インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録 作:魔法科学は浪漫極振り
福音との戦闘はイーリスとナターシャの優位で進んでいた。元々が自国のISであり、福音の行う機動モーションや戦闘パターンはテスト操縦者のナターシャの動き方をコピーしたものだ。
無人兵器特有の、人間の限界を超えた機動に関しては今回の実験でのデータ収集の後に組まれる予定であった為にまだ未実装となっている。つまり今の福音に本物であるナターシャの想定を超えた戦闘行動は不可能。
そしてイーリスもまた、模擬戦の対戦相手としてナターシャの操る福音と戦った回数は両手で数え切れない程にあるのだ。つまり機体のスペック差はあれど福音を知り尽くしている二人が相手では、機械的な戦闘アルゴリズムで戦う福音に勝機など最初から存在してはいなかったという事だ。
その中で唯一、登録されている機動パターンと戦闘パターンの間に不自然な挙動が混じる事があり、二人の予測できない動きを伴う事があったが、それに大勢を変えるまでの効果は無かった。
イーリスを前衛にナターシャが後衛。長年の付き合いから馴染んだ阿吽の呼吸による連携戦闘は順調に福音のシールドエネルギーを削っていき、あと一撃を加えれば福音を機能停止に持ち込める。その段階に至って……ナターシャは独断で動いた。
「なっ!?」
イーリスが福音の近距離範囲攻撃を避ける為に一時後退をしたところで、ナターシャが入れ替わるように前へ出たのだ。相方の相談無しでの行動に反応が遅れたイーリスを置き去りにして、ナターシャのファング・クエイクは福音の放った弾幕を自身のシールドエネルギーで相殺しながら吶喊する。
接近戦が得意なイーリスが前衛、専用機でないナターシャが後衛。その分担は戦術的に正しく、ナターシャにも理解できる。だがそれ以上にイーリスの、福音へナターシャを近付けたくないという意思が透けてみえていた。そう、戦闘前にシロッコが告げた言葉は間違いなくイーリスの隠していた部分を的確に揺さぶり、それをナターシャに悟らせていたのだ。
アメリカで作られた銀の福音本体に関してナターシャに知らないところは装甲の一枚、ネジの一つとっても無いと言っていい。ならば
「止まれ! ナタル!」
停止を呼び掛けるイーリスの叫びを無視して福音の懐へ飛び込む。
「これでッ!」
ナターシャはファング・クエイクの基本装備であるIS用ナイフを抜き、
……ナターシャ・ファイルスの不幸は福音を『あの子』と呼べる程にコア人格を認識し、深い繋がりを有して愛情を注いでいた事だろう。ISをただの機械と割り切っていれば、この場に彼女はおらず、真実を知らないで済んだのだから。
「ここは……」
アンドロイドを貫いたナターシャは単身、老朽化が著しい古びたレンガ造りの家屋、その小部屋にいた。見知らぬ場所であるが、彼女にはこの現象に覚えがあった。福音との同調が高まった際に時折訪れる事が出来たISコアが作り出す量子空間、分かりやすく言えば操縦者とコア人格が共に見る夢の世界だ。だがかつては空を飛びたいという願いから、視界一杯の青く澄み渡る空で満たされていた筈の福音の世界の姿は無く、この場の空気は酷く乾ききっていた。
「どういう事なの……ゴスペルは何処に……?」
困惑しているナターシャの耳に隣の部屋から二人の女性の声が聞こえてきた。
『貴女の娘さんには高い適性が見込まれました』
『こ、こんなにいただけるんですか……!?』
『それだけの逸材です。誇ってくださって構いません』
『ありがとうございます! ありがとうございます!』
声の出所に近付こうとしたが、足が動かない。視界が歪み、白い部屋に切り替わった。
目の前には自分の身長より頭二つは大きい大人の女性がいる。いや、どちらかと言えばナターシャの背が縮んでいるようだ。女性の顔は認識できない。むしろ女性だとか、人種だとか目の前の人型を特定する一切の要素すら判別が付かないが、ただナターシャにはそれが女性だと思えた。
『いい、■■■? 検査が終わるまで、大人しくこのお姉さん達のいう事を聞いているのよ。迎えにくるからね』
どうやら先程礼を言っていた女と同一人物のようだと思いながら、ナターシャは女の声に従って頷いた。再び視界が歪み、眩しさで反射的に顔を顰めてしまった。どうやら手術台に寝かされているようだ。腕は固定されていて目を覆えない。仕方なく左右に視線を動かすと、近くには手術着を纏った男達と手術室には少々場違いな無骨な金属製の円筒が見える。
『これが今度の実験体かね?』
『資料では娼婦の娘だとか』
『なるほど。例のルートからか』
手元の資料を確認していた男達の二人がナターシャに目を向ける。その内の一人は、ナターシャにも見覚えがあった。空母に同乗していたイスラエルの技術者だ。
『おや、目が覚めたのかな』
『お母さんは到着までもう少しかかるそうだ。薬が効いて眠いだろう、無理せずそのままお休み』
『なに、少しばかり永い……そう、とても永い夢を見るだけだ。…………さあ、不要な部品の除去から始めようか』
眠気を感じたナターシャは瞼を閉じて、意識が沈んでいった。
刹那の時間、意識を飛ばしていたナターシャは現実へ戻ってきた。状況はアンドロイドへとナイフを突き刺した直後。アンドロイドが大きく損傷した事で機能を停止した福音をナターシャが抱えている状態だった。
「今、の……は……え?」
混乱するナターシャはアンドロイドを貫通したナイフを無意識に引き抜いた。
それによりナターシャには破損箇所がハッキリと見えた。胴体部分に収まっていた
「……これ……う、嘘よ、こ、こんなのって……」
先程の映像がフラッシュバックする。中東でよく見られるレンガ造りの家、親子のような背丈の二人、娼婦の娘、手術台と金属製の円筒、イスラエルの技術者。ナターシャは嫌悪感から理解する事を拒絶しようとするが彼女の聡明な頭脳はそれを許さなかった。
「うっ……!」
ISの生体維持機能が働いたにも関わらず、ナターシャは吐き気を抑えきれなかった。彼女が愛した福音とそれにこのような形で
なんとかナターシャの精神が落ち着くまで周囲に大きな動きが無かった事が幸いした。何の横槍も無く、無二の親友だと思っていたイーリス・コーリングと相対する事が出来るのだから。
「知って……イーリは、これの正体を……最初から、知ってた……?」
どうか違って欲しい。しかし、ナターシャの儚い願いは無惨に打ち砕かれる。
「……ああ、そうさ」
「なんで!? どうしてこんな酷い事を!」
「お前は優し過ぎる。そういう物言いだから、お前をプロジェクトから外すよう申告したのに。押し掛けてきやがって……馬鹿が」
「イーリ!!」
「必要なんだよ。今のお前がその証拠だろう。……たった一機で世界のパワーバランスが崩れるISを一時の感情で左右される人間に任せる事がどれだけ厄介か。だから国はコントロールが効く代替品を求めたんだ。その結果がそいつだよ。法整備の整っていない中東の発展途上国の貧民層からIS適性の高い
ナターシャには淡々と裏の事情を語る目の前の冷たい目をした人間が親友のイーリスと結び付かなくなっていた。
「な、もういいだろ。そいつは持って帰る。一番出来の良いアンドロイドは破損しちまったが、替えはまだある」
手を伸ばしたイーリスからナターシャは反射的に距離を取っていた。その行動にイーリスは眉間に皺を寄せる。
「……なんのつもりだ。ナタル」
「絶対に渡さない! ゴスペルも!! この子も!!」
胸中に渦巻いた感情から咄嗟に出てしまった言葉だったが、ナターシャは微塵も後悔していなかった。
「おいおいおい。やめろよな、そういうの。まるで私が悪いみたいじゃないか」
「どうしたのよ! 貴女ほどの人がこんなふざけた計画に乗るなんて、どうかしているわ!」
事情も知らずまくしたてるナターシャに今度はイーリスが感情を爆発させた。
「ッ! お前に私の気持ちが分かるかよ! 念願叶って国家代表になれたと思ったらこんなクソみたいな話を聞かされて片棒担がされる事になってよぉ!」
「だったら!」
「やめろってか!? 頭のネジが数本どころか全部ぶっ飛んだような連中が秘密を知った私を黙って見逃してくれるとでも!? 逆らえるかよ! 従う以外に道は無いだろうが!
「だけど!」
「もういい。この話は終わりだ」
無益な言葉の応酬に疲れたのか、一方的に話を打ち切ったイーリスは下げていたナイフを再び構えた。
「イ、イーリ……?」
「アンドロイドのブラックボックスになっている胴体が破損した状態で帰還すればどのみち秘密を知った疑いでお前は殺される可能性が高いんだ。……ここで戦死扱いで眠らせてやった方が幾分はマシな最期だよな」
長い付き合いだからこそナターシャには分かった。イーリスが本気でそう考えていると。
「素直に指示へ従ってれば何も知らないまま、平穏無事で生きていられただろうに。……それをナタル! お前が台無しにして、私にお前を殺させるんだ!!」
ファング・クエイクの四基のスラスターが火を噴く。激情に身を任せた突撃だが、ISの操縦は身体に染み込んでいる。イグニッションブーストの弱点とも言える直線的機動を補う為にスラスターを別個可動させる事で変化を作り出す
そしてナターシャには牙を向いたイーリスへ対抗する手段が無かった。ファング・クエイクの扱いはイーリスに一日の長があり、福音を抱えていては逃げる事すら出来ない。
「……イーリッ!」
避けようの無い一撃に対して、ナターシャは福音をより強く抱き寄せて、目を瞑る。そして金属同士がぶつかり合い、甲高い音が空に鳴り響いた。
だがそれは。
イーリスのナイフがナターシャのファング・クエイクに攻撃を当てた音では無かった。
「ぐああああッ!?」
イーリスの絶叫に顔を上げたナターシャの視界には緑色の全身装甲を持つISが背面を晒してイーリスとの間に立ち塞がっていた。
サイズはジ・Oと通常のISの中間ほどだが、それでも大型に部類されるだろう巨体。右腕のシールドに取り付けられたシザー・クローが、ナイフを構えたイーリスの右腕部を掴み、纏ったISの装甲ごとへし折っている。やりようによってはそのまま断ち切る事も出来るだろうが、謎のISはそのつもりは無いようだ。
「……ば、馬鹿な、ISコアの反応なんざ何処にも──」
不本意な非合法実験への立会、友人との決別、突然湧いて出たイレギュラー、腕の激痛。様々な要因で鈍ったイーリスの動きはアメリカ代表の名に相応しくない程、実に無防備であった。それ故に。謎のISが空いた左手に
「あ……?」
残量が十分であったファング・クエイクのシールドエネルギーが一瞬で
友人だった女性のあっけない最期を目の当たりにしたナターシャは今日の出来事が全て夢なら今すぐに覚めて欲しいと願ったが、それは叶わなかった。
『こちらの都合で手を出させてもらった』
立ち塞がっていたISが反転し、ナターシャに正面を見せながら声を響かせた。輝く桃色の単眼と声は福音を置き去りにこの場を去っていった少年を思い起こすのに時間はかからない。
「お、織斑一夏なの!? でもさっきのISとは違う……!」
『この
ナターシャの知らない単語が混じっているが、要はイギリスが開発したBT兵器を隠密行動に特化した人型としたものだと大まかに理解した。しかし助けられた身である為に何も言わないでいるが、つい今し方、人を一人殺めたというのに声音には心の乱れをまったく感じさせない。それは物事を冷徹なまでに割り切っているのか、それとも心が最初から無いのか。
『さて、ナターシャ・ファイルス。お前のとるべき道は二つある』
徐々に警戒心を芽生えさせつつあったナターシャが反抗の意思を固める前に現実を、選択肢としてシロッコは突き付ける。
『ひとつは何も聞かずにアメリカへ帰り、全てを忘れ貝のように口をつぐむ事』
イーリスの死と福音の正体の露見。どう言い繕ったところでナターシャはイーリス同様に国の闇に巻き込まれるか、命を狙われるか。……イーリスや福音の事を考えれば絶対に受け入れがたい話だった。
『そしてもうひとつは──私と共に亡国機業へ参加する事だ』
亡国機業。ISに関わる軍属としてナターシャも情報は得ている。ISを用いる国際的なテロリスト集団。アメリカも第二世代型ISアラクネを奪われるなどの被害を受けている。世界各国で活動を行っているとされる秘密組織への参加は明らかにリスキーだ。だが保身だけを考えるならば、アメリカ政府の追跡から逃げるにはこれ以上は無い隠れ蓑とも言える。
『私は君が欲しい。君も、福音も、亡国機業のテロ活動に直接的な参加はさせないと約束しよう。仮にこれが偽りのものなら、君は私の胸を刺すがいい』
ボリノーク・サマーンのモノアイが放つ輝きは危うさを孕んでいる。しかし……信じる国を、友を失い、