インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録 作:魔法科学は浪漫極振り
「ありがとうございます」
「開発の開始は夏期休暇期間に貴女が技術局へ赴き、要望を伝えてからとなります」
「いえ、それには及びません」
「どういう意味です?」
「図面は既にあります。イギリスIS技術開発局には、それに沿った機体の作製に取り掛かっていただきたいのです。今、図面をそちらへ送りました」
「この設計図は……」
「機体名は『タイタニア』。かの白式の要素とビット兵器を掛け合わせたハイエンドモデルですわ」
学年別トーナメントという一大行事が終わり、IS学園にて頻繫に行われる独自行事も一学期は残すところは夏季休暇前の臨海学校のみである。海開きを終えたばかりのビーチをIS学園が貸し切った状態で利用できるこの行事は毎年新入生に人気の行事だ。トーナメント直後から一週間程度はある空白期間を利用して一年生達は自由時間に着用する水着を購入する為に街へと繰り出している。
そんな学年全体の雰囲気としては盛り上がる状況下において、一年一組の空気だけは重かった。唯一の男子生徒である織斑一夏という存在は良くも悪くも一組の中心であり、彼が昏睡状態に陥った事実は様々な影響を与えていた。
教師としての職務を果たす為に感情を殺して動く千冬を筆頭に、友の安全の為とはいえ好いた男を置き去りにした事を思い詰める箒や時折探るような目付きで一人の生徒の行動を眺める本音、その視線に気づきながらも何事も無いかのように普段通りの生活を続けるセシリアなど、明らかに一夏の暴走事故を機に変調を来たした者達が集っている事もあげられる。ここに二組の凰鈴音がいない事がクラスメイト達にとっては救いだろう。
鈴は気絶から目覚めて以降、あの時に涙の在庫が切れたのか泣かなくなった。その代わりに彼女が抱いたのは原因と思われる白式への強い怒りであった。
彼女は意識を失った一夏の見舞いに行く度に彼の腕に巻き付いた白式の待機状態アクセサリーを外そうとするが見えないバリアでも張られているかの如く手を弾かれる行為を懲りずに何度も繰り返している。また甲龍の修復が完了した直後にはISを展開して強引に引き剥がそうと試みて弾き飛ばされ、病室が半壊する事故まで何度か発生していた。以降、一夏の傍に監視の人員が置かれなければ、いずれ一夏の腕ごと切除する暴挙に出たかもしれない。
鈴は苛立ちを振り撒いており、自制が出来ていない事は明白であった為に彼女から当たられる事を自分への罰だと考える箒以外に近付く者はあのゴシップ好きの新聞部を含めて皆無だった。もっとも鈴は箒に対して気絶させられた返しの一発としての張り手を見舞って以降は八つ当たりする事は無く、ただ箒の抱える自責の念が増していくばかりである。
話を戻す。一夏が昏睡状態である為、クラス代表は欠員状態だ。臨海学校において教師と生徒間の連絡役や海辺でのゴミ回収などの雑用を先導する事になるので代役が立てられる事になった。
「それでは多数決の結果、織斑君が復学するまでクラス代表の代行役をオークスさんにお任せする事になりました。一言挨拶をお願いします」
「えっと、皆が僕を選んでくれた事、嬉しく思います。一夏君が戻るまでの間ですがよろしくお願いします」
性別バレ以降、ISの操縦指導役としても人気者だったシャルロットが代役に選ばれるのはある意味で必然であった。副担の山田真耶から挨拶を求められて模範的な回答を述べるシャルロットはクラスを見渡す際、にこやかに笑い周囲に合わせて拍手するセシリアを視界に入れても何とか平静でいられた。感謝はしていないが、表情を偽るスパイ訓練が役に立った場面と言える。
学年別トーナメント以降、シャルロットはシロッコの情報を教員達に伝えるか、悩んでいた。白式の暴走原因が異物であるシロッコにあるような気がしたからだ。しかし、それを伝える事は自分のどん詰まりだった人生を変えてくれた恩人への裏切り行為であり、たとえ事実を告げたとしても感謝されるどころか手遅れになるまで沈黙を貫いていた事を槍玉に挙げられる可能性もあった。
故にシャルロットは自分以外にシロッコを知っているセシリアへ悩みを打ち明けた事はある意味で仕方が無い話であった。
数日を遡り、寮室でセシリアが入れた紅茶とシャルロットが持ち寄った焼き菓子を入れてのティータイム。代表候補生の寮室はある意味で秘密話をするには持って来いの環境である。盗聴盗撮の類は国際的な大問題となり得る為、常々警戒されているからだ。かつてセシリアとシロッコが密談に使っていた事からも信頼性は確かであった。
「わたくしはパプティマス様を敬愛しております。あの御方が目指す先がどのような茨の道であろうと付いていこうと思える程に」
「それは……盲信じゃないの?」
「いいえ、わたくしの中に流れる貴族の血がそれを正しき事だと理解しているのです。あの方が示す道こそがISによって大きく狂ったこの世界にとって最良であると。シャルロットさん、万人に当てはまる正しさなどこの世には存在しません。人にはそれぞれの信じる物があり、時代や社会、性別、立場、職業あらゆる要素が絡み合って色形を常に変えるからです。だからこそわたくしは世界変革の引き金になる織斑一夏が犠牲になる未来を黙認しました。貴女も心の赴くままにお好きになさってください。どのような決断でもわたくしは貴女を否定しませんわ」
「シロッコを拒絶すれば僕と君は敵になるの?」
「選ぶとは別の何かを捨てる事と同義ですよ」
「……ひとつ聞かせてほしい。シロッコは何を考えて動いているのか」
「彼は世界を一度リセットして世の中を綺麗にするおつもりです。詳しい内容は貴女がパプティマス様と歩む覚悟を決めた時にお話しましょう」
この話し合いの後、シャルロットはセシリアやシロッコとの決別を選ばなかった。いいや、選べなかった。人の犠牲を許容するシロッコのやり口やその行為を肯定するセシリアに恐怖を感じなかった訳ではない。しかしシャルロットには自分がシロッコの協力によって得られた自由を捨てて抗うだけの覚悟と動機を持てなかったのだ。そして同時に二人の思想へ賛同して仲間になってもいない。
中立。聞こえはいいが、つまりは風見鶏だ。選ばなければ捨てずに済む。自分可愛さに決断から逃げたと言えなくもないが、周囲に生き方を強要され続けてきたシャルロットにとって強い流れに逆らわずに身を任せる事はセシリアが語った正しさの変化、彼女なりの社会的適応でもあったからだ。
(ごめんね一夏。シロッコに遭う前に親密になれていたのであれば君の友人達のように怒りに身を任せて戦う道も選べたんだろうけど……僕には無理だったよ)
クラスメイト達から浴びせられる一夏を気遣った弱めの拍手を受けながら、シャルロットはいなくなってしまった少年に心の中で謝罪した。
臨海学校行きの前日、千冬は鈴と箒を生徒指導室に呼び出していた。
「一夏も臨海学校へ連れていく事になった」
「何故です」
箒の疑問は予測済みで、すぐに答えが返ってくる。
「篠ノ之束がそこへ来るからだ」
「一夏をあの狂人に任せるんですか!?」
今の鈴にとって篠ノ之束と白式は不俱戴天の仇である。過激な反応は当然であり、束の妹である箒がいるのもお構いなしだった。もっとも箒は鈴に姉と自分は違う存在で友人だと言われている為、まったく気にしていない。
「私もその決定には賛成できかねます。姉を学園に入れる事は様々なリスクがあって難しい事とは思いますが、できない訳では無い筈です。わざわざ重体の一夏を搬送してまで接触を急がせる必要があるのですか?」
「今はなんとか誤魔化せている。しかし一夏が目覚めずに眠り続ける事態が続けば、アイツは世界の意思で学園から切り離される事になるからだ」
千冬の苦々しい言葉から二人は状況を察する事が出来た。一夏がISを動かした事が世の中に知られた時、様々な憶測や情報が流れ、彼女達は惚れた相手に関する事だと人一倍耳を傾けていたからだ。
「男性操縦者のメカニズム解析……!」
「……一夏が希少な男性操縦者として世界各地から求められる実験や解剖を望む追及を逃れて学園へ通えていたのは、各国が白式を動かす一夏のパーソナルデータを共有できる状態だったからだ。昏睡状態が続けば一夏のデータ入手は滞り、学園としても保護が難しくなる。そうなれば治療の為の入院という名目での研究所送りは免れないだろう。その時、私達が一夏を守る手段は無いに等しい」
男性不要論を唱える過激思想の女権団体や織斑千冬や篠ノ之束狙いのテロリスト、IS解明に心血を注ぎ続けるマッドサイエンティスト達の魔の手が身動きの取れない一夏へ襲い掛かるヴィジョンが嫌でも思い付く。
「一刻の猶予も無いのが現状だ。そして一夏に起こったIS絡みの異常事態を正確に把握できそうな人材は……残念な事だが私には奴しか思いつかん。お前達は私が命を賭しても守ってみせる。だから協力を、一夏の姉としてお前達二人に頼みたい」
ただただ愛する家族の為に。悲痛な顔で首を垂れる千冬の姿は二人の少女が初めて見る彼女の姿であり、腹の内に渦巻く感情を呑み込んで受け入れるしか無かった。
同刻、ハワイのアメリカ軍港から出港する艦隊があった。その中心、艦隊旗艦である大型空母には『
そんな技師達を高所に設けられた鉄骨剥き出しの階段から二人の女性士官が見つめている。一人はナターシャ・ファイルス。銀の福音のテスト操縦者であり、福音を自分の子供のように溺愛している女性だ。その傍らに立つのはアメリカの国家代表でもある女性軍人イーリス・コーリング。ナターシャとは同年代の仕事仲間の親しい友人で今回の銀の福音に施される無人パイロット実験の護衛として随伴している。
「無人パイロット、ね。本当に信用できるのかしら」
「おいおい、まだ言ってるのかよ」
ナターシャの無人パイロットへの否定的な意見はイーリスの耳に胼胝ができるくらいには公私を隔てず聞かされている。しかし最終試験に向かう船の中でまで続くとは思っていなかったようだ。
「だって、この実験が成功すればあの子を晴れて大量破壊兵器の仲間入りをしてしまうのよ……?」
元々、銀の福音はイーリスがモンド・グロッソへ出られなくなった場合の補欠要員であるナターシャの専用機となる高機動戦を得意とする競技用ISだったが、広域破壊兵器である『銀の鐘』の開発成功と装備相性の都合上、福音への搭載が決定した事で競技用ISから軍用ISへと運命を歪められてしまった。
当然ながら彼女は拒否した。空を飛ぶ福音の翼に破壊の意味を加える事は彼女の矜持が許さなかったのだ。しかしアメリカ政府からの要請は軍属である彼女の嘆願を許容しなかった。その結果が
この処置はアメリカ政府からナターシャへの温情のつもりであった。抑止力的意味合いが強くなる福音だが、これが仮に実戦投入された場合、大量の死傷者を生み出す事に他ならない。ISは備え付けられたボタン一つで人を殺した実感も無く終わるミサイルのような近代兵器では無いのだ。福音の操縦者は嫌でも自分の行った結果を見せ付けられる。ナターシャが軍用となった福音に乗り続ける事は彼女の精神が耐えられない可能性があった。だからそれを機械パイロットに肩代わりさせれば誰の良心も痛める事がないと本気で思っていた。
政府が現場でのナターシャの福音への入れ込み具合を知らないが故のすれ違い。そこに不幸があった。
ナターシャは我が子のように愛する福音にだけ血塗れの道を歩ませる事を嫌がった。書類上では既に福音は彼女の専用機で無くなっているが、軍部に直談判して福音のオブザーバーとして今回の乗り合わせる事に成功したが今後はそうもいかないだろう。
「ナタル、もう諦めろよ。職業軍人が現場を数字でしか見ない文官様の定める血税の使い道を選べるわきゃないだろ。それに福音だって本当に現場へ駆り出される事は無いさ。それをやっちまったら、ISを使った前代未聞の大戦争の始まりなんだからな。まともな奴は臆病風に吹かれて使う前に留まるって」
(どうすれば……どうすれば私はあの子を救えるの……?)
イーリスの不器用な思いやりは、福音に待ち受ける運命を変える手段は無いのかと悩み続けるナターシャの心には届いていなかった。
『
『
『
「随分と醜いISだね。ま、ちょうどいいや。お前には箒ちゃんの引き立て役になってもらうよ」