インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録   作:魔法科学は浪漫極振り

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「むー。私がおりむーとペアになったら、かんちゃんはどうするんですか」

「うっ。で、でも他の子をペアにして何かあったら問題なのよ!」

「おりむーは強いんだから一人で戦わせればいいじゃないですか~」

「……はぁ、こういう事はしたくないんだけどね。更識家当主として命じます。布仏本音は次のタッグトーナメントで織斑一夏と組んで出場しなさい」

「……………………はーい」

「もう、どれだけ嫌なのよ」

「かんちゃんがお嬢様を見る目くらい、ですかね~」

「ごふぉっ!?」


第十八話

 シャルロット・デュノアは現在二つの選択を迫られ、悩んでいる。

 

 一つ目は唐突に掌を返した(亡国機業に乗っ取られた)デュノア社からの要請で戸籍を改めて作り直す事になり、その際の名前をどうするかである。選択肢としてはこのままデュノアでいるか、完全に別の姓名に変更するか、希望するならば母方の旧姓に戻す事も可能。本来なら簡単には出来ない特殊な手続きだが、まるで事前に予定されていたかのように準備は万全で、あとは本人の意思一つで進められる状態だ。シャルロットがどの選択を選んだとしても、三年間のIS学園での生活と資金援助はデュノア社から慰謝料代わりに続けてもらえる事も決まっている。

 

 この選択はさほど悩む事も無く、シャルロットは旧姓への戸籍変更を行うと決めた。親との深い繋がりは母方にしか感じられなかった彼女にとってデュノアの名前に未練など欠片ほども無く、再び別名を持つ事も嫌悪感があり、嫌だった。

 

 二つ目は専用機だ。フランスが欧州連合の次期量産機を決定する為のイグニッションプランへ送り出すフランスの第三世代型、既に試作型が製作に入っている。あまりにも早い開発速度だが、これには既に詳細な設計図が完成しており、実際に装甲や装備といった各種パーツを鋳造、検証する過程へ直ちに入れた事が大きい。現在はデュノア社の開発スタッフが総力を挙げて形にしている段階だ。この新型の操縦者を務めてみないかというデュノア社からの誘いである。

 

 彼女が最も悩んでいるのはこちらである。正直なところ、ここで断ればデュノア社とは縁は先述の慰謝料代わりの資金援助のみとなる。現在の専用機であるラファール・リヴァイヴカスタムⅡを返還し、代表候補生の座も降りて、望み通り自由の身の上になれる。しかし、ひとつの要素が彼女を引き留めていた。

 

 

(新型は、彼が設計したISなんだよね……)

 

 

 フランスの第三世代機は大人達の都合で身動きが取れない彼女を救った(誑かした)シロッコが設計したISだ。彼から図面を受け取り、本社に図面を送信したのも彼女である。ドイツの代表候補生とのトラブルですぐに同室では無くなってしまったが、それでもあの一晩のやり取りだけで彼女の状況をひっくり返し、収容所行き不可避のどん底から逃れる為のお膳立てを整えてくれた彼には深い恩義を感じていた。

 

 その彼女からすれば、恩人であるシロッコが手掛けたISを赤の他人に使われる事はあまり愉快な話ではない。それに、図面を渡された際に彼は言っていた。

 

 

「このISは特別な機体だ。せめて君のような才能ある人物が使ってくれる事を切に願いたいものだが」

 

 

 彼はシャルロットを評価していた。つまり、あの新型は彼女なら使いこなせる。そう言外に含みを持たせていた。この事にシャルロットは少々舞い上がっていた。

 

 シロッコは彼女を救ってくれた。優しくしてくれた。認めてくれた。でも、彼女からは何も返せてはいない。……ならば、せめて彼に恩返しをすべきではないかと思い至ってしまうのも、根が善性であるシャルロットには無理からぬ話ではある。それが、せっかく逃れた蜘蛛の巣(デュノア社)の只中に再び飛び込む事を意味するとしても、彼女は不思議と怖くは無かった。

 

 こうしてシャルロット・デュノアは名を旧姓であるオークスに改め、フランスの第三世代型試作IS『オーヴェロン』の担い手となる道を自ら選んだのだ。

 

 

 

 

 

 ──とはいえ、だ。オーヴェロンのロールアウトは七月下旬から八月上旬以降を予定、つまり学園が夏休み期間に入るまで手元には届かない。それまでの期間は一女子高生のシャルロット・オークスとして灰色だった青春を再び取り戻す事に躍起になっていた。まずシャルロットは一組で再度の自己紹介を終えて、女子学生の一人として受け入れられた。男性を騙っていた事で嫌われる覚悟もしていたシャルロットだが、それは杞憂で終わった。むしろ異性だからという遠慮が無くなり、彼女はクラスメイトを始めとしたいろいろな生徒達からIS操縦について教えを請われるようになったからだ。

 

 何故かと言えば、彼女は学園の訓練機としても一定数を保有しているラファール系列のカスタム機を専用機に持ち、高速切替(ラピッド・スイッチ)砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)と言ったモンド・グロッソでも通用する上級スキルの使い手だ。一般生徒からすれば教員達を除いて、間違いなく実機訓練の参考とすべき人物と言えよう。

 

 そんな訳で連日女子生徒達に囲われる日々が続き、ひょっとしたら性別を偽っていた頃より忙しいのではないかと心の中で悲鳴をあげていた。もっとも嫌な訳ではない。後ろ指を指されたり、腫れ物に触るような扱いすら考えていたシャルロットにしてみればISやラファールという共通の話題で積極的に交流を図ってくれる事はなによりも嬉しかった。

 

 改善された環境に一点だけ不満があるとすれば寮室が変更となり、恩人に会う機会を失った事だ。引っ越し前には担任の織斑千冬に一夏の不審な行動が無かったかなど聞かれたが、そもそも寮を共にした時間はとても短いのだから、何が不審な行動なのかすら分からないと情報提供を断った。シロッコの事も、一夏の個人端末のデータに残されていた図面の話も彼女はしなかった。

 

 端末のデータは調べれば分かる事だが、既に処理済みだ。あの後、シャルロットが持っていた偽装工作用ダミーデータで図面の情報は上書きされ、完全抹消した。もっともあのような非現実的な大型ロボットの設計図(シロッコ製モビルスーツ群の図面)など見つけたところでシロッコの存在を知らない彼女達から見れば国連が開発したISコアを用いないパワードスーツ──エクステンデッド・オペレーション・シーカー、通称EOS──以上に使えない、精緻な落書きとしての価値しか見出せないだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(彼は、何を考えて行動しているのかな……?)

 

 

 放課後の訓練指導が終わり、更衣室でシャワーを浴び終えたシャルロットはぼんやりとシロッコの事を考えていた。シャルロットは恩人である彼を嫌ってはいないが、織斑一夏が起こした殺人未遂事件がどうにも引っかかっていた。授業で味方であったラウラにいきなり撃たれた事もあり、事件の被害者に対してそれほど同情心は無い。自分勝手をやる人間が派手に自爆しただけだと思える。しかし、シロッコが織斑一夏に手を貸したにしてはいささか過剰な気がする。

 

 シャルロットがこう思えるのは、今はまだ彼女が他者の命を見捨てる事を厭わない程、シロッコへ傾倒はしていない事を意味する。それでもシロッコを善なる恩人だと思い込んでいる為、彼の不利益になるような事は控えているのだ。だからこそ、今回の事件の顛末に違和感を持っていた。

 

 

「ボーデヴィッヒさんの排除はわたくし達の安全を考慮してくださった結果ですわ。素直に喜んでもよいかと」

 

 

 一人考え込んでいたシャルロットに声をかけてきたのはセシリアだった。思考が口から漏れていたのかと冷や汗を垂らして焦ったが、すぐさまシャルロットは頭の中で彼女についての情報を思い出す。セシリアは現在、やや特殊な交友関係を築き上げている。クラスメイトとの付き合いもあるようだが同時に極少数の他クラス生徒や上級生と交流を行っているらしい。相手の出身地はバラバラで、どういう基準で選ばれているのか不明だがイギリス貴族としての高い社交能力を発揮している事だけは伺える。ただ、彼女と交流を持っていない多くの生徒達からの評判は芳しくないようだった。

 

 入学直後に織斑一夏との間に問題を起こして、一方的に負けた、古い家柄だけが取り柄のイギリス代表候補生セシリア・オルコット。それが現在のIS学園内における彼女の一般的な評価であった。そこまで思い出して、スパイ気質がまだ抜けてないなとシャルロットは心の中で自嘲する。彼女に対して特に取り繕う必要も無い為、自然な笑みで応じる。

 

 

「こんにちは、オルコットさん。何か御用かな」

 

「パプティマス様からのメッセージをお持ちしましたわ、オークスさん」

 

 

 秘すべき名を出されて咄嗟に周囲を伺ってしまうが、シャルロットは自分が浅はかだと恥じた。彼を知る者がそんな不始末をするはずが無い。

 

 

「君も、知ってるんだ?」

 

「ええ、入学後からそれなりに深いお付き合いをさせていただいております」

 

 

 さり気なくマウントをとろうとしてくるイギリス令嬢に鼻白む思いを持ちながら要件を尋ねる。

 

 

「それで、メッセージ?」

 

「監視が傍に付いたそうで、直接会えなくて申し訳ないそうです。最低限度の約定は果たしたので、再会は今しばらく待っていて欲しい、と」

 

 

 監視とはロシア代表の生徒会長の更識楯無だろう。学年を超えてシャルロットの代わりに織斑一夏と同室になったと聞く。彼女の出自と高い能力はデュノア社で受けたスパイ教育でも聞き及んでおり、潜入時には警戒すべき人物の中でも上位者と認識していた。

 

 

「分かったよ。でも監視の目を盗んでどうやってやり取りを……?」

 

「それは秘密ですわ。でも、あの方ほどの優れた才能があれば、時間と距離は大した問題にはならないらしくてよ?」

 

 

 実に馬鹿げた話だが、首にかけたシンプルな十字架を弄りながら微笑むセシリアはシロッコから伝え聞いた内容は正しいものだと身をもって知っていた。

 

 

「確かに彼の素性を知ってたら絶対無いとは言えないよね」

 

 

 死者の念がISに憑りついているなど、実にオカルトチックな異常現象だろう。彼の存在を知り、その異常性を目の当たりにしなければ誰も本当の事だとは信じられないはずだ。ともかく彼からの伝言は受け取った。なのにセシリアはその場から去ろうとはしなかった。

 

 

「まだ何か」

 

「実はご相談がございますの。次のタッグマッチトーナメント。わたくしとご一緒しません?」

 

 

 シャルロットが女性であった事のカミングアウトの印象に押されてはいるが、次の学年別トーナメントがタッグで行われる事はショートホームルームで全員へ伝えられている。シャルロットも既に何人かの意欲的な生徒からペアの誘いが来ているが、保留にさせてもらっていた。

 

 

「流石に専用機持ち二人でのペアは反則じゃないかな」

 

 

 現状、一年生で戦える専用機持ちは四人だけ。一夏は相手が決まっているらしく、残るは二組の凰鈴音しかいない。

 

 

「ルールに明記されていない以上、問題はありませんわ。シャルロットさんのラファールの特性を活かしてお願いしたい事もございます」

 

「お願いしたい事……?」

 

「ええ、パプティマス様に頼まれた仕事のお手伝いです」

 

 

 ここでその名を出されてはシャルロットも嫌とは言えなかった。

 

 

「ふーん、良いよ。前中衛が僕の担当だね」

 

「いえ、役割分担はやめましょう。時にはわたくしも前衛に回りますわ」

 

「え? でもブルー・ティアーズは中遠距離特化だよね」

 

「フフフ……貴女には特等席でお見せしましょう。生まれ変わったセシリア・オルコットの実力を」

 

 

 自信に満ちたセシリアの笑みにはかつての失敗、才能や立場に驕った慢心の隙は見られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不甲斐ない一夏に活を入れた鈴は翌日、箒の訪問を受けた。篠ノ之束の所業は許せないが、その妹にまで罪があるなどとは鈴も考えていない。だが、姉の庇護を無自覚に享受する箒に対して何も感じないかと言えば嘘であり、こちらの事情を知らないでいる彼女にせめて八つ当たりだけはしないよう自制を働かせて応対しようとしたのだが。

 

 

「一夏から、二人の事情を聞いた。……姉が、すまなかった」

 

 

 神妙な顔付きの箒から謝罪された鈴は唖然とした。確かにいずれは直面しなければならない事態だったがまさか一夏は鈴に殴り飛ばされた直後、箒へ伝えに向かったというのか。どう考えればそんな顛末になるのか、鈴には一夏の行動原理に理解が追いつかない。

 

 ……流石に鈴の一撃が原因で一夏の歪み始めていた思考が混乱をきたし、当初予定していた行動を単になぞった果ての結果だとは予想できなかった。

 

 

「別にアンタが悪い訳じゃないでしょうに。で、それだけ?」

 

 

 事実を知り、一人で告げに来た箒の考えも鈴には分からない。謝りたいだけならいいが、どうにもそれだけじゃない気がする。なので、問い質す。一夏の件で気付いた上での放置は愚策と学んだばかりだった。

 

 

「私も、お前達を手伝いたい」

 

「……あのさ。自分が何言ってるか、ホントに分かってる?」

 

 

 姉の引いたレールに従えば、惚れた男と労無く一緒になれるのだ。状況に甘んじて受け入れればいいものを、意固地にでもなっているのか。そも一夏や鈴に協力するとはお手軽ハッピーエンドへの切符を破り捨て、世界を動かして好き放題している篠ノ之束を敵に回す事を意味する。とても正気の沙汰とは思えない。

 

 

「私には離別した姉より大事なモノがあるだけだ」

 

「具体的には」

 

「その、大事な……と、友達だからな!」

 

「アタシとアンタが?」

 

「……一夏と私だ。まだお前には許可をもらってない」

 

 

 鈴は呆れた。友達という別段、特殊でも何でもない他人同士の間柄の関係性に許可を求めるなどナンセンスだ。発育の良い体格の割に随分と子供っぽい印象を受けてしまう。中と外の成長がアンバランス。小学生からずっと孤独で居続けた彼女の拗らせ具合は深刻なようだ。もしかしたら友愛と恋愛の違いも曖昧なのかもしれない。

 

 

「いや、友達に許可とかいらないから。自然となるものでしょ」

 

「そう、なのか。私には一夏以外、気を置かないで話せる知人は誰もいないから……」

 

 

 篠ノ之箒は現在、一組を中心とした女子グループに入っている。しかし、あくまで属しているだけだ。噂や流行に疎く、一人でいたくないから周りに溶け込んでひっそりと囲われている。

 

 普通であればグループ内いじめの対象になるか、たちまち除外されてしまいそうなポジションだが、メンバーが個々人の気質に配慮、許容できる善性の持ち主達で構成されている事が大きい。初期メンバーであり、人を見分ける眼に優れた布仏本音の隠れた功績でもある。閑話休題。

 

 それでも他者に歩み寄ろうとする行動や配慮の心構えを持てるだけ、協調性の欠片すら持つ気が無い実姉よりも遥かにマシな人間性を有している。そんな篠ノ之箒を鈴は初心で可愛い奴だと思った。

 

 

「ふーん。不器用なんだ。じゃあ、はい」

 

「な、なんだ?」

 

 

 唐突に鈴から差し伸べられた右手を見て硬直する。

 

 

「なにって……ただの握手よ、握手。これで友達承認。どう?」

 

「いいのか? 私の姉がお前に──」

 

「そこ気にするなら最初からアンタを傍に近付けたりしないわよ。で、答えは?」

 

「……よ、よろしく頼む」

 

 

 同じ男を好いた者同士手を取り合う。意気投合した二人が果てにタッグマッチのペアを組むに至るまでさほどの時間は要さなかった。

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