インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録 作:魔法科学は浪漫極振り
「束」
『おー!またちーちゃんから電話が!どったのー?』
「頼みがある」
『あのツンツンちーちゃんがワンシーズン中に二度も頼み事とは!これはもしや伝説のデレ期!?それで今度は束さんに何をお望みかなかな?』
「IS委員会に働きかけて、一夏から白式を取り上げる許可を出してほしい。世界がどう言おうがお前がイエスと言えば――」
『それはダメ』
「何故だ。白式はお前が想定していたISの在り方として完全に逸脱しているんだぞ」
『だとしてもだよ。あれを捨てるなんてとんでもない!あのビーム兵器、束さんも知らない未知の粒子を――』
「頼む、話を聞いてくれ。一夏の奴がラウラを……人を、殺しかけたんだ」
『別にいいじゃん、たかが凡人の一人や二人。むしろ殺した時の反応が見たかったな』
「本気で言っているのか束!?」
『……うるさいな。怒鳴んないでよ』
「……っ」
『ねぇ、ちーちゃんと束さんはいわゆるズッ友って奴だよね?友達は、大事にしないといけない。それは子供の頃にちーちゃんが教えてくれたんだよ?世界でたった一人の友達が、友達じゃなくなったら、束さんはとっても悲しいな。ちーちゃんは特別だから有象無象みたいに無関心ではいられない。つまり嫌いになっちゃう。束さん、昔から嫌いな物をすぐ滅茶苦茶にしちゃうのは悪い癖だと思ってるんだけど中々治せなくてね。あ、嫌いといえば、ちーちゃんの不細工な偽物を作ってた研究所もムカついたから最近中身ごと全部吹っ飛ばしたばっかりなんだよ。クーちゃんも手伝ってくれたんだぁ!あ、クーちゃんっていうのはってごめんごめん、話が逸れちゃったね。……それで、なんだって?』
「……急に大声を上げた私が悪かった。許してくれ」
『うんうん、許してあげるよー!大事な大事なお友達だもんね!』
「だが、このままでは一夏にどこまで影響が及ぶか分からない。それは箒にとっても困る事だろう」
『むむむ。じゃ、箒ちゃんの誕生日プレゼントを持っていく日。IS学園の臨海学校二日目に合わせて白式といっくんの状態を直接チェックするよ!じゃ、忙しいからバイバーイ!』
「七月七日に巣穴から出てくる、か。アイツらの手を血で染めさせるくらいなら、いっそ私の手で……」
「そういう訳で今日からよろしく。問題児の織斑一夏君」
解放予定日の放課後に反省室から出された一夏は白式が返却される場に現れた楯無から様々な説明を受けた。
以後、一夏は監視目的で学園の警備の一端を担っている彼女と同室となる事。教員の許可なく、授業や行事、緊急時以外でのIS展開の禁止される事。次の学年別トーナメントはタッグマッチに変更となり、一組のクラスメイトである布仏本音とペアを組んで出場してもらう事など。正直、一夏としては不本意だが、反省室からずっと出られないよりもマシだと割り切った。
「それにしても監視ですか。俺に隠さなくてもよかったんです?」
「抑止目的ならハッキリと腹の内を晒した方が効果的な事もあるのよー?」
そう言って彼女はふてぶてしい笑みを浮かべ、扇子を広げてみせる。見せ付けられた扇面に書かれた『厳重警戒』の文字を読んでもさほど怒りたくもならない。皮肉気に笑って流す事にした。
「話の通じない獣じゃないんです。余程の事が無ければ他の生徒を襲ったりしませんよ」
「もう、そんなひねた言い方して。織斑先生が泣いてるわよ」
「嘘ですね。千冬姉が泣き顔なんて人に見せるはずが無い」
一夏の中で千冬という存在は鉄の女であると認知している。彼女に感情が無い訳ではない。ただ表向きの仮面はともかく、他者に本心を早々悟らせたりはしない。幼かった一夏に対してはそれなりに柔らかい表情を見せていたが泣いた表情だけは一度たりとも見た事が無かった。
それが一夏には不満だった。別に姉の泣き顔を観たい訳ではない。だが弱い部分を晒さない、見せないという事は千冬が一夏に負担をかけまいとしている。言い換えれば、頼る気が無いと突き放しているように感じるのだ。
もしも彼女が人前で泣く姿を見せるとすればそれは、彼女の心を支える存在が消えた時になるだろう。
「ふぅん。ま、いいわ。私はロシア代表で学園最強の生徒。そして生徒会長でもある」
「へぇ……?」
なぜ最強の生徒が生徒会長になる必要があるのかは知らないが、彼女はロシア代表。代表候補生ではない。姉と同じ、たった一人の国家の誇るIS操縦者。現状、より大きな力を求めている一夏が興味を惹かれるのも無理は無い。
「でも残念。普段なら挑戦はいつでも受けて立つのが私のスタンスだけど、織斑君とは戦えないわ」
「む、なんでです」
「さっき伝えた禁則事項に抵触するって事情もあるけれど。貴方、ドイツのAICを見ただけで解析・コピーしてみせたそうじゃない? 私のISの装備は早々真似できる代物では無いにしても、簡単に手札を見せる気にはならないのよね」
更識楯無のIS
「残念だな。白式の強化に使えるならと思ったんですが」
「……貴方、本気で篠ノ之博士をどうにかする気?」
「当然です」
一夏が篠ノ之束を疎ましく思っている事は千冬からの報告でも聞いている。楯無だって年頃の娘だ。同情するし、反発も理解出来る。しかし、
もっとも、そんな不明瞭な代物に国防の半分以上を担わせるしかない今の世界情勢をよく知る身からすれば、彼を浅はかと笑う事など絶対に出来ないが。
「顔見知りに対する躊躇いは無いのかしら」
「向こうが好き勝手してるから面倒な事態になっているのに、どうして俺が彼女へ配慮してやる必要があるんですか。……もういいでしょうか? 心配をかけたと思うので箒や鈴に顔を見せてきます」
「ええ、好きに行動してもらっていいわ。こちらはこちらで勝手にするから」
一夏の歩き出しに合わせて楯無もある程度の距離をとって後ろをついていく。普段のいたずら好きな楯無なら横に並んで歩き、唐突に腕でも組んでテンパる相手を振り回すところだが……楯無は今、先程の一夏の発言に対する分析に考えを回していた。
(彼、箒ちゃんのお姉さんを殺すと言ってるんだけど、それでもまだ箒ちゃんと顔合わせしようとするなんて……。もしかして無自覚なのかしら?)
発言のチグハクさが束は束、箒は箒と割り切った故のものなのか、もしくは白式のもたらす影響か。楯無にはまだ判断が付かない為、様子を伺う事にした。
自由となった一夏が最初に訪れた場所はアリーナであった。当然だがISを使う為ではない。ここにいるであろう鈴に会う為である。居場所を事前に聞いた訳ではない。感覚でここにいる気がしたのだ。
そしてその予感は正しく、彼が探していた彼女はアリーナの片隅で部分展開した状態で青龍刀を振るう演武を続けていた。だが周囲への警戒は怠っていなかったようで一夏をセンサーで捉えた鈴は、演武を中断する。
「よっ、鈴。元気だったか」
「……一夏。なんのつもりよ」
そんな鈴に近付き、気軽に声をかけられた一夏だったが鈴本人は眉を顰めていた。彼が反省室に放り込まれている事も今日が解放予定日であるとも把握していた。だから、わざわざこの時間帯にアリーナでの鍛錬を行っていたのだ。会わずに済むように。
「なんだよ。声をかける事すらいけないってのか?」
「別れた相手に率先して会いに来る馬鹿がどこにいるの」
二人は天災対策が相応に時間がかかる事を覚悟を決めて、万全を期すために別れたはずだ。それなのに一夏は何事もなかったかのように振る舞う。好きな男でも自分の配慮を無視するやり方は癪に障る。
「そんなに意固地にならなくても俺が守ってやるから──」
「アンタがドイツ軍属の代表候補生を再起不能にしたのは知ってる。でもね、その程度で事が済む訳ないでしょ!?」
鈴にバレないように隠れて会話を聞いていた楯無は箝口令の形骸化に溜息をつく。無人機の件といい、IS学園は園内で発生した不祥事に箝口令を多用する悪癖がある。確かに一定の効果はあるが、所詮はIS学園の校則に明文化されたルールではない。そして古来より人の口には戸が立てられないものだ。口の軽い一般生徒や言葉の節々から何があったか分析を行おうとする輩などいくらでもいる。
しかし、だからと言って漏らした一般生徒に対して厳罰を行う訳にもいかない。罰した事から外に情報が広まる可能性があるからだ。だから、学園内で収まっている範囲であればほぼ黙認されている。各国の上層部や諜報部と繋がりがある生徒は情報を報告しているだろうが、各国も情報を市井に流すような真似はしない。彼等とて余計な混乱の波及までは望んでいないからだ。
「ああ。でも俺は思ったんだよ。こういうやり方は無駄なんじゃないか」
「……無駄?」
明らかに鈴に表情が不穏さが増した。目標の為に努力する行為を無駄と言われて不快感を覚えない者がいるだろうか。
「ISは想いを体現してくれるマシンだ。だったら強い願いを持ってる方が勝つ」
「そんな訳ない」
反論は当然だ。もしも願うだけで叶うなら誰もIS技術の習得に苦労などしない。
「俺がその証拠さ。ISに乗って二月程度の俺が鈴を守って、ボーデヴィッヒを倒せたんだ。白式にはそれが可能なんだ」
白式が特別だから勝てた。白式を、ISを上手く使えるのは自分だという。一夏の驕りが鈴にも透けてみえた。そして、彼女が許せない事実もまた浮き彫りとなる。不安視していた一夏の白式への依存に比例して増してくる謎の不安感だ。曖昧な感覚だったので本人には伝えなかった事が裏目に出てしまったようだ。
「やっぱりあれこれ考えて動くとアタシは駄目ね。こうなったら……」
聴こえない程度の呟きを漏らした鈴はISの部分展開を解除して一夏に歩み寄る。一夏は鈴が納得してくれたのだと、自分からも近付いていき──
「この、馬鹿野郎ォ!」
「がっ!?」
鈴の唸りを上げて振るわれた右手に一夏は左頬を殴られた。その勢いは凄まじく、一夏は受け身を取る事すら出来ずにそのまま横倒しとなる。鈴に気付かれないように監視している楯無も突然の事態に目を白黒させている。
「な、何すんだ!?」
鈴に殴られるなどまるで想定してなかったのか、混乱が見える。ラウラのビンタに過敏に反応できた彼が今回の鈴の凶行に反応できなかった理由は害意の有無だろう。ラウラは一夏への敵意が明け透けだったが、鈴は一夏の事を大事に思っているが故の行動。その違いが現れたのだ。
そして、いつもの一夏の調子に戻った事を確認した鈴は倒れ込んだ一夏の襟元を掴んで強引に引き寄せて叫ぶ。
「甘えてんじゃないわよ! この自惚れ屋が!」
「なっ、はぁ……!?」
「一夏、今のアンタは白式に頼りきりで、自分で得たモノじゃない! そんな情けない根性で本当に欲しいものが手に入ると思うな! アタシが証拠だ! アンタの隣にいたいから凰鈴音は中国から一年の努力で日本に戻ってきたんだ! 織斑一夏が本当にそんなアタシの隣にいたいならアンタも自分の力だけでアタシの隣を手に入れなさい! だから……! だから
言いたい事を全て吐き出した鈴は再び一夏を突き飛ばし、肩を怒らせながらアリーナの更衣室へと去っていく。
(鈴音ちゃんったら男前。……今後の為にも彼女とは連絡取り合った方が良いかしら)
尻餅をついて動く気配の無い一夏を見ながら、楯無は心の中で凰鈴音を今後の協力者候補としてチェックを入れていた。
いつ鈴が去っていったかもわからない程に放心していた一夏は彼女に言われた一字一句を脳内で噛み砕き、咀嚼して考える。
織斑一夏の今の姿や考えを否定した事は不器用ながらも一夏を想っての発言だと理解できたし、鈴は自分の生き方に確たる自信と誇りを持っているのだと改めて分かった。それを彼は、とても羨ましいと思った。姉の威光と影の中で苦い経験をしてきた彼には鈴の単純だが真っ直ぐな生き様は輝いてみえたのだ。
鈴の気質を目の当たりにした一夏に女の子へIS頼りの力に溺れた姿を見せてしまった事を恥じ入らせ、先程まで自分が正しいと思い込んでいた在り方に対する疑念を僅かではあるが、齎していた。
だが、それをハッキリと自覚する前に、内側から否定する声が響く。
──甘い考えは捨てたまえ。白式を手放せば君は全てを失うぞ。
そうだ。ISが無ければ降りかかる火の粉を払えない。守る為には、力が、白式が必要だ。…………本当にそうなのか? 白式に頼らないで済む方法は無いのか。
──そんなものは存在しない。白式が無ければ、今のお前に何の価値がある?
だけど、鈴は俺を信じてくれた。
──ちっぽけな感傷は世界を破滅に導くだけだぞ、少年。
考えれば考える程、酷く頭が痛む。一夏は答えが一向に出ない問題を頭から振り払い、箒へ会いに行く事にした。彼女は部活の剣道を終えて寮室にいた。応対してくれた彼女に声をかけようとしたのだが、先に箒の方が驚きの声をあげる。
「い、一夏!? その頬はどうした!?」
「え……?」
どうやら先程の鈴の手痛い一撃で頬が腫れ上がっているようだ。指摘されるまで気付かなかった。触ると引き攣る痛みが頬に走る。他にも倒れた時の小さな傷があるようだ。一夏が保健室へ向かおうとするが、箒がその腕をとって寮室内に連れ込む。部活で剣道を行う彼女は自前の治療用キットを常備している。腫れた頬は患部を冷やし、傷口は消毒して絆創膏で蓋をしていく。
「なにがあった?」
「いつつ。ちょっと鈴と喧嘩してな」
「別れたはずだろう」
「それでも喧嘩くらいするさ」
「……羨ましい」
ボソリと呟いた箒の声を拾った一夏は訝しげな眼差しを向ける。
「怪我した事の何が羨ましいんだよ?」
「喧嘩できるという事そのものがだ。……いつの間にか、私ではお前の隣に立てなくなっていた。お前と鈴を見ていると嫉妬心ばかりが積もっていく自分の心の弱さに嫌気が──」
余計な事を口走った。箒が気付いて閉口した時には既に遅く。
「箒、それはもしかして」
「す、すまん! 忘れてくれ!」
察しの良くなっている織斑一夏には彼女の言わんとした事が手に取るように分かった。だから本心を偽らず、誠実に対応すると決めた。距離を置こうとする箒の肩に手をやって、その場に留める。
「ありがとうな、箒。気持ちは嬉しいよ」
「い、いいいい一夏!?」
「でも、ごめん。お前とは一緒になれない」
彼は既に相手を選んでいた。篠ノ之束の事が無かったとしても彼女の想いには答えなかっただろう。
「…………そう、か」
今後、隠れて初恋を抱える事すら出来なくなった箒は重い息を吐く。
「でも、隣に並ぶ事はできるよ。お前は俺が心から信じられる数少ない異性の友人だからな」
「む……。友達、友達か」
それは箒が求めていた
「分かった、それでいい。一夏と今後も気兼ねなく話せるなら。それが、いい」
姉の所業によって家族をバラバラにされ、名前を偽り、各地を世の中の事情で転々とされながらも、ひたすらに一人の少年への情念を抱えて生きてきた一人の少女の人生がここで転機を迎える事となった。完全に割り切るまでにはまだ時間がかかるだろうが、それでも一歩、篠ノ之箒は成長できたのだ。
「だからこそ、ごめん」
「何を謝る必要がある。私が一方的にお前を──」
「違うんだ。……俺は自分の幸せの為にお前の姉さんを傷付けるつもりなんだ」
一夏は箒に隠していた二人の別れの真実を告げる。
(ん、んー? どうも鈴ちゃんとの会話以降、織斑君の雰囲気が変わった気が。 叩いたら直る昭和のブラウン管テレビ方式じゃないわよね?)
寮室の前で幼馴染同士の会話を盗聴する怪しい生徒会長の姿は幸い、誰にも見られる事は無かった。
『次の公式戦、君の全力を見せてもらいたい』
「パプティマス様のご要望通りに。汚名返上の機会、存分に活用させていただきますわ」
『小娘共が余計な真似をしてくれた。しかし傾いた天秤は元には戻らんと言う事を教えてやろう。フフフ……ハハハッ!』
――――イチ――カ―――オリ―――――ムラ―――――イチカ―――?――