあまりに稚拙で非常識な発想だが、兵士として作り出され、真っ当な価値観・倫理観が欠如したまま軍に育て上げられたラウラ・ボーデヴィッヒという歪んだ存在にとって、武力で道理をこじ開ける事は正当な手段であった。
「貴様さえ……貴様さえいなければ教官はモンド・グロッソ二連覇を達成していたのだ! 教官の栄光を穢した貴様を私は断じて──―!?」
その先は言えなかった。白式の右手に0.1秒未満の速度で展開されたビームライフルの放った破壊の光がラウラを襲ったからだ。緊急回避こそ間に合ったが、話を無視して奇襲を仕掛けてきた一夏に対する怒りは更に増した。だが、撃った側はそんなラウラに大いに呆れていた。これは公式戦では無い。管制の指示を無視した以上、開始の合図などなく、戦いは対峙した時点で始まっているのだ。
「御大層な演説でもしたかったのか? だったら、ISを降りて千冬姉を崇めてる女権団体にでも行って来い。同じ穴の狢が諸手を挙げて歓迎してくれるだろうさ」
「貴様ぁ!」
ラウラへの侮蔑と共に状況は動き出す。白式は鈍重そうな見た目に反して素早く空へと舞い上がり、ほぼ同時にレーゲンも飛翔を開始するが、ISとしては異常なまでの数のスラスターを持つ白式との上昇速度の差は歴然であった。上空取りに失敗したラウラは即座に戦闘機動に切り替えて右肩の大口径レールカノンを白式へと向ける。しかしレールカノンは火力はあれど、取り回しと射角が致命的悪い。サブスラスターを器用に使って小回りを続ける白式をなかなか有効射線に捉える事ができない。
「チィッ! 全身装甲のデカブツの癖に、随分とすばしこい
舌打ちをするラウラに対し、必要高度を確保した白式からビームライフルの光が降り注ぐ。
「お前のISが遅いだけだぜ、ボーデヴィッヒ!」
「抜かせ!」
純粋な射撃戦の不利を悟ったラウラは状況打開策を求めてランダム回避運動を続けながら、ハイパーセンサーから得た情報を直ちに分析した。そこから、白式のビームライフルの弾はイギリスが実用化している高出力レーザーを集束させた物質量を有さないエネルギー兵装では無く、質量を持つ特殊な粒子を加速、放出している荷電粒子砲。簡単に言えば水鉄砲のような原理を持つ武装だと理解した。
「ならばッ! こういう対処も出来るという訳だ!」
ラウラは左目の眼帯をむしり取り、隠されていた金の眼を晒す。そして向かってくる光に向けて左手をかざしてAICを起動した。
レーゲンのAICによる停止結界は自身に向かってくる物質の慣性を著しく低下、最終的には停止させる。彼女の予測は正しく、勢いを無くした
「それか……!」
一夏の脳裏には先日の模擬戦において、ISごと動きを停止させられた山田真耶の姿が浮かんでいた。
「金縛りは、どうにも良い気分がしないな」
AICに掴まる事を危惧した一夏は射撃を続けながら後退を選択するが、勢いを増したラウラは不可視の壁を作った状態で突撃してくる。攻守が逆転した事で彼女の気分は非常に高揚している。牽制目的で放った、楽に回避できるはずのビームライフルの攻撃さえもわざわざAICを使って停止させている事から、お前のやる事は無駄だ、自分には勝てないのだと知らしめたいようだ。
「ハハハッ! 逃げ回るだけかぁ? やはり貴様程度に教官は相応しくないな!」
「……足りない。これでは証明にならない」
不愉快な相手からの嘲りに一夏は嫌悪を感じ、同時にこの相手に手間取っては戦う意味が無いと、より強く白式の持つ力を引き出す為に意識を集中させる。
白式を覆う白い鎧が薄く発光を始めた。僅かに緑がかった黄色。
思考が澄み渡る心地を経て、軽く目を閉じる。開いた時には目の前の敵など、たいした脅威とも感じなくなった。
「──出来損ないの強化人間風情がよく囀る。最大出力なら撃ち抜けそうだが、あまりスマートな解法ではないな」
口調や雰囲気までガラリと変わったが、当人にその自覚症状は無い。今はただ、眼前の敵を倒す為の策を練る。
使用しているビームライフルはメガランチャー級の威力を放てる代物だ。先の無人機戦のように敵の重装甲を削り取った上でアリーナのシールドを貫通できる出力なのだから、AICなどという小手先に頼った防御方法など、正面から強引に潰せるはずだ。しかしそれでは機体性能で押し返したようで、目の前の不快な女の作法とさほど変わらない。
(ならば奴の面子を潰してやる)
間合いを詰めたラウラは摩耶のラファールを捕まえた時と同様にワイヤーブレードを射出。白式がライフルを持つ右手を拘束して引き寄せるべく、現行の第三世代機の中でもトルクに優れるレーゲンの力を最大出力で稼働させる。
「白式は金縛りにする!」
ラウラの宣言通り、白式は容易く引っ張られて停止結界によりその身動きを封じられる事となった。引き寄せた側であるラウラが相手の抵抗の弱さに僅かな違和感を覚えたが、獲物は既に檻の中。煮るも焼くも彼女次第だ。愉悦で笑みも漏れる。
「クククッ。さて、織斑一夏。何か言う事はあるか?」
「獲物を前に舌なめずりか。軍人としては無能の謗りは免れんな」
「……良いだろう。もはや無事では済まさんぞッ!」
ISとの適合性上昇の為に左目に埋め込まれたヴォーダン・オージェの不適合作用により、織斑千冬に鍛え上げられるまでの期間、耐え難い屈辱を味わってきたラウラに対し、出来損ないや失敗作、落ちこぼれなどなどの見下す言葉はタブーであった。荒ぶる感情の赴くまま、効率など考えずにレーゲンの備える武器で最も火力をレールカノンを超至近距離で撃ち込む事に決めたようだ。巨大な砲口が白式の頭部、モノアイの眼前に向けられ、電磁投射の為のエネルギーが貯められていく。
「終わりだ!!」
「貴様がな」
「ッ!?」
AICの発動範囲内に捉え、完全に動きを封じたはずの白式が平然と左手を動かした事こそが問題だった。
「貴様はどうやってISを動かした!?」
「PICを用いてAICを中和しただけだ」
「ありえない! ありえない! ありえてたまるか! 他のISの能力に干渉するなど、そうそうに出来るものかよ!」
ラウラは手首部分に取り付けれたプラズマ手刀を両手に発振させて、一直線に白式へと切り込む。その攻撃は目の前で起きた現実を見ない為の逃避行為でもあった。必死に追いすがるラウラに一夏は優越感を覚える。
「AICなど所詮はPICのマイナーチェンジ。原理さえわかればこの程度は容易い事だ。なによりも、貴様は私の前で手の内をひけらかし過ぎたのだ」
プラズマ手刀の連撃に対し、ビームライフルを格納。ビームソードを代わりに呼び出して二刀流に切り替えた。プラズマとビームソードが幾度となく激突し、火花を散らす。攻め続けているのはラウラだが、それは彼女が優勢である訳では無く、一夏に反撃の意思が無いからだ。
彼はラウラ・ボーデヴィッヒという女により深い屈辱と敗北感を与えると決めていた。
「感謝しよう。貴様という踏み台によって白式と私はより高みへと昇る事になった。……見せてやろう!」
赤いモノアイが不気味な輝きをより強く放つ。その瞬間、
「ば……馬鹿な……」
ラウラは自分に何が起こったのか。
「ハハハ、
先程とは立場が逆転する。金縛りにあったのはラウラで、追い詰めたのは一夏だ。しかし、それが意味するところは全く違う。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だぁ! 我が国の第三世代技術がこうも簡単に……!」
「失態だぞ、ボーデヴィッヒ少佐。国益を損ねたお前をドイツがどう思うか、見物だな」
「……っ!」
アラスカ条約でIS技術の共有化は宣言されている。当初は日本の一人勝ちを許さない為に厳格な規定が設けられたルールだったが、約十年の間に形骸化した現在では自分達が持つIS技術がどのような物かをIS委員会に報告する義務はあれど、詳細な技術情報は保有国それぞれの知的財産となっている。でなければ各国家が個々に資源や資金を投じて独自技術を開発をするメリットなど存在しなくなってしまうからだ。そして保有する技術の秘匿は国防にも繋がっている。
そんな最先端技術の塊をIS学園へと送り込むのは、あくまでアラスカ条約を守っている事への表向きのアピールであり、根本の技術情報の露見は硬く禁じられている。つまり、一夏にAIC技術をコピーされてしまったラウラはドイツの秘匿すべき技術知識を意図しない形とはいえ漏洩してしまったという事に他ならない。
更に言えば、彼女が今やっている行為は完全な私闘だ。その結果による技術漏洩など、直ちに国へ呼び戻されて軍法会議にかけられる事も有り得る大問題だろう。
「あ、あ……ぁぁ……」
「抵抗は終わりか? ……ならば貴様はもう消えていい」
放心し、全く身動きの取れないラウラに対してビームソードを片手、上段で構える。その出力は攻撃を捌く為に用いていた先程までとは異なり、粒子の放出量を高めた威力だ。既にシールドエネルギーが付きかけているレーゲンでは操縦者も耐えられない。それでも一夏は躊躇う事なく、振り下ろした。
しかしビーム刃がラウラごとレーゲンを断ち切る寸前に、日本製の第二世代量産型ISである打鉄がイグニッションブーストを噴かせて二人の間に割り込んできた。
「そこまでだ、織斑!」
管制室から連絡を受けてなんとか現場に間に合った織斑千冬だった。搭乗している打鉄は教員用のチューニングが施された共用ISであり、手には近接用ブレードの葵を持たせている。彼女は身動きをしないラウラを背に、葵をビームソードに叩き付けて押し返す。カスタム機と言えど、旧式と言える打鉄のパワーで今の白式へ対抗できる技量を持つのは彼女くらいだろう。
──ふん、ここまでか。
装甲が放つ光が消えて急速に先程までの全能感が失われる。若干の気だるさを一夏は気にする事なく、沸き上がった不快感を妨害した姉に対して吐き出した。
「──邪魔だ、千冬姉!」
「既に奴は戦闘不能だ! お前はコイツを殺す気か!」
これ以上は試合の域を超える。千冬は熱くなっている弟にこの先は人の生き死にが関わると悟らせ、引き下がらせるつもりだった。
「必要があればそうさせてもらう! そして今がその時だ!」
「織斑、お前は何を言っている!?」
だから、一夏がラウラに対する明確な殺意があったという事実に困惑した。しかし、一夏の次の言葉で、暴走の原因が己に起因するのだと悟った。
「これは証明だ! 織斑一夏はドイツIS部隊のエースを一方的に屠れる人間だと知らしめる! こうすれば束さんに、篠ノ之束に抗う力を持つ証明になるだろうが!」
「ふざけるな! ボーデヴィッヒを倒した程度の実力でアイツに対抗できる証明になるものか!」
「だったら、どうすればいい!? 俺は、俺が鈴を守る資格を持つには、誰を倒せばいい! 千冬姉を倒せば良いのかよッ!!」
一夏は錯乱しているのか、激昂しながらビームソードを再び振るう。千冬は再びブレードで受けるが、頑強さが売りである筈の日本国産ブレードの刃先は既に融解しかかっている。それだけ今の白式が持つ力が規格外である証だ。
「やめろと言っているのが分からんか!」
「そんなに奴が大事かよ!」
「論点をすり替えるな! 私は教師だ! お前だけを特別扱いする訳にはいかん!」
会話での説得は不可能と判断した千冬は、一夏を叩きのめして強引に止める事を決める。
結果論となるが、彼女は最初の突入時点で一夏を完全に鎮圧すべきであった。
──これは……ククク、どうやら時の運は私にあったようだぞ。織斑千冬。
『あっぁぁっぁあああああああああああああああああああぁぁぁあッッッ!!』
「なに!?」
千冬の背後から庇っていたラウラの絶叫が轟く。ハイパーセンサーを用いて背後を確認すれば、黒い泥のような不定形の物質がレーゲンから溢れ出しているではないか。泥からは紫電が漏れ、苦しみながら悶えるラウラを取り込んで形を成していく。黒一色で塗り潰されたその姿は千冬のかつての愛機、暮桜に酷似していた。
「これは……まさかVTシステムか!?」
IS業界の深部に関わる彼女はその姿から目の前で発生した事象の正体を正確に見抜いていた。
ヴァルキリートレース。過去のモンド・グロッソ優勝者。つまり織斑千冬の能力を機械的に複写し、誰もが彼女と同等のIS操縦技術を持つ事が出来るようにする
「ラウラ! そんなモノに呑まれるな! 戻ってこい!」
白式との鍔迫り合いを続けながら千冬がラウラに通信を繋げようとするが、一切通じない。流石の千冬もこの混沌とした状況に焦りが生まれるが、彼女以上にVTシステムの出現に過激な反応する者がいた。
「それは千冬姉のもんだ! 千冬姉の剣をてめぇが真似てんじゃ、ねえぇぇええええええぇぇ!!」
自分の理想、織斑千冬の誇り高い剣を穢されたと思い込んだ一夏は偽物の黒い暮桜を直ちに破壊すべく、吶喊する。
「一夏! これ以上はやめろ!」
当然、千冬は阻止する為に動く。しかし。
──今こそ洗礼の時だ。貴様に邪魔はさせん。
世界最強の織斑千冬といえど、状況が悪過ぎた。乗る機体は専用機ですらない量産型、背中にはVTシステムに取り込まれた教え子とどのように動くか分からない偽の暮桜、眼前には狂気の光を灯して偽の暮桜に襲い掛からんとする実弟。警戒すべき点が多過ぎる。
故に、これまで秘匿され、一度も彼女に見た事の無い白式の動きに反応が遅れた。
スカートアーマーからサブマニュピレーターが出現、現れた二本の細身の金属腕にはビームソードの柄が握られていたのだ。
「……ッ! 隠し腕!?」
咄嗟に生身部分への直撃こそ防げたが、柄から伸びた
打鉄は稼働の為のエネルギーが一瞬で枯渇。機能を停止して、擱座したのだから。
「パワーダウンだと!? ……まさかッ!」
千冬の脳裏に浮かんだのは、ワンオフアビリティー『零落白夜』。今の姿になった白式が一度たりとも使わなかった能力だ。元の白式の時点では、この能力を持つ事によって他の武装が使えない程に拡張領域を圧迫していたのだ。その為、使い勝手の良いビームライフルやビームソード、重装甲や多数のスラスターといった多数の装備を得た代わりに零落白夜は失われたものだと錯覚していた。しかしそれは大きな誤りであり、ビームソードはメガ粒子を放つ通常モードと必殺の零落白夜の発動を切換可能なスイッチ式であったのだ。
一夏がそれを意識して動かしているのか不明だが、両手と隠し腕、計四本のビームソード。否、
相手も黙ってはおらず、機械特有の超反応で雪片に似せた刀剣を用いた迎撃を行う。その速度は確かに常識の域を超えた太刀筋であったが、所詮は機械仕掛けの紛い物。白式の力を再び引き出した一夏の前には四本の必殺剣を巧みに操り、お前にその剣は持たせないとばかりに腕ごと斬り飛ばす。無手となった偽の暮桜は黒い泥をもって腕と武器を再生させようとするが、当然間に合うはずもない。
「──偽物は! 失せろぉおぉぉぉ!!」
「よせぇぇえぇええぇッ!!」
千冬の叫びは届かず、白式の持つ四つの光刃がVTシステムに覆われたレーゲンの中心を切り裂いた。