インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録 作:魔法科学は浪漫極振り
臨海学校二日目、三人が早朝に抜け出した後に合わせて眠りから目覚めた織斑一夏──彼の身体を支配したパプテマス・シロッコ──は旅館花月荘の寝かされていた離れで身支度を整えている。一週間近く眠り続けていた護衛対象が起き上がり活動を目覚めたというのに周囲は静かだ。その原因は当然シロッコにあった。
離れの周囲には意識を失った護衛達が持ち場で崩れ落ちたかのように横たわっている。彼女達は所持したISを展開する間もなくシロッコの思念波を強めたサイコショックに晒されて意識を刈り取られたのだ。目覚めるには外的要因が必要となるだろう。
「ふむ、こんなものか。代替品の身体にしては良い仕上がりだな」
荷物として一緒に運ばれてきたIS学園の白の制服に身を包み、鏡を前に紫髪を額の上の位置で色が白から黒へと変化した白式の
「……む」
好き勝手に出来る生身を手に入れて気を良くしていたシロッコの脳裏に言葉が走る。シロッコの持つ高いニュータイプ能力は遥か彼方、沖合より近付いてくる者が放つ思念を捉えていた。
(La・La・La……。これは歌声? いいや、悲鳴か。ククク、なるほど篠ノ之め。理解の及ばぬ代物に手を出す愚物ばかりの世界とはいえ大国アメリカを相手によくもやる。しかし私が干渉すれば、さて貴様の企みはどうなる事かな)
衣類と共に一夏が目覚めた場合の流動食として用意されていたパウチゼリーを適当に消化しながら外へと歩き出す。供給したエネルギーを即座に思考力に回し、追加されたイレギュラー要素を予定に組み込んでいく。一袋を飲み干すまでに新たなプランは完成していた。
(上手く立ち回れば様々な事態に片が付く。これは時の運が私へ傅いたという事に他ならない。白式で──。フッ、もはや擬態する必要は無いか。
シロッコは空になったパウチを放り捨て、一瞬でISの展開を終えてみせた。しかし先日までの白式とは色合いが変わっている。覆っている外装は元の白基調から黄色へと変化していた。その姿はかつての世界で戦場を駆け、強敵達と相争ってきたシロッコの愛機そのものである。
「パプテマス・シロッコ、ジ・O! 出るぞ!」
モノアイを妖しく輝かせた白式……否、ジ・Oは爆発的な加速性能をもって空へと舞い上がった。その姿を見た者はたったひとり。
(いってらっしゃいませ、パプティマス様。いずれまたお会いできる日を楽しみにしておりますわ)
浴衣を纏ったセシリアだけが母屋から沖合に向けて小さくなっていくジ・Oの機影を捉えていた。早朝に響いた飛翔音に反応して確認へ赴いた真耶達がここで一夏の失踪と護衛達の無力化を知るのであった。
事のあらましを真耶に伝えられた学園の三人と部外者一人は争っている場合では無くなった。気持ちは急くが千冬達の眼前にはこの期に及んで何を仕出かすか分からない危険人物がいる。一寸たりとも気を抜けない千冬と鈴に代わって真耶から情報を引き出す為に箒が話しかけた。
「一夏の位置は分かっているのですか?」
「それがセンサー上では太平洋上を西進しています。白式以外のIS反応が見当たらないので、おそらくは自分の意思で、単独行動です」
「海に出た? 一体なぜ……」
この時、IS学園の上層部にはアメリカ軍部からIS委員会経由で福音の暴走事故への支援要請が届いていたが、現場にはまだ連絡が届いていなかった。その為、どうして一夏が太平洋に飛び出したのか、情報が不足している学園所属の彼女達には分からない。しかし、この場には一夏の行動の意図を理解できる人間が一人だけ存在する。
「なるほどなるほど! 箒ちゃん、これはチャンスだよ! ここで追いかけていってピンチを救えばいっくんの気持ちも戻ってくるよ!」
つい先程まで鈴を今にも殺さんとばかりに睨み付けていた束が沈黙を破って口を開いた。友の為に潔く身を引いた妹の気持ちすら軽んじている言い様に皆が眉をひそめるが、少しでも情報が欲しい彼女達は束の話を促す。
「それはどういう意味ですか。姉さん」
「銀の福音。アメリカとイスラエルが共同開発した第三世代軍用ISが暴走して真っ直ぐこっちへ向かってるんだよ。いっくんはそれを察知して向かったと推測できるね」
どうして束が軍用ISの暴走を知っており、それが日本方面に向かっていると知っているのか。この場にいる者達にはすぐ察しが付いた。
「お前の仕業か!」
千冬の一方的な決め付けに対して束はニヤニヤと笑うだけで答える気は無いようだ。放置気味だった紅椿の傍に歩むと箒を手招きする。
「ほらほら、こんなところで問答してる暇ある? 紅椿の加速性能なら間違いなく追いつけるよ。急がないといっくんが軍用ISとやり合って死んじゃうかもしれないよー?」
「冗談じゃない! 搭乗経験無しのISでいきなり軍用IS相手なんて無茶よ! あんな戯言を聞く必要は無いわ!」
束の誘いは無茶無謀もいいところ。鈴が即座に止めるのも当然だ。しかし束が本当に一夏をなんとも思っていないのであれば、死ぬという発言には嘘偽りがあるとは思えない。箒は心配する鈴に微笑んでみせて紅椿と並ぶ束に近付いていく。姉を正面から見る表情に笑顔は無い。
「姉さんは私が紅椿で出る事を望んでいる。そうですね」
「ふふん、箒ちゃんとの相互理解が深まったみたいで嬉しいよ。沖合で足止めしないと、この場所へ真っ直ぐに突っ込んできた福音が何も知らない生徒達やその周辺の民間人を皆殺しにするかもしれないね。それはとっても怖いよね」
篠ノ之束は目的の為なら世界すら滅茶苦茶に出来る人間だと知った。ならば今の発言はIS学園の生徒達を人質にとったも同然であった。それは千冬も真耶を含む教員達への牽制であり、下手な手出しはするなと言外に伝えているのだ。
「……やります。友人として一夏が大事なのは確かですから」
「オッケー! 一次移行完了まで40秒で仕上げるよ!」
紅椿を纏った箒の目の前で行われる束の手による神速のタイピングと適応化処理の速度、束の手際を初めて目の当たりにした真耶と鈴がその正確さと速さに舌を巻く。そして宣言通りに40秒で紅椿の一次移行を完了させてみせたのだ。
「はい、飛んでみて」
「これは……!?」
訓練機の打鉄を使った時とは比べ物にならない。軽やかに、そして思い通りに飛翔する紅椿の運動性能の高さに箒は驚嘆する。
(専用機とはこれほど違うモノか…!)
続けて装備と展開装甲に関する説明を端的に受けて実戦してみせた箒は一度地上へと戻って稼働時に感じた細かな違和感やズレを束の手によって再度調整を受ける形で、出撃に必要な機体調整の時間を普通では有り得ない速さで仕上げていく。もう一度空へ飛んだ時点であらゆる稼働に一切の支障は無くなり、IS装着から完了までの時間は五分も経たずに終わってしまった。
準備が終わったところで見守っていた鈴が口を開いた。
「アタシも連れて行きなさい。 箒だけに危ない橋を渡らせられないわ」
「……凰、お前は駄目だ」
紅椿と共に出撃を望む鈴を止めたのは千冬だ。
「お前は中国の代表候補生で、甲龍は中国のISだ。学園以外での活動で自衛以外の目的で許可なく使用する事は強く禁じられている。もし無許可でアメリカのISと戦闘になれば……最悪、お前がアメリカと中国の戦争の引き金になるぞ」
繰り返すが、現時点で彼女達にアメリカからの支援要請は届いていない。もっとも仮に要請があったところで即座に出撃できるのは明確に学園の所属となっている教員達だけだ。各国の代表候補生と専用機持ちが戦闘が予想される現場に赴くには更に国からの認可が必要となるのだ。なぜなら専用機は各国の国家財産であり、IS学園が表向きの独立性を保ち、学生達を保護しているとはいえど好きには動かせない。
すなわち、現状で先行した白式と福音の接触に間に合う可能性がある超高速機動性能を有する存在は、篠ノ之束の絶対的な庇護下によって各国からの追及を封じられる篠ノ之箒と紅椿だけであった。
「凡人は黙って指を咥えていい。箒ちゃんの紅椿は束さん特製のオーダーメイド品なんだ。アメリカの羽虫を落とすのに中国の燃費だけが取り柄の産廃なんか必要ないよ」
「正気じゃないわ! 箒が死ぬかもしれないのよ!?」
「カタログスペックは紅椿がダンチだって言ってるだろ、しつこいな」
「動かすのは人間よ!」
「お前みたいな凡人と違って箒ちゃんは選ばれた人間なんだ。全く問題無いよ」
暖簾に腕押し。言葉では束の意思を変える事が出来ないと踏んだ鈴は千冬の守りから抜け出して束を殴りつけたくなったが、それを箒が遮った。
「鈴、良いんだ」
「なんで!?」
「一夏は私が連れ戻す。だが……だがもしも私が失敗して福音がここを襲った時は……お前がみんなを守ってやって欲しい」
箒の言葉は自己犠牲の覚悟を感じさせたが、鈴はそれを一蹴した。
「絶対に嫌よ。失敗なんて許さない。約束よ! アンタは無事に帰ってきなさい! 良いわね!」
「あ、ああ」
咤激励する鈴に続けて真耶も箒の身を案じて声をかける。
「私達はこれからすぐに周辺の避難誘導と迎撃態勢を整えます。危険だと判断したらすぐに逃げてください。もしも福音の追撃を受けていてもそれは私達や自衛隊のIS部隊が何とかする事です。だから無理だけはしないで」
「……はい、山田先生」
そして最後は千冬だ。どうやら三人が会話をしている間に束は姿を消したらしい。
「篠ノ之。もしも一夏の様子がおかしければ捨て置いてもいい。帰還を優先しろ」
「しかしそれは!」
「確かに私は一夏を大事に思っている。だがその為にお前を犠牲にする事は容認できん。正気のアイツもそれを望まないだろう……」
「分かり、ました」
三人を地上へ残して箒は上空へと飛び上がった。眼前に広がる海原とその先にいるであろう福音。そして一夏を想う。
(待っていろよ、一夏。そして……頼むぞ紅椿)
あの姉の作り物に全幅の信頼を置ける訳では無いが、今この瞬間に頼れるモノは紅椿だけだ。事前にインストールされていたであろう福音の予測進路の表示を視界の端にやり、高機動モードにすべく展開装甲がスラスター周辺に展開する。
「篠ノ之箒、行きます!」
通常加速でイグニッション・ブーストに匹敵する爆発的な加速性能を叩き出す紅椿の艶やかな赤は青い海と空の狭間へと消えていった。
「あーあー、クーちゃん聞こえてるかな?予定とはちょっと変わったけど、変更は無し。白式の情報収集と万が一の場合には箒ちゃんの回収をよろしくね」
『お任せください。束様』
「ふふん。出来が悪い無人機モドキの軍用ISを一つ潰してー、紅椿と箒ちゃんのデビュー戦を飾ってー、箒ちゃんがいっくんとよりを戻してー。黒鍵のワールド・パージを使って無防備な白式から情報をすっぱ抜いてー、今日の一件で一石四鳥だ。うんうん完璧な計画、さっすが束さん。あとはクーちゃんがお使いから帰ってくるまで待つだけだね」