インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録   作:魔法科学は浪漫極振り

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第十六話

 織斑一夏とラウラ・ボーデヴィッヒの私闘とその顛末については試合自体が突発的であった為に、全てを見ていた生徒は数少なくIS学園お得意の箝口令が敷かれていた。しかしながら全てを無かった事にする訳にはいかない。

 

 VTシステムが形を成した黒い暮桜は一夏によって切り裂かれた。中にいたラウラは死亡こそしていないが酷い容態であり、IS学園に最先端医療設備が整っていなければ、治療はまず間に合わなかったであろう。ただ命こそ繋がったが彼女の脳波パターンは深い休眠状態で固定され、一向に目覚める気配が無い実質的な植物状態となっていた。また彼女のISシュヴァルツェア・レーゲンも完全に破壊されており、辛うじてISコアだけが再利用可能な状態である。

 

 彼女をこのような状態にした一夏は教師である千冬の停止命令を無視、戦闘不能となっていた武器を彼女へと向け、最終的にはクラスメイトを殺しかけるという問題を起こした罰として白式を一時的に取り外された状態で反省室という名の独房へと放り込まれていた。しかし、数日経っても、彼は不満げであり、反省の色は見られない。

 

 

「千冬姉の剣は人を守る為の剣だ。それをアイツは他人を見下す為の道具として真似て使おうとしたんだから、絶対に許しちゃおけなかった。だからアイツがああいう末路を迎えたのは自業自得だ」

 

 

 事情聴取の場で平然と言ってのけた一夏を千冬が修正の名の下に殴り飛ばそうとして随伴していた教員三名に取り押さえられる場面もあった。そして突如姿を消したドイツからの転入生と織斑一夏に関して様々な根も葉もない噂が連日飛び交う中、今回の事件に関するIS学園上層部、延いてはIS委員会から役員が派遣されてきた。当然ながら学園理事を務める轡木十蔵と担任である織斑千冬が学園長室にて対応する形となった。

 

 

 

 

 

 

 

「織斑一夏は無罪放免とする……」

 

 

 役員から渡された文書を片手に思案をする十蔵を余所に、千冬は役員の男を問い質す。

 

 

「これはISを使った殺人未遂です。隠しようのない実害が出ている以上、厳罰を下さずしてIS委員会や学園上層部は世界各国にどう弁明するつもりなのですか」

 

「まぁまぁ、織斑教諭。貴女だって弟さんを前科者としての記録を残したい訳ではありませんでしょう。ブリュンヒルデの威光にも傷が付く」

 

「話が別です。私は弟を特別扱いをしたい訳じゃない」

 

「そうおっしゃらず。VTシステムなどという危険物の暴走へ迅速に対応し、結果的に被害を抑えた織斑君の勇敢な行動を誉める者はあれど、貶す者は我々IS委員会にはおりませんよ」

 

 

 弟の暴走に都合の良い解釈を宛がわれた千冬は不快げに眉を顰める。なおも食い下がろうとする千冬を十蔵が抑え、代わりを務める。

 

 

「この差配は篠ノ之博士の差し金ですか」

 

「ご想像にお任せしましょう。少なくとも、今回の一件で彼から白式を取り上げるべきなんて意見は一つたりともありません」

 

「代表候補生と第三世代ISを一度に失ったドイツはなんと?」

 

「VTシステムを除染して初期化されたレーゲンのISコア返却とVTシステム混入によって生じた不幸な事故への謝罪の受け入れ。織斑一夏君が解析したというAIC技術の情報拡散防止を確約してもらえれば、事を荒立てる気は無いそうです。彼等も寝耳に水な出来事で、余裕が無い状態なのでしょうね」

 

「ボーデヴィッヒさんはどうなるのです」

 

「ドイツから身柄の引取要請が出ています。昏睡状態から未だに目覚めていませんが、すぐ本国へ搬送される準備が整うでしょう。こちらからも了承を出しました」

 

 

 あっさりとした回答。しかし、その裏を察せない凡愚はここにはいない。

 

 

「ッ! 冗談じゃない! 今の状況でボーデヴィッヒをドイツに送り返したら……!」

 

「別に良いではありませんか。せいぜい一年程度の付き合いのデザインチャイルドと、その管轄部隊が非合法システムの無断運用の咎を負わされる。それだけです」

 

 

 そう、ドイツではラウラとその部下達が国際法を無視してVTシステムを秘密裏にISへ組み込んだ罪人としてのレッテルを貼り付ける事が決まっていた。

 

 

「それが大人がやる事か!?」

 

「未成年者が在籍するとはいえ、彼女達は軍属でしょう? 自分達の失態くらい自ら払拭しなくては示しも付きませんよ」

 

 

 彼女達はおそらく白、無実だと殆どの者が悟っている。しかしISを扱う特殊部隊が、間抜けにも工作員によって非合法システムを組み込まれていた事実に気付けないでいたなど、怠慢以外の何物でもない。ラウラが隊長を務める部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』、通称『黒ウサギ隊』は既に軍内部でも孤立化と彼女達の代替となるIS部隊の編制準備が既に始まっていた。

 

 

「さて、ブリュンヒルデ殿はあれこれと抱え込み過ぎてお疲れのご様子。IS委員会及びIS学園上層部としての報告も終わりましたし、本日はこれでお暇させていただきます」

 

 

 役員が出ていった後、千冬は気を落としていた。

 

 

「織斑先生。少し休まれてはいかがです?」

 

「この程度は大丈夫です。更識の持ってきた情報も確認しなければ……」

 

 

 間を置かず、IS学園生徒会長にして対暗部用暗部『更識』の当主、更識楯無を学園長室へ呼び出し、彼女が所属するロシアの伝手を経由して得た欧州方面の情報を報告してもらう。

 

 

「ドイツ郊外の研究所で大規模な爆発が発生しました。地元人も何を研究しているか知らない秘匿性の高い施設だったようですが、タイミングからしてVTシステム関連だと推察されます」

 

「生き残りは?」

 

 

 十蔵の問いに楯無は首を振る。

 

 

「残念ながら。頻繁に出入りをしていた職員と思しき人物は爆発当時、ほぼ全員が内部にいたようです」

 

 

 彼女の言い回しに気付いた千冬が口を挟んだ。

 

 

「ほぼと言ったな。ならば何人か生存者がいるのか」

 

「例外の職員は皆、別口で死体として発見されています。証拠の類も徹底的に排除されていて、ドイツも次の捜査方針を定められずにいるようです」

 

 

 打つ手無し。千冬は無言で奥歯を噛み締める。更識が何らかの証拠を握っていればラウラ達の助けになれたかもしれない。しかし、その希望も潰えてしまった。

 

 

「次はフランスのデュノア社について。数日前、デュノア社で大規模な内部粛清が行われました。経営責任者であったアルベール・デュノアとロゼンタ・デュノアの両名を筆頭に、半数以上の経営陣が不正を暴露されて更迭の後に逮捕、今は重犯罪者用の収容所に隔離されています。残された会社は傍流ではありますがデュノアの親類縁者の女性が経営者として建て直しを図っています。また、第三世代ISの開発の目途も立ち、欧州連合のイグニッションプランへの復帰も予定されています」

 

「その親類縁者は優秀な人物なのか?」

 

 

 千冬の意見ももっともな話で、会社の首脳経営陣の半数以上を一度に入れ替えてしまっては現場の混乱も凄まじいはずだ。その混乱を治め、他企業からの横槍にも対応できる人材だとすれば、よほどの実力者だ。

 

 

「いえ、調べによると彼女自身は典型的な放蕩者です。芸術関連への多少の造詣は深いようですが、経営に関しては全く。秘書を務めるショコラデ・ショコラータという女性が敏腕で、実質的には彼女がデュノア社を牛耳っています」

 

「……怪しいですね」

 

「はい。彼女の経歴は今後探らせる予定です」

 

 

 十蔵と楯無の間で同一の見解を得て、本題に移る。

 

 

「肝心のシャルル・デュノア。いえ、シャルロット・デュノアは前経営陣の浅はかな謀略の被害者なので女性として学園内部で内々に再編入処理をしてほしいとの通達がありました。その為の献金も落ち目の会社としては破格の額です。フランス政府からの口添えもあります」

 

「金でこちらを黙らせるつもりか」

 

「しかし断ればフランス政府の面目をIS学園が潰す事になる。ここは応じるしかないでしょうな」

 

「更識。デュノア社の第三世代型、特徴となるイメージ・インターフェースが何に使われているかは分かるか」

 

「はい、フランス政府経由で情報が入っています。ただ、その……」

 

 

 言いよどむ楯無に一抹の不安を覚えるが、千冬は続きを促した。

 

 

「サブマニュピレーターです。ほぼ本来の腕と差異が無いほどの精密動作を可能としている、とか」

 

 

 つい先日、白式の隠し腕に対して不覚を取った事を思い出して眉を顰める。

 

 

「……このタイミングで、か。だがあの機体の情報解析は研究畑のスペシャリスト達ですらお手上げだったんだ。スパイ活動をしていたとしても、デュノア個人に白式からのデータ吸い出しが出来るとは思えん」

 

「白式の側から、意図的に情報提供されたと見るべきでしょうな」

 

 

 意思を持つIS。どのような狙いがあるか不明だが、厄介過ぎる存在だ。

 

 

「やはり織斑から白式を取り上げるべきです。IS委員会や上層部の意見など一々聞いていては対処が遅れます」

 

「それは、いけません。織斑先生」

 

「これ以上放置していてはどうなるか分かりません! 束が問題なら私が──」

 

「……既に篠ノ之束博士の問題だけではないのです」

 

 

 十蔵は先程役員から渡された文書を千冬の前に並べる。そこにあったのはアメリカを始め、世界各国からIS委員会に宛てて送られた正式文書のコピーである。そして、内容の文面に差異こそあれど、全てが白式を織斑一夏に運用させる事を求めていた。

 

 

「……なんだ、これは」

 

「文書は出していませんが、日本を含めた余所の国も似たようなものです。各国の政府やIS機関は一夏君が、いえ、白式が弾き出すISの常識を覆すデータの数々に強い関心を抱いています。IS学園の持つ不干渉性も世界各国からの要請があれば断り切れるものではありません」

 

「織斑がそこまで手回しを……いや、そんな器用に立ち回れる奴では無い事は私が一番知っている。これも白式がやったというのか……?」

 

 

 この場にいる三人が裏を知る由も無いが、各国を動かしたロビー活動には亡国機業の手が回っていた。それは即ち、かの組織が白式とパプテマス・シロッコの存在に価値を見出したという証左でもあった。

 

 

「更識としての見解も同様です。ISには意識や人格が確認されている例がある事は一年生の初めに学ぶくらいには知られていますが、あくまで搭乗者と専用機の間でのやり取りが確認されているのみ。ここまで外部へ強い影響力を与えるISなど、世界初のISである『白騎士』を除けば初めての存在です。故にどの国もその存在と行動に注目しています。下手をすれば男性操縦者としての織斑君の研究よりもそちらを優先すべきと考える人間が現れるくらいには──」

 

(白騎士……白騎士、か)

 

 

 白式に使われているISコアが白騎士の物だと知っている人間は限られている。当時、白騎士を使っていた千冬から見て、今の白式のような異常性に心当たりは──

 

 そこでふと疑念を抱いた。インフィニット・ストラトスの初期開発の際、テストパイロットとして千冬は束に幾度も協力していた。だが、あくまで稼働実験の類である。後に白騎士事件と呼ばれるあの日あの時こそが、白騎士が全力を出した初めての時であり、織斑千冬にとっても初めて経験した命懸けの戦闘だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミサイルのコントロールを掌握していた篠ノ之束のフォローがあったとしても、

 

 白騎士がリミッターを設けられていない為、現在主流になりつつある第三世代ISから見ても相当にダンチな性能を誇ったとしても、

 

 織斑千冬という存在が生まれとそれまでの育ちの影響で常人とは異なるバイタリティを有していたとしても、

 

 初陣の、僅か14歳の少女が360度全方位から日本全土へと天から降り注ぐ2341発近いミサイルの迎撃を一つのミスも無く、完璧に撃ち落とす事など、できるのだろうか。

 

 また、白騎士捕縛に動いた音速で飛来する戦闘機や誰が何処に乗っていて破損した場合どのような影響が出るかもわからない軍艦を相手に人的犠牲を一切出さず攻撃して返り討ちとする。

 

 ……本当にできるのか。

 

 

 

 

 

 無我夢中だったといえばそれまでだが、どうにも違和感が拭えなかった千冬は当時の事を深く思い返そうとした。

 

 白騎士事件の発端となる学会での不当な扱いで人類に失望した束が考え出したISを世に認めさせるという無茶な作戦に、最初は難色を示した。カタログスペック上は十分な性能を持つISとはいえ、初の全力戦闘稼働で実力を遺憾なく発揮できるとは到底、思えなかったからだ。

 

 それでも、千冬は最終的に協力すると決めた。束には出自の関係で存在しない二人分の戸籍を偽造してもらい、生きる為に最低限度の生活基盤を整えてもらったという弱みも確かにあった。だが、何よりも千冬自身もISという力を欲していた。当時の日本社会は男性社会であり、後ろ盾も無い未成年の女手一つで弟を育て、生きていくにはとても難しい時代だった。束の作ったISが世に出て、その搭乗者として名と才を売れたならば、狭く苦しい環境を変えられると思ったのだ。

 

 それでも作戦直前になると失敗した場合の事を考えてしまい、恐ろしかった。自分達のエゴで無関係な人をたくさん殺してしまうかもしれない、その中に何も知らない弟が含まれてしまう可能性だってある。運良く捌けても、その後に露見し捕まればテロリスト扱いで一生監獄行きか、生まれた場所のような研究所送りとなるかもしれない。辛うじて顔には出さなかったが、様々な憶測と緊張で思うように身体が思うように動ける気がしなかった。

 

 だから柄にもなく願ったのだ。鍛錬の為に篠ノ之神社へ出入りしていても心の底から一度も信じた事の無かった『神様』という存在に。それから、それから私は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人は、より良く導かれねばならん。指導する絶対者が必要だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑先生?」

 

「──ッ!? す、すまない。少しぼんやりしていたようだ」

 

 

 楯無の呼びかけで千冬は思考の海から引き上げられた。思い起こそうとしていた古い記憶が再びの膨大な記憶の海底へと転げ落ちてしまう。記憶の捜索は諦め、会議に集中する。

 

 

「とにかく、これ以上の問題を発生させない為にも織斑君には行事や緊急時以外でのIS展開を制限し、常時監視を付けましょう」

 

 

 出来る事なら白式は行事にも出したくはない。しかしそれでは世界に一人だけの男性IS操縦者を保護する代わりに、データは全て公開するという国際社会からIS学園へ要求されている条件が満たされない。苦渋の選択だった。

 

 

「日常での監視は私が行います」

 

 

 楯無が申し出た。女性として再編入するシャルロット・デュノアを別室へと移し、楯無が一夏と同室となって行動を見張る。今後、彼女の前で不審な行動を起こせば即座に鎮圧されるだろう。学園最強の異名は伊達ではない。

 

 

「一年生一学期の行事は残すところ学年別タッグトーナメントと臨海学校。どちらも私が直接出向く訳にはいきませんが、そこは布仏本音と織斑先生にお任せたいと思いますが、よろしいでしょうか」

 

「……ああ、それでいい。弟を頼む」

 

「当然です。学園と生徒を守る事。それが更識であり、生徒会長である私が持つ役目ですから」

 

 

 

 

 会議を終えた千冬は再び記憶を呼び起こそうとする。しかし、彼女が知りたいと望んだ部分はまるで靄が掛かったように曖昧で、ついぞ思い出すには至らなかった。

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