インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録   作:魔法科学は浪漫極振り

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第二話

 試合を放棄したセシリアは一人、学生に解放されている人気の無い屋外テラスの一つで己の不始末を嘆いていた。日がまもなく没する黄昏時。つまり夕食の時間ということもあって周囲に人影は無い。センチメンタルに浸るには良い時間と場所と言えよう。

 

 

「滑稽、ですわね」

 

 

 クラス全員の前で大言を吐き、相手が男性というだけで見下して流れるように今自分が留学している日本まで侮辱した。その癖、自分から叩き付けた決闘で彼と自分の実力差を嫌になるくらい実感させられて、戦意を喪失。最後には逃げ出してしまったのだ。彼女はIS学園に入学して僅か一週間で、あまりにも醜態を晒し過ぎていた。

 

 

(もしかしたら、代表候補生も外されてしまうかも……)

 

 

 家族の死後、努力に努力を重ねた結果、IS操縦の実力を認められて代表候補生として抜擢、最新鋭の専用機を与えられて意気揚々としていたイギリスでの日々は過去の栄光となり、守り続けていたオルコット家も共に没落する。目の前で地平線の彼方へと沈みゆく太陽がまるで自身のこれからの凋落を暗示しているようで、とても恐ろしく見える。そんな不安を隠せず、震えていた彼女に声をかける人物がいた。

 

 

「失礼、相席よろしいか」

 

「……ッ!」

 

 

 今、一番聞きたくなかった男の声。振り向いた先には、()()()()()()()()()()()()()織斑一夏がいた。何を言われるのか、戦々恐々しながらも、相席の許可を出すと彼はセシリアの正面に腰を下ろした。

 

 

「……何の御用でしょうか」

 

「オルコット嬢、私は貴女に謝罪を申し入れに参りました」

 

 

 セシリアには言われた意味が分からなかった。セシリアに謝罪を要求するのであれば納得できるが、彼が彼女に謝る理由に検討が付かなかったからだ。

 

 

「わたくしに、謝罪?」

 

「初の実戦に浮かれ、貴女を蔑ろにしてしまった事。貴女の国や誇りに傷を付けた事。紳士的な振る舞いでは無かった。許していただけないだろうか」

 

 

 頭を垂れて謝意を示す一夏にセシリアは戸惑い、辛うじて残っていた冷静な部分が彼を一方的に謝らせてはならないと判断した。

 

 

「お待ちください! そ、それは、わたくしの台詞です。わたくしは最初から貴方を一方的に蔑視していました。真に謝るべきはわたくしの方です!」

 

「……では、双方に過失あり、これにて痛み分けとしようか」

 

 

 頭を上げた一夏は先程までの真摯な態度を崩し、不敵な笑みを浮かべていた。セシリアは一夏が素早く謝罪をする事で、話の流れを持って行ったのだと気付いて眉間に皺を寄せた。

 

 

「普段と雰囲気が随分と違いますのね」

 

「常日頃は道化の仮面を被っている」

 

「どういう事でして?」

 

「保身だよ。織斑千冬や篠ノ之束、スペシャルの近くにいたのだ。私自身が特別に見られたり、利用価値を見出そうとする輩は多い。愚鈍な面を見れば、アプローチもそれに合わせて単純化し、凌ぎやすくなるだろう?」

 

「あら、随分と腹黒い」

 

「手厳しいな。私なりの処世術と言ってもらいたい」

 

 

 一夏の語る苦労はセシリアにも分かる話だ。両親の死後、遺産を食いつぶそうと有象無象が集ってきた事、それを退ける為にひたすらに苦心を続けてきたのだから。過去を振り返ったからだろうか、ふと心の奥に閉まっていたひとつの疑念が浮かび上がってきた。普段ならば表に出さず、再度心の奥に押し込めてしまう世迷言。だが今は、目の前にいる男が自分の疑念にどんな答えを出すか、気になってしまった。

 

 

「……父も、そうだったのでしょうか」

 

「というと?」

 

「生前の父は気高く強かった母と違い、婿養子で卑屈、軟弱さを感じる人でした。わたくしには母と父がなぜ一緒になったのか、ずっと不思議でした」

 

「ふむ……」

 

 

 一夏は少し考えてからセシリアと目を合わせる。

 

 

「これは私見になるが、君の母君は弱さを他人に見せられないタイプだったのだろう」

 

「……母が?」

 

「そうだ。どれだけ強くみえようと、女という生き物は心にナイーブさを秘めているものだ。姉が良い例だな」

 

「あの織斑先生も?」

 

「ああ、張子の虎だよ。張られた板が分厚く、重いから誰もそう見えないし、見せないだけだ」

 

 

 世界最強にも、そういう部分があるかとセシリアは純粋に驚いた。

 

 

「つまりは、魂の安らげる場所として君の母君は父君を見出したのだ。そして父君は母君の心の守り手だった。家族である貴女にすら隠し切ったその手腕は認められるべきだろう」

 

「……」

 

「これが私なりの考えだ。どうだろうか」

 

 

 そうか、母には父が必要だったのか。オルコットを良く思わない人間が矢面に立つ母ではなく、父を侮蔑する言葉はよく聞いていたが、あれは母への攻撃を代わりに受け止める為の盾であり、鎧だったのか。セシリアには先ほどまで軽蔑していた父が突如として偉大になって思えた。

 

 

「……織斑さん、あなたは随分とロマンチストですのね」

 

「ロマンの無い男など無味乾燥ではないか」

 

「ふふっ。そうかも知れませんわね」

 

 

 先程まで抱えていた様々な悲観はいつの間にか消え、セシリアは自然と笑みを浮かべていた。

 

 

「やはり笑顔が美しいな。花は咲き誇ってこそだ」

 

「えっ……」

 

 

 社交界で生きてきたセシリアにとって、誉め言葉など慣れたものだ。それでも、彼の一言に甘い痺れを覚えてしまったのは、知らず知らずのうちに惹かれていたということか。己の心の変化に戸惑いを感じている間に一夏が腰を上げた。

 

 

「さて、そろそろいい時分だ。お先に失礼するよ、オルコット嬢」

 

「あ……わ、わたくしの事はセシリアとお呼びくださいな」

 

「ならば私も、()()一夏で構わない」

 

「今は?」

 

「言っただろう? 道化を演じているのだ。ここでの会話は二人だけの秘密だ」

 

「そうですか……」

 

 

 二人だけの秘密、という言葉に少しばかりの高揚感を覚えながらも、表立って彼と接する事が出来ない事が残念に思える。

 

 

「心配する事はない。時が来れば今の私を常に表に出せる日も来るだろう。それまではこれを目印にしよう」

 

 

 そう言いながら一夏は頭のヘアバンドをトントンと叩いて指差す。

 

 

「頭にヘアバンドを付け、二人きりの時は今の私だ。他に誰かいる時や手首にヘアバンドを巻いている時は道化だと思ってくれて構わない」

 

「分かりましたわ」

 

 

 二人にしか分からない、密会の暗号。萎んでいた気分が膨れ上がっていく。

 

 

「ああ、それと。君の上役に渡してほしい」

 

 

 売店でも取り扱っているシンプルな保存媒体のメモリースティックをポケットから取り出してセシリアに手渡す。

 

 

「これは?」

 

「私からイギリスへのビデオメッセージだ。不安であれば後ほど確認してもいいが、ここでは見ないでもらいたいな。では、良い夜を」

 

 

 

 

 

 

 

 

『──で、あるからして。セシリア・オルコット嬢はIS操縦の才覚に恵まれており、伸びしろもまだ十分にあるとブリュンヒルデにして我が姉である織斑千冬から薫陶を受けた私は考えます。確かに彼女の言動は国を代表する者の一人としての自覚に乏しかった事間違いありませんが、この一時の過ちで彼女を排するはイギリスの国益を大いに損ねる事となりましょう。私個人といたしましても彼女と共に研鑽が出来る事はこの上ない幸運であると考える次第であります。これらの点を踏まえた上でセシリア・オルコット嬢に温情を与えていただきますよう、伏してお願い申し上げる次第であります。最後になりますが、本メッセージを貴国に送りました事は私の独断行為です。織斑千冬をはじめ、学園関係者に通達されますと今後貴国との関係に罅が入りかねません。閲覧後は速やかに完全破棄をお願い申し上げます。これでメッセージを終わります』

 

 

 手渡されたビデオメッセージには流暢な英語でセシリアを擁護する織斑一夏の姿が記録されていた。彼女が一夏に成す術が無かった理由は、彼が織斑千冬に育てられた秘蔵っ子だった事。その彼がセシリアの才能を認めている事。そして彼女となら今後も友好的に付き合っていけるだろうと仄めかしている事。このメッセージを観れば、イギリスはセシリアを簡単には切れないだろう。

 

 

「これを……これを本国に報告しろとおっしゃるのですか」

 

 

 惹かれた相手が自分の身を守る為に用意してくれたサプライズに悶えるセシリアの胸中は高鳴り、我慢できず自前の豪奢なベッドに飛び込んだ。

 

 

「ああ、一夏さん……!」

 

 

 明日からどんな顔で彼を見ればいいのか。普段、道化を演じているという彼は、あのテラスでの会話を無かった事として接するはずだ。ならば自分もそれに合わせ、改めて謝罪から行うべきだろう。

 

 

「次の逢瀬、楽しみにさせていただきますわ……」

 

 

 心の芯から溢れる火照りと微睡みに身を委ねて、セシリアは心穏やかに眠りについた。

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